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赤星酒場見聞録

赤星酒場見聞録 File No.14

スパイス酒場。オレは禁断の扉を開けてしまったらしい

「Curry House 咖喱座」

公開日:

今回取材に訪れたお店

Curry House 咖喱座

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つまみが決まらない…

スパイス酒場。オレは禁断の扉を開けてしまったらしい

サッポロラガービール、愛称「赤星」を飲める酒場を巡り、飲みかつ食べる「赤星酒場見聞録」。このたびは第14回。駒沢公園の前にある「Curry House 咖喱座」にお邪魔してまいりました。

 

スパイス酒場。オレは禁断の扉を開けてしまったらしい

ここはカレー屋さんなのか?

ある意味ではそうなのだ。ランチタイムはカレーを提供している。だが、夜になるとまた別の顔を見せるという。店に入ればすぐにわかることだけれど、壁に貼ってある料理の短冊を見ると、いかにも酒に合いそうなのだ。ポテトサラダがある。ニラ玉もある。居酒屋で間違いない。そして冷奴、いいじゃないか。

 

スパイス酒場。オレは禁断の扉を開けてしまったらしい

あれ? なんか違うぞ。冷奴の2文字の下に、何か書いてある。(ザーサイのチャタニ)と、ある。

チャタニとはチャツネのこと? ザーサイを使ったインド風のタレがかかった豆腐、ということなのだろうか? 隣の短冊は枝豆。いいじゃないか、ド定番のつまみ。赤星の栓をシュポンと抜いたなら、茹でたての熱々枝豆に塩振って……、最高ではないか。

ン? これも枝豆の2文字の下に何かカッコ書きがある。昨今では近くも遠くも見えない老いるライターである私は目を凝らす。

なぬ? (クミンオイル焼)と、書いてある。

 

スパイス酒場。オレは禁断の扉を開けてしまったらしい

なんだろう? よくわからない。短冊に目を走らせながら、私は困惑した。カッコ書きがほかにもあるのだ。

ニラ玉(塩ポン酢)は、まだ想像がつく。けれど、肉豆腐(味噌ビンダルー)とはなんぞや。ビンダルーって何よ、カレーのことか? 肉豆腐のビンダルーって? 大体さ、味噌ビンダルーってナニ?

最初のつまみを何にするかが決まらない。
こんなことは40年を超える酒飲み生活で初めてだ。さまよう視線は、ポテトサラダへと戻っていき、まずはポテサラで様子をうかがい、コップに1、2杯のビールを飲むうちに態勢を立て直そうと考えた。

 

スパイス酒場。オレは禁断の扉を開けてしまったらしい

その視界に、またまた飛び込んできた短冊。それはポテサラの左隣の1品の短冊だ。レンコンのタルカリ……。レンコンはサクサクかシャキシャキだろ。タルカリってなによ。

うな垂れる私の横で、本日も撮影を担当するキヨコさんが、店のご主人と初対面ながらも気軽にお話しつつ、最初に撮影するつまみの相談などしている。そしてふたりは、すばやく決定したのだった。

スパイス酒場。オレは禁断の扉を開けてしまったらしい

「じゃ、うずらのアチャールと、レンコンのタルカリで」

ああ、タルカリ頼んでるではないか。アチャールってのはたしか、漬物みたいなものだよな。カレー屋さんのテーブルの上のガラスの器に入っていたりするアレでしょ。まあ、福神漬けだわな、アタシに言わせりゃ。

でもな、うずらのアチャールってのは何だ。ウズラの玉子の漬物か。まあ、いいわ。それは、ありだろう。しかし、タルカリはどうなんだ。ママカリやメヒカリなら知ってるが、タルカリはわからん!

 

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そうこうしているうちに、最初の赤星の栓は抜かれたのだ。

トクトクトクトク。

コップに注いでゴクリとやれば、はあ、うまい。

このとき、取材のため開店前の午後3時半に入店させてもらっていたから、最初のゴクリは3時40分ごろかと思われる。私は前夜、というか当日の朝5時まで飲んでいた。誰かとどこかで楽しくやっていたのではないし、何かしら背負いきれぬ思いがあって大酒を飲んだわけでもない。自宅で麦焼酎のソーダ割りにいただきもののヘベスを搾り入れたらあまりにもうまいので、ついつい、飲む手が止まらなくなっただけのことだ。

しかし、飲酒終了から数えて10時間と40分で、また飲んでいる。大丈夫か?

 

スパイス酒場。オレは禁断の扉を開けてしまったらしい

大丈夫なのである。

というより、前夜の酒は本を読みながらのダラダラ酒で、時間ばかり長かったが、いくらも飲んでいない。

それに、赤星は、いつ飲んでも、やさしい味わいがする。昔馴染みのビールだからそう思うのか、赤星の成分に秘密があるのか、私は知らない。私は、いろいろなことに、はなはだ無頓着なオッサンである。

 

うまい。辛い。

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何事にもこだわらぬ、というか、ひとつのことに執着できない私だが、アチャールを一口食べて背筋が伸びた。

これ、うまいな。

ほどよい酸味、油、辛さと爽快さがあって、食事の合いの手にもいいし、酒なら何でも合う。ビールやスピリッツ、サワー、ハイボールはもちろん、濃厚な芋焼酎のオンザロックとか、造りのしっかりした日本酒にも合いそうだ。インド、ネパールの人は日ごろどんな酒を飲むのだろう。

うずらのアチャールをひとつふたつと口へ運びながら、遠く思いを馳せる私だ。

 

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そして、カリカリ、いや、タルカリだ。カリカリ、シャキシャキと食感が楽しく、しかも味わいが深い。幾種類も入っているであろうスパイスを探り当てられないのがもどかしいが、その複雑さと、最終形としてのまとまりのよさがすばらしい。

九州のがめ煮(筑前煮)やきんぴらを思わせるさりげなさなのに、香りと味で別世界へいざなう魅惑のレンコンだ。

 

スパイス酒場。オレは禁断の扉を開けてしまったらしい

絶品つまみを考案・調理しているのはこの店のご主人である山崎亮さんとひろみさんのご夫妻。20年以上アパレルの世界でオリジナルブランドを手掛けてきたが、コロナ禍で世の中が止まった頃、自宅でさまざまな料理にトライした。ラーメンから、フレンチのコンフィやリエットまで作った。子供の頃から食べることが好きで、おいしい店を探すことにも余念がなかった山崎さんの料理熱に火が付いたという。

「興味本位だったんですが、気が付けば三軒茶屋のシェアキッチンを借りて飲食業にエントリーしてました。そこで1年やってここへ移ってきたのですが、まだ6年なんですよ」

 

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奥さんの反対はなかったのか。

「まったくなかったんですよ」

驚く取材隊に、当のひろみさんが言った。

「ずっと一緒にいられる仕事を、いつかしたいなって思っていたんです」

私はグゥーッときた。もともと涙もろいが年を喰って涙腺が崩壊している私はこのとき、人知れず、泣いたのだった。

 

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次に注文したのは、串もの。ひとつはニンニクのアチャール串。ニンニクのアチャールを串に刺して焼いたものだ。この焼くという発想は本場のインドやネパールにもない。山崎さんオリジナルだという。エスニックなニンニク味噌みたいになるかなと思いつつ口へ運ぶと、ニンニクのホクホク感を楽しむその刹那、うまさと辛さが口の中に広がった。

「うま! うぁっ! 辛!」こんな感じ。

 

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「カイエンペッパーっていう辛いのが入っています」

ひろみさんが説明してくれる。これ、赤唐辛子のスパイスだ。チリペッパーと基本は同じ。辛いわけです。

 

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もうひとつはラムのつくね串だ。

「これはシシカバブをイメージしています。ソースには、ミント、パクチー、青唐辛子、ココナッツミルク、タマネギ、ピーマンを混ぜています」

食べてみると、つくね自体にもスパイスやハーブが練り込まれているのか、その味わいはこれまでのラムに抱いてきた印象を超えた感じ。初めて食べる味だな、これは……。中国東北料理の串焼きとも違うし、トルコのシシカバブとも違う。そしてとても食べやすく、酒に合う。

 

発明の枝豆

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続いて出てきたのは、冒頭で気になっていた枝豆。クミンを油で炒めた後、同じフライパンで枝豆を焼いたのだろうか。カレー味というのとも違う。すっきりとしたエスニック枝豆である。この発想、どこから来たのだろう。訊いてみると山崎さんは、照れながら教えてくれた。

「よく覚えてないんですよ(笑)。家で自分のためのつまみとして、やってみた。クミンってバリバリ食べてもうまいから」

発明だね、これは。そのまま食ってもうまいなら、ママでいこうという、すばらしい発想。

 

スパイス酒場。オレは禁断の扉を開けてしまったらしい

一方で山崎さんは、凄腕のアレンジャーでもある。取材隊が次々に注文する料理が続々と運ばれてくるのだが、肉豆腐には恐れ入った。

店での正式名称は、「肉豆腐(味噌ビンダルー)」である。山崎さんに訊いたところ、ビンダルーというのは西インドの豚のカレーで、肩ロースを各種スパイスやワインビネガーでマリネし、煮込むという。そこにこの店では味噌を加えてコクとうまみを追加したのだ。肉は煮崩れる寸前、ホロホロ状に仕上げてある。豆腐と合うんだなあ、これが。

もちろん、赤星にも合う。またまた大瓶を追加して、無性に食べたくなってきたカレーに、いよいよ突入。

 

スパイス酒場。オレは禁断の扉を開けてしまったらしい

店の看板料理のひとつ、パキスタンカレー(無水チキンカレー)をいただく。バスマティライスはさらに後で頼むことにした香辛釜めしで食べるとして、ここではパラタを添えてもらう。

無水チキンカレーはうまみの結晶みたいなカレーだ。源流はパキスタンの家庭料理ということなのだが、ビールに合うんだなあ。パキスタンの人たちは日ごろどんな酒を飲んでいるのだろうと、私はふたたび西方へと思いを馳せた。

 

スパイス酒場。オレは禁断の扉を開けてしまったらしい

仕上げは、釜めし。テーブルの上で炊きあがりまで40分。湯気があがり、水がこぼれ、いよいよ蓋を取ると、横たわる海老の下には、黄金のバスマティライスがびっしり。

今回は撮影のキヨコさんを除くと男ばかりの取材隊を感動が包み込んだ。

うん、はあ、うまい、おお!

 

スパイス酒場。オレは禁断の扉を開けてしまったらしい

取材時の録音を聞き返すと、このとき、誰も言葉を発していない。ああ、とか、うん、とか、断片的な感嘆詞の合間に、スプーンと皿の触れる音と、かすかな咀嚼音がするばかり。完食まで5分とかかっていないのだった。

 

スパイス酒場。オレは禁断の扉を開けてしまったらしい

ご主人夫妻との会話も話題豊富でひたすら楽しく、ビール以外の酒類もあれこれ工夫されていて飽きない。

駒沢公園通り沿いの、居心地のいい店だから、少し歩いて腹を減らしてから出かけてはいかがだろう。

 

スパイス酒場。オレは禁断の扉を開けてしまったらしい

(※2026年9月7日取材)

取材・文:大竹 聡
撮影:衛藤キヨコ

 

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