私たち「赤星探偵団」が、
あしで稼いだ“おいしい情報”を発信します

赤星が飲めるお店を探す 赤星が飲めるお店を探す
ブクマーク一覧へ

100軒マラソン File No.89

久々の浅草・観音裏で「東京にまだこんないい店があったとは…」と痺れた夜

「てるてるぼうず」

公開日:

今回取材に訪れたお店

てるてるぼうず

ブックマークする

サッポロラガービール、愛称「赤星」を訪ねて酒場を巡る赤星100軒マラソンも今回で89回目。そろそろまた浅草に行きたいなと思っていたところ、当企画の担当編集Hさんから届いたメールにあったのは、浅草の飲み屋さんだった。

さっそく店の情報を調べてみると、カウンターにお惣菜が並ぶスタイルであるらしい。店の名は「てるてるぼうず」。場所は浅草五丁目でございます。

柔らかな光の中で桜の花を愛でながら

久々の浅草・観音裏で「東京にまだこんないい店があったとは…」と痺れた夜

取材当日の東京は朝から豪雨に見舞われて、都心部でも人が立ちすくむほどの強風が吹き荒れた。けれど、私たちスタッフが浅草に到着する頃には雨風はおさまり、その頃合いから、ぐっと気温が下がって来るようでもあった。

そんな天気のせいか、いつもより観光客が少ないなと思いながら、観音様を通り抜け、千束通りへ出てしばらく歩いた。そう、駅から近いわけではないのです。だから、ようやく店の前に着いたときには、早く喉を潤したい気分になっていた。

深紅のハイビスカスみたいな色の大きな暖簾の下には、いくつもの鉢植えが置いてある。鉢の植木の葉はまだ薄い緑色だが、雨を吸ってしっとりと輝いている。とてもきれいなので、店に入る前にしばらく立ち止まったほどだ。鉢のひとつは百日紅。夏にはきれいな赤い花が玄関を彩るのだろう。

久々の浅草・観音裏で「東京にまだこんないい店があったとは…」と痺れた夜

店内に入って、靴を脱ぎ、窓辺の台の上に鞄を置いた。これは、何かの踏み台かと思ったが、女将さんはすぐに、

「それ、文机なんです。昔、骨董市で買ったの。造りがしっかりしてるから、大人が腰掛けても平気なんですよ」

と教えてくれた。ああ、なるほど、これは文机だと思いながら振り向くと、店内の壁の雪見障子も欄間を飾る透かし彫りの額も、いずれもアンティークで味わい深い。店内を柔らかく包むような色合いの灯りによく似合う。

久々の浅草・観音裏で「東京にまだこんないい店があったとは…」と痺れた夜

カウンターの端には、見事な桜の枝が天井まで届く勢い。まだ花をつけている。

「週末までは店内にソメイヨシノの枝を端から端まで渡していたんですけど、花がぜんぶ散っちゃったんで、今日は山桜に変えました」

これが見事な桜でねえ。ソメイヨシノももちろんいいんですが、山桜ってのがまた、風情がありますな。

久々の浅草・観音裏で「東京にまだこんないい店があったとは…」と痺れた夜

この季節、緑の山の斜面に桜色がポワッと浮かぶのを見ると、ああ、なんてきれいなんだろうなと思う。大勢で集まってソメイヨシノの下で賑やかに酒を酌み交わすのもいいが、低い山を歩く途中で視界が開けた途端に目に飛び込んでくる山桜を愛で、しばしの休憩の間に飲む冷たいビールも格別だ。絶対にうまい!

てなことを考えていたら、ああ、無性にビールが飲みたい。

「赤星、ください」

久々の浅草・観音裏で「東京にまだこんないい店があったとは…」と痺れた夜

こちらのビールは、サッポロはサッポロでも、以前は黒ラベルだった。それが赤星になったのは、

「お酒飲みの人たちが、瓶ビールは赤星がいいよって教えてくれたからね」

とのことです。お通しは、見た目にも可愛らしい。ジャガイモと明太子のマヨ和えに刻んだイブリガッコをのせたもの、おから煮、それからソラマメだ。

久々の浅草・観音裏で「東京にまだこんないい店があったとは…」と痺れた夜

カウンターの上には大皿が並んでいます。肉じゃが、茹でブロッコリーとアスパラ、カボチャの素揚げと鶏のから揚げ、餃子にピーマンチーズ、その向こうはなんだろう? ビーフン? 何かの麺だ。

「ああ、これは春雨なの」

久々の浅草・観音裏で「東京にまだこんないい店があったとは…」と痺れた夜

春雨に、ピーマンとタケノコ、タマネギの入った焼きそば風だ。これも、うまそうだし、その向こう、青々とした鉢は、麻婆豆腐だという。いや、ちょっと待て。麻婆豆腐の手前にも一皿、魚の切り身が見える。

「焼き物は、鰤と銀鱈です」

久々の浅草・観音裏で「東京にまだこんないい店があったとは…」と痺れた夜

鰤に銀鱈か。こんな立派な厚みなら、そりゃ最高だよねえ、などと呟きつつ、見るからに盛りだくさんな大皿を改めて見渡して思う。

東京にこんないい店があるのを今の今まで知らなかった……。

当連載で街から街へと飲み歩く間に何度も思って来たことを、また思い返し、大きく息を吐いた私です。

3人の子供を育てながら観音裏で26年

久々の浅草・観音裏で「東京にまだこんないい店があったとは…」と痺れた夜

さあ、やろう。落ち着ける店ならばこそ、ゆっくりやろうじゃないか。

お通しの小鉢に箸をのばし、おからを口に入れた後、すぐに赤星をぐいっと飲む。渇いた喉に染みる赤星。くぅーっ、最高だね。その日最初のビールのひと口目がうまいことを、幸せの定義としたい。

青い匂いでビールにより添う旬のそら豆。マヨ和えの素朴な味わいが嬉しいジャガイモ。その上にのっていてよく香るイブリガッコ。どれをとっても、文句なし。今宵の酒も上々の滑り出しだと思えば心も踊る。お通しだけで、すっかり女将さんの料理の虜になった。

久々の浅草・観音裏で「東京にまだこんないい店があったとは…」と痺れた夜

カウンターの上の大皿料理から、さて、何を選ぶか。

「まず、このあたり、ください」

と、私が指示したのは、鳥の唐揚げとカボチャの素揚げの皿だ。

飲むときはごくあっさりしたものを少しつまむ程度の私が、最初の一品に唐揚げというのはいかに? 編集Hさんがすかさず、そう訊いてくるのですが、理由は簡単で、この唐揚げがなんともうまそうであるということに尽きる。

久々の浅草・観音裏で「東京にまだこんないい店があったとは…」と痺れた夜

カリッとほどよく揚がっているのは見ればわかること。焦げから来る黒ずみはなく、かといって油がべたつく感じもない。噛めばカリッと音をたて、衣はパリパリっと口中で崩れ、中から、柔らかくて、うまみたっぷりの鶏肉が出てくる。そういう感じが、見るからにわかる。

だから、最初から唐揚げという、いつにない注文になったのだが、いざ食べてみれば思っていたとおりの確かなおいしさだった。カボチャの素揚げも、軽くてうまい。

ビールはたちまちにして減っていく。

久々の浅草・観音裏で「東京にまだこんないい店があったとは…」と痺れた夜

次なる一品は何にするか。カウンターの上を眺めまわし、目で楽しみながら選んだのは春雨です。

豆や芋のでんぷんから作る麺が春雨。その細さが春の雨に似ているからこの名がついたという話もある。見た目は素麺より、ビーフンに似ている。ちなみにビーフンは米粉が原料であるらしい(これは後日、調べたこと)。

この料理の具は、ネギ、ピーマン、豚肉、そして春の味覚タケノコだ。食べてみると、あっさり味の焼きそば風に仕上げてあって、実に軽くて、おいしい。どんな酒にも合い、小腹の減った人にもやさしい逸品。私はビールの次の酒を焼酎にするか日本酒にするかと思いを巡らせる。

久々の浅草・観音裏で「東京にまだこんないい店があったとは…」と痺れた夜

そして、このときになって、おいしい酒肴の仕込みにかかる労力のことが気になった。

「毎日、朝から買い出しして、ここで仕込みをして、あれが足りないこれが足りない、と思ったらまた買いに出て、そんな感じです。とにかく、料理するのが好きだからね、ぜんぜん苦ではないの」

店は、この場所では6年だが、前の場所を合わせるとトータルでは26年やっている。浅草の観音裏で26年。並大抵のことではない。

久々の浅草・観音裏で「東京にまだこんないい店があったとは…」と痺れた夜

女将さんは、3人のお子さんを育て上げた48歳のときに、この商売を始めたという。それまでは美容師さんで、前の店を始めた頃は、今のこの場所で美容室もやっていた。このダブルワークが18年。睡眠は、2時間くらいだったという。

そして実は今も、老人介護施設への出張仕事を欠かさないという、見たことがないくらいの働き者です。年齢も隠さず、73歳になると笑うその笑顔が眩しいほどきれいだ。

ちゃきちゃきの江戸っ子、浅草っ子かと思って訊くと、生まれ育ちは奄美大島の加計呂麻島という。

久々の浅草・観音裏で「東京にまだこんないい店があったとは…」と痺れた夜

「じゃあ、奄美の黒糖焼酎ください」

私は、ずっと正面に見えていた焼酎用の瓶の中身をお湯割りでもらった。黒糖の甘さがふわりと広がる飲み方で、食も進むのだ。

飲んで話すほどに楽しい夜

久々の浅草・観音裏で「東京にまだこんないい店があったとは…」と痺れた夜

取材チームの営業・マーケティング・広告といったいつもの若手スタッフたちも参加して、ピーマンチーズ、餃子、麻婆豆腐、タケノコご飯と次々に注文する。もちろんのことだが、赤星を盛大に飲む。

最近、時々思うのだが、飲み屋で、若い人たちが酔って賑やかになっているのを見て、ああ、いい光景だなと。うまいつまみで飲んで少し饒舌になって、翌日に軽い自己嫌悪があるくらいの酔い方は、若い人の特権だ。大いに、乱用してほしい、とさえ思うのだ。

久々の浅草・観音裏で「東京にまだこんないい店があったとは…」と痺れた夜

60歳を超えた私は、もうバカ飲みはできないながら、最初から目を付けていた銀鱈をいただく。

あっという間に飲んでしまった黒糖焼酎もお代わりすると、女将さんは、ウドの酢味噌和えを、さりげなく、出してくれた。嬉しい。

ああ、いい店だなあ……。

久々の浅草・観音裏で「東京にまだこんないい店があったとは…」と痺れた夜

私はぼんやりしている。カウンターには、いつしか退出した若手たちの後に、お店の常連さんもお見えになって、とても賑やかになっている。私も含めて、60代、70代の人があれこれと、話せば話すほど楽しいものだ。

みんな、スマホなんて見ていない。赤星を、焼酎を、はたまた日本酒を、それぞれに、楽しく飲んでいる。

暖かい灯りの下で、こぼれるような女将さんの笑顔を眺め、常連のお姐さんの舌鋒に痺れた私は、気が付けば、いつまでもこの場を去りがたくなっているのだった。

久々の浅草・観音裏で「東京にまだこんないい店があったとは…」と痺れた夜

(※2024年4月9日取材)

取材・文:大竹 聡
撮影:須貝智行

 

この記事シェアする