生きている漁港が、そばに
「赤星」の愛称で親しまれるサッポロラガービールを飲める店を巡る「赤星酒場見聞録」。前回、取材隊は兵庫県明石にお邪魔をし、おいしい焼き鳥で存分に赤星を飲むという、実に楽しい一夜を過ごした。
そして今回は、その翌日のお話。まずは、魚の棚(うおんたな)商店街を抜け、港まで足をのばすことにした。
漁協のあるところまで行ってみると、時刻は昼前だったが、まだ、小さな競りが行われているようだった。噂に聞いた昼網で揚がった魚の一部だろうか。漁港には入らず、遠くから眺めただけなので、なんとも言えないが、仮にここで揚がった魚介の一部が、「うおんたな」の店先に並ぶのだとしたら、なんと素晴らしいことだろうと思う。
駐車場に止まっている冷蔵トラックに魚を運ぶ仲買人の姿を眺めながら、通りすがりの私はただただ羨ましい気持ちでいっぱいになった。
海に向かって左手に明石海峡大橋が見えている。私の背後には、住宅が並んでいる。ここまで乗せてきてくれたタクシーの運転手さんによれば、まだたくさんの漁師さんが住んどるよ、ということだった。なるほど、そう言われて眺めれば、生きている漁港という感じが迫ってくる。明石は、海の街なのだ。
青空の下でたっぷりと日差しを浴びた私は、編集ナベさん、写真家のキヨコさんと連れ立って、「うおんたな」へと引き返した。
ある、ある。漁協の赤い文字が印刷されたビニール袋に氷がつまっていて、その上に、魚が並べられている。ガシラ(カサゴ)、カマス、メイタガレイ、カワハギ、サバ、アジ、カツオに明石のタイ、立派な姿の太刀魚に、ああ、あったあった、「ひる網」と赤文字の短冊がのっけてあるのは、サワラである。
たまらんな、「うおんたな」……。そう呟くと、本当にたまらん気持ちになって、ある鮮魚店でサワラの味噌漬けを購入、東京へ送る手配をすばやくすませたのであった。
ふわりと、柔らかい
さて、この日最初の赤星ポイントはどこか。
「うおんたな」のちょうど中央付近にある明石焼の店、「あかし多幸」である。店舗の外に置かれたテーブルがちょうど空いたところで、そこを取材隊の飲み食い場とさせていただく。飲むのは、もちろん赤星だ。同時に頼むこの日最初の酒肴は、15個900円の明石焼である。
明石焼の歴史は160年といわれる。特徴はいくつかあると、「あかし多幸」のメニューに書いてある。
その1:生地が非常にやわらかく、
2:材料に小麦とじん粉(小麦のでんぷん)を使い、
3:銅製の焼き鍋を使い、
4:玉を返すのに鍋を傷めないように菜箸を使い、
5:具は基本的にタコのみ、であり、
さらにひとつ大事なのは、出汁につけて食べることなのだ。
ご主人の安原宏樹さんは出汁の秘密を教えてくれた。
「北海道の真昆布を丸一日水につけて出汁をとり、その後でカツオブシと合わせています」
本式の贅沢なお出汁である。さて、次に食べ方であるが、
その1:最初は出汁なしで、
2:出汁につけて、
3:出汁に三つ葉を浮かべて、
4:抹茶塩をすこしまぶして、
5:出汁に抹茶塩を少し浮かべて、
食べるのが、「あかし多幸」推奨の食べ方ということである。
言われた通り、実践するに限る。
まずはひとつめ。そのまま口へ放り込むと、ふわりと柔らかい。表面のカリカリ具合を主張してくる私が日ごろ馴染んでいるタコ焼きとは、まるで趣が違うのである。
「タコ焼きを出汁につけたら明石焼になると思う人もいますが、明石焼は生地がすごく柔らかい。玉子をたくさん使って玉をつくりますから、明石焼は粉もんであると同時に、玉子料理でもあるんです。明石でも古いお店は今も、明石焼を玉子焼きと言っています」
ふわふわの外側だけでなく、中身の具もまるで違うのだ。本当に、タコのみ、ネギ、天かす、紅ショウガなどを仕込んでいないのだ。
そしてふたつめ。出汁につけてから食べると、いつもの、どろりとしたソース、カツオブシ、青海苔などがかかったものとは似ても似つかない、まったくの別物である。
つまり明石焼は、いわゆるタコ焼きと違うし、以前、神戸で食べた、出汁に沈めた玉にソースをかける、神戸焼き? とも違う。もっともシンプルで、すっきりしているのが、この明石焼だ。
作家・開高健が『新しい天体』という小説の中で書いていたことを、突如として思い出した。
帰京後に調べると、出汁のすばらしさを、作家はこう表現している。
〈おつゆがなかなかよくできていて、まったりと含みの深いゆたかさがあり、淡白なのにすみからすみまでのびのびしているし、舌にのせるとキラキラ光るようである》
ほんとに、そうなのだ。上品で余裕があり、本物の味で魅了してくる。
出汁に三つ葉を入れると爽快さがアクセントになり、抹茶塩をまぶす工夫も、なるほどと合点がいくうまさだ。
昆布出汁のうまみは、鯛茶漬にも生かされていた。タイを、酒、醤油、味醂、そして昆布出汁にひと晩漬けてある。つまり、漬けの味わいが深い。だから、そのまま食べるのが、まずは正解。その後で、明石焼の出汁をかけるか、茶をかけるかはお好み次第。
これも、実に贅沢な食べ物。
明石は、とても、良きところだ。
食欲に火がついた
さて、昨夜大いに盛り上がった総勢7名からなる取材隊は、本日も元気である。続いて向かったのは、「呑み処 蜂の巣」というお店。昼の12時から営業している居酒屋だ。
カウンター席と、背後に2人掛けのテーブル席を配したこぢんまりとした店だが、取材隊がドカドカとお邪魔したとき、カウンターには5人ほどの先客があった。週末の昼下がり、あと2時間ほどで夕暮迫る頃合い。みなさん、ゆるりと飲んでいる。
さっそく赤星。つまみを何にしようかと店内を見まわして驚いた。ざっと見て、50以上の料理がホワイトボードに書いてあるのだ。手羽先の素揚げ330円、赤ウインナー330円、ポテトサラダ380円、牛スジオムレツ580円、砂ズリにんにく炒め500円などなど、軽いつまみはどれも破格の安さ。しかも、おまかせ8品セットはなんと、440円ときた。
海鮮も豊か。ヒラメ、サワラ、アオリイカ、サンマ、本マグロと、うまそうなところをずらりと揃え、ほかに、天ぷらや、カツ、焼肉など、しっかり食べたい人向けのメニューもある。
私はサワラを炙ってもらい、ちりめんおろし、とポテサラをつまみながら、ゆっくりと赤星を楽しむ。
他のスタッフは、場所だけお邪魔して飲まない、喰わない、では迷惑がかかるから、一斉に注文をして腰を据えたのだった。撮影に忙しいキヨコさんにはまた後で参加してもらおう。
私は、取材隊が次々に頼む料理をキヨコさんが手元で撮影するのを眺めつつ、隙を突いて箸をのばす。
出汁巻き玉子のプレーンは、お出汁に半分浸かっている感じなのだが、その味わいがやさしい。ちりめん、スジコン、明太子など、中に仕込むバリエーションも豊富。あれこれ試してみたいと思っているところへ、いい匂いをさせながらエビのガーリック焼きが登場した。ひと口食べて、食欲に火がつく感じである。
あれば頼まずにはいられない赤ウインナーにはケチャップとマヨネーズが美しく添えられ、小松菜のおひたしはあっさり薄味、とてもおいしい。
一子相伝のスジコン
出てくるものすべてがうまいと感心して店主を見れば、まだお若い。我らが取材隊の若者チームとさして変わらない感じがする。
お話を伺うと、店主のお名前は蜂谷昂平さん。現在、34歳という。このお店はお父様が10年前に始められたが、今から5年前、昂平さんが29歳のときに、急逝されたという。それ以降、昂平さんが店を守ってきた。
ちょうど私の手元に牛スジこんにゃくの小鉢が運ばれてきた。ひと口いただくと、しつこくなく、さらりとしていて、それ自体がうまいし、酒にもよく合う。
「そのスジコン、唯一、オヤジが残したレシピなんですよ」
一子相伝のスジコンか。嬉しいな、そんなひと皿に巡り合えて……。
「大阪のスジコンは味噌で煮るけど、こっちのは醤油や。長田でお好み焼きに入れるやろ。ぼっかけ言うて、うどんにのせたりね」
そう教えてくれたのは、カウンターでひと席あけて隣り合わせた女性のお客さんだ。私より少し年配のようだが、とてもきれいな人で、サンマの塩焼きをつまみに、ジョッキで焼酎を飲んでいた。その姿がゆったりと落ち着いている。
先代、つまり昂平さんのお父様のこともご存知だそうで、あの人はほんまにええ男やったと、イチゲンの私に教えてくれた。ゴルフとパチンコが好きで、周りの人からは、とにかく好かれた人やったと。
いいお話だ。
おいしそうに飲んでいるのは麦焼酎の水割りだという。まだ1杯目、と言ったところで、お店の女性から4杯目ですよ、と突っ込みが入った。
遅ればせながら料理に箸をのばすキヨコさんの口からは、ご主人、ほんまにお料理、上手やわと、生まれ育った大阪の言葉で感想がもれた。私は、しみじみとした気分になった。
一方の取材隊の若手たちの食欲はいよいよ本番という感じなのだろうか。豚平焼き、牛すじ焼きそば、やげんなんこつと、立て続けに出てきた。そして、どれも、うまい。還暦過ぎた酔っ払いライターたる私も、若者たちの元気に引っ張ってもらい、いよいよ楽しい気分になっている。
あれ、また何か、来たぞ。
山芋のソテーに、チキンカツ。ここでカツに行くか。いやしかし、実にうまそうだから、ひときれ、いただくことにして、手をあげる。
「すみません、赤星、あと2本、ください!」
1泊2日、明石赤星見聞録、このあたりでお開きです。
(※2025年10月17日取材)
取材・文:大竹 聡
撮影:衛藤キヨコ





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