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100軒マラソン File No.65

東京のど真ん中、神田に佇む「昭和世代の郷愁をくすぐる店」

「お食事処 あい津」

公開日:

今回取材に訪れたお店

お食事処 あい津

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※撮影時以外はマスクを着用の上、感染症対策を実施しております。

千代田区神田。そのど真ん中とも言える内神田は、今でもあまり広くない道が縦横に走る昔ながらの街並みを残しています。時間の経過に磨かれて渋みの出たうなぎ屋さんとか、実に渋い喫茶店とか、そうかと思うと、細い路地の先には、住居とわかる建物に出くわしたりもします。もちろん、渋い飲み屋もあります。

東京のど真ん中、神田に佇む「昭和世代の郷愁をくすぐる店」

東京駅の隣駅なのに、広場もロータリーもない。道について、縦横にと書いたけれど、所によっては、斜めの道も残っている。そして、背の高いビルも、もちろんあるけれど、背の低い、昔ながらの建物だって残っている。つまり、まだまだ、抵抗している感じがあるのだ。整然とした街並みにするだけの開発に対して――。

東京のど真ん中、神田に佇む「昭和世代の郷愁をくすぐる店」

赤星100軒マラソンで今回お訪ねしますのは、4階建ての小さなビルの1階にある、「あい津」という飲み屋さんです。看板にはお食事処とあります。その名のとおり、昼は定食を提供し、夜は酒肴の店として営業している。

東京のど真ん中、神田に佇む「昭和世代の郷愁をくすぐる店」

■映画のような雰囲気の中で

神田界隈はずいぶん飲み歩いてきましたけれど、こちらの店に入るのは、不肖オータケ、初めてのことであります。少し緊張しつつ、営業開始直後のお店に入ってみました。

暖簾をくぐると左側はカウンター。右手にはテーブルが2つ。カウンターの中の調理場に、ご主人が立っていた。

東京のど真ん中、神田に佇む「昭和世代の郷愁をくすぐる店」

早速、赤星をいただきます。

カウンターを照らす3つの灯りから、温かい色合いが店内に満ちます。ほどよく暗く、落ち着く。昔の日本の家にあった、寛げる雰囲気が東京のど真ん中、神田に残っているのが嬉しいです。

東京のど真ん中、神田に佇む「昭和世代の郷愁をくすぐる店」

最初のつまみは、何にしようか。壁にかかっている黒板に目を走らせる。

生サンマ塩焼
カキフライ
インド鮪天刺し
石垣鯛薄造り
鮪胡麻だれ
鮪ぶつ
カキバター焼……

東京のど真ん中、神田に佇む「昭和世代の郷愁をくすぐる店」

海の幸の新鮮なところがありますね。サンマはもう、ぜひ、いただきましょう。それから、そう、カキフライも忘るべからず。赤星をきゅーっとやりながら、季節の味、カキをフライにして、その熱々を頬張る。これは、私にとって、晩秋から初冬にかけての、欠かすことのできない、儀式とも呼ぶべきものです。

けれど、最初に頼むのはまた別。さきほどの海の幸コーナーの下には、とちお揚げ、カキ豆腐、めざし、じゃこ天葱炒め、宇和島じゃこ天、山形青菜漬け、などと記されているのです。まずは、ここから選ぶ。

東京のど真ん中、神田に佇む「昭和世代の郷愁をくすぐる店」

「すみません。じゃこ天ください」

好物なんですよ。あれば頼まずに済ませることはできないし、宇和島のじゃこ天があれば、ビール、日本酒、焼酎、ウイスキー、なんでもOKという気分になってくる。

東京のど真ん中、神田に佇む「昭和世代の郷愁をくすぐる店」

そして、出てきたじゃこ天には、たっぷりの大根おろしが添えられていた。ますます、いいです。

私は大根おろしにも目がない。釜揚げシラスにたっぷりの大根おろしと醤油をかけて飯にのせると、日ごろ少食の私が朝からヘタをすると茶碗3杯の飯を食う。搗きたての餅を喰うときも、大根おろしとからめると最高だし、田舎蕎麦には辛味大根がなければならない気もする。

東京のど真ん中、神田に佇む「昭和世代の郷愁をくすぐる店」

余談が長くなったようですが、その日の最初の1杯に赤星をぐいと飲み、じゃこ天と大根おろしと醤油のコンビネーションに、ノッケから深い満足感を味わっている私はこのとき奥のテーブルにいたのですが、ふと気が付くと、早くも店には次のお客さんが入って来られた。

二人連れの背広姿の男性。年の頃なら、そうさねえ、アタシと一緒くらいか、と目星をつける。つまり、50代の後半から60歳前後。中年というより、まあ、初老ということになりましょうか。

東京のど真ん中、神田に佇む「昭和世代の郷愁をくすぐる店」

初老というのは悪くないですよ。中年にはない渋さがある。実に大人である。その証拠に、おふたりがついたカウンターの景色というものが、絵になっている。小津安二郎の映画のような雰囲気がある。中村伸郎と笠智衆が並んで飲んでいる後ろ姿に見えてくる。

「燗でもらおうか。それからサンマね」

東京のど真ん中、神田に佇む「昭和世代の郷愁をくすぐる店」

おふたりのうちの一人がそう言いました。ちょっと寒くなりかけてきた夕方のこと。最初から燗酒というのもオツなものでしょう。そして、つまみの最初はサンマの塩焼き。すばらしい。焼きたての熱いところに、そう、やはり大根おろしをのせて口に運べば、すでにしてひとつのストーリーは完結するのであります。

だから私も、言う。

「こちらも、サンマください」

東京のど真ん中、神田に佇む「昭和世代の郷愁をくすぐる店」

小さくて、ちょっと古くて、懐かしい感じのする店で、旬のサンマを味わう。きわめてシンプルな性格をしているワタクシのことです。このときすでにして、かなりの幸福感に包まれている。シアワセものなのでしょう。

東京のど真ん中、神田に佇む「昭和世代の郷愁をくすぐる店」

■BGMは昭和の歌謡曲

改めて店内を見まわし、ご主人に伺いましたら、お店は昭和48年にオープンしたということです。1973年ですから、年を超えると店は49年を迎えます。

「あい津」という店名は、オープン時のオーナーの出身地、会津からとった名で、現在のご主人は、先代のお店で働いていた女性の息子さん。当代になってからでも18年が経過したということです。

東京のど真ん中、神田に佇む「昭和世代の郷愁をくすぐる店」

カウンターのおふたりは、それぞれに燗酒とサンマを頼み、それぞれのサンマを、実にきれいに食べる。食べあとが、きれいなのです。

やはり同じ世代かなあ、などと思っていると、ひょんなことから会話が始まり、おふたりが昭和39年生まれで、九州のご出身であるらしいことがわかった。私は昭和38年生まれ。やはり同世代でした。

東京のど真ん中、神田に佇む「昭和世代の郷愁をくすぐる店」

プロ野球の話が出た。昔見たプロ野球の話。カウンターのおふたりは、西鉄時代のライオンズファン。稲尾、豊田、中西の名前が出てくる。そのあたりの名前は知っているし、有名な人では、野茂やイチローの才能を開花させた仰木彬という名監督も、現役時代は西鉄のスターだったことを、知っている。

でも、私は巨人全盛期に東京で育ったクチだから、西鉄の往年の大スターよりも、王、長嶋、なのである。後楽園球場で長嶋の現役時代を見ており、それが野球への憧れの原点だから、当時の野球を語ろうとすれば巨人の話にしかならず、それでは、せっかく楽しく飲んでいるおふたりの話の邪魔になりかねない。ここはしばらく我慢して、私もサンマを平らげ、さらには、最初に目をつけていたカキフライを注文します。

東京のど真ん中、神田に佇む「昭和世代の郷愁をくすぐる店」

いつものとおり、編集Hさんと写真のSさんにも席に加わってもらいます。鮪胡麻だれや、豚ポン酢、それから、こちらのドジョウの柳川などを注文。少しずつ箸をつけさせてもらうのですが、どれも、抜群。お昼の定食もぜひ食べに来たいと思う次第です。

赤星と、それから少しの燗酒ももらって、この渋いお店で過ごす時間を楽しむ。

東京のど真ん中、神田に佇む「昭和世代の郷愁をくすぐる店」

昨今、人はよく、古く懐かしい印象を与える風物を昭和的と感じたり呼んだりする。昭和なお店、なんていう言い方がある。けれど、この店のやがて40年になる歴史を思いながら気づくのは、昭和と今との間には、30年を超える平成が挟まっていて、令和になってからはまだ3年。

ということは、お店の歴史から見れば、平成の店、とも言えそうなのですが、そこは、人間も同じ。58歳の私にとって、26歳になる年までが昭和だったことを考えれば、私は平成という時代により長い時間を過ごしている。けれど、私は、自分を昭和の人間だと思っている。なぜだろう……。

東京のど真ん中、神田に佇む「昭和世代の郷愁をくすぐる店」

ふと、気が付いたのは、この店のBGMだ。どうにも居心地がいいなと思っていたのは、知っている歌ばかり流れていたから。それも、ほぼすべて、昭和の歌が流れていたからなのだ。

チューリップの「青春の影」が流れてきたところでそれに気づき、しばらく聞いていると、丸山圭子の「どうぞこのまま」がかかる。後から調べたことだけれど、「青春の影」は1974(昭和49)年、「どうぞこのまま」は1976(昭和51年)のリリースなんです。昭和も昭和。私の小学生から中学1年生までの間のことです。

当時のテレビドラマというと、萩原健一主演の「前略おふくろ様」の第1シリーズが1975(昭和50)年に始まって、第2シリーズが、1972(昭和52年)に終了している。なるほど、懐かしいわけだ。

東京のど真ん中、神田に佇む「昭和世代の郷愁をくすぐる店」

■男の郷愁を誘う何かがある

写真のSさんも同じようなことを考えているはずで、この店、いいよね、と声をかけると、倍賞さんがいそうですねよね、と返ってきた。寅さんと高倉健さんをこよなく愛すSさんの言う倍賞さんは、言わずと知れた倍賞千恵子さんであります。

たしかにね。しかし、中村伸郎、笠智衆、倍賞千恵子ときては、もう何が何だかわかりませんが、50代の男の郷愁を誘う何かが、やはりこの店にはあるようなのです。

東京のど真ん中、神田に佇む「昭和世代の郷愁をくすぐる店」

聞けばご主人は私より7年先輩。お生まれは昭和30年代の初めだそうで、現在は、お休みの日にはクラシックギターの教室へ通って練習を積んでいるということです。アルハンブラの想い出。あれを練習しているのだそうで、本格的ですよ。

私は、これも好物のひとつ、鳥豆腐を頼みます。鳥と豆腐の小鍋仕立て。ブラックペッパーを振ってあって、変わり水炊きというイメージでもある。うまいですよ。寒い晩の鳥豆腐。最高だ。

東京のど真ん中、神田に佇む「昭和世代の郷愁をくすぐる店」

そして聞こえてきたのは、小坂明子「あなた」。リリースは1973(昭和48)年。この店のオープンの年ですね。いやあ、名曲だね、これも。

私はエレファントカシマシの宮本浩次によるカバーアルバム「ROMANCE」が好きでよく聞きますが、その1曲目に収録されているのが「あなた」。メロディーは美しく、曲としてのダイナミックな盛り上がりが見事。

はああ、いい! 思わずつぶやくオジサンひとり、赤星をもう1本、いただくことと、いたします。

東京のど真ん中、神田に佇む「昭和世代の郷愁をくすぐる店」

(※2021年11月29日取材)

取材・文:大竹 聡
撮影:須貝智行

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