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100軒マラソン File No.56

新幹線を途中下車して立ち寄りたい清水の大繁盛店

「金の字 本店」

公開日:

今回取材に訪れたお店

金の字 本店

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サッポロラガービール、愛称・赤星を訪ねて歩く酒場巡り。名付けて「赤星100軒マラソン」も数えて56軒目。このたび初めて、静岡県に足を踏み入れます。

向かいましたのは、東海道線の清水駅。静岡駅でも浜松駅でもなく、清水駅。シブいですね。私、実はこの駅で下車するのは初めてです。

新幹線を途中下車して立ち寄りたい清水の大繁盛店

港町ですから、魚介が豊富に違いないのですが、出かけた店は、やきとりの店。それも、鶏と豚の肉や臓物が混在する品ぞろえらしい。

金の字本店。昭和25年創業、今年2月末で70周年と聞いていたその店は、午後5時の開店と同時にお客さんが次々に入っていく、地元で知らない者はない繁盛店です。

新幹線を途中下車して立ち寄りたい清水の大繁盛店

店は現在、2代目にあたる杉本重義さんと、女将さん、そして、3代目の要平さんが切り盛りしているが、初代のお名前が杉本金重さん。きんじゅうさんと読む。で、金重さんだから、金の字。金ちゃんでも金さんでもない。金の字。威勢がいいですよ。

新幹線を途中下車して立ち寄りたい清水の大繁盛店

■こんなもつの喰い方があったとは

さて、開店です。私も遅れることなく、紺の暖簾をわけて引き戸を開け、手前のカウンターのほぼ中央に席をとった。なんとも美しい白木のカウンターは手触りもすべすべ、清潔そのものだ。ヒノキ材であるという。

まずはおきまりの赤星をクイッとやって一息つく。

新幹線を途中下車して立ち寄りたい清水の大繁盛店

そうするうちに女将さんがカウンターの端のお客さんから順に食べ物の注文を取っていく。私も他のお客さんにならって、「もつカレー煮込」を2本頼む。

ここで気持ちがざわつくのは、もつカレー煮込というこの店の名物が、いかなるものなのか、想像がつかないからだ。いや、想像がつきかねるからこそ、期待が膨らんでいるのです。

新幹線を途中下車して立ち寄りたい清水の大繁盛店

ちょうど、私の眼の前に、巨大な鍋がある。それは、巨大なカレーの鍋である。3代目がとろりとしたこげ茶色の鍋に菜箸を突っ込み、次々と串を引き上げていく。

なるほど、もつの串であるな、とわかる。カレーであることもわかる。そこまでわかれば、だいたいどんな味がするか、大まかな予測はつく。私の経験と知識は、豚のシロモツのグニュグニュしつつも噛みしめるとプンと香る、あの歯ごたえと香りを想起させるのだった。

新幹線を途中下車して立ち寄りたい清水の大繁盛店

ところが、その予測は一口目で覆された。モツの食感はマイルドで歯切れがよく、独特の匂いもない。カレーは、ドロッと濃厚ながら甘ったるさは皆無。ビターな大人の味わいで、それでいて、すっきり、さっぱりとした軽さもある。

まどろっこしいですね。何を書いているのか本人にも定かでないわけですが、名物になって然るべきものであると確信している。いや、もっとわかりやすく、言い換えましょう。

たいへん、うまい。これに尽きます。

新幹線を途中下車して立ち寄りたい清水の大繁盛店

「刺してあるのは、豚の小腸と胃袋なんです」

説明してくれたのは、毎日この煮込みを仕込む要平さんだ。考案したのは初代の金重さんで、2代目の重義さんが受け継ぎ、要平さんも仕込みに参加してから、時代に合わせたレシピにブラッシュアップをして現在に至っているという。

微妙に改変はしているが、ルーからすべて自家製。毎日、同じ鍋で煮込み、静岡おでんよろしく、継ぎ足し継ぎ足しで、味を重ねていく。昨日のスープで下ごしらえを済ませた鍋に、開店直前、ルーを溶いた新しいスープを加えて濃度と味を調え、今日のための「もつカレー煮込」が完成する。

新幹線を途中下車して立ち寄りたい清水の大繁盛店

「祖父が軍隊で満州にいたときに、東京のレストランでコックをしていた人から教わったカレーを、戦後、いろいろと考える中で採り入れたんです」

なるほど。言われてみれば、老舗洋食店のライスカレーを思わせるような、品よく、まろやかで、万人を魅了する力を持っているような気がする。

新幹線を途中下車して立ち寄りたい清水の大繁盛店

正直言って、これには驚いた。清水の人々はおいしい魚介に困らない暮らしをしているであろうに、実はこの地で、こんなにうまいもつの喰い方が発明されているとは思わなかった。寡聞、浅学、知ったかぶり。そういうものを戒められる貴重な経験だ。

■コの字カウンターの片隅で

開店から30分もしないうちに、カウンターは埋まりつつある。奥に小上がりもあるのだけれど、コの字カウンターのどこかに座って、忙しく立ち働く姿を見ながら飲み食いしたい。そのほうが、楽しい。

新幹線を途中下車して立ち寄りたい清水の大繁盛店

焼き方を担当しているのは2代目の重義さん。その前には大きなネタケースがあり、各種の串がびっしりと並んでいる。

鶏のほうは、レバー、皮、ネギ間、砂肝、ツクネなどで、ほかには豚の、アカ(脾臓)、シロ(胃袋)、カシラ、タン、もつ、などが並ぶ。とりわけ目立つのは、タンの大きい奴だ。焼いた後で小口に切って出すというのですが、私は豚タンには目がない。頼まないという選択肢は、ない。

新幹線を途中下車して立ち寄りたい清水の大繁盛店

そしてもうひとつ、大いに気になるのがポーク焼。セロリの付け合わせ、カットした分厚い豚肉にのせられたバター、うまそうなソース、練り辛子、それらの画像を、実は事前にネットで見ていたのです。これも頼まずにはいられない。

店の混雑具合からして、早めの注文に限ると判断。一度にふたつ頼みまして、さらに、漬物を注文した。

新幹線を途中下車して立ち寄りたい清水の大繁盛店

このぬか漬けは、漬物桶に転用した酒樽の中で漬けられた、この店伝統の味のひとつ。

「私たちの結婚式のときの、鏡割りをした日本酒の樽なんですよ」

重義さんと女将さんは、そう言って笑う。

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いい話だなあ。お話自体が、うまい酒肴をより一層うまくしてくれる。ポリポリと齧れば漬かり具合も抜群。いい飲み屋のぬか漬けはきっとうまいと常日頃思っているが、それは清水でも同じであった。

私の左右のお客さんに、それぞれ、ポーク焼とタン焼が出た。ちらりと見ると、実にうまそうであるが、私が頼んだ分は、まだ、これから焼くところかもしれない。気長に待とう。

新幹線を途中下車して立ち寄りたい清水の大繁盛店

ここで目に止まるのは、そう、目の前の鍋だ。

ちょうど、要平さんが近くに来たので、もつカレーを追加しました。すでに2本食べてしまっているから、串だけが残った皿に追加分をのせてもらうものだとばかり思っていた。しかし、要平さんは皿をいったん下げて、新たな皿に串をのせてくれた。

「お皿、冷めていたから。それだと、おいしくないので」

新幹線を途中下車して立ち寄りたい清水の大繁盛店

嬉しいねえ。その配慮。ひとり喜んでいると、隣のお客さんのこんな言葉が聞こえてきた。

「パンでお皿をぬぐって食べたいね」

おっしゃるとおり。これをバゲットでぬぐったら、止まらなくなるかもしれない。

新幹線を途中下車して立ち寄りたい清水の大繁盛店

毎朝9時から仕込みを始め、開店は午後5時。閉店は夜の9時くらいということなので、営業時間より仕込み時間のほうが長い。家族経営で、手を抜くことなく、回す。その繰り返しが70年続いたと思うと、このもつカレー煮込みのうまさもひとしおだ。

初代は、屋台を引いて、近くの巴川のほとりで商売を始めたとのことですが、戦後の食糧事情の悪かった時代に人々の胃袋と心を満足させた当時の心意気は、しっかりと今に受け継がれているようです。

新幹線を途中下車して立ち寄りたい清水の大繁盛店

現在の場所に店が移転したのは昭和37年。その当時付き合いのあった精肉業者や八百屋さんからお祝いに贈られた「大入り」の額は、今も、カウンター席の上から店を見下ろしている。

■初めて尽くしの感激冷めやらず

そこへ出たのが、大串タンのひと皿。これはすごい。豚のタンはずいぶんと食べてきたけれど、この形状、この風格、初めての体験です。

新幹線を途中下車して立ち寄りたい清水の大繁盛店

口に入れるや、本当にため息の出るうまさだ。歯ごたえがあるのに柔らかい絶妙のタン。モノもいいし、焼き加減も抜群なのでしょう。

ボリュームもすばらしい。まさに驚愕のタン。正直に言って、こういう形の豚タンを食べたことがない。

新幹線を途中下車して立ち寄りたい清水の大繁盛店

驚愕のタンを飲み込む間もなく、ポーク焼も運ばれてきた。バターがのっている。これはもう、ステーキですよ。

肉は分厚いが柔らかく、バターと醤油ベースと思しきソースには、野菜のエキスが沁み込んでいる。この肉は、セロリなどの香味野菜と酒と一緒に仕込み、柔らかく、香り高く、さっぱりとした味わいに仕上げたものということだ。

新幹線を途中下車して立ち寄りたい清水の大繁盛店

ビールにも酎ハイにもウイスキーのハイボールにも合う。それ以前に、ご飯に合うのは間違いない。この一皿でどんぶり飯を掻きこみたい。胃粘膜もすりへりまくったオジサンに、40年ぶりに強烈な食欲が蘇る。

大皿のお出ましでカウンターが手狭になり、奥の小上がりへと移動する。ほどなくして編集Hさんが追加した、もつとアカのたれ焼、シロと砂肝の塩焼きが出て、私たちのテーブルは俄然、賑やかになった。

新幹線を途中下車して立ち寄りたい清水の大繁盛店

このシロ、というのがまた、たまらない。私のよく知るシロモツは豚の大腸のことだが、こちらのシロは、胃袋(ミノ)なのだそうだ。食感も見た目も形もみんな違うので、なるほど、このシロは私の知るシロではないのだなと納得できる。

実際、格別なのだ。この串も初体験。この春で57歳になる私の、初体験尽くし、という感じになってきた。恐るべし、金の字である。

新幹線を途中下車して立ち寄りたい清水の大繁盛店

写真のSさんも加わって、しばらく、飲み喰いをする間も、初めて尽くしの感激冷めやらず、そろそろ席を空けるべきかなどと思いながらも、にわかに席を立ち難い、という状態になっている。

いい経験です。静岡に寄るときはもとより、関東関西の行き来をする際にほんの少しの余裕があれば、ぜひとも立ち寄りたい清水の名店。それが、「金の字 本店」です。

新幹線を途中下車して立ち寄りたい清水の大繁盛店

取材・文:大竹 聡
撮影:須貝智行

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