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団長が行く File No.13

湯島「シンスケ」で老舗酒場の進化を堪能する

「シンスケ」

公開日:

今回取材に訪れたお店

シンスケ

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あのお店はなぜ時代を超えて愛されるの? お客さんが笑顔で出てくるのはどうして? 赤星探偵団2代目団長・尾野真千子が、名酒場の暖簾をくぐり、左党たちを惹きつけてやまない「秘密」を探る――。

■抜栓の音で始まる口福な時間

湯島天満宮から坂を下った天神下界隈は、かつて花街だった名残が感じられる、どこか艶っぽい空気が漂うエリアだ。

その一角にほっこり灯る「シンスケ」の端正な看板。縄暖簾と杉玉が目印のこの店は、筋金入りの酒飲みたちに愛される東京屈指の名酒場だ。酒屋として創業し、大正14年に居酒屋となってから4代続く老舗である。

湯島「シンスケ」で老舗酒場の進化を堪能する

「今夜もおいしい一杯をいただきましょう」とやってきた尾野団長。1階は一人か二人客が静かに酒を酌む場所、2階は大人数でわいわい飲める場所とのこと。団長は迷わず1階を選び、ヒノキの一枚板のカウンターに陣取った。

品書きを目にするやいなや、「うるめいわし。白子のあぶり焼き。うるめいわし。白子のあぶり焼き」と、呪文のように唱えだす。

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尾野: いけない、お腹が空きすぎて妙なテンションになってしまいました。まずはビールで落ち着きましょう。瓶ビールをお願いします。

用意されたのはサッポロラガービール、通称「赤星」。4代目の矢部直治さんは使い込んだ栓抜きを手にすると、一閃。シュポンッ!という快音が店内に響きわたる。

尾野: おぉーー。いい音。こんなに気持ちいい音が出るんですね。

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「生ビールとは違う、瓶ビールならではの楽しみって何だろうと考えてたどり着いた答えが『音』なんですよ。“今日も一日頑張った。さあ飲むぞ!”っていう具合に、気持ちをオフモードに切り替えるスイッチになればいいなと思って抜いています。さ、どうぞ」(矢部さん)

手酌でコポコポと赤星を注いだグラスは、きめ細かい泡が立ち、ビールと泡がきれいな7対3になっている。「おいしそうなビールだこと」と団長も上機嫌だ。

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尾野: (グイッと飲んで)くーーー、おいしい。このグラス、口当たりがやさしくて、いつもの赤星がさらにおいしく感じられます。

「ありがとうございます。生ビールが美味しく飲めるグラスは世に存在しますが、瓶ビール用はないんですよ。なので、同じ湯島にある『木村硝子店』さんに相談して、当店が理想とするグラスが実現しました。

中瓶なら3杯、小瓶だと2杯きっちり入る容量になっています。ガラスの表面にほどよくゆらぎがあるので、適当に注いでもビールと泡がちょうどいいバランスで収まってくれるんです」(矢部さん)

尾野: 音といい、グラスといい、赤星をよりおいしく飲むためのこだわりが半端ない。ここでしか飲めない、究極の赤星ですね。4代目はビールお好きでしょ、間違いなく。

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「ええ、大好きです。ですが、そもそもうちは日本酒を愉しんでいただくための店でして、ビールは初めに喉を湿らせたいという方に向けてご用意しているもの。そのため、1階は基本的に日本酒と瓶ビールのみ。生ビールをガンガン乾杯しながらやりたいお客様や、焼酎・ワインを召し上がりたい方は2階にご案内しています」(矢部さん)

尾野: 私は断然こっち派。ビールと日本酒をしみじみ飲みたい。しみじみ~飲めば~♪ (矢部さんも入ってきて)しみじみと~お~♪♪ ははは、4代目はそういうキャラなんですね、仲良くなれそう。

「あ、失礼しました。今日はまだ他のお客様がいらっしゃいませんので、つい調子に乗ってしまいました。すてきな女優さんとハモれて光栄です」(矢部さん)

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■固定観念を打ち破る

うるめいわしは、塩気もワタの苦味もよい塩梅。赤星もグイッと進む。団長はこの手の魚介の干物に目がないようだ。一口かじってはグラスを傾け、「んめぇ、んめぇ」と夢中でかぶりつき、あっという間に平らげる。

「団長もお好きなんですね。地味な存在ですが、ビールにも日本酒にも合う大定番のつまみですから、けっこう人気者なんですよ。必ず5尾注文して、しっぽだけ桜の花の形に並べて残す、なんてことをする粋なお客さまもいらっしゃいます。私は断然、しっぽまで食べる派ですけれども」(矢部さん)

ほかにおすすめを聞くと、「ところで、お刺身とビールって合うと思います?」と逆に質問が返ってきた。

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尾野: う~ん、あんまり考えたことなかったけど、お刺身なら、やっぱり日本酒がいいかな。赤星探偵団の団長が言うのもなんですけど。

「そうですよね。うちに限らず、居酒屋では多くのお客様が、最初の注文でお刺身も頼まれると思います。そうすると、たいていは冷たい料理が先に出てきますから、はじめのビールと合わせることになりますよね。お刺身と山葵と日本酒が最高の組み合わせであるのに対して、お酒がビールとなるとイマイチ。でも、ビールに合わせるやり方もあるんです」(矢部さん)

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そんな前置きがあって登場したのは、マグロ、ブリ、〆さばの盛り合わせ。山葵とは別に、なんと和がらしが添えられている。

「からしをたっぷりつけて、ビールと合わせて召し上がってみてください」

尾野: へえ~、ブリをからしで食べるの初めて。どれどれ……うん、うん、うん、うん、うん、うんまい! (赤星をグビリとやって) 確かに合う。これだとビールとお刺身、完璧。

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■さり気ないひとひねり

尾野: 今度はマグロもいきましょ。大間のものですか? 見るからにおいしそうだこと。これもからしをつけてと……おお、いい! うん、からしでもおいしいよ、マグロ! 進むよ、ビール!

「江戸時代は和がらしや一味唐辛子などを薬味にして食べていたんですよ。冷蔵流通が未発達で、山葵は産地でしか入手できなかったから。その薄い緑色の薬味はキュウリのすりおろしです。そちらを少し召し上がると口の中の生臭さがリセットされて、またビールが飲みたくなる、という算段です」(矢部さん)

尾野: あ、ホントだ。ビックリ! 4代目、ビール好きの気持ち、よくわかってるねえ。

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続けて白子のあぶり焼きがやってきた。アツアツのところを、パリパリの乾燥岩のりと共にいただく。

尾野: おいしいー。白子のクリーミーさと岩のりのシャリシャリした食感がなんともいえず、いい感じ。それに見た目よりもとっても香ばしい。

「白子に米粉と太白ごま油をまぶして炙っているからだと思います。中華の調理法を使って和食にない食感を出しました。メニューですか? イメージとは逆で、ハイカラなものは母が、古風なものはぼくが考案しています。ちなみに、『きつねラクレット』というのは父とスイス人常連客との友情から生まれた一品です」(矢部さん)

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■恩義に報いる店づくり

勢いづいた団長は、洋の料理の人気者、シンスケ風メンチカツを注文した。「お、メンチいかれますか。実は先日リニューアルしたばかりなんですよ」と4代目もうれしそう。

やってきたのは、黄金色の衣をまとったザ・メンチカツ。豪快にガブリといく。

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尾野: んーー、うんまい! 間違いないヤツだ。サックサクで、肉汁がすんごいの。

「ご縁がつながって、浅草の老舗ベーカリー『ペリカン』さんのパンを挽いています。お分けいただいて以降、衣の旨味が俄然深まりました」(矢部さん)

尾野: いかにも老舗って感じの佇まいだけど、変えるところは変えて、時代時代に合わせて進化させてきているんですね。だから愛されているんだろうなあ。ところで、“シンスケ”っていう屋号は、どこから?

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「うちはもともと江戸中期に創業した酒屋でしたが、関東大震災で崩壊。商売の復興を助けてくださったのが酒問屋のご主人・鈴木新助さんでした。その恩を忘れないよう彼の名を屋号にいただいて、居酒屋として再出発したんです。

現代では、気にする方はそれほど多くないと思いますが、古来日本では言霊を大事にしていました。そうした価値観のもと、漢字の真名を外看板に記して雨ざらしにするのは大変な失礼にあたるため、音だけをいただくカタカナ表記となっています。当時でも珍しがられたそうです」(矢部さん)

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関東大震災後の復興期に、酒だけではなく食べ物も出してほしいという声に応え、シンスケは居酒屋へと生まれ変わった。先述の通り、あくまで日本酒を中心に据えた酒場だが、銘柄は秋田の地酒「両関」のみと潔い。

「戦前は、灘からの下り酒を中心に色々な銘柄を扱っていました。でも、戦後すぐ、酒が入手できない混迷期に、両関さんだけが変わらず取引を続けて下さった。本当にありがたいお話です。じつは当店の日本酒は、全種類ともシンスケ用に調整いただいた特注ブレンドだったりします。これも蔵元との信頼関係の賜物ですよ」(矢部さん)

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最後に団長は、両関のラインナップから純米酒を選び、「ちょいあつで」とお願いした。

お燗をつけてくれたのは、いまなお現役でカウンターを仕切る3代目、御歳78歳の矢部敏夫さんだ。その立ち姿たるや、「絵になる」とはこのことだろう。

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尾野: (ついーっとやってひと息)ふう。絶妙なお燗です。もう何も言うことはございません。人との縁や受けたご恩を大切にしながら、お酒をおいしく味わってもらうための密かな工夫を続けているシンスケさん。今回、私も出合うことができて幸せです。必ずまた来ますね。

……あ、最後に、ひとつだけ、たたみいわし焼いてください(笑)

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――ごちそうさまでした!

撮影:峯 竜也
構成:渡辺 高
ヘアメイク:山内聖子
スタイリスト:もりやゆり
衣装協力/nooy、CASUCA

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