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100軒マラソン File No.85

下北沢「創業74年の老舗モツ焼き店」で煙の匂いに感じた酒場の“文化”

「焼鳥 さかえ」

公開日:

今回取材に訪れたお店

焼鳥 さかえ

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サッポロラガービール、愛称『赤星』を訪ね歩く赤星100軒マラソン、85回目となる今回は、下北沢の老舗をお訪ねします。

小田急線も地下に潜り、駅前の様子はすっかり変わった感じですが、ここはやはり思い出深い。学生の頃、何度か芝居を観に来ました。本多劇場と、ザ・スズナリ。当時私がしびれていたのは、第三舞台や夢の遊眠社という劇団で、同じ芝居を3日続けて通路に座り込んで観たこともある。

下北沢「創業74年の老舗モツ焼き店」で煙の匂いに感じた酒場の“文化”

今思うと、何がそれほど私を惹き付けたのがよく思い出せないのですが、すっかり入れあげてしまった私、夢の遊眠社に入るべく募集要項を取り寄せた。そこにはダンスの試験をするからレオタード持参でお越しください、みたいなことが確か書いてあって、あ、いや、レオタードはちょっと……ということで早々に役者の道をあきらめたのだった。

そんなことがあったから、下北沢を歩けば今も、40年前がありありと思い出されてひどく恥ずかしい。その一方で、お通しがわりに厚揚げを丸々一丁出すおでん屋さんがあったことなどを思い出しては胸の中までほかほかしてくる。つまり、私にとって下北沢は大人になる前に出会った街であり、だからこそいつまでも温かく、少しばかり恥ずかしい街なのだと思う。

下北沢「創業74年の老舗モツ焼き店」で煙の匂いに感じた酒場の“文化”

下北沢で最古の老舗

駅前から続く南口商店街を、目当ての店の前まで歩いてくると、迎えてくれたのは、「焼鳥 さかえ」と書かれた大きな看板だ。下北沢の現役の酒場としては最古の老舗と聞いているが、実は私は初めて入る。

下北沢「創業74年の老舗モツ焼き店」で煙の匂いに感じた酒場の“文化”

繁盛店のため、開店時間の少し前にお邪魔して、お話を聞かせてもらった。お相手をしてくださったのは、ご主人の湯浅郁夫さんだ。

「うちは昭和24年からやっています。私の父の代に始めて、私が2代目です」

先代はプロボクサーで、日本人初の世界チャンピオンになる伝説のボクサー白井義男氏とも3度対戦し、1勝1敗1引き分けという輝かしい戦績を残したという。後楽園ホールができる以前、当時の後楽園球場で行われた試合の写真が額装されて店の奥に飾られている。

下北沢「創業74年の老舗モツ焼き店」で煙の匂いに感じた酒場の“文化”

「今で言う日本チャンピオンになったこともあるんです。戦後すぐのことで、米軍キャンプを回ってエキシビジョンの試合に出たりね。でも、ボクシングだけで喰っていくのはなかなかたいへんだったみたいです。

そんな頃、近所でモツを扱っている店の人に教わって、最初はオフクロがここを始めたんです。当時、肉屋さんは一斗缶にモツを入れて、自転車で運んできたそうですよ」

下北沢「創業74年の老舗モツ焼き店」で煙の匂いに感じた酒場の“文化”

看板には「焼鳥」とあり、今では鶏肉も扱うが、串もののメインは豚。やきとんである。人気の一品はやはり、煮込みだ。

そして、サッポロの赤星との付き合いは50年以上になるという。

下北沢「創業74年の老舗モツ焼き店」で煙の匂いに感じた酒場の“文化”

「昔、サッポロビールの方がとても熱心で、取締役の方まで来てくださいました。それ以来のお付き合いです。僕も外で飲むときに、ああ、やっぱりおいしいなと思いますよ。それに赤星は最近、若い人にもよく知られていますね」

ご主人と奥様のほかに、娘さんと、その旦那さんも一緒に店を切り盛りする。開店直前の厨房では酒肴と酒の準備は万全。ガスコンロにかけて火をつけた炭が次々に、焼き台に移し替えられていく。

下北沢「創業74年の老舗モツ焼き店」で煙の匂いに感じた酒場の“文化”

ご主人からあれこれお話を伺ううちに開店時刻を迎えた。

カウンターにも、テーブルにも、ところどころに「予約席」のプレートが出されている。さすが、2024年で開業75年を迎える老舗だ。次に来るときは事前に予約を入れてからでかけることにしようと思う。

キンキンに冷えた赤星大瓶

下北沢「創業74年の老舗モツ焼き店」で煙の匂いに感じた酒場の“文化”

「タン塩とナンコツと、シロをください。シロはタレで」

焼き場を担当する、頭にタオルを巻いた人に声をかけた。聞けば、この人が娘さんの旦那さんだという。

「ナンコツはタレ、塩、どちらにしますか」
「どっちがおススメですか」
「塩がうまいと思いますよ」
「じゃ、塩で。それと、ガツポン酢と、えーっと、煮込みもお願いします」

下北沢「創業74年の老舗モツ焼き店」で煙の匂いに感じた酒場の“文化”

私が注文をしている間に、この日最初のお客さんが入ってきた。常連のご夫婦で、いつも決まって赤星を頼まれるようだ。

こちらももちろん、ビールは赤星。キンキンに冷えた大瓶が出てきましたよ。いい眺めだ。こうでなくはいけない。

さっそくグラスに注ぎ、喉を鳴らしてグイッとやる。

下北沢「創業74年の老舗モツ焼き店」で煙の匂いに感じた酒場の“文化”

しみじみ、うまい。

暮れなずむ晩秋の赤星のなんともやさしいうまさよ。

下北沢「創業74年の老舗モツ焼き店」で煙の匂いに感じた酒場の“文化”

そこへ少し大きめの小鉢にたっぷりのガツポン酢が出てきた。

ネギとタマネギとガツを混ぜ、ポン酢を馴染ませる。上からふられていたゴマの香りを感じつつ口に入れると、ガツは口の中でほどけ、甘酸っぱさが口内に広がる。タマネギとほどよく湯掻いたガツの相性の良さが全面に出ている絶品だと思う。

下北沢「創業74年の老舗モツ焼き店」で煙の匂いに感じた酒場の“文化”

お次に出てきた煮込みの、とろりとした汁を啜ると、みそ仕立てであるかと思われるが、しつこさがまるでなく、すっきりと仕上げてある。

なんというか、モツの臭みを味噌で消すというのではなく、それとは真逆の方向で、モツの旨みを引き出している感じがする。

これは幸先がいいぞ。

下北沢「創業74年の老舗モツ焼き店」で煙の匂いに感じた酒場の“文化”

ほどなくして、待ってましたの串ものの登場だ。

まずは好物のタンを口へ運ぶ。肉厚で歯ごたえのあるタンは、適度な脂ものっていて、甘みさえある。3切れ目の肉の前に挟まれるネギがアクセントになり、最後まで飽きさせない。

下北沢「創業74年の老舗モツ焼き店」で煙の匂いに感じた酒場の“文化”

そして、ナンコツ。骨の際の肉の部分が絶妙な焼き加減できゅっと締まっていて、ほんのりとした塩味とよく合う。

野趣あふれるという境地とはむしろ逆の、おっとりして、澄ましていて、品のいいナンコツ。そんな感じがする。

下北沢「創業74年の老舗モツ焼き店」で煙の匂いに感じた酒場の“文化”

タレ焼きのシロは、濃厚なタレの味わいと噛み応え、そして、焦げた部分のほんのりとした苦みが口の中で混然となる逸品だ。

どれも定番の串だが、いい素材、いい仕事が相まって、しみじみ、うまい。

受け継がれる「味の記憶」

下北沢「創業74年の老舗モツ焼き店」で煙の匂いに感じた酒場の“文化”

酒や酒場を語るのに「文化」という言葉を使うことには長らく抵抗があったけれど、昭和24年から続くモツ焼きの名店で幾本かの串を味わえば、このうまさ、この居心地を、単なる食習慣では片づけられないと思う。

店の側が二代三代と継承してきたように、客の側でも二代三代と受け継いできた味の記憶。焼き台から吹き上がる煙の匂い。煮込みの汁が放っていた光。そして、いつもそこにある不変の赤星。

下北沢「創業74年の老舗モツ焼き店」で煙の匂いに感じた酒場の“文化”

こういったものは、人々の記憶の中で数十年に渡って変わることのなかった生活の様式とも言えそうだ。受け継がれる暮らしのスタイル。つまり、モツ焼きにまつわるひとつの文化という気がするのである。

なんか、柄にもないことを考えているようですが、実際、こちらのご主人に伺っても、傍から見れば変わりない光景に見えて、お客さんの様相は少しずつ変化しているというのです。

下北沢「創業74年の老舗モツ焼き店」で煙の匂いに感じた酒場の“文化”

「若い人が増えましたよ。昔みたいに、上司や先輩が連れてきて飲むという形じゃないから、今の若い人たちは、たとえばモツのことも、あまり知らない。でも、食べてみて、おいしい、これ、何ですか?って素直に聞いてくれる。それでいいんですよ。

最近では、会社の話、仕事の話をしている人は少なくなりましたよ。お話にしても個人的な話が多いし、お金も個人で払う。会社で落とさない。あ、でも、領収書くださいって言う人は少なくないんですよ。スーツじゃないだけで、みなさん、事業主なのかなあ(笑)」

下北沢「創業74年の老舗モツ焼き店」で煙の匂いに感じた酒場の“文化”

ご主人の言う若い人たちというのは、30代、40代の人たちだという。下北沢は若者の街だけれど、さすがに20代でこちらの暖簾を潜るのは勇気がいるか。いや、30代、40代になったら、ごく自然に、こうした街に溶け込むように存在している一軒の店の扉を開けてみたいと思うのかもしれない。

ご主人の言うとおり、それが、素晴らしいような気がする。付き合い酒より、自分で選んで飲みに行くほうが、断然うまい。そのことを覚えた人たちが、この店のような長く愛される老舗の味に巡り会うことは、実に素晴らしいと思うのだ。

この店を知らずに生きてきた迂闊

下北沢「創業74年の老舗モツ焼き店」で煙の匂いに感じた酒場の“文化”

編集Hさん、カメラのSさん、版元営業、広告営業といういつもの取材陣で卓を囲めば、そのテーブルがまさに親子ほど世代の違う人が囲む席になっている。

みなさん赤星で始め、それぞれに好きなものを頼む。アスパラの豚肉巻きに、レバカツ、玉こんにゃく、お新香、焼きおにぎり……。

気がつけば、店内はほぼ満席。ふらりと来ても入れない状態になっていた。いやあ、いい店だなあ。

下北沢「創業74年の老舗モツ焼き店」で煙の匂いに感じた酒場の“文化”

東京に生まれ育ちながら60歳になるまで下北のこの店を知らなかったことは、迂闊以外の何物でもない。それを心底、心に刻もうと思ったのは、ご主人のこんな言葉を聞いたからだ。

「このあたり、たくさん知っている店がありましたよ。でも、後継者がいなくて続けられない。だから、みんな店を畳んで店舗を賃貸に出すんです。でもね、ウチはまだまだ頑張ろうって、そう思っているんですよ」

最後に奥様との2ショットをお願いしたら、ご主人も奥様も照れながら、とてもいい笑顔をしてくださった。

下北沢「創業74年の老舗モツ焼き店」で煙の匂いに感じた酒場の“文化”

(※2023年11月22日取材)

取材・文:大竹 聡
撮影:須貝智行

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