旦過市場を抜けて……
サッポロラガービール、愛称「赤星」を飲める酒場を巡り、飲みかつ食べる「赤星酒場見聞録」。13回目となる今回は、大好評・北九州遠征第2弾!
突撃するのは、小倉です。
駅前から南へ向かい、魚町というエリアを貫く商店街を歩き、旦過市場を抜けて市場裏の神嶽川を渡ると、馬借というエリアに入る。ばしゃく、と読む。
馬借は平安時代から戦国時代にかけて活躍した、物資の輸送を担った人々のこと。小笠原氏が統治した江戸時代には、小倉城の城下のこの一角に多くの馬借たちが住み、この土地の地名になったという。
本州との玄関口にあたる小倉は九州全土につながる5街道の起点であり、まさに交通の要衝であった。江戸の昔にはきっと、相当な賑わいを見せたことだろうが、現在は、静かな街である。
そこに一軒の店がある。赤星酒場見聞録取材隊が小倉に数ある飲食店の中から選んだ一軒だ。
それはなんと、うどん屋さんである。
前身である「赤星100軒マラソン」から数えて113軒目にして初の、うどん屋さんである。店名は「うどん秋月」。しかしこの店、ただの、うどん屋さんではない。なにしろ、入店後すぐに赤星を頼んだ私の目の前に供されたのは、カツとじであった。
うどんとカツとじ――。
このつながりが、いまひとつピンと来ない。営業時間の前にお邪魔をすることになっていたので、あらかじめ作っていただきたい料理を相談し、お願いしていた。その中から、早く出せる料理としてカツとじが最初に出たのであるが、それにしても、カツとじは意外であった。
カツとじは、カツ丼のあたま、と呼ばれるものだ。そして、あたまとは、頭のこと。丼もののご飯の上にのっている具の部分を頭という。酒を飲むときにご飯も食べてしまうと腹にたまるから具のほうだけ頼むことがある。カツ丼の頭といえば、トンカツとタマネギを卵でとじた、カツとじということになる。
最初に頼んだビール瓶の横に、実に立派なカツとじが登場した。いい眺めだ。うまそうだなあ、としばし眺める私に、この店の店主、時津雄大さんが言った。
「うちのカツ丼、地元のYouTubeで、北九州で1位になって、今、ブレイク中なんですよ」
そのチャンネルは『ソロめしっ! TV』。番組視聴者100人が北九州最強カツ丼の投票をした結果、「うどん秋月」のカツ丼は断トツ1位に輝いたという(取材後にYouTubeで確認しました!)。
カツ丼が最強ということは、カツとじも最高と考えて差し支えあるまい。身構える私の前で湯気をあげるカツとじを、さっそく食べる。
決め手はうどん出汁
驚愕のカツとじである。肉はボソボソせず、しっとりとしているから、厚いのに口当たりは軽い。タレとは別の甘みも口の中に広がった。
「宮崎のきなこ豚を使っています。これはエサにきな粉を混ぜて育てた豚です。きな粉が脂を甘くするんです」
卵は、長崎県産の太陽卵というブランド品を使用。フワトロ感と、絶妙なコクを兼ね備えた仕上がりに、どうやらこの卵が大きな役割を果たしているらしいのだ。そして、このタレ。甘すぎず、塩辛すぎず。なんだろう、このうまさは……。
「うどんの出汁をベースにしています。カツオ節、サバ節、ウルメイワシなどを調整した出汁です」
しつこくなく、それでいて深みを感じさせる。そこに、出汁の秘密があるのだ。ああ、これこそ、うどん屋のカツとじ。うどん出汁あってこその味なのだ。
いきなり無口になってカツとじに感激している私の横で、器にも詳しいカメラマンのキヨコさんはご主人に質問した。
「このお皿、小鹿田焼ですか」
「これは小石原です。小鹿田焼の流派は、小石原焼から分かれたんですよ」
「そうなんですね。素敵ですねえ」
小石原焼と小鹿田焼はとてもよく似ていて兄弟窯と言われる。江戸時代の天保年間に福岡県で生まれた小石原焼が兄で、約20年後に大分県で開窯した小鹿田焼が弟。小石原の陶工が技術を伝えたため、独特の技法や幾何学模様が受け継がれたという。たしかに、美しい文様だし、全体に質素で親しみやすい。
「赤星3本と、グラスを6つください!」
カウンターで先に始めた私とは別のテーブルで、いつもの取材隊のメンバーも、カツとじ&ビールでスタートを切る。さあ、賑やかな飲みになるぞ。なに、これも立派な取材なのです。
私の前に出てきたのは、紅ショウガの天ぷらだ。これも実に立派。なにしろ、でかいのだ。取材隊のラガーマンと撮影のキヨコさんは大阪出身だから馴染み深いはず。
私も好物なのだが、この紅天、これまで食べたものより数段、辛かった。急いでビールを後から流し込むほどだった。それでも、口の中の辛さが収まると不思議にまた食べたくなって、もうひと齧り。すると今度は酸味のほうもよく伝わってきた。ビールのみならず、焼酎にも合いそうだ。これは、いいつまみだ。
おでんも旨いときた
立て続けに登場しましたのが、なんと、おでんだ。牛すじ、こんにゃく、だいこん、厚揚げ、ゆで玉子がもられた皿から、まずは牛すじをいただく。ほろほろと口の中でとろけるほどに煮込まれていて、味も沁みている。
おっ? この味はなんだ。またまた、独特な味わいと香りがするではないか。味覚も衰えかけた老いるライターことワタクシが首を傾げていると、カツ丼ナンバーワン料理人の時津雄大さんは言うのだった。
「これもうどん出汁を醤油やお酒でアレンジした汁で煮ています。前日のを半分残して、本日のを半分足してます」
「醤油ですよね。でも、九州だから、おでんのスープももう少し甘くなるのかと思ったら、すごくすっきりしているので、何かなと思ったんです」
「九州の醤油はたしかに甘いです。でも、甘い味は飽きるから、実は僕、ちょっと苦手なんですよ」
九州出身の時津さんが言う。万事、塩っ辛い味で育った関東モンの私は、さすが、雄大さん! と叫びたくなった。
そこへラッキョウ付けの小鉢が出た。この連載の前身である「赤星100軒マラソン」の担当編集だったHさんは、ラッキョウを素通りできない男だった。そのことを突然思い出した現編集のナベさん(ナベさんもH君とは古い付き合いだ)と私はこのとき、ラッキョウを素通りすることはできなかったのだ。
そして、このラッキョウがすばらしかった。そう伝えると時津さんもにっこり。
「おいしいですか? オフクロが漬けてるんですよ、伝えておきますね。オフクロ、喜びます」
カツとじ、紅天、おでんにラッキョウ……。おいおい、うどんはどうなってるんだ? 赤星をグビグビ飲みながら私が思っていると、出ました、とうとう、うどんです。その名も黒ごま担々うどん。
なるほど、黒ごまが振ってあるが、ひき肉の代わりに豚肉と青菜とシイタケが見え隠れしている。スープもねっとりしていない。みるからにすっきり系だ。
このスープにまず、心を打たれた。担々というからミソ風味で胡椒と山椒の効いたものを想像していたけれど、スープは穏やかで、ごまの香りは高く、辛さもピリ辛程度で、穏やかなスープの邪魔をしない。うまいのです。
「黒ごまのペーストを、うどんの出汁で割っています。麺も自家製です。8年ほど前に、別のジャンルの料理人に黒ごまのペーストのアイデアをもらいました。担々麺って味が濃いですけど、うどんの出汁で割るからやさしくなります」
「なるほど、なるほど。聞くほどに納得するのであるが、こんなうどん、食べたことがない。オリジナリティがすごい。シェアして食べる取材隊のあちこちから声があがる。さながら、黒ごま感嘆うどんである。
昼はカツ丼、夜は鍋
今年51歳になる時津さんが店を始めたのは2011年。脱サラ後の3年間うどんの修業をし、満を持しての開業だった。
「僕は酒を飲むのも好きなので、うどん居酒屋にしたかった。それが、だんだん変わってきて、夜は、鍋をつまみに飲んでいただくことが多くなりました。ランチと夜と両方やっていますが、実は、いちばん出るのはカツ丼。うどん屋なのに(笑)」
おもしろい。創業から15年で当初の思惑はずいぶんと変わった。けれど、その過程で時津さんが次々に繰り出してきた一品一品が、お客さんの心と舌を捕らえてきたのだ。飲む客に好評の夜のメニューは、鍋だ。福岡というと博多の水炊きやもつ鍋を思い浮かべる人も多いかもしれないが、この店いちばんの鍋は鴨すきである。
「鍋すきは、ちょっと珍しいやり方です。耐火性が強く直火に耐える伊賀焼の土鍋に、まずは鴨の脂を塗り、それから鴨の肉を焼きます。その後にネギを入れ、これも焼いて、何も付けずに、一度食べていただきます」
つまり、まずは鴨ステーキ。最初はそのままで、それから岩塩を振ったり、自家製ポン酢に柚子胡椒をちょっと溶いてから付けて食べる。鍋から脂が飛び散るのでお客さんにはエプロンを提供するという。それくらい鴨の脂が飛び散る。
鴨はハンガリー産だという。ハンガリーってどこだっけ? と、鴨の脂を浴びた老いるライターはもう発火寸前だ。しかしまだ発火している場合ではない。ここからが、鍋なのだ。本日のメインイベント。時津さんは、軽めに焼いた鴨と焦げ目がつくくらいに焼いたネギが残った鍋にスープを注ぎ込んだ。そこにゴボウとセリ、車麩を投入する。
「今日のセリは水耕栽培ですが、冬場は東北から取り寄せる根付のセリです。セリがないときはクレソンでもおいしいです」
うどんより雑炊?
土鍋に蓋をする。蓋の穴から湯気が上がり、そろそろじゃないか、おい! と身を乗り出すと、時津さんはさりげなく蓋をとった。
おおー! 赤星取材隊の老若男女が声を上げた。言うまでもないが、取材隊はこのときまでに、赤星を次々に飲み干している。在庫の心配をして尋ねると、「足りなくなったら近所の友達の店で借りてきますよ」と、時津さんはにこやかに答えたものだ。
いいねえ、赤星の貸し借りができる仲。
鴨の脂をたっぷりと吸収した汁は、いわずもがな、うどん出汁である。濃厚な脂が出ているのに濃すぎない。絶妙の味わい。いくらでも食えそうな感覚を呼び起こす。それを見越したかのように時津さんは、具を食べきった鍋に自家製のうどんを投入。ああ、ここで、うどん屋の真骨頂を発揮するのかと涙ぐむ取材隊に向けて不適な笑いを浮かべ、言ったのだった。
「雑炊、何人分にしましょうか? 鴨鍋は、雑炊がうまいんですよ。うどんより、雑炊食べてください(笑)」
出るかー、ここで、おじやが、出るか。
涙目の老いるライターはハフハフ言いながら雑炊をすする。うまかねえ。鴨やらネギやらゴボウやらセリやら、みんな溶け合って、仲よお、しとるばい!
うまいもん三昧の北九州遠征、このたびはこれにて終幕。また、来たいですねえ!
(※2026年6月12日取材)
取材・文:大竹 聡
撮影:衛藤キヨコ



と赤星
と赤星


