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団長が行く File No.6

神田まつや、江戸前の老舗で愉しむ“蕎麦前”の味

「神田まつや」

公開日:

今回取材に訪れたお店

神田まつや

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なぜアノお店は時代を超えて愛されるの? お客さんが笑顔で出てくるのはどうして? 近ごろ「女一人でちょいと一杯」にハマりはじめた赤江珠緒さんが、左党たちを惹きつけてやまない「秘密」を探るべく、名酒場の暖簾をくぐる――。

■老舗そば屋、午後3時の賑わい

東京都心で記録的に早い初雪を観測した直後、寒さが一気に厳しくなった神田の街を散策する赤江団長。午後3時過ぎ、ちょっとひと休みして、小腹を満たしたい――。

そんな気分にうってつけなのが、昼も夜も通しで営業しているそば屋だろう。老舗の名店が点在する神田須田町をそぞろ歩き、団長は「神田まつや」の前で足を止めた。

神田まつや、江戸前の老舗で愉しむ“蕎麦前”の味

近代的なビルのすき間に、そこだけタイムスリップしたかのような和の伝統建築が挟まれている。入口は左右に二つ。いや、右が「入口」、左が「出口」とある。団長は、右の扉から吸い込まれるように入っていく。

「いらっしゃいーー」

「いーー」のところにアクセントがくる独特の節回しが店内に静かに響く。テーブルが3列に並ぶ実に潔いレイアウトの空間。平日のこの時間だというのに、ほとんどテーブルが埋まっている。

神田まつや、江戸前の老舗で愉しむ“蕎麦前”の味

赤江:いやー、賑わっておりますねー。そして、だいたいみなさん明るいうちからお酒を召し上がっていらっしゃる。これは居心地がよさそうです。では、早速まいりましょうか。

ほどなくお通しのそば味噌が到着。まずは手作りのそば味噌をひと舐め。そしてまたひと舐め……。甘めの味噌と香ばしいそばの実が調和した一品だ。

神田まつや、江戸前の老舗で愉しむ“蕎麦前”の味

赤江:いけない、いけない、これだけで止まらなくなっちゃいます。おそばの前に少しお料理をいただきましょうか。

(お品書きを見て)ほほぅ、これぞ江戸のおそば屋さんといったおつまみがそろっております。おそばの前にちょいとひとつまみ、いわゆる“蕎麦前”としゃれこんでみましょう。

焼きのり、にしん棒煮、わさびかまぼこ、あ、これは板わさですね。お、このわさびゆばというのは、ゆばのお刺身でしょうね。では、わさびゆばと、焼鳥をお願いします!

神田まつや、江戸前の老舗で愉しむ“蕎麦前”の味

生ゆばに本わさび、それをお醤油にちょこんとつけていただけば、とろりとしたゆばのコクとピリリ爽快なわさびがなんともいい具合だ。串打ちせずに大ぶりな切り身で炙られた焼鳥は、そば汁の味を決める「かえし」をベースにしたタレをたっぷりとまとっている。

神田まつや、江戸前の老舗で愉しむ“蕎麦前”の味

赤江:ああ、幸せ。どちらも味わい深くて、とても潔い感じがします。お料理としてはとってもシンプルなんだけど、素材の一つひとつが吟味されていて素直においしい。昔ながらのおそば屋さんって、このなんともいえない安心感があるから好きなんだなあ、きっと。

■奇跡的に残った伝統的な和空間

「神田まつや」の建物は、関東大震災後に建てられた築90年以上を数える木造2階建てで、東京都の歴史的建造物に指定されている。

高い格子天井、大胆に松をかたどった大きな欄間など、すっきりした中にも高いデザイン性が盛り込まれた空間は、大正ロマンの空気を今に残している。小説家で美食家だった池波正太郎が通ったことでも知られ、時代が昭和から平成へと移っても、この独特の雰囲気と伝統の味は大切に守られてきた。6代目の小高孝之さんが店の歴史をひもとく。

神田まつや、江戸前の老舗で愉しむ“蕎麦前”の味

「明治17年に福島家が創業し、その後2代を経て、関東大震災で焼け落ちた後、小高政吉が継承しました。当時はこのような建物が流行ったそうなんです。入口が二つあるのも、お客さんが出入りしやすいようにと、よくあった造りだそうで。須田町というこの辺り一角は近くにニコライ堂があったことや風向きの影響もあってか、奇跡的に空襲の難を逃れました。だから、今でも古い建物が数多く残っています。

昭和初期、多くのそば屋が手打ちから効率のよい機械打ちに移行しました。街のニーズに応えて中華料理やかき氷なども出すようになり、出前も当たり前のサービスとなっていった時代です。当店もそのような大衆食堂的な存在になっていきました」(小高さん)

神田まつや、江戸前の老舗で愉しむ“蕎麦前”の味

赤江:はい。今もありますよね、古いおそば屋さんで、ラーメンやちょっとした洋食メニューもあるようなところ。神田まつやさんにもそういう時期があったんですか。意外です。

神田まつや、江戸前の老舗で愉しむ“蕎麦前”の味

「ええ。そんな中で、もう一度そば屋としての立ち位置を確認しようとしたのが、私の父である5代目、小高登志です。父は神田籔蕎麦や上野蓮玉庵、神田錦町更科などの老舗で学び直し、その集大成として神田まつやの味をつくり上げました。そして昭和38年、機械打ちをすべて手打ちに切り替えて、神田まつやが考える『江戸そば』の味を守っていくことにしたんです」(小高さん)

神田まつや、江戸前の老舗で愉しむ“蕎麦前”の味

赤江:お父様は大変なチャレンジャーです。それに、伝統的な江戸そばが見直される時代がくるという先見の明もあったんですね。

神田まつや、江戸前の老舗で愉しむ“蕎麦前”の味

■変わらぬ味を守っていくために

「そばはとても繊細な料理で、単純に手打ちに替えたらおいしいかというと、そうではないんですよ。麺に合う汁を新たに作り上げなければいけません。材料をいいものに替えていこうとしても、鰹節を上質な本枯れ節に替えるなら、醤油もまた選び直す必要があるし、砂糖の種類や量の調整も必要です。

そんな調整のいたちごっこと格闘し、長い試行錯誤の末にようやく納得のいく味にたどり着くことができるんです。父が苦労してつくり上げた味を守っていく。それが私の役目だと思っています」(小高さん)

赤江:伝統を守る老舗でお話をうかがうと、いつも共通した意見をお聞きします。“変わらないためには、少しずつ変わっていかなければならない”と。

神田まつや、江戸前の老舗で愉しむ“蕎麦前”の味

「まったくその通りです。“老舗”というのは“師に似せる”ことで受け継がれていきます。時代と共に私たちの味覚は変わっていますし、例えば醤油なんかは減塩されて、素材も変化しています。それでも、“変わらない味”と思っていただけるようにするには、師の味に似せながら、常に微妙な変化を加えていく工夫が不可欠なんです。

一方で、本当に変わらないものを選び続けることも大切だと思っています。ビールで言えば、多くの銘柄の味が変わっていく中で、サッポロの赤星だけは頑なに変わらない。このビールは出し続けていきたいと思っています」

赤江:おお! やっぱり人気ですか?

「赤星しか飲まないという筋金入りのファンが多いですね。わざわざ赤星を飲むためにいらっしゃる方もいますよ。そば味噌を舐めながら赤星を飲んで、そばを召し上がらずに帰っていく常連さんもいらっしゃいます。実は、内内では、敬意を込めてその方のことを“サッポロさん”と呼ばせていただいています」

■そば屋でしか味わえない贅沢な時間

変わらない味についての話に花が咲く中で、「実は、私自身も変化したんですよ。何だと思います?」と小高さん。

赤江:え!? 体重? 1年で18キロもやせた。急に何の話ですかっ(笑)。

「50歳になってから結婚前の体重に戻そうと一念発起しましてね。この1年、どこまでストイックになれるか試しているんです。週4回ジムに通って、さらに1年後には腹筋を割ってやろうかと(笑)。食事は1日1回そばを食べています。健康診断はオールクリアです」(小高さん)

神田まつや、江戸前の老舗で愉しむ“蕎麦前”の味

赤江:ははは。いかにも真面目なそば職人という趣のご主人からのビックリ発言でした。でも健康は現代の重要なテーマですからね。自ら実践されているご主人はえらいッ! それにしても、そばの健康パワーおそるべしですね。それでは私もおそばで〆ましょう。今日は寒いから、温かいきつねにします。

神田まつや、江戸前の老舗で愉しむ“蕎麦前”の味

熱々のそばを少し濃いめの汁と一緒にズズッとすすれば、かつお出汁とそばの香りが口の中にふわっと広がって、鼻に抜ける。〆のつもりが、これを肴にもう一杯、となってしまう人も多いのでは。

神田まつや、江戸前の老舗で愉しむ“蕎麦前”の味

さて、おいしそうにそばを手繰る団長に「アナウンサーの方ですよね」と声をかけてきたのは隣のテーブル客。60代と思しき男性5人組だ。かつて同じ会社に勤めていた先輩後輩の関係で、2ヵ月に1回の頻度で、都内のそば屋をめぐって「昼から一杯」を愉しんでいるという。

赤江:実は、楽しそうにワイワイとやられている様子を、うらやましく横目で拝見しておりました。この時間に気の置けない仲間とそば屋に集まって呑む。最高の贅沢です。粋な遊びですね。

神田まつや、江戸前の老舗で愉しむ“蕎麦前”の味

「そば屋って予約できないところが多いんですよ。5人だと混雑時には入りづらいから、あえて昼時をはずしてこの時間を選ぶようになったんです。でも、この中途半端な時間にやる一杯もまたオツですね。今日はおそばもおいしかったし、美人に会えたし、いい日になりました」(お客さん)

赤江:あら、ありがとうございます。時代が変わっても愛され続けるおそば屋さんでのひと時、堪能いたしました。

――ごちそうさまでした!

神田まつや、江戸前の老舗で愉しむ“蕎麦前”の味

構成:渡辺 高
撮影:峯 竜也
ヘアメイク:野沢洋子

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