あのお店はなぜ時代を超えて愛されるの? お客さんが笑顔で出てくるのはどうして? 赤星探偵団2代目団長・尾野真千子が、名酒場の暖簾をくぐり、左党たちを惹きつけてやまない「秘密」を探る――。
■団長の立ち飲みデビュー
財布を気にせず昼から気軽に一杯やれる店が密集する赤羽は、まさに呑兵衛たちの楽園だ。赤羽駅東口からすぐの「立ち飲み いこい」は、そんな昼飲み偏差値最高レベルの街を代表する名酒場だ。
立ち飲み未経験という団長だが、平日の午後3時というのに異様な熱気を発する「いこい本店」に、吸い込まれるように入っていった。
「こんにちは~」と店の中心であるコの字型カウンターに進んでいくと、カウンター内で忙しく働くスタッフが「一人?」とジェスチャーで人数を確認し、一人分のすき間に誘導してくれた。さあ、立ち飲みの本格デビューだ。
尾野: おーー、みなさん楽しそうにやってますねえ。でも一体、どういうシステムになっているのかしら? ま、とにかくビールです。瓶ビールをお願いします!
あ、お勘定はその都度払っても、まとめて後でもどちらでもいい、と。では、この千円から引いていってください。“せんべろ”の名店としても知られているそうですからね、実際に千円でどれくらい楽しめるか確認してみましょう。
「はいよ~」と珍しい水冷式の冷蔵庫から取り出されたのはサッポロラガービール「赤星」だ。
尾野: きましたよ、赤星! ここにもいてくれて、ありがとう。では、いただきます。
――ふ~~、たまらん! 生き返ります。
“せんべろ”とは「千円程度でべろべろに酔える」ような酒場を指す最近の言葉。「べろべろに酔う」ことの良し悪しはさておき、この言葉が愛情をもって使われているのは、安くおいしく飲める店に呑兵衛たちの美学が見出されているから。団長もその未体験ゾーンに分け入ろうとやる気全開だ。
尾野: えっ!? 赤星が大瓶で410円? 驚きの低価格設定です。でも、他のドリンクが軒並み100円台、200円台というこの状況では、赤星は高嶺の花という存在かもしれませんね。
こうしてカウンターで肩寄せ合って立ち飲みしてると、他のお客さんと不思議な一体感があるんだけど、「どうだ、私は赤星いっちゃてるぞ、いいでしょ」と、ちょっとした優越感を味わえます(笑)。
尾野: さてさて、おつまみは……いろいろありますねえ。まずは定番のもつ煮込みを。え!? もつ煮込み、110円なの? それから……とり皮を塩でください。
「こっちもとり皮ちょうだい」「焼酎ハイボールおかわり」「はいよ」「まぐろください」「はい、まぐろね」と、ポンポンとリズムのよいやりとりが耳に心地いい。
尾野:(もつ煮込みをひと口ほおばって)んー、おいしい!(赤星をキュッとひと口やって)いやー、いいですねー。
■各人各様で楽しむ真昼の一杯
客の多くは一人か二人組。みんな自分のペースでグラスを傾け、いい笑顔だ。酒好き同士、会話が生まれるのも自然な流れ。
「このお店にはよくいらっしゃるんですか?」と団長が隣客に聞くと、「そうだね、よく来るほうだね。定年退職して時間だけはいっぱいあるから」とナイスミドルは屈託なく笑う。
「私は初めて。一度赤羽で昼から飲んでみたくてね」という人もいれば、「オレはたまに。今日は会社さぼって来てるから、バレるとまずいんだよ」という強者もいる。
2杯ほどをさっと飲んでいく人が多く、客は次々と入れ替わる。
空いた団長の隣りに次にやってきた青年は、団長の赤星に目をとめて「赤星、旨いですよね。オレ、赤星が飲めるから、ここ好きなんです」と話す。
尾野: そうなの? 私ね、赤星が飲めるお店を調査する「赤星探偵団」の団長やってるの。赤星ファンに会えるのは、うれしいなあ。今日はお休み? お仕事は何しているの?
「電車の広告の仕事をしてます。中吊り広告を付け替えたりする、たまに見かけるアレです。今日は休みで、朝からジムで汗を流して、いつもより早めに繰り出してみました。
家ですか? オレ、生まれも育ちも赤羽で、そこの通りでよくかくれんぼして遊んでたんです。昼から飲んでる大人たちも日常の風景で、自分も大人になったら自然と『いこい』で飲むようになってました。今31歳ですけど、もう10年以上ここで赤星飲んでます」
■呑兵衛たちを受け入れて半世紀
「立ち飲み いこい本店」は創業47年。もともとは酒屋で、当初から店の一角で酒を楽しめる角打ち併設の店だった。その後、次第に角打ちの人気が高まったため、酒を販売するための店舗は近所に引っ越し、店の中央にコの字型カウンターを設えて立ち飲み専門店となった。
当時の開店時間は朝7時。夜勤明けの労働者にも重宝され、朝から大いに賑わった。乾き物や作り置きできる簡単なものだけだったつまみも、やきとんを始め、揚げ物も始め、鮮魚も扱うようになり、次第に広がっていった。
品数は豊富になったが、いいものを安くという心意気は変わらない。人気メニューの上位は、まぐろ、おから、もつ煮込み、もやしナムルで、まぐろは上質な切り身が3切れで130円。その他はいずれも110円と超破格値だ。団長も好物のもやしナムルを追加した。
尾野: もやしがシャキシャキでいい感じ。こんなふうにちょこちょこつまみながら飲むのって楽しいなあ。……気づけば、あと150円か。
かつては女性は寄り付かない、男臭い店だった。2012年にビルの建て替えにともなって新装開店。建て替え時に仮店舗として営業していた店をそのまま支店として残し、現在は2店舗で人気を博している。
マンガやドラマでとりあげられ、ちょっとした赤羽ブームの今、若い女性やカップルの利用も増えて、団長のような女性一人客も違和感はない。
■隣り合うのも多生の縁?
カウンター正面に移動した団長の隣りにやってきた男性が、「初めまして」と声をかけてきた。
「尾野団長、団員の片野と申します。お会いできて光栄です」
というその人は、赤星探偵団の別企画「アニ散歩」担当の“アニキ”こと片野英児氏だった。
尾野: 初めまして。え~~! わざわざ来てくれたんですか? ありがとう。
片野: 今日は完全にプライベートです。赤羽にはよく出没していて、もう地元みたいなもんなんですよ。団長、注がせてください! いやーうれしい、マジうれしい。団長と赤星を飲めるなんて、マジ気絶ものです。
尾野: 私も今日はいろいろな人とお話しながら飲めてうれしいなあ。実は立ち飲み初体験なの。
片野: マジすか!デビュー戦に「いこい」なんて、最高じゃないすか。知ってます? ここ、ほら、カウンターの下にフックがあって、バッグが架けられるんすよ。
尾野: わっ、ホントだ。ぜんぜん気が付かなかった。
片野: ここに架けておけば、酔っぱらっても自分のカバンをなくさない。コレ、大事っす。
尾野: そうね、気が利いてる。それからちょっと気になってたんだけど、タバコ吸っている人がいるのに灰皿がないの。
片野: 「いこい」では灰は床に落とすのが流儀なんです。吸い殻も足元に捨ててOKす。
尾野: パリのカフェと同じスタイルだ! カッコいいね。
片野:(赤星を注ぎあって)団長、どうぞ飲んでください。つまみ、なにか頼みましょうか?
尾野: あと150円しかなくなっちゃったの。これで食べられるのは……豚バラは220円で予算オーバーでしょう。ん?“てんまめ”ってなんだろ。豆だよね。これにしてみようかしら。
片野: てんまめなんて、あります? どこですか? あ、これ、“そらまめ”ですよ。「天豆」と書いて「そらまめ」と読みます。団長、しっかりしてください!
尾野: えーー! これ「そらまめ」なの? 普通、「空豆」とか、「蚕豆」とか書かない?
片野: いやいやいや、ここは“そらまめ”と読んであげましょうよ(笑)。
尾野: ちょっと、あなた団員でしょ? 私は団長なんですからね。
片野: 失礼しました。オレ、豚バラ頼むんで、1本ずつ食べましょう。豚バラください! あと赤星をもう1本!
尾野: よし、片野団員、飲むよ!
片野: はい、今日はとことんお供します!
立ち飲みの長っ尻は野暮というもの。「いこい」で勢いをつけた赤星探偵団ご一行は、その後、次なるターゲットを目指し、河岸を変えた。
――ごちそうさまでした!
撮影:峯 竜也
構成:渡辺 高
ヘアメイク:石田あゆみ
スタイリスト:もりやゆり
衣装協力/support surface