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100軒マラソン File No.7

「大人の街」赤坂で思い出す、あの頃の匂い

「宮崎酒房 くわ」

公開日:

赤坂は、懐の深い街ですな。テレビ局、大手広告会社、商社に建設、メーカーに金融、あらゆる業種があって、飲食店も一流店が少なくない。料亭、割烹、鮨に焼き肉、いずれをとっても申し分なしという店が多いし、もちろん、老舗のバーなどもあって、往年の作家を偲ぶこともできる。

つまり、ひと言で乱暴に言ってしまうと、「大人の街」なんですな。

ところが、こちとら齢50を過ぎていっこうにガキ臭さが抜けないものですから、赤坂界隈はちょっと緊張する。銀座とはまた違った緊張なのだが、世慣れた大人たちと肩を並べてみて、自らの姿や立ち居振る舞いに遜色はないか、気にしても始まらぬことが、軽く気になっていたりする。

けれども赤坂には、気軽に寛げる店がどんどん開店し、客をつかんでいるという事実もある。酒の品ぞろえがよく、酒肴各種もバリエーションに富み、美味であり、さらに言うと、週に2度、3度と足を運べるくらいにお代も手ごろ。まさに流行って当然の店が、探せばすぐに見つかるということなのだ。

「大人の街」赤坂で思い出す、あの頃の匂い

このたび訪れた「宮崎酒房 くわ」さんも、そういった店の一軒とみた。私は初めての入店でしたが、店に入るとすぐ、ああ、こういう店なら同僚と何度も来るだろうな、と、ふと思ったのだ。

とはいえ、サラリーマンを辞めてフリーになったのが23年も前のことだから、私には長らく同僚というものがいない。思えばずいぶん、淋しい飲みライフを続けてきたものだ。

それでも、20代いっぱい、営業に走り回ったあの頃に通った店の風情というものは、忘れ難い。そして、私らが通った店の感じと「宮崎酒房 くわ」さんの風情にはどこか似たものがある。それを嗅ぎ取ったとき、妙に嬉しくなった。

■店主の自信を感じる滑り出し

こちらは宮崎の酒と酒肴を中心に展開する酒場だから、今日は宮崎自慢の鶏料理が目的である。

さて、まずはビールと、なにか、ひとつ。

「大人の街」赤坂で思い出す、あの頃の匂い

お通しの手羽が、たいへんうまい。ビールはサッポロラガービール。これは、店主の桑畑勝さんが恵比寿の食堂で飲んで以来気に入った銘柄という。

「昔ながらのビールというのでしょうか。私も初めて飲んで、ああ、うまいなと、単純に思いまして」

店のお客さんからも、「ああ、赤星、あるんだね」という声がしばしば聞かれるという。しかも、30代、40代の人にも多いというから、50代も半ばにさしかかろうかという私などにはちょっと不思議なのだ。

私らが飲み始めた頃は、熱処理したラガービールはまだまだポピュラーなものでしたが、今の30代が飲み始めた頃は生ビールの全盛時代。さて、いかにして赤星と出会ったのか、これはちょっと不思議なことなのです。

まあ、それはともかく、次のおつまみがやってきました。

「大人の街」赤坂で思い出す、あの頃の匂い

小葱と大根おろしの下に見えるの、これ、何であろう? 驚くべきことに、鶏皮なのです。細切りにしてもいなければ、かりっと表面を焼いているわけでもない。ちょっと大きめに切った鶏皮が豪快に盛りつけられている。

はたして、滑り出しの1品としては、これが抜群なのだった。鶏皮はほんのりと甘さを感じさせる歯ごたえで、大根おろしに沁みたポンズにも甘みがあって、よく合っている。鶏皮の下へと箸を突っ込むと、オニオンスライスが出てきて、この辛みがちょうどいい。

コップのビールをぐいっとやる。すぐさま瓶から注いで、また、コップ半分くらいをぐいっとやる。ふーっ、ご機嫌だね、これは……。

さすがに、違うな、と思う。

「大人の街」赤坂で思い出す、あの頃の匂い

店主の桑畑さんは宮崎の出身で、福岡で過ごした学生時代には炉端焼き屋で働き、上京後は、チェーン店の店長を経験して、慣れない数字とにらめっこしながら店の経営を学んだ。その後、宮崎料理と宮崎の芋焼酎を中心に据えた店を構えたのが10年前。赤坂の雑居ビルの2階で始め、2年前に現在の場所に移った。

毎晩、営業は深夜に及ぶが、ランチ営業もするし、弁当も出す。さらには、今年から店舗の2階も借りて、宴会に対応できるようにしている。まさに働きづめだ。

しかし、だからこそ、手を抜かない、自信の酒肴を供することができるのだろう。鶏皮ポンズだけで、妙に納得させられた。

■霧の向こうから現れる「あの光景」

驚いたのは次のひと皿である。

「今日は白レバーのいいのが入っていますから」

桑畑さんがそう言って薦めてくれたのが、白レバーの刺しである。鮪の中落ちかと思えるような色合いで、ぱらりとかけた小葱の緑がよく映える。大葉の上におろしニンニクが添えられ、つけダレは塩を混ぜたゴマ油と、刺身醤油の2種。

「大人の街」赤坂で思い出す、あの頃の匂い

口へ入れる。予想どおりだが、口の中であっという間に溶けていき、塩と油の風味を後に残す。味わいは、ひたすら丸く、柔らかく、スルリと喉を通過する。

モツのうまさを表現するときに、よく「臭みがない」というが、この1品には、まるで、ない。すっきりとして、うまさだけが残る。いくらでも食べられる。地鶏の白レバーの本物を知る思いである。

ビールが止まらない。店には宮崎の芋焼酎を置いている。人気は定番の霧島とのことだが、昨今では鶏料理を食べながら日本酒を楽しむ女性客も増えてきたという。

たしかに、こちらの上質な鶏刺しを肴に、ビールの後で日本酒に切り替えるのもうまそうだ。楽しみは、いくらでも広がる気がしてくる。

「大人の街」赤坂で思い出す、あの頃の匂い

そこへ登場したのが、鶏モモの炭火焼き。宮崎の地鶏料理ときたら、炭火焼きを喰わなくてはウソである。

アツアツの鉄板の上には、キャベツと鶏モモのみ。実にシンプルな光景で、そこへ箸をつっこみ、ひと口ほおばると、口の中から鼻へ、炭の香りが抜けていく。適度な脂が丸みを感じさせる鶏モモとキャベツの相性も抜群というしかない。

「大人の街」赤坂で思い出す、あの頃の匂い

ふと見れば、あちこちのテーブルが、仕事帰りのビジネスマンたちで埋まり始めている。年齢は、30代から50代といったところか。本日は男性客が中心のようで、つまり、職場の仲間たちと思われる。

会社の役職ということでいえば、部長さんから平社員、さらには社外のスタッフや、あるいは仲のいい取引先の人も混じっている。そんな具合だろうか。

「大人の街」赤坂で思い出す、あの頃の匂い

とたんに、私自身の20代の頃を思い出す。

求人広告のセールスマンをしていた頃は、それこそ毎晩、上司や同僚たちと飲んだものだ。何の話をしながら飲んだのか、さっぱり思い出せないが、気分転換というよりは、仕事の延長で飲む、といった趣だったろう。

薄らぼんやりしてしまっている現在の記憶をたどれば、酔いがもたらす霧の向こうから現れるのは、いつも、なんらかの仕事の話をしている光景なのだ。

■鶏料理とビールで最後まで

さてさて、腹具合もそろそろ満たされてきた。ここまでビールだったら、この先もビールと決め、ビールに合う酒肴を追加することにしよう。

品書きを見て、チキン南蛮を選ぶ。それはもう、当然というもので、これだけの鶏を出すお店なら、南蛮のタルタルソースをいただかない手はなかろうというものだ。

「大人の街」赤坂で思い出す、あの頃の匂い

そして、やってきましたチキン南蛮、タルタルソースがこれでもかとたっぷりかかっている。

揚げ物にタルタルはしつこくないか。そんなふうに思いもするが、海老フライも牡蠣フライも、タルタルソースはよく合うし、マイルドな口当たりのビールを飲みながらタルタルをつけた揚げ物を食すのは、禁断のうまさ、という一面もある。

うん。これは、やはり、うまいね。チキン南蛮の軽さと脂の加減がいいし、そこにタルタルソースの、どこか郷愁を誘うような懐かしい味わいが加わる。文句なし。頼んでよかった。

さあ、締めですぞ。

「大人の街」赤坂で思い出す、あの頃の匂い

そう、鶏出汁スープをお椀でいただく。ショウガがきいて、さっぱりと香り高く、ウズラの卵もまた、最後のアクセントにちょうどいい。

ビールの残りを飲み干すのと、スープの椀を空にするのが、ほぼ同時だった。

では、ご馳走様――。

店を後にするとき、近々もう1回、いや、今週末あたり、飲兵衛仲間に声をかけて再訪しようか――。そんなことを思いながら、夜風の心地いい、赤坂の路地へ出た。

「大人の街」赤坂で思い出す、あの頃の匂い

取材・文:大竹 聡
撮影:須貝智行

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