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100軒マラソン File No.11

新橋は烏森口、こんな店を知らずに来たなんて…

「志ん橋 喜多八(※閉店)」

公開日:

新橋は、神田や日本橋と並んで、下町の風情を残した街。そして、大飲み屋街でもある。

交通至便。有楽町、銀座の隣であって、渋谷・新宿方面はもとより、神田、浅草、あるいは六本木、赤坂方面への移動が容易であることに加え、地下鉄から京成線に乗り換えれば千葉方面、翻って南へ下れば蒲田、川崎、横浜方面への帰宅にも便利である。つまり、人が集まりやすく、帰りやすい。だから賑わう。

ずいぶん昔から、街のサラリーマンの意見を聞くには新橋と、テレビ局の敏腕ディレクターたちがなんとかのひとつ覚えのように新橋駅前の広場をロケ現場に選んだのも、それだけ人が集まるからであり、日も暮れてしばらくすれば、人々の多くが一杯加減という、なんともおおらかな土地柄に、今なお変わりがないからだと推察される。

新橋は烏森口、こんな店を知らずに来たなんて…

かく言う私も、新橋ではずいぶん飲んできたし、ほろ酔い、酩酊、泥酔の夜を重ねてきたクチなんですが、新橋ならココ、という店を決め切れずにきたのは、そう、あまりにも店がたくさんあって、絞り切れなかったからにほかならない。

埼玉県東松山を飲み歩いた晩、「分け入っても 分け入っても やきとり屋」と、種田山頭火を剽窃したわたくしですが、新橋を歩けば今も、「分け入っても 分け入っても また飲み屋」との感懐をもたざるを得ないのであります。

と、ダラダラ書くにはワケがある。長年、酒を飲みまくり、新橋にも幾度となく分け入ってきたはずのわたくしが、「こんなに素晴らしい店を知らずに来たのか!」と唸るような居酒屋に、飲兵衛生活30余年にして初めて出会ったからなのです。

新橋は烏森口、こんな店を知らずに来たなんて…

■ご主人は毎日欠かさず築地に通う

店の名は「喜多八」。処は新橋四丁目。烏森口から歩いてすぐ。このあたり、あちこちさ迷ったことがあるはずなのに、私は「喜多八」の戸を開けることなく、齢50を過ぎた。

もったいないことした――。主の北野昌志さんから店はすでに35年になると聞かされたときの感想である。

というのも、ここの魚。とにかく、うまいのである。

新橋は烏森口、こんな店を知らずに来たなんて…

訪れたのは12月中旬の某日。

「今日は、タコのいいのがあります。それからハゼもいいですね。珍しいところではシイラが入ってる。うまいですよ」

ご主人は自転車で、毎日欠かさず築地へ仕入れに行くという。その日、市場に出た魚を、懇意にしている仲買から仕入れる。35年、毎日続けてきたから、相手も顔見知り。それどころか、父子2代にわたって付き合っている仲買さんもいらっしゃるという。

顔見知りが相対で取引する。その間柄にズルさは入り込む余地がない。セコイ料簡は互いに見抜いてしまうから、本当にうまいものを、必要なだけ、できるだけ安く取引できる。築地へ毎日買い出しに行く別の店の主人から、こんなことを聞いたことがあるが、この店も同様であるなと察しがつく。

なぜなら、お品書きにある値段が、たいへん良心的だからだ。こちらの名物のイワシもアジも、刺身、なめろう、たたき、いずれも550円。上物のバチマグロ750円。久里浜の地ダコだって650円。

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「このお値段は、安いですねえ」

思わず声をかける。

「いやあ、わかってくださるお客さんはありがたいです」

ご主人もにっこり笑う。

いい魚を安く提供するのは、小さな個人経営のお店では容易なことではないと、素人ながら推察できる。飲兵衛としては、ただただ、ありがてえや、と思って味わう以外にない。

新橋は烏森口、こんな店を知らずに来たなんて…

■この日のイチオシはタコとシイラ

ビールは昔からずっとサッポロラガー。さっそく1本をいただく。小鉢の煮物をつつきながらクイっとやる。

そして、ご主人が見つくろってくれた皿を見ると、なんともうまそうな刺身が盛り付けられていた。いい景色だ。バチマグロ、アジ、イカ、ホタテに〆サバ、赤貝にタコ、そしてシイラ。

シイラの刺身は珍しい。聞けばこれは築地場外にある網代定置網という店で仕入れてきたものという。

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「静岡県の網代の定置網でその朝獲れた魚を運んでくるんですよ。アジやサバ、カマスとか、いろいろ。このシイラも、その定置網で揚がったものです」

口へ運んでみると、脂がのっていて、実にうまい。

「私も釣りをやるんですけど、シイラは釣れてもねえ。ちょっとバカにしていたんですよ。でも、喰ってみたらうまい」

新橋は烏森口、こんな店を知らずに来たなんて…

本当にそのとおりで、目を開かれる思いがする。アジや〆サバ、イカにバチマグロといった馴染みの魚も、そのネタのすばらしさが際立っている。

中でも久里浜のタコ。特筆すべき味わいでありました。このうまみ、この歯ごたえ。ご主人の塩茹での加減も抜群なんでしょう。

タコは明石のものしかよう食べんわ、なんてこと言うやつぁ表へ出やがれ、ここは新橋でい――そう力を込めてみたくなる、うまさである。

新橋は烏森口、こんな店を知らずに来たなんて…

勢いがついて、イワシのなめろうを頼む。

なめろうというとアジが馴染み深いが、こちらのイワシのなめろうは、アジよりまろやかな印象を受けた。味噌、生姜、ネギ、タマネギ、それとほのかな酸味をプラスする酢のバランスが絶妙。上に散らした煎り胡麻と相まって、叩いたイワシを活かす上品な味付けです。

このようなものを舐めていると、本当にもう、酒が止まらない状態になる。

新橋は烏森口、こんな店を知らずに来たなんて…

「マグロのほっぺたの肉がありますけど、食べてみますか」

マグロのほっぺたですと? もちろんいただきたい。オーブン焼き? なんて思っていたら・・・

「フライパンで、バター醤油で」

ああ、バター醤油で。マグロのほっぺた。たまりませんな、と、まだ料理の完成前から興奮してビールをぐびぐび飲んでいると、なんとも立派な、ほっぺたのバター醤油焼きがやって来た。大根おろしをちょっと乗せてパクリといく。

新橋は烏森口、こんな店を知らずに来たなんて…

「マグロ屋さんで、特別にまとまった数の注文がないときは、この部位は余るんですね。そういうのを、持っていくかいと声かけてもらいましてね」

こういうネタが入るのも、市場との長年の付き合いの証しというもの。客はただ、そのありがたさを噛みしめるのみ。あれもこれも、食べたくなって、さきほど小耳に挟んだハゼの唐揚げと、相模湾のカマス一夜干しを注文する。

ビールも追加。さらに、日本酒を冷やでやろうと腰が座る。

新橋は烏森口、こんな店を知らずに来たなんて…

■旬の肴で飲む幸福感に包まれて

絶品酒肴を待つ間にも、お客さんは次々にやってきて、開店から1時間もすると、ほぼ満席になった。カウンターのほかにテーブルが3つという小ぢんまりとした店だから、間違いなく席を占めるには予約が無難と心得た。

というのも、この店のこの味を、私は私の周辺にいる酒好き、魚好きたちに教えたいのであって、教えるときの最初の一夜はぜひとも同席したいものだと、いかにも好きそうな何人かの顔を思いうかべるからである。

「どうも、ご無沙汰しております!」

私などよりはお若い、ビジネスマンが入ってきた。ちょっと久しぶりらしいことは、ご主人との会話からわかる。海外赴任か、長期の出張か、ようやく日本へ帰ってきて、帰るとすぐにやってきた。そんなところだろうか。いい光景ですね。

新橋は烏森口、こんな店を知らずに来たなんて…

そこへやってまいりましたのが、ハゼの唐揚げ。熱いうちに口に入れ、パリパリと噛む。

ハゼというのはこんなにうまい魚だったかな……。ため息とともにこぼれる感想は我ながらひどく大袈裟なのだが、大袈裟になって何がいかんと力みたくもなる。

品書きにはこの日、ホウボウの唐揚げとも書かれていた。次はホウボウだなと、狙いを定める。まあ、次の機会にホウボウがあるかどうかは、その日の仕入れによるのだろうけれど。

それはともかく、うまいビールから始める小さな酒宴に、このハゼの唐揚げは欠かせない一品だと思った。編集Hさんも写真のSさんも、「これは、これは」「ふんふん、ああ、うまい」とか、なんとか、ブツブツ言いながら、この絶品ハゼをたちまちにして平らげた。

新橋は烏森口、こんな店を知らずに来たなんて…

さて、日本酒だ。酒の種類もけっして多くはないが、絞りこんでいるようだ。

「廣戸川」の純米。秋上がりの口開けをいただく。いや、これまた抜群。幸福感に包まれてへらへらしていると、カマスがやってきましたよ。

ぽってりと脂がのっている。大根おろしに醤油を垂らし、カマスの身と皮にのせて、いただきます。あまりにも単純で、間違いのないうまさに、またまた笑いがこぼれる。

糠漬けかイブリガッコでも追加して、今夜はとことんいくか? 自分に訊くと、へえ、そうしましょうかと、もう一人の自分がへらへら答える。

旬の肴で飲む晩の、なんとも楽しい時間はまだ始まったばかりである。

新橋は烏森口、こんな店を知らずに来たなんて…

取材・文:大竹 聡
撮影:須貝智行

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