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100軒マラソン File No.50

名古屋・栄の地下街で、飲み屋さんの原型を見た

「酒津屋 中店」

公開日:

今回取材に訪れたお店

酒津屋 中店

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サッポロラガービール、愛称「赤星」を置く店はいい飲み屋に違いない――。

この、極めてシンプルな、しかし確信に近いひらめきによって、店から店へとめぐる旅。人呼んで「赤星★100軒マラソン」。お蔭様をもちまして、このたび50軒目の訪問とあいなりました。

すばらしいですな。この記念すべき回に我々が出かけましたのは、名古屋です。赤星を置く店ならば海を渡ってでもはるばる出かける所存でありますが、関東圏外へ繰り出す遠征はじつはこれが初めて。喜び勇んで出かけてまいりました。

名古屋・栄の地下街で、飲み屋さんの原型を見た

向かった先は、名古屋の大繁華街、栄。数々の名店が軒を並べて待っているそんな街で、どこの扉を開けるか。最初の1軒を前に胸が高鳴る。そして、出向きましたのが、なんと地下街です。

名古屋駅に大地下街があり、伏見にも地下街があり、そして栄にもまた大地下街があって、いずれもたいへん賑わっている。それだけでなく、どこか、懐かし風情を残すのが、ぶらりと足を運んでみた栄の地下街の印象です。

東京駅八重洲地下街などは昔を知る者としては、おいおい、これでは私は今どこにいるのかわからんよと呟きたくなるくらいに変貌を遂げた気がいたしますが、名古屋のそれは、違う。私は名古屋の昔を知らないのに、どこか懐かしい街の匂いがする。それが、栄地下街の第一印象なのです。

名古屋・栄の地下街で、飲み屋さんの原型を見た

■静かな大人の楽しみ満ちた空間

この日うかがいましたお店は「酒津屋 中店」。同じ栄地下街の中に「東店」もありますが、この「中店」のほうが古い。

こちらの地下街ができたのは昭和32年。地下鉄の開業に合わせてのことらしいですが、「中店」は地下街第2期工事の完成時、昭和40年に開業しているそうです。

名古屋・栄の地下街で、飲み屋さんの原型を見た

入店して、さっそく赤星をもらい、よく冷えた最初の1杯をいただいたのは7月某日午後3時のことです。

はあ、うまいねえ。東京からここへたどり着くまでの間、お茶も控えめにして出かけた甲斐があろうというもの。もともと好きな赤星ですが、それを余計においしく飲むための健気な努力もまた、功を奏するのです。

名古屋・栄の地下街で、飲み屋さんの原型を見た

なにより、この店の雰囲気だ。地下街に懐かしさを感じたように、ここには、飲み屋さんの原型を見る気がする。

昼から召し上がっているお客さんばかり。ビールにチューハイ、好みはそれぞれですが、みなさんゆったり構えて昼酒を楽しんでいる。仕事の合間でしょうか、遅めのお昼ご飯に定食や丼ものを食べている方もいる。

名古屋・栄の地下街で、飲み屋さんの原型を見た

悠揚迫らぬとはこのことで、急ぐ風情でもなく、かといって昼からでき上っちゃってるわけでもない。馴染みの店で、肩の力を抜いて、思い思いに大好きなひとときを味わっている。そういう、静かな大人の楽しみが、この小さな空間に満ちている。

名古屋・栄の地下街で、飲み屋さんの原型を見た

冷奴を頼むと、上にみそがのっている。メニュー名はみそ奴。この店の人気の品のひとつだ。

迷わず最初の1品に選んだわけですが、これが驚きの味だ。東海地方特産の豆味噌を甘く仕立てた、とろりとしたタレで、豆腐を食べるのです。

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ひと口食べて、私が、おお、これは! と驚いていると、「酒津屋」中店、東店、伏見店を経営する、社長の牧野弘治が教えてくれました。

名古屋・栄の地下街で、飲み屋さんの原型を見た

「豆味噌そのものは、塩っ辛いのですが、それに味醂を入れたり砂糖を加えたりして、食べやすく調整するんですね。うちのは名古屋の中では、少し甘いほうかもしれません。驚かれたみたいですが、みそ田楽とかも、もともと甘い味噌ですし、そう珍しいものでもないかと思いますよ」

たしかに、言われてみればそのとおりで、名古屋名物の味噌カツも、甘く仕上げた味噌ダレで食べるから、あの絶妙な味わいになる。それはもちろん知っているのですが、冷奴というと、かつお節とネギとショウガ醤油と刷り込まれているがために、意表をつかれてびっくりしたわけです。

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けれど、この味噌奴。うまいですよ。そもそも味噌と豆腐の相性が悪いはずがないのであって、それがビールに合わないわけもない。勢いがついて、ビールを立て続けに1杯、また1杯とコップに注いでは飲み干す。

つまみに、自家製のポテトサラダと、マグロ刺しを追加します。

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牧野さんによれば、これはキハダマグロとのこと。ちょうどシーズンのマグロですから、なんとも嬉しい。

「イワシの丸干しとかアナゴの干物などは、知多半島のあたりからの取り寄せです」

そうなのだ、名古屋は三河湾などの地物の魚介も豊富な土地で、いわずもがなですが、味噌おでん、味噌煮込みうどん、名古屋コーチンを使った鳥料理その他、名物が少なくない。すなわち、酒飲みにとって、飽きることのない懐の深さで迎えてくれる街なのです。

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「今はこういう大衆酒場ですが、もともとは、カウンター式の天ぷら屋だったんです。開業当時、父は、白シャツに蝶ネクタイという恰好で店に出ていたそうです。そういう、洒落た店だったんですね」

大元をたどると、牧野さんのお家は、1896年(明治29年)創業という、歴史ある酒屋さん。今も名古屋屈指の酒卸しを従弟が経営している。いわば、名門なのですが、こちらの店は素朴で、種類豊富なつまみはどれも安い。赤星中瓶だって、490円というのは実にありがたい。

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入り口近くには水冷式の冷蔵庫がある。これは、忙しい店にはたいへん重宝するものだと聞いたことがあります。その理由は、瓶ビールの冷えが速いから。

「全盛期は、大瓶のビールが1日に200本出ていました。今は生ビールを頼むお客様が増えていますけど、それでも、多いときには100本は出ますよ」

■大衆酒場にいる実感と喜び

さてさて、中途半端な時間帯ではありますが、せっかくです、さらに人気のメニューをいただきましょう。

ご覧ください。名物のえびカツです。いい眺めですよ。実に、うまそうだ。

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我が赤星100軒マラソンチームには、ハムカツに目のない写真家S氏がいるわけですが、彼の目が、写真を撮りながら、早くも怪しく光りはじめている。

私と同じ気持ちなんでしょう。サクサクの衣の下から、今そこに見えているプリプリの海老が口の中を喜ばせる瞬間を、食べる前からありありと思い浮かべている。

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さっそく、ひと齧り。思ったとおり、というより思った以上のおいしさです。海老がたっぷり、まことに贅沢な感じなのですが、これがなんと、驚きの540円。

ついでに書きますと、さきほどのマグロ刺しも、わずか430円。牧野さんは、マグロの仲卸しにお任せで仕入れていると謙遜していましたが、その業者さんは、ミナミマグロであったり、キハダであったり、ネタの質とお値段のバランスを考慮して、その時々でお値打ちなものを選んで持ってきてくれるのだそうです。

そして、えびカツ。万事、気取らない牧野さんは、こんなことを話してくれました。

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「このえびカツ、ひと皿に8匹も海老を使っているんですよ。これじゃあ儲かりませんよね。1匹1匹ぎゅーっと伸ばして、そこに分厚い衣をつけて見栄えのいいエビフライにすれば、倍の値段でも十分いけるんじゃないでしょうか(笑)」

まったくの冗談なのだけれど、食べてみれば、冗談には聞こえない。そういえば、エビフライは、名古屋のソウルフード的なメニューではなかったか。

赤星に合いますよ、当然のことながら。ハムカツ大将Sさんも、今回は、えびカツに痺れている。

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そんな彼の心をさらにぎゅーっと引き付けたのが、マルシンハンバーグだ。ちゃんとメニューにあるのです。

これは、私も懐かしい。CMソングがすぐに出てくるのは、ある時期に子供時代を過ごした人には共通のことだろう。

こういう懐かしい定番ものを、あえてそのまま出すとこところにも、この店の楽しさがある。木のテーブルで相席になったお客さんと目配せしたくなるような、気恥ずかしいような楽しさがある。それは、いままさに大衆酒場にいるなという実感と喜びに直結する。

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出てまいりましたハンバーグ。おお、たしかにマルシンハンバーグだ。玉子を添えて焼いたフライパンの上でケチャップをのっけている。そうそう、これでいいのです。

懐かしい記憶とともに噛みしめてみますと、これ、ビールに合うんですね。ご飯に合うのはよく知っておりましたが、人生半世紀も過ぎて、このたび初めて、マルシンハンバーグとビールの相性に気づいたわけであります。

■朝から奮発するのも格別

まさしく、癖になりそうな店だが、毎日の生活の導線上にこんな店があったら、危険な気さえする。

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営業時間はなんと、午前7時から夜12時。午前11時までは朝食も出す。そしてもちろん、朝からだって酒が飲める。

「今でこそ24時間営業のチェーン店がありますが、昔の栄には朝ごはんを食べさせる店がなかったんです。すぐそこが錦の飲み屋街で、地下鉄の改札も目の前ですし、水商売の従業員さんや朝帰り客、あるいは出勤前の人たちに需要があるだろうと思って、30年くらい前に朝食を出し始めたんですが、ふたを開けてみたら、ほとんどみんな朝からビールとつまみです(笑)」

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ちなみに朝食はセットになっていて、ある日の献立は以下のようなもの。

コロッケ、ウインナーなど惣菜4点盛り。ほかに生玉子、海苔、納豆、さらには小鉢がついて、ご飯と味噌汁。

質も量も十分の、ザッツ朝御飯。これで650円は大満足。しっかり食べてから仕事に行くもよし、旅に出るもよし。いやいや、ビールを1本つけて、朝から奮発するのも格別だ。

こんな店が大繁華街、栄の地下にあるなんて、不思議な気もするし、一方で、実にありがたい気持ちにも包まれる。

出張でも観光でも、とにかく名古屋に泊まるなら、栄地下街のこの店はぜひとも覚えておきたい。

名古屋・栄の地下街で、飲み屋さんの原型を見た

取材・文:大竹 聡
撮影:須貝智行

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