大竹聡の「赤星★100軒マラソン」
朝起

< 第28給水ポイント >

新宿「思い出横丁」には、素通りできない名店がある

毎度御馴染み「赤星100軒マラソン」。うだうだと飲みつづけて今回が28軒目ですが、やってまいりました、久しぶりの新宿思い出横丁でございます。

午後早くからぱらつき始めた雨が、新宿に着いた午後3時には本降りになっていた。9月の平日の午後のこと。さすがに、思い出横丁もまだ静かですよ。

平素、この界隈に来たときは、線路脇のやきとり横丁を歩くことが多いのですが、今日は、中央の思い出横丁へずんずん入っていきます。

ここ数年、外国人客が増えて、それもアジア系だけでなく欧米系も多いように見えます。最近じゃ、日本人だってけっこう体格がよくなっていて、昔の屋台レベルのスペースの店ではかなり厳しい兄さんも少なくないと思いますが、そこへ欧米系がくる。

やつらは、いや、あの方たちは、とにかく、でかい。上腕が、日本人の細身の女の子の腹周りくらいあるのだって、珍しくない。そういう人たちが、横丁の店に詰め詰めになって座り、つまみを食らい、酒を飲む。ワオ、とか、アメイジング、とかなんとか、言ってるんですかね。

彼らは傍から見ても陽気だってところにすばらしさがあるわけですが、何がいいたいのかっていうと、平日の午後3時くらいだと、まだこうした外国人の姿も少ないってことなのです。まあ、雨降りということが、いちばん大きいのかもしれませんけどね。

どの店を覗いても、まだお盛んに飲むという景色にはならない。こういうときは、「岐阜屋」で、木耳卵炒めで酎ハイなど楽しみながら日暮れを待つという手もあるわけですが、もっと手っ取り早い方法がある。

思い出横丁の青梅街道側、ちょうどその「岐阜屋」の手前に、「朝起」(あさだち)という名店が、すでに営業を開始しているのである。

■ちょっとしたものがしっかりうまい

戸をあけて入る。カウンターのド真ん中、まだ常連さんもいない時間帯だから、ぜいたくなスペースを占拠した。

「ビールちょうだい」

「はいよ!」

威勢がいいのは通称コーちゃん。先代の叔父さんの跡を引き継いで店を切り盛りする。この店自体は、もうかれこれ45年ほどになるという。

「はい。赤星ね」

うまい豆腐が出た。お通しである。真っ白なぷるぷるの豆腐に、じゃこの佃煮がぱらぱらとふってある。これは、うまい。気が利いている。

ビールに合うやつ、出しましょう。

コーちゃんはそう言って、豚耳を出してくれた。お通し第2弾といってはなんだが、本当にそんな感じで、実にテンポがいいので嬉しくなる。そして、この一品のできがまたすばらしい。

豚耳というと、噛みしだくこと自体が味わいというか、ガシガシと噛みながら、中国の白酒なんかぐびっとやるのがうまいと、日ごろから思っている。

けれど、ここの豚耳は少し大きめにカットしてあり、コリコリっとした抜群の食感をもたらす一方で、ほどよくやわらかく、ピリ辛の味付けがまた秀逸なのだ。

「朝起」をネット検索すると、ゲテものが食べられる、という特徴で紹介されがちなところがある。けれど、飲食店は、それだけで長くやっていけるわけではない。

ゲテは最初のうちこそ珍しいし、写真映えして話題にもなるから、イチゲンさんとかそれに近い人たちには特徴たりうるが、いつも来る常連さん、長く通ってくださるお馴染みさんに愛されるには、一見して何の変哲もない、ちょっとした酒肴がしっかりしていないと、店と客の関係も、どうにもうまくないってことになるんじゃないか。

豚耳一品で、そういうことを思わせるくらいに、ちょっとしたものがうまく、その上、この狭さなのに品数がハンパではない。

カウンターの上には、うまそうな野菜が盛られている。その横の干し魚を指して、

「これ、なんだかわかります?」

さて、と、考えていると、

「ホッケです」

聞けば、ホッケはホッケでも、トバなんだとか。サケトバならよく見かけますが、こちらはなんとホッケトバ。なるほど、おもしろいものがある。これをあぶって肴にすれば、かなりいけるだろうなと容易に察しがつく。

■ゲテ目当てで来たわけではないが…

この日は編集Hさん、カメラSさんのほか、メンバー中ではいちばんの若手ビジネスマンのAさんに、Aさんの得意先のBさんも来られてますから、我ら一行もいつになくにぎやかだ。

「はい、これも、いってみて」

コーちゃんが出してくれたのは、メヒカリの塩焼き。これも、なかなか珍しいですな。脂がのってまるまると太っている。

 

壁の品書きを見ると、ホッケ、鮎、秋刀魚、鯨にヒラマサ、真イワシ、ハタハタなどの魚介のほかに、馬刺しもある。この馬刺しがまた絶妙で、ビールに合う。

それから、奥の水槽にはドジョウが泳いでおりまして、もちろん、酒肴として供される。ちなみドジョウは串に刺して丸焼きでいただきますが、たまに鍋なんかもやるようです。

しかし、まあ、ドジョウ、鰻あたりまでは当たり前の食材であります。「朝起」ではカエルも出ますし、サンショウウオだって取り揃えているわけです。

さらに、豚に関していいますと、豚足がある。豚ばらポン酢なんて、さっぱりしたのも、ある。そして、そして、金玉と子宮がある。

こうしたものがある、ということがわかっていて、そっぽを向く手はない。決して、ゲテ目当てで来たわけではないのだけれど、

「豚の金玉、ずいぶん、喰ってないな」

なんてことが、ふと脳裏をかすめたりもするのです。

サンショウウオの串焼きがうまい。けれど、このうまさはタレのうまさだとコーちゃんは教える。

「ビタミンAが豊富で目にいいってはなしですが、サンショウウオ自体にはほとんど味がない。食感だけ。だから、それ、うまいと思ったら、タレがうまいのよ(笑)」

おもしろいねえ。ほほお、これがサンショウウオかあ、と感嘆している客の頭から水をぶっかけるような合いの手といいますか。私はね、こういうノリが大好きだ。

久しぶりの豚金も、うまい。

これまで何軒かの店で「金玉」とか「ホーデン」と呼ばれるものを食してきたものですが、こちらの金玉は格別だなって、思う。のっけた卵黄とネギとおろしニンニクを金玉と一緒にぐーるぐーるかき回すあたりにコツがあるのか。いやいや、そもそものモノがいいってことなんじゃないか。

「内臓系はね、下処理によって、味がずいぶん違ってくるんですよ。うちのは手がかかってる。もう、たいへんなんだから、金玉の揉み洗い(笑)」

ビールの勢いが止まらない。

■スッポン鍋の味を想像しながら

そのうちに、常連さんがひとり、ふたりとやってきて、その間にも、若い男性のふたり連れがやってくる。宵の口、というより、まだ、夕方だけれど、実ににぎやかになってきた。

雨模様で暗くなってきた路地を行く外国人観光客が、早くから盛り上がっている私たちの姿を店の外からちらちら覗き見ている。

入っておいでよ、うまいよ、ここは……。思わず話しかけたくなってくるから不思議なものだ。えーっと、金玉は英語でなんてんだ? アメリカ人ならボールで通じるか? そんなどうでもいいことが頭をよぎるようになると、楽しさもさらに増してくる。

そこへ、出ました、表面をカリカリに焼いたカエルであります。

じつはこれ、うまいんですなあ。やはり久しぶりの味であり、食感なんですが、焼きたて熱々のカエルってのは、香ばしくて、いい。

店には2階もあって、こちらの名物のひとつ、スッポンを味わうときには、4~5人で誘い合わせて予約のうえ、2階へあがってくれと言う。

何を喰ってもうまい店で、スッポン三昧。〆の雑炊を腹におさめ、恍惚とする。想像しただけでも、幸せな光景だ。この秋、冬、鍋のおいしい季節に必ず、と密かに誓う宵の口でありました。

取材・文:大竹 聡
撮影:須貝智行

店舗情報

朝起

[住所] 東京都新宿区西新宿1-2-14

[TEL] 03-3342-1083

[URL] https://tabelog.com/tokyo/A1304/A130401/13006692/

[営業時間]

14:00~23:00

定休日:隔週月曜日

サッポロラガー中瓶、日本酒、焼酎(芋・麦・金宮)、ハブ酒・クコ酒・アロエ酒・にんにく酒・センブリ酒他(ハブ酒は1000円、それ以外は500~600円)。
真いわしさしみ600円、平政さしみ800円、しまほっけ焼800円、あつあげ450円、なす焼500円、しいたけ焼500円、馬刺し(5点盛り)1350円、豚足600円、金玉・子宮(ボイルのぽんず和え)600円、さんしょう魚焼1000円、かえる(足)塩焼1400~1600円

【プロフィール】

大竹聡 (おおたけ・さとし)
1963年東京都生まれ。 早稲田大学第二文学部卒業後、出版社、広告会社、編集プロダクション勤務を経てフリー。伝説のミニコミ誌『酒とつまみ』創刊編集長。著書に『中央線で行く 東京横断ホッピーマラソン』『下町酒場ぶらりぶらり』『大竹聡の酔人伝』『愛と追憶のレモンサワー』など。最新刊『多摩川飲み下り』が好評発売中!

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