あのお店はなぜ時代を超えて愛されるの? お客さんがみんな笑顔で出てくるのはどうして? 赤星探偵団の6代目団長・赤江珠緒さんが、名店の暖簾をくぐり、左党たちを惹きつけてやまない「秘密」を探ります――。
穴場のグルメタウン

京王新線・幡ヶ谷駅。都心部を東西に貫く都営地下鉄新宿線が乗り入れ、新宿駅から2つ目という便利な駅だ。駅周辺に、こぢんまりとしたおいしい店がたくさんある、知る人ぞ知るグルメタウンでもある。
残暑が厳しいさなか、幡ヶ谷にやってきた赤江珠緒団長は、ある店に狙いを定めていた。

予約必須の人気タイ料理店「ミャオミャオ」だ。
甲州街道沿いにある雑居ビルをエレベーターで2階に上がると、エスニックな異空間に迎えられる。タイ本国からやってきた色とりどりのオブジェ、天井を彩るチェック柄の布、ステンドガラス風のカラフルなランプシェードがキラキラと異国情緒を盛り上げている。

赤江: 素敵なお店ですねー。エレベーターを降りた瞬間、気分はバンコクでございます。
さて、何をいただきましょうか。サラダに揚げ物、グリル、炒め物、ごはん、麺、おつまみコーナーも! それぞれバラエティ豊か。聞いたことのないメニューも多いですね。
何はともあれ、まずはビールで乾杯を! 赤星をお願いします!
キンキンに冷えた赤星をお得意の手酌でトクトクトクトク……
ーーいただきます!

赤江: くぅ〜〜、まだちょい明るい時間から飲む夏の赤星、サイッコーでございますよ。
さ、お料理、ガンガンいただきますゾ!

魅惑的なサラダコーナーから赤江団長がビビビッと反応し、見事スターターとして選ばれたのは、鶏ひき肉のスパイシーサラダ「ラープガイ」。タイ東北部、イサーン地方に伝わる家庭料理だ。
赤江: おいしぃ〜〜! コロコロと大粒の鶏ひき肉がジューシーで、ミントやパクチーやレモングラス、紫玉ねぎのいろんな香りと食感が渾然一体となりまして、いくらでも食べられそうなおいしさです。
味のベースとなるのはナンプラーやレモン汁、砂糖などからなるソース「ナムヤム」。煎ったもち米「カオクア」を加えて和えているのも、食感を楽しくしている隠し味だ。
赤江: おっ、確かにおりますおります、クリスピーなもち米さんが。いい仕事しておりますよ。
赤星との相性? もはや愚問ではありますが、(ゴクゴクッとやって)はい! カンッペキな相性、ベストカップルでございますよ。
赤星がつなぐ縁

「ラープガイと一緒に赤星、間違いない組み合わせですよね」と話すのは、店長の田所祐亮さん。赤江団長はラジオ番組「たまむすび」を担当していた頃からの大ファンだそうで、一度会ってみたいという夢が叶ったとよろこんでいらっしゃる。
「ずっと、たまむすび聴いてました。交通情報の時に流れるシモジマの曲に赤江さんが適当な歌詞をつけて歌うのが最高すぎて、めっちゃハマりました」
赤江: ははははは! またマニアックなところを楽しんでいただきまして、ありがとうございます!
「番組が終わった時は、本当に心にぽっかりと穴が空いてしまって、“たまロス”からしばらく立ち直れませんでした。でも、こうして実際にお目にかかることになるとは、人生わからないもんですね。ありがとうございます!」
赤江: 私もリスナーさんのお店で、こんなにおいしいお食事ができるなんて、うれしいなあ。番組が終わって早3年経ちますが、今でも多くの方に「ラジオ聴いてました」と声をかけてもらえて、ありがたい限りです。

赤江団長は、たっぷりとハチミツをつけたトーストをほおぼり、サクサクサクと小気味いい音をさせている。エビのすり身トースト「カノムパンナークン」だ。
赤江: (しみじみと)はぁああ、おいしいなあ。
私、エビトーストが大好物でして、いろんなお店でいただいてきましたが、こちらのはすごく香ばしくて、エビの旨みもたっぷりで、絶品です。
またタイに行きたくなってきました。

20代半ば、アナウンサーの仕事でタイを初めて訪れ、その後はプライベートでも2度タイを旅行したという。
赤江: タイでゾウに乗ったことが忘れられません。前を行くゾウ使いのおじさんに、私は妙に気に入られてしまいまして、ずっと振り返ってジィーッと見つめられておりました。「危ないから前を見なさいよ」と言っても当然通じず。何を言ってるか分かりませんが、「嫁に来ないか」くらいの勢いでアタックされたことが、思い出されます。
それから、母と旅した時のこと。ホテルの客室にあった山盛りのフルーツをふたりで食べておりましたら、どのフルーツの作用かわかりませんが、ふたりとも歯茎がショッキングピンクに染まりまして、めちゃくちゃ焦りました。
赤江のタイ旅行の思い出は、ゾウ使いと歯茎です(笑)

タイの思い出にひたっているところへ登場したのは、トムヤム味の手羽先揚げ「ピークガイトード」だ。熱々をハフハフといただく。
赤江: お馴染みの手羽先さんが、「サワディーカー(こんにちは)」とやってきました。トムヤムの甘い、辛い、酸っぱいの三重奏でございます。おいしいっ! ますます赤星が進んじゃいます。
本場タイの味に日本人の丁寧さをプラス

「ミャオミャオ」のオーナーシェフは宮尾祐平さん。印象的な店名は、宮尾さんのお名前と、タイ語で猫の鳴き声を表現する「ミャオ」をかけている。
宮尾さんは元々アパレルショップで働いていた。タイが好きだった宮尾さんはタイ料理レストランでアルバイトを始めると、料理の世界に開眼。タイがますます好きになり、料理人として生きると決めた。三軒茶屋や恵比寿でタイ料理店を10年ほど手がけ、2022年に「ミャオミャオ」を独立開業させた。
メニューに並ぶのは、宮尾さんがタイ全土を食べ歩いて吟味した料理。タイ人の料理人から直伝の味だ。
赤江: 宮尾さんのお料理は、甘み・塩味・酸味・辛味に加えて、ハーブの香りがすごく調和していてほっとするおいしさです。タイ料理でよく感じる、おいしいけど後味が甘ったるかったり、口の中が辛くなりすぎたりと、味のパンチに疲れてきちゃうような感じがありません。
どんなことを工夫しているんですか?

「どれもタイ料理の王道のレシピですが、フレッシュなハーブや野菜を使うことにはこだわっています。あらかじめ作られた調味料ペーストにはない、フレッシュな味わいを加えることには意識していますね。
それと、調理の基本ですが、素材の切り方とか火の微妙な入れ方とかは丁寧にやっています。日本人の気質だと思うのですが、そんなふうに基本を丁寧に調理することで、タイ料理も繊細な味わいに仕上がるように思います。
自分が化学調味料を加えることはありませんね。現地の調味料にアミノ酸が加えられていることがあって、それまでは制限しませんが、なるべく自然な旨みを大切にしたいと思っています」(宮尾さん)
赤江: なるほどー。何かが決定的に違うと感じていましたが、確かに「丁寧さ」なのかも。このお肉も絶妙な火の入り具合で、見るからにおいしそう。
豚トロ肉のスパイシー焼き「コームーヤーン」だ。豚のネック部分をタレに漬け込んでから香ばしく焼いた、噛めば噛むほど肉の旨みが豊かに広がる逸品。ピリ辛のディップソース「ナムチムジェオ」をちょいとつけて味わうと、さらに味わいは重層的になる。
赤江: こちら、初めましてのお味です。深い、深いけれど食べやすい。今日はいろんな味付けのお肉をいただいてきましたが、どれも甲乙つけがたいおいしさ。そして、絶好のおつまみです。

ここらで気になっていたタイ薬膳ハイボールに切り替える。タイの漢方薬店にブレンドしてもらったタイハーブを焼酎に漬け込み、ソーダで割った焼酎ハイボールである。
効能別に8種類あり、それぞれ「猛虎の力」「みなぎる馬力」「倒れない棒」などパンチがある意味深な名前が付けられている。赤江団長は、冷え性の解消や安心作用、ホルモンバランスの安定などを期待できる「100人夫を持つ女」を選んだ。

赤江: (「100人夫を持つ女」をぐびぐびっと飲んで)おおおーー、漢方だ。思った以上に漢方だわ。でも私、この感じ好きだなー。遠い記憶を呼び起こすような知っている香りもいろいろしますね。なんだろ、お風呂の感じがする。漢方って、お茶だとちょっと飲みづらいことが多いけど、お酒だと飲める! これからは漢方はお酒で摂取しようかしら(笑)
「このタイ薬膳ハイボールシリーズは、お風呂の感じっておしゃっしゅるお客様は多いですね。サウナの匂いという方もいます。ハマる人にはハマるお酒ですね」と田所さんは話す。

宮尾さんと田所さんは、同じ服飾系専門学校の卒業生。卒業後も飲み友達としての付き合いは続いた。アパレル関連の仕事を辞めた田所さんは「ふらふらしていた30歳の時に拾ってもらって」、宮尾さんと一緒に店をやることになったそうだ。
赤江: 調理の宮尾さんとサービスの田所さん、ふたりの息はピタリと合っています。学生時代からの信頼関係が、このお店の居心地のよさをつくっているように思います。

あれも食べたい、これも食べたいと、わんぱくに注文している赤江団長。〆にとオーダーしたのが、豚肩肉と春雨のスパイシー甘辛炒め「スッキーヘーン」だ。豚肉に加えて、エビやイカ、たっぷりの野菜、タイ風すき焼きのタレを吸った春雨が入る豪気な一品だ。
赤江: こ、れ、も、好きだなあーーー。またまた宮尾マジックにしてやられました。素材の一つひとつがプリプリ、シャキシャキと元気で、甘辛の春雨とマッチしていて、クセになります。
そして、赤星で〆る

完全に勢いづいた赤江団長は、タイ薬膳ハイボールをもう一杯。今度は美肌効果や腰と背中の痛み緩和などを期待できる「びっくりする女性」だ
赤江: こちらのハイボールもお風呂感がそこはかとなく感じられつつも、「100人夫を持つ女」とはまた違った味わい。より飲みやすいですね。第三楽章のスタートです。
のちほど、赤星に戻らせていただき、最終楽章まで堪能させていただく所存です(笑)

赤江: ところで、こちらはどうして赤星を置いているんですか? タイ料理店ではめずらしいですよね?
「僕も田所も赤星が好きなんです。生ビールは黒ラベルにしているんですが、サッポロビールの味が好きなんですよ。特に赤星はしっかりした苦味もあって、タイ料理によく合うと思っています」(宮尾さん)
「ラベルのたたずまいもいいじゃないですか。酒場に来たぞって感じになります。飲みに行っても、赤星があれば必ず飲みますね」(田所さん)
赤江: なんとうれしいお言葉。団長冥利に尽きるというものですよ。
その晩、赤江団長は、タイ料理店で飲むことのよろこびを知り、赤星と共に盛大なフィナーレを迎えたと言います。
サワディーカー(さよならも同じ)!

——ごちそうさまでした!
(2025年9月9日取材)
撮影:峯 竜也
構成:渡辺 高
ヘア&メイク:東上床弓子
スタイリング:入江未悠