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団長が行く File No.25

神田「やまし田」の牛タン三昧に舌を巻く口福

「神田 やまし田」

公開日:

あのお店はなぜ時代を超えて愛されるの? お客さんがみんな笑顔で出てくるのはどうして? 赤星探偵団の片瀬那奈団長が、名店の暖簾をくぐり、左党たちを惹きつけてやまない「秘密」を探ります――。

■多彩な調理法に目移り必至

とんかつの「ポンチ軒」、蕎麦の「眠庵」と、小体ながら強烈な個性を放つ店と出合ったのが神田の北側エリア。すっかりこの街の魅力に取り憑かれてしまった片瀬団長は、仕事上がりの一杯をどこで楽しもうかと思案中。

そして目にとまったのが“牛舌三昧”を看板に掲げる「神田 やまし田」。牛タンには目がない団長が素通りできるはずもなく、恐る恐る戸を開ける……。

神田「やまし田」の牛タン三昧に舌を巻く口福

――こんにちは。一人ですけど、いいですか?

鰻の寝床のように奥に細長い店内は、木材がふんだんに使われた山小屋風。開店から30年近く経つとのことで、テーブルもいい色合いになり、ほっこりした空気が漂っている。

カウンターの中で炭火の焼き台を守るのは店主の山下則夫さん。のちに、山下さんの波乱万丈の半生に驚くことになる。

神田「やまし田」の牛タン三昧に舌を巻く口福

なにはともあれ、まずはビール。もちろんサッポロラガービール“赤星”だ。

――いただきます!

神田「やまし田」の牛タン三昧に舌を巻く口福

片瀬: はぁ~。今日も美味しいね、赤星クン。

さあ、牛タン、食べまくるぞ! ゆで、焼き、刺し、シチュー、スモーク、どて煮、スープもある……まさに牛タン三昧。看板に偽りなし。

「全部ください」と言いたいところだけど、いくら大喰らいのワタシでもそれは、ね。まずは、ゆで、刺し、焼きで様子を見てみましょう。

神田「やまし田」の牛タン三昧に舌を巻く口福

早速、ゆでたんのお出まし。塊のまま3時間半かけてゆでられた牛タンが、厚切り、特大サイズで提供される。添えられているのは大量のワサビ。

「タンの表面にワサビを山の半分くらいアバウトに塗って、ふたつに折って食べてみて」と山下さん。

「えーーっ、そんなにワサビいっちゃいますか?」と驚きながらも、仰せの通りにわさびをぬりぬり。

神田「やまし田」の牛タン三昧に舌を巻く口福

片瀬: 私、ワサビはそんなに得意ではないんだけど、お店の人のオススメの食べ方にはとりあえず従うようにしているの。どれどれ……

神田「やまし田」の牛タン三昧に舌を巻く口福

ん!? 全然ツンとこない! むしろ、ほどよい! てか、この牛タン、うまっ!!

ものすごく柔らかいんだけど、モチモチしたところもあって大好きな食感。脂がめちゃくちゃのってるからワサビの辛味が中和されるんだね。これは、最高の組み合わせだわ。意識が遠のくうまさ。

お次に登場したのは、たん刺し。美しい霜降りがなんとも見目麗しい。柔らかいタン元部分を凍らせ、薄切りにした“ルイベ”状の刺身で、こちらは生姜醤油でいただく。

神田「やまし田」の牛タン三昧に舌を巻く口福

片瀬: これも美味しいなあ。牛刺しともまた違った味わいがあるの。最初、「私、牛肉ですよ」って感じて振舞っているんだけど、だんだんとタンの本性を出してくる。

肉の旨味→歯ごたえアピール→脂とろける→まどろんで「はーい、実はタンでした」という4段階の波状攻撃。私、一体なに言ってるんだろう(笑)。

神田「やまし田」の牛タン三昧に舌を巻く口福

■牛タン以上に味わい深い店主の半生

店主の山下さんは実は元俳優。70年代、『ガッツジュン』や『サンダーマスク』などのテレビドラマをはじめ、なんと高倉健主演の映画『新幹線大爆破』にも車掌役で出演しているという。

宮城県塩竈市の出身で、仙台の高校ではバレーボールでならし、社会人になってからスキーのプロ資格を取得。ゴルフもプロ級の腕前の万能スポーツマンでもある。

神田「やまし田」の牛タン三昧に舌を巻く口福

「仙台の高校を卒業後、大和證券のバレーボールの実業団チームに入ったんです。でも、3年で肩を壊してしまいましてね、そのままサラリーマンをやるという選択肢もあったけれど、退職しました。高校を出てから練習と試合の毎日で東京は右も左もわからないままだったので、しばらく東京見物しようと思ったんです。

飲食店で住み込みで働きながら、遊びまくっていましたね。夏は海、冬はスキーにも夢中でした。先輩の親類から設立されたばかりの東映の演技研修所に入るように勧められて、体育会の世界では逆らえませんから、気が進まないながらも俳優をやるようになって。

どんどん忙しくなってきた時に、ある監督とモメまして、撮影現場で大立ち回り。相手をボコボコにしてしまって……(以下省略。原因は書けないが、山下さんは悪くなさそう)」

神田「やまし田」の牛タン三昧に舌を巻く口福

片瀬: ははは。笑っちゃいけませんね。山下さん、若い頃はケンカ強かったでしょうねえ。それから俳優を辞めて飲食の道へ?

「一念発起して、築地に会員制の日本料理店を出しました。従業員が14人いる大きな店で、これが軌道に乗り、3年で開店資金の借金を返すこともできて、順調に利益を上げていきました。でもいいことばかりは続かないもので、バブルのあおりを受けて1億円の損失を出しました。店も毎月100万円の赤字が出る状態に。

そんな時に胃がんになって、胃を全摘出しました。さすがにもう限界だと、店に見切りをつけて清算しました。その時の預金残高が6013万円。全従業員の再就職先を斡旋することを条件に料理長に6000万円を託し、分配方法を一任することにしました。そして私は身を引いたのですが、妻にお金いくら残ってるのと聞かれて……」

神田「やまし田」の牛タン三昧に舌を巻く口福

片瀬: 13万円! 山下さん、やることがなにかと豪快すぎますよ(笑)。

■意地で続けた“牛舌三昧”

焼きたんができあがった。絶妙な焼き加減で、プリプリとした食感を楽しめる一品だ。

神田「やまし田」の牛タン三昧に舌を巻く口福

片瀬: (一切れ一気にほおばって)はい、うまい! 間違いない! 歯切れがよくて、炭火焼きの香ばしさと牛タンの旨味が口の中にじんわり広がって……(ビールをグビリ)赤星とも合う!

それで、奥さんはなんて言ったんですか?

神田「やまし田」の牛タン三昧に舌を巻く口福

「えっ!? それしかないの?って。まあ、普通はそう言いますよね。で、お前ヘソクリはないのかって聞いたら、600万円出てきました。女は怖いですよ。その613万円を元手に焼き鳥屋でも始めようと思って見習いに行ったんですけど、1本1本串を刺す細かい仕込みが性に合わなくて1日で辞めました。

さあ、どうしたものかと思っているところに、ある先輩から『お前、仙台出身なんだから牛タンがいいんじゃないか?』と言われて。そういや高校時代に毎月納めるはずの学費を使い込んで牛タンを食べてたなと思い出して……」

神田「やまし田」の牛タン三昧に舌を巻く口福

片瀬: おっ、ようやく牛タンが出てきた! 長い道のりだったなあ(笑)。ていうか、山下さんのその行き当たりばったり感、ハンパないです!

ついに「やまし田」の開店ですね。1992年の時ですか。当時の東京には牛タン専門店はまだめずらしかったんじゃないですか?

「そうですね。その後、一気に増えましたけど、狂牛病の騒動で牛タンが高騰してほとんどが消えていきました。国産の牛タンって質のいいものだとサーロインステーキと同じくらいの原価なんですよ。でも、そんなに高い料金は取れないし。うちは看板に“牛舌三昧”って入れちゃいましたから、もう意地ですよ、続けたのは。

売れば売るほど赤字になるんで、頼むから食べないでくれと祈るような時期もありました。でも、店の運転資金があと3ヵ月分しかないという時にアメリカからの輸入が再開されたりして……捨てる神ばかりじゃなくて、拾う神もいるんだなと思いましたね」

神田「やまし田」の牛タン三昧に舌を巻く口福

■故郷宮城のもうひとつの味

さて、団長がシメに選んだのは、牛タンのスープを使った麦100%のおじや、その名も舌麦じや。牛タンと言えば麦飯がつきものだが、こちらの店では注文が入ってから押し麦を炊くこのおじやが名物になっている。

神田「やまし田」の牛タン三昧に舌を巻く口福

「せっかくだからこれも食べてみてよ」と、「白けん揚げ」なるものがいっしょにやって来た。

神田「やまし田」の牛タン三昧に舌を巻く口福

片瀬: お馴染みのスープに麦のプチプチした食感がクセになりそう。ふーー、あったまるなあ。

そしてこれが、白けん揚げですか。さつま揚げのようですが……おっ、これは美味しい。ものすごく繊細な味で、上品な白身魚の風味が広がります。これは仙台の名物なんですか?

神田「やまし田」の牛タン三昧に舌を巻く口福

「石巻にある白謙蒲鉾店の揚げかまぼこです。タラ、グチ、キチジといった、上等な笹かまと同じ材料で作っているから美味いんですよ。じつは白謙の社長が、よその高校なんですけど、バレーボールの世界の後輩に当たるんですよ。

それで、あるとき、白謙のかまぼこを店で出したいと思って電話したんです。仙台商業の山下ですが、おたくのかまぼこを扱わせてくれないかと。なに? 東京には出してない? だからどうだって言うんだ。そこをなんとかするのが商売だろ、と説き伏せまして……」

片瀬: そりゃ、先輩の言うことには逆らえない(笑)。

今、「やまし田」さんでこうして美味しいものをいただけるのも、バレーボールがつないだ縁があってこそなんですね。山下さんの豪快かついい意味で適当な生き様にも恐れ入りました。

神田「やまし田」の牛タン三昧に舌を巻く口福

――ごちそうさまでした!

撮影:峯 竜也
構成:渡辺 高
ヘアメイク:窪田健吾
スタイリスト:大沼こずえ
衣装協力/MUVEIL(03-6427-2162)
VENDOME AOYAMA(03-3470-4061)

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