あのお店はなぜ時代を超えて愛されるの? お客さんが笑顔で出てくるのはどうして? 赤星探偵団2代目団長・尾野真千子が、名酒場の暖簾をくぐり、左党たちを惹きつけてやまない「秘密」を探る――。
■ワイングラスで飲む赤星
落ち着いた雰囲気のカフェやショップが点在する東京・神宮外苑前エリア。とある路地の行き止まりに、ピンクのネオンサインで「g.g.Lucky」の文字が灯る。
一見、クラブかバーのような店構えだが、ここは「楽記」(らっき)という中国料理店。香港料理の名物である肉のローストと自然派ワインを楽しめる、知る人ぞ知る人気店だ。
1階の厨房には、いい色合いに焼き上げられたアヒルや豚肉が吊り下げられ、なんとも食欲をそそる甘い香りが漂っている。確実にインスタ映えするこの“艶”がたまらない。
肉の前での撮影を終えた団長は、お腹空いたお腹空いたとつぶやきながら2階の客席に駆け上がる。
尾野: ドリンクのメニューにはワインがずらり。アルコールはこのワインのほかには、瓶ビールだけじゃないですか。しかも赤星のみ。潔いですね~。では、ビールをお願いします!
やってきた赤星は、いつもなら手酌するところだが、ここではなんと、ホールを仕切る植木善幸さんがワイングラスに注いでくれた。
尾野: おお~、ビールもワイングラスでいただくんですね。ではでは、いただきまーす!
(ゴクリとやって、小鼻をちょっとふくらませ)おいしい……。なんて言うんだろ……いつもの“5倍感”あるな。
慣れ親しんでいる赤星を大きめのワイングラスで飲んでみると、グラスを傾けた時に鼻から香りがすっと入ってきて、なぜかフルーティにさえ感じ、いつものコップで飲むときには気がつかない“未知の顔”が垣間見える。これが団長が言うところの“5倍感”の秘密だろうか。
気のせいか、団長の背筋もいつもよりシュッと伸びている。
■本場香港のロースト軍団
「楽記」ではずせないのは、焼味(シウメイ)と呼ばれるローストした肉料理。本場香港から招聘した熟練の焼味師、羅永權シェフが専用の炭火釜でさまざまな塊肉を焼き上げる。
実は、日本では手に入りにくい食材や調味料も多く、香港の味を完全に再現するのは至難の業だ。それでも試行錯誤をくりかえし、「今では東京でNo.1の味になったと自負しています」と植木さんは胸を張る。
焼味初体験の団長は、おまかせ5種盛り合わせをチョイス。本日の炒め物や野菜料理もオーダーし、準備万端。しばし赤星で喉を湿らせて待つ。
まずやってきたのは、大本命にしてド定番、焼味5種の盛り合わせ。団長、もはや植木さんの説明も耳には入らず、デーブルの上の皿に目が釘づけだ。
尾野: おお~。はいコレ、間違いないヤツ来ましたよ。
この日は右から、定番のチャーシュー、スペアリブ黒胡椒風味、アヒル、皮付き豚バラ肉に加え腸詰が登場。肉好きならずとも心躍るラインナップだ(写真は2人前)。
肉は種類によってレシピの異なる特製の醤(ジャン)に3日ほど漬け込み、強火の遠火でじっくり焼き上げる。水飴やハチミツを塗って仕上げたアヒルはテカテカと黒光りし、皮付き豚バラ肉はこんがりクリスピーに仕上っている。
尾野: ではさっそく、端から順番にいってみましょう。(チャーシューをほおばり)うんっまいっ!
さてさてお次は、
「スペアリブうまっ!」
アヒル肉には梅のジャムを塗って、
「アヒルうまっ!」
ひとつ飛ばして、
「腸詰うまっ!!」
と感動の声が続いたが、皮付き豚バラ肉ではしばし無言……。代わりに、パリッパリッパリッという小気味いい音が聞こえてくる。
尾野: ……コレ、おいしー! 皮がおせんべいにみたいにパリパリ。肉のところはジューシーで、もうカンペキ。ためしにちょっと梅ジャムをつけて……(パリパリパリ)。ウン、また味が変わっていいかんじ。
ワタシ、この盛り合わせがあれば、余裕で3時間呑めるわ。
■プロのテクニックがきらりと光る
さて、続いて本日の炒め物、ホタテとアスパラガスの塩炒めがやってきた。ホタテの白とアスパラの緑のコントラストが見目麗しいシンプルイズベストの一皿だ。
尾野: んま~い! まさしくプロの技でございます。ホタテの火の通り具合、半生ともちょっと違う、私がいちばん好きなかんじ。舌で転がすと、貝柱が自然にほぐれるの。
ちょいとほぐしておいて……ビールを一口、はい最高! ワタシ、これがあれば、一晩呑めるわ。
お次に登場したのは、レタスの湯引き。
これまたシンプルな一品だが、一口味わった団長は目を丸くしている。中国の上等なスープ、上湯で作ったタレは生姜が香るほんのり醤油味。
尾野: レタスのシャキシャキ感とこのタレがなんともまあ、うまいっ! あ、こんなの誰でも作れそうって思ったでしょう。言っとくけど、コレ、絶対に家庭でマネできるレベルじゃないからね!
って……すみません、つい興奮してしまいました。でも、ワタシ、これならレタス1玉ぐらい余裕かも。
尾野: は~、ここまでベストな流れできてるなあ。ここで〆に行ってもいいんだけど、その前にちょっと冒険しちゃおうかな。
さっきからずーっと気になってたんです。本当は苦手なんですけど、ここのシェフの手にかかれば、きっとおいしくなるはず…。ということで、パ、パ、パクチーサラダ、ください。
やってきたのは千葉県産だという青々として逞しいパクチーがてんこ盛りの一皿。ここまで大ぶりの葉っぱには、なかなかお目にかかれない。
尾野: ・・・・・・。では、そろそろ〆に入ろうかしら。
日本では珍しい中国版アンチョビ、ハムユイを使ったチャーハンと悩んだ挙句、決定したのはイーフー麺。これまた日本ではなかなかお目にかかれない香港風煮込み麺だ。
イーフー麺は一見、太麺のソース焼きそばのような出で立ち。しかし、その味は想像の斜め上をゆく。
尾野: あ、こういうかんじなんだ。へえ~、味付けはオイスターソースがベースで、お好みで赤酢をかけていただくんですね。うん、おいしい。今まで経験してこなかった味。
いや、違う。この食感、なにかに似てるな……。あの、失礼かもしれないけど、〇ん兵衛的な(笑)?
「ええ、大丈夫です。合ってます」と植木さん。
聞けばイーフー麺とは、一度油で揚げてから乾燥させた乾麺で、元祖インスタントラーメンとも呼ばれているとのこと。旨味をしっかり吸った柔らかめの食感がクセになる。
■サッポロラガービールへのこだわり
は~満腹、と一息ついたところで、オーナーの勝山晋作さんが顔を出してくれた。勝山さんは日本に自然派ワインを広めたワイン界の重鎮。オーガニックワインブームの先駆けとなったワインバー「祥瑞」のオーナーでもある。
尾野: とってもおいしくいただきました! それにしてもこのお店、香港の焼物と自然派ワインの組み合わせってユニークですよね。
「90年代によく香港に行っていたんですけど、香港の焼物、焼味ってとてもおもしろいと思っていたんです。いろんな素材をおいしくする奥の深い料理だなって。お酒としては紹興酒との相性が抜群なんですが、ご存じのとおりお酒と料理は色で合わせるといいと言いますよね。
自然派ワインは濁っていることが多いので、茶色い紹興酒の代わりになるかもなっと考えて、焼味に合わせてみたら、これはいい相性だなと思えるものがたくさん見つかったんですね。それで、どうせなら焼味と自然派ワインという変化球で勝負しようと、2013年にオープンしました。変化球すぎて初めはお客さんが来ませんでしたけど(笑)」(勝山さん)
尾野: ははは。今ではお客さんも、その変化球についていけるようになったんですね、大変な人気と聞きました。ところで、赤星を選んだのはどうしてなんですか? 赤星探偵団の団長としてはソコが気になるところです。
「もともとサッポロのビールが好きなんですよ。若い頃、スーパーの酒類売り場のバイヤーをしていたときからサッポロさんとの付き合いが深かったし、僕はビールはラガーしか飲まないもんだから、自然と赤星に。ワイングラスで飲むのもなかなかいいでしょ?」(勝山さん)
尾野: おいしかった! 5倍感を味わいました(笑)。それから、ラガービールしか飲まないってこだわり、珍しいですよね。どうして?
「うーん、そういうこと言うとカッコいいでしょ。なんか勝手にいろいろと汲み取ってもらえたりして(笑)」(勝山さん)
尾野: いいと思います(笑)。勝山さんが自然派ワインの伝道師として尊敬されるヒミツがちょっと見えた気がします。これからもおいしい料理とお酒、期待していますね。
――ごちそうさまでした!
撮影:峯 竜也
構成:渡辺 高
ヘアメイク:石田あゆみ
スタイリスト:もりやゆり
衣装協力/RITSUKO SHIRAHAMA、ANNC、trim
RITSUKO SHIRAHAMA、ANNCの問い合わせ先/ラタン7(03-6419-7871)