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100軒マラソン File No.44

「モツ焼 酒 三鷹駅北口」うまい・やすい・しぶい店

「婆娑羅」

公開日:

東京都郊外、三鷹市に生まれ、育ち、子育てまでした私は、市内に46年住んだ。バイト料を手に、ひとりで酒を飲むようになったのが20歳のころとして、36年が経ちますが、ひとり酒を始めたのも、三鷹駅前でした。

自分でもなぜだかわかりませんが、若いころからひとりで飲むことが多かった。暗いやつだとお思いでしょう。実際、暗かったんだろうなと思います。

当時、すでに賑やかだったのは吉祥寺界隈ですが、ちょっと賑やかすぎて肌が合わなかった。

「モツ焼 酒 三鷹駅北口」うまい・やすい・しぶい店

吉祥寺と比べてぐんと田舎の感じが残るお隣の三鷹駅周辺のほうが、私には接しやすい街だった。

書店と、その2階の名曲喫茶で時間をつぶし、夕方早く、ロータリーに面した古本屋の並びにあるやきとり屋に入る。若造にとってはちょっとした冒険なのですが、バイト先の工場が土曜は半ドンだったから、これも仕事の後の酒。いっぱしのオトナになった気分でカウンターについたものです。

他に立ち寄る店もあったが、いずれも南口。北口には立ち食いの蕎麦屋に寄るくらいで縁がなかった。けれど、その時すでに、三鷹駅北口に、名店がオープンしていたのです。

「モツ焼 酒 三鷹駅北口」うまい・やすい・しぶい店

■こういう店へ来るときは…

店の名を「婆娑羅」という。ぜいたくの限りをつくす風潮を意味する言葉と聞いたことがありますが、お店は実にシブい縄のれんだ。

朱色の地に黒文字で店名を入れたマッチ箱の裏側には、潔く「モツ焼 酒 三鷹駅北口」とだけ印刷されている。

夕方早くに入店し、コの字カウンターの1席につくと、西を向いた引き戸の向こうは、赤みがかった夕焼け色だ。

「モツ焼 酒 三鷹駅北口」うまい・やすい・しぶい店

まずはビール。イカ大根のお通しと、赤星が出てくる。

「うちは創業以来、ずっとサッポロ。赤星ですよ」

ご主人の大沢伸雄さんは言う。

「モツ焼 酒 三鷹駅北口」うまい・やすい・しぶい店

大沢さんは三鷹で店を始める以前にも、3年間、国立でモツ焼きの店をやっていた。

師と仰いだのは、山口瞳著『居酒屋兆治』のモデルとなった「文蔵」の主。私も行きたかったが、ついに果たせぬままになった伝説の名店に、若いころから通ったのだということです。

「モツ焼 酒 三鷹駅北口」うまい・やすい・しぶい店

辛み大根とタラ子の小皿がくる。タラコは炙りもうまいが、おにおろしでおろした大根と生タラコの相性も格別だ。ビールがうまい。

こういう酒場には、ひとっ風呂あびてから来たいなあなどという思いを、お店の焼き場に立つきれいなお姉さんに言ってみると、

「近くに2軒、銭湯がありますよ。お風呂入ってから来られるお客さんもいらっしゃいます」というではありませんか。

「モツ焼 酒 三鷹駅北口」うまい・やすい・しぶい店

厚揚げの焼いたのがきた。題して、深大寺厚アゲ焼。

調布の深大寺といや、ふるさとの寺。今もときおり足を運んでは、蕎麦屋で昼間っから酒を飲んだりする界隈ですが、その近くの豆腐屋で仕入れてくる揚げとのことですよ。

「モツ焼 酒 三鷹駅北口」うまい・やすい・しぶい店

ここでまた、ビールをぐびりとやるのは、この厚揚げが、きちんと背筋をのばしてから箸をつけたいような、なんともいい風情を漂わせているからなのです。

何を大げさな、と言うなかれ。写真をご覧いただきたい。炭火でぱりっと焼いた厚揚げの上にはらりとかかっているのは、たった今、削ったばかりの鰹節なのです。

「モツ焼 酒 三鷹駅北口」うまい・やすい・しぶい店

わかってます。昨今、パックのカツブシだってうまいことは、わかってます。けれど、削りたてはやはり、格が違う。香りが違う。

もちろん、豆腐そのものも、うまいのです。それが前提だけれど、いいもの仕入れて、そこにひと手間、というのが、ありがたい。

どうです? このほうが酒が進むでしょ? と、厚揚げの皿が語り掛けてくる。飲みすぎアタマが妄想を繰り広げているだけのことかもしれませんが、私には、そう、思える。実際、食べてみて、実にいい。

「モツ焼 酒 三鷹駅北口」うまい・やすい・しぶい店

■ビールでいくか、燗酒に替えるか

さあさあ、調子が出てきてしまいました。ここはモツ焼き屋だから、タン、カシラ、ナンコツをもらう。全部、塩焼き。それと同時に、カワハギの肝合えなんてものも頼んでしまう。

モツ焼きメインといっても、こちらの店には、いろいろ、すぐれた酒肴があるようで、ドジョウ鍋やら〆サバやら、いろいろ人気の品がある。

その中から、本日おすすめの1品、カワハギを頼んだわけですが、まあ、申し分ないですな、この季節の肝合えは。

「モツ焼 酒 三鷹駅北口」うまい・やすい・しぶい店

たはははは、はあ、うまい。我ながら、サイテーの食レポだと自覚しておりますが、うん、こう書くしかないんですな。負けです。降参。

実はそういうときが、この仕事をしていていちばん嬉しいときでもある。ああ、うめえなあ、とつぶやきながら酒を飲み、肴に箸を伸ばすときくらい、満ち足りた時間もないわけで、これまた大げさですが、ほかに、あまりほしいものがないというくらいのものです。

ビールの追加をし、その後で燗酒に切り替えるか、いろいろ迷う。

「モツ焼 酒 三鷹駅北口」うまい・やすい・しぶい店

そこへ、モツ焼きもきた。

これこれ。こういうタン塩が好きなのですよ。いたずらに大きくもなく、食べ応えありでしょ、と訴えてもこない。けれど、ふわりと焼けていて、塩加減も最高。豚の頬、舌、喉の骨、いずれの串からも、うまいモツ焼き屋の串ものはこんな感じなのよという、かなり個人的ではあるが、それなりに自信もある感想が浮かんでくる。

ここに心臓と大腸を加えると、私の「焼き鳥屋」という原型が見えてくる。鶏肉じゃないんですな。豚モツの串焼きが、私の串物の原型なのです。この店の3種の串が、そういうことまで想起させてくれる。

「モツ焼 酒 三鷹駅北口」うまい・やすい・しぶい店

ふと見ると、西を向いている引き戸の外が暗くなっていた。取材時はまだ1月末。冬至のころに比べれば日は長くなっているけれど、季節は真冬。背中を丸めながら引き戸を開ける客が、次々と来店してくる。

「お客さんは、働き盛りの40代が多いかな。でも、上は90歳くらいの方もいるし、週末は若いカップルが多いね。うちはね、気分のいい若者がくるよ」

大沢さんはそう言ってほほ笑む。

「モツ焼 酒 三鷹駅北口」うまい・やすい・しぶい店

古いお馴染みさんから、こういう店に行けば、日ごろは出会えないひと皿に出会えることを知った若者まで……まさに老若男女がコの字に連なり、今宵もゆるりと酒を飲む。そういう場所に、数々の新製品より、赤星のような古い銘柄が似合うのは当たり前というものだろう。

「モツ焼 酒 三鷹駅北口」うまい・やすい・しぶい店

■穏やかに、うまそうに

大沢さんに長く続くワケを聞いてみた。

「バブルの頃にも手を広げなかったことが第一。それと、こちらのビルのオーナーが再開発を受け付けなかった。あとはね、耐震とか、水回り、電気系統、もろもろ、修繕すべきところはちゃんとやってきた。それくらいかな」

口ぶりはさりげないが、容易なことではないだろうと察しがつく。酒場の親父、というと、叱られるかもしれないが、柔らかい物腰の背後に、昔かたぎの頑固一徹が隠れているような気がする。

「モツ焼 酒 三鷹駅北口」うまい・やすい・しぶい店

さあ、そろそろ編集H君や写真Sさんにもこのすばらしい時間を共有していただこう。

人気のドジョウ鍋と、〆サバ、ポテサラを注文。彼らは赤星。私は燗酒にした。

「モツ焼 酒 三鷹駅北口」うまい・やすい・しぶい店

それから、忘れてはならないのがぬか漬けだ。大沢さんのお母さんの時代から守ったぬか床で漬けたものだという。最高だね。

「モツ焼 酒 三鷹駅北口」うまい・やすい・しぶい店

カブ、キュウリ、ニンジンをぽりぽりとやり、ドジョウ鍋の、ネギの辛味とドジョウのうま味に、ああ、これだよ、これだよ、と膝を打ちながら酒を啜り、絶品の〆サバからポテサラにも箸をのばし、最終的には、ネギたっぷりの焼きそばにたどり着いた。

「モツ焼 酒 三鷹駅北口」うまい・やすい・しぶい店

ふと見ると、ひとり客が何人もいる。文庫本や雑誌を読んでいる人が2,3人いる。

何を読んでるのかな? 聞きゃしないが、そんなことを聞きたくなってくる。

みんな、穏やかに、うまそうに、飲んでいる。いいもんだな、と息を吐いて、私も憩う。

肩の力が抜けてくる瞬間だ。

「モツ焼 酒 三鷹駅北口」うまい・やすい・しぶい店

取材・文:大竹 聡
撮影:須貝智行

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