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100軒マラソン File No.17

私が新宿の名酒場を遠巻きにしてきたワケ

「どん底」

公開日:

新宿は、私が最初に酒を覚えた街です。酒そのものを覚えた街、というより、飲み屋へ足を踏み入れることを始めた街、ということになりますか。

20歳ごろのことですよ。最初は、今の思い出横丁や小田急ハルク裏の「ボルガ」あたりに連れて行かれた。かつてはかなりの飲兵衛であったオヤジが私を連れて行ったのですが、最初からずいぶん、濃い酒場を覚えさせたものだと思います。

オヤジにどういう思惑があったのか定かでありませんが、その後の私が、やたらともつ焼き屋の暖簾を潜ったことを思えば、最初に出合った酒場がもつ焼き系であったことの影響は多大であったと推測されます。

その後、思い出横丁界隈は折りに触れて、一人でも出かけてみたし、「岐阜屋」あたりで、締めのラーメンを喰いに入ってまた飲み直すなんてことを覚えたのも、20代のころでしたが、たとえば最初のころに覚えた「ボルガ」に足繁く通えたかというと、そんなことはない。むしろ、足は遠のいた。

私が新宿の名酒場を遠巻きにしてきたワケ

というのも、若いころには扉を開けにくい店というのがある。「ボルガ」もそのひとつだった。開けにくい、とは、いかなる理由によるか。それは実に簡単で、若い者にとって大人ばかりの集う酒場には、居場所がない、ということなのだ。

「ボルガ」に居場所はなかった。ひとりで、2度ばかりトライしてみたことがあるけれど、カウンター席についたときなど、居場所がないどころか、針のむしろに近かった。それくらい、迫力のある大人たちが飲んでいた。という記憶がある。

今もそうだが、当時の私はごくごく気の弱い男だった。酒場でじろりと睨まれて、おうおう、なんか文句あんのかい! と反撃する度胸はない。それで「ボルガ」を遠巻きにしたのだが、中年になってふらりと入ってみたら、居心地がいい。落ち着く。馴染めるのだ。

齢くって図々しくなったってことなんでしょうか。ともかく楽になって、店内を見渡せば、なんとも奥ゆかしいこの建物自体が珍しく、これぞ、新宿の酒場の歴史だと思うにいたった次第。

私が新宿の名酒場を遠巻きにしてきたワケ

■ここは山小屋か隠れ家か…

この、歴史ある建物という点で、もう一軒気になっていた店がある。それが、新宿3丁目の「どん底」。

あの界隈には、思い出横丁より少し後くらいに、新宿のバイト先の出版社の先輩社員に連れられて足を踏み入れているのだが、「ほら、あれがどん底」と言われたところで、入る勇気はなかった。

構えが良すぎるというのでしょうか。「どん底」と言えば、ゴーリキーの戯曲からとった名だとすぐに察しが付く。当時、私は芝居の世界に憧れていたのですが、ただ憧れるだけでその世界に踏み込む勇気はまるで出なかった。

「どん底」の名のついた酒場に、いかなる猛者が集い、歌い、芝居の激論をかわしているのか……と思えば、足もすくむよと、自分で自分に言ったかどうか記憶にないが、それはともかく、この界隈をふらふらしていたというのに、「どん底」を遠巻きにして、とうとう近寄ることはなかった。

だから、何度入口の前を通ったかわからないこの店に入るのは、このたびが初めてなのであった。

私が新宿の名酒場を遠巻きにしてきたワケ

店に入って驚く。入口の左に向かうと、地下と2階への階段がある。階段の右手を見れば、カウンターとテーブルがあって、ここが1階。店は、2階のみならず3階まである。2階から上は吹き抜けになっていて、天井から下がる照明は豪華な印象を与える。

それでいて、店内には山小屋というか隠れ家みたいな雰囲気もあるし、レンガの壁としっかりした分厚いカウンターは半世紀も続くようなオーセンティックバーを思わせる。

バックバーの酒の種類も豊富であるし、食事のメニューに目を通せば、実にたくさんの酒肴が用意され、まさに“洋風居酒屋”を思わせる。イギリスのパブなどとは比較にならないくらいの品ぞろえで、客をもてなしていることがわかる。

開店は昭和26年。旧店舗の写真を見ると、まさに、戦後のバラックみたいな感じがします。

私が新宿の名酒場を遠巻きにしてきたワケ

旧店舗の写真は、『どんファンたちによる「どん底」五〇年の歩み』という1冊の、冒頭に掲載されている。

ドアの横の看板に、

コーヒー………50
ドンカク………50

とある。50円ということでしょう。現在の1杯のコーヒーや酒に比べて、少し割高な感じもしますが、盛り場で酒を飲む、という贅沢に、それくらいのカネを惜しまない人もまた多かったのではないかと想像します。

先にも書いた、小田急ハルク裏の「ボルガ」も創業は昭和20年代ですが、現在の、蔦のからまるあの建物に移転したのは30年代初頭と伺いました。一方の「どん底」の新店舗は、昭和28年に建ち、火事の後で新装開店したのが昭和30年といいますから、建物の古さでは「どん底」に軍配が上がるのかもしれません。

私が新宿の名酒場を遠巻きにしてきたワケ

■酒場で過ごすぼんやりした時間

2階のカウンターにつきます。バックバーを背にして酒を供してくれるのは、ルパシカというロシアの民族衣装を着たスタッフの方々です。

こちらのスタッフさんには、音楽、演劇、文学など、さまざまな道に造詣の深い方が多いとのこと。

創業期に三島由紀夫に愛され、金子光晴がこの店のカクテルを詩にしたりした酒場。もともとオーナーが俳優さんであったことから、訪れる方の中に、著名な俳優さんも多かった店だけに、今も、創造的な領域に生きんとする人々が集まるのかもしれません。

こちとら、単なる酔っ払いです。歴史や文化、ましてや芸術となると難しくていけないので、さっさと飲み、少し酔っていい加減な気分になってしまいたい。さっそくサッポロラガー、赤星を頼みます。

私が新宿の名酒場を遠巻きにしてきたワケ

薄暗い店内は、夕方5時の開店からしばらくすると客が入り始める。出足が早いのは、この店が混むことを多くの人が知っているかもしれない。というのも、こちらの店は、今も毎日1度は必ず満席になるのです。

地下から3階まである店の満席は、高い人気を物語る。そして、初めて訪れた私のような客にとって、とてもありがたいことでもある。

なぜか? 空いている店では、店員さんやご主人とゆっくり話すことはできるかもしれない。けれど、話のネタが切れたときにはなんとも気まずいもので、馴染みの薄い客からしたら、たちまち居場所を見失ってしまう。

それにひきかえ、混雑する店では注文も次々に入るから、スタッフさんが手を休める暇もない。ごくたまに、手の空いた一瞬で言葉を交わすことがあっても、それはまあ、その程度のことで、互いに気遣い無用で過ごすことができるのだ。

店の人は、仕事をこなす。客は、その姿を目で追いながら、あれこれ想いを巡らしたり、単に次の注文を何にするか考えたりしていればいい。そういう、忙しさの中にある、ぼんやりした時間というのが、酒場の時間であるような気もしている。

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■夜はまだまだ始まったばかり

再び店内を見回すと、レンガの壁と太い梁が重厚だ。梁は農家の廃材などを分けてもらって活用したものだそうで、東日本大震災のときもほとんど被害が出ないほどに、この建物をよく支えたという。

ロシア漬け(自家製ピクルス)の皿が出てきた。パプリカ、人参、大根、キュウリなどの酸っぱい漬物で、さっぱりとして、うまい。

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チーズをたっぷりつかったミックスピザは、懐かしい正統派というか、そうそう、ピザってこれだよなあ、と改めて思い当たるようなシンプルで丸い味わいが魅力だ。

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一緒に出てきたレーズンバターもど真ん中のストレートいう感じがする。昨今はやりの2シーム的な、小賢しく動くファストボールではなく、レーズンバターといや、これだろと、4シームでしっかり放り込んでくるから、いっそ気持ちがいい。

私が新宿の名酒場を遠巻きにしてきたワケ

これらを、お手元と書かれた箸袋から取り出した、割り箸で食べる。うまい。味がある。昔ながらの洋風居酒屋には、独特の風情というものがあるのだ。

私が新宿の名酒場を遠巻きにしてきたワケ

赤星を空にして、名物のドンカク(どん底カクテル)をもらう。

ベースは焼酎、酎ハイの元祖だそうです。そこにレモンジュースとシロップと、ソーダと、それから企業秘密の1品を加えて完成する「どん底」創業以来のカクテル。これを飲まずに席を立つわけにはいかない。

合わせて頼んだ厚切りチャーシューの、あまりの厚切りぶりに度肝を抜かれつつ、肉を口へ運び、ドンカクを、ひと口、またひと口と飲んでいく。

私が新宿の名酒場を遠巻きにしてきたワケ

うまい。甘くて、炭酸は軽くて、うまい。そして、けっこう、アルコールが入っている。焼酎が濃いのか、それとも、企業秘密の1品が濃いめのアルコールであるのか。となると、シェリーか何かだろうか。いやいや香りの強くないリキュールか……。あれこれ考えていると、妙に楽しくなってきた。

「ドンカク、お代わりください」

そこへ、3階からお客さんが降りてきた。聞けば、私たちの取材で撮影しているSさんの写真家友達。かつてはパリで一緒に腕を磨いたというFさんが偶然、ふらりと飲みに来ていたのだった。

「やあやあ、8年ぶりか!」

「おお、元気にしてるの?」

横で聞いている私も楽しくなってくる。夜はまだ始まったばかりだが、ほんわかと、軽い酔いが私の身体の中に揺れ動き始めているようだった。

私が新宿の名酒場を遠巻きにしてきたワケ

取材・文:大竹 聡
撮影:須貝智行

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