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団長が行く

団長が行く File No.83

水天宮前「炭手前 鷽」心も焦がす、唯一無二の炭火料理フルコース

「炭手前 鷽」

公開日:

今回取材に訪れたお店

炭手前 鷽

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あのお店はなぜ時代を超えて愛されるの? お客さんがみんな笑顔で出てくるのはどうして? 赤星探偵団の6代目団長・赤江珠緒さんが、名店の暖簾をくぐり、左党たちを惹きつけてやまない「秘密」を探ります――。

あらゆる料理に炭の力を

水天宮前「炭手前 鷽」心も焦がす、唯一無二の炭火料理フルコース

炉辺が恋しい今日この頃、いかがお過ごしでしょうか?
北風にちぢこまっていては、もったいない。
寒さが厳しくなるほど、魚に脂がのり、野菜は甘みを増す。各地の食材が一気に美味しくなる食いしん坊の季節、いよいよ到来なのだから。

囲炉裏の火でぬくぬくとしながら、旬の魚を炙ってつまみたい。合わせるのは、もちろんキンキンに冷えたサッポロラガービール、通称“赤星”……。

そんな妄想に取りつかれた赤江珠緒団長が目指したのは、水天宮のそばの裏路地に佇む小体な店である。「炭手前 鷽(うそ)」という一風変わった名が目を引く。

水天宮前「炭手前 鷽」心も焦がす、唯一無二の炭火料理フルコース

長いL字カウンターとテーブル1卓の全12席。昼は日替わり御膳と要予約の特別ランチコース、夜はおまかせコースのみという潔い営業スタイル。店主の小峰太一さんとアシスタントの山本さんが切り盛りする。

赤江: こんばんは〜。
エントランスのかわいらしい雰囲気から小柄な女将がやっていらっしゃるお店かと想像しましたが、どーんとラガーマンのような方で、一人で勝手に驚きました(笑)

 

水天宮前「炭手前 鷽」心も焦がす、唯一無二の炭火料理フルコース

「そうでしたか」とほほえむ小峰さん。ラグビーの経験はないが、かつて柔道と空手をやっていたそうで、胸板が分厚い。その屈強な体躯に似合わず笑顔はやさしくはじける。

赤江: あ、小峰さんもえくぼが出るんですね。我ら「エクボーズ」ということで、今晩はよろしくお願いいたします。
知り合いに「今のあなたはココに行くべき」と強くおすすめされまして、全く予備知識なしでやってまいりました。

水天宮前「炭手前 鷽」心も焦がす、唯一無二の炭火料理フルコース

「当店は、炭火を使った日本料理の店。炭火割烹とうたっています。おまかせコースの10品は、いずれもなんらかの形で炭火を利用して調理しています。店名は、茶の湯でお客様をおもてなしする際に、お湯を沸かすための炉に炭をくべる作法の“炭手前”から取らせていただきました」と小峰さんは話す。

カウンター内の厨房の中央には、昭和初期の関西火鉢が鎮座する。この火鉢が焼き台である。網の上には、すでに1時間も前から柿と牛肉が遠火でじっくり焼かれている。

 

水天宮前「炭手前 鷽」心も焦がす、唯一無二の炭火料理フルコース

赤江: なるほどー! それで炭手前とな。網の上でジュクジュク言い始めた柿さんも、牛さんもワタクシのために用意してくださっているものですか? ひゃー楽しみ。

では、早速いただきましょう、赤星をお願いします!

火鉢近くのアリーナ席に陣取りまして、念願のキンキン赤星とご対面。うすはりグラスに手酌したら……

ーーいただきます!

水天宮前「炭手前 鷽」心も焦がす、唯一無二の炭火料理フルコース

赤江: これですよ、冬の醍醐味。寒ーい外からあったかい室内へ。顔がポカポカしてきたところへ、冷え冷えの赤星をクイーッゴクゴクッと。万歳、冬!

水天宮前「炭手前 鷽」心も焦がす、唯一無二の炭火料理フルコース

温かい汁物でコースの幕開きとなるのが、当店の決まりだ。はじめにお腹をやさしく温めて、その後の料理をより美味しく召し上がっていただきたいという小峰さんの思いが込められている。

昆布にほのかにカツオを効かせた出汁に浮かぶのは、氷見のブリと大根だ。
まずはブリを一口……

赤江: 美味しいっ! ほっくりと、でも出汁を吸ってみずみずしくて。こちらのお料理はおでんですよね? ブリのおでんを初めていただきました。皮目は炭火で香ばしく焼き上げられていて、なんとも贅沢なお味。

そして大根……

水天宮前「炭手前 鷽」心も焦がす、唯一無二の炭火料理フルコース

赤江: えっ!?  美味しいーー! 想像をはるかに超えてきました。今まで味わったことのないおでんの美味しさです。

いい具合に仕上がったおでんの大根って、関西人は「味がしゅんでる」と言いますが、お出汁の味は芯まで入っていて全体が崩れるほどやわらかいものが一般的ですよね。でも、こちらの大根は食感はしっかり。なんというか、ぼってりとしながらなめらか。味はしみしみ。ぼってり&つややか。どういうこと?

「まず大根自体のよさがあると思います。鹿児島県霧島の農家さんから直送してもらっている大根でして、やわらかく煮ても筋が一切感じられないほど、きめ細かな肉質が特徴です。それと、炭火で炙るところが違うでしょうね。煮込む前に炭火でじっくり熱を通して、ある程度水分を抜きます。それを出汁に漬けることで、味がよく入り込み、食感も独特なものになっているかなと」

赤江: くわーー、いきなり出た炭火効果! それで、ぼってり&つややかなのかぁ。のっけから驚愕。そしてこの後の期待値MAXでございます(笑)

水天宮前「炭手前 鷽」心も焦がす、唯一無二の炭火料理フルコース

小峰さんが焼き網の上で丁寧に炙っているのは、なんと天ぷら。一度揚げた天ぷらを、炭火でさらにじっくり火入れする、名物の炭焼き天ぷらだ。この日は旬の白子と自然薯が選ばれた。

赤江: 「炭焼き天ぷら」は、赤江の辞書にはなかったワードでございます。天ぷらをした翌日、残ってしんなりした天ぷらをどうにか美味しく食べたいと、グリルで焼いて単に焦げ臭いシロモノにしてしまった苦い思い出、あっ焦げだけに(笑)、がありますが、一体どうなるのか、ワクワク!

ところで、「鷽」とはユニークな店名ですね。由来はどちらから?

水天宮前「炭手前 鷽」心も焦がす、唯一無二の炭火料理フルコース

鷽とは鳥の一種。スズメよりひと回り大きい、赤いほっぺがかわいらしい小鳥だ。

「鳥が好きなんです。家ではインコを飼っています。店になにか鳥の名前をつけたいと思っていた時に、“鷽替え”という神事があることを知りました。菅原道真をまつる全国の天満宮で、旧年中の災いをすべてウソに替えて新年の吉を呼ぶために行われています。幸福を招く鳥とされる鷽にあやかりました」

赤江: へえ〜、木彫りの鷽を毎年取り替えることで災いが吉になる。鷽、かわいくて頼もしい鳥ですなあ。早速、赤江百科に「鷽替え」も書き入れておきます。

 

炭焼き天ぷらとは?

水天宮前「炭手前 鷽」心も焦がす、唯一無二の炭火料理フルコース

炭焼き天ぷらがついにお目見えだ。塩と自家製のふりかけがかけられている。

赤江: (白子をほおばって)はーーーーーーなるほど、そういうことですね、なんとまあ美味しいこと。
確かに天ぷらです。白子LOVERの赤江は、これまでいろんなお店で白子の天ぷらをいただいてまいりました。しかし、こちらは天ぷらでありながら、全く別物でございます。衣がサクッとクリスピーで、中の白子はふわっとしていながら、味がぎゅっと濃縮されておりますよ。炭火の煙の燻煙効果もあって、とても深い風味。ふりかけがまたいいアクセントですね。

「ふりかけは、10種類の葉物野菜を炭火でカラカラにして砕き、ネパールの山椒とオキアミを混ぜて作っています。下にお豆腐とカシューナッツのソースがありますので、一緒に召し上がるとまた違った味わいを楽しんでいただけます」

赤江: 一気にコクが増して、また違ったリッチな味わいが広がりました。日本料理なのにソースが添えられているのがユニークですね。バターやクリームを使わない、白和えのようなソース。斬新だけど、やっぱり和食のヘルシーな美味しさなんだよなあ。そして、また赤星がよく合うこと。

 

水天宮前「炭手前 鷽」心も焦がす、唯一無二の炭火料理フルコース

いつの間にか無口になった団長は、炭火をじぃーーっと見つめ、赤星のグラスを静かに傾けている。

アワビとレンコン、青菜の塊を網にのせながら、小峰さんは言う。
「炭火ってずっと見ていられますよね。熾火の赤いところを見ていると、吸い込まれるような感覚になりませんか?」

赤江: はっ!(我に返って)吸い込まれかけていました(笑)

絶品のお料理もさることながら、刻一刻と姿を変える目の前の炭火もまたごちそうです。このゆったりとした心持ちは、炭火の癒し効果ですね。

水天宮前「炭手前 鷽」心も焦がす、唯一無二の炭火料理フルコース

アワビとレンコンは、網の上で仕上げの焼きが入れられる前に、なんと数時間も火鉢の上の鉄瓶の中で蒸し焼きにされていたという。青菜の正体はタンポポの葉やルッコラ。そのまま炭火で炙るとすぐに焦げてしまうので、酒や水で水分を補いながらじっくりと火を入れているそうだ。
それらが、ケールのペーストと和えられて合体! もはや蒸し物なのか、焼き物なのか、分類不能な新ジャンルの一皿だ。

水天宮前「炭手前 鷽」心も焦がす、唯一無二の炭火料理フルコース

赤江: すばらしい! 常に想像を軽々と超えてきますよ。アワビの食感が、シコシコと弾力がありつつもスッと歯が入るやわらかさ。レンコンもレンコンらしくシャキッかつホックリ。そして青菜たちが上品な苦味で全体をまとめ上げるいい仕事をしています。いやあ、美味しいお料理だなあ。

「もともと苦味のある野菜を炭火で強めにうまく火入れすると、苦味が旨みに変わるんです。そこも炭火のおもしろいところですね」

赤江: 炭火焼きって素材を繊細な火加減で調理してくれつつ、野生味もプラスしてくれますね。上品でありながら野趣あふれる、なんとも言えない仕上がりになるんだなあ。

そして、これは強く言っておきます。炭と赤星は抜群の相性です!

「僕もそれは同感ですね。ビールでは赤星が好きです。味わいがしっかりあるので、おっしゃる通り炭火を使うような風味が深い料理とよく合うんです。飲みに行って見つけたら頼んじゃいますね」

 

日本料理をもっと自由に

水天宮前「炭手前 鷽」心も焦がす、唯一無二の炭火料理フルコース

小峰さんは市場が大好きだと言う。毎朝自ら豊洲市場へ仕入れに行く。休日にものぞきに行くほどだというから筋金入りだ。この日は、網での漁獲ではなく“釣り物”の証である針と糸をつけたままの大型の甘鯛や金目鯛などを購入し、意気揚々と店に戻ったそうだ。

「出身が横須賀に近い横浜の端っこ。物心ついた時から5月から10月までは海に潜って魚を突き、そのほかの時期は山に入ってキノコや野草を採って遊んでいました。新鮮ないい食材に出合うとうれしくなってしまうのは、そんな原体験のせいかもしれません」

中学に上がった時には料理人になることを意識し、中学を出るとすぐに実践で料理を学びたいと、都内の日本料理店に入り、13年間研鑽を積んだ。そこで学んだ伝統の技と知識を、自身の考える世界観に落とし込み、新たな表現で楽しんでもらいたいと思うようになったと言う。

満を持して2016年に独立開業した店「あそび割烹  さん葉か」は、そんな思いから生まれた創作料理の店だ。本格日本料理の味をもっと自由に、もっとカジュアルに楽しんでもらうのが狙いだ。

水天宮前「炭手前 鷽」心も焦がす、唯一無二の炭火料理フルコース

「あそび割烹  さん葉か」で様々な調理法を柔軟に採り入れていくうちに、炭火の可能性に開眼した。日本料理では炭火は魚の焼き物くらいでしか使われない。燻煙香が素材に移るのも敬遠される。でも、小峰さんは炭火ならではの熱源としての可能性を広げ、炭火のニュアンスも風味にポジティブに活用したいと考えた。より炭火を大胆に使える店として2019年に開いたのが2号店の「炭手前 鷽」なのだ。

小峰さんは、灰も熱源として活用する。木箱に食材を入れ、アルミホイルで包んだ熱い灰をそこへ被せる。砂風呂のようにじんわり火が入って素材本来の持ち味が引き出されるそうだ。

本日は、鹿児島県の甑島産のスジアラが砂風呂から上がった。ハタの仲間である。キッチンペーパーがところどころ焦げ、皮目がパリッと焼き上がっていることからも、絶妙な火加減だったことがうかがえる。

水天宮前「炭手前 鷽」心も焦がす、唯一無二の炭火料理フルコース

トリュフもこの料理のポイントだ。
実はこのトリュフは国産。いわゆる松露、イボセイヨウショウロだ。この日は山梨産のもので、知り合いが採ってきたそうだ。
国産トリュフの香りやいかに?

赤江: ムフッ鼻の奥まで、喉のとこまで、いい香りが一気に来た! ずっと嗅いでいたい!

一般的な西洋のトリュフは動物フェロモンに近い香りと言われるが、国産トリュフはナッツや穀物を連想させる上品な香りが特徴だ。これが和食にズバリ合う。

水天宮前「炭手前 鷽」心も焦がす、唯一無二の炭火料理フルコース

砂風呂から上がったスジアラは、今度は何かに浸かってやってきた。

“何か”の正体が富山の白エビとウニ、玉ねぎで作ったソースと明かされ、

赤江: スーパースターだらけじゃないですか!

と団長は興奮を隠せない。

水天宮前「炭手前 鷽」心も焦がす、唯一無二の炭火料理フルコース

赤江: (一口食べて、おでこをピシャッとたたき)いかんです、いかんヤツです、こりゃいかん。えっ、なんですか一体、いかんです。

「いかん」しか言えなくなった。美味しすぎて壊れたようだ。

「エビとウニがコクを出してくれます。スジアラはエビをよく食べているから食材の親和性が高く、それぞれ個性の強い食材ながらケンカしない。くどくならないように、そのような相性を大切にしています。バターやクリームを使わなくても、日本料理としてちゃんとリッチな味わいを表現できるんです」

赤江: 小峰さん、あなたはとんでもないものを作り上げましたよ。さらに驚くのは、このレベルのお料理を仕入れた食材を見て臨機応変に作られているとのこと。炭火に吸い込まれそうになるわ、いかんしか言えなくなるわ、赤江は、もう空恐ろしいですわ。

 

和牛×焼き柿

水天宮前「炭手前 鷽」心も焦がす、唯一無二の炭火料理フルコース

炭火の使い手、小峰さんは攻撃の手を緩めない。団長はノックダウン寸前だ。

いや、美味しさの波状攻撃に気圧されてはいるものの、胃は軽やかで、まだ食欲は旺盛なままだ。

赤江: 量も結構いただいているはずなのに不思議。これも炭火のマジックかしら。
いよいよ、柿さんと牛さんが網から降ろされました。さあ、かかって来なさい。

水天宮前「炭手前 鷽」心も焦がす、唯一無二の炭火料理フルコース

柿が二つに割られた。断面はまるで焼き芋のよう。こんがりとした牛肉の断面は美しいピンク色のレア。
炭火の遠火でじっくりじっくり、およそ2時間かけて仕上げられた。

水天宮前「炭手前 鷽」心も焦がす、唯一無二の炭火料理フルコース

メインディッシュは、赤江団長ご明察、和牛が選ばれた。赤身の質にこだわり、ストレスのない環境を重視して生育された宮崎の尾崎牛だ。

ソース代わりにのせられたのは、網の上で2時間を共にした柿、そして、発酵させたミニ白菜と秋田産の粒マスタード。塩、柿の甘み、白菜漬けの酸味、マスタードの辛味でいただく、れっきとした和食である。

水天宮前「炭手前 鷽」心も焦がす、唯一無二の炭火料理フルコース

赤江: なんてっこたい。そのままでめちゃくちゃ美味しいお肉を、まわりの野菜たちと一緒にいただくと、その美味しさがひと回り、ふた回り大きくなります。
柿さんよ、変身するにもほどありますよ。あなたは今まで経験したことのない味と食感に生まれ変わりました。似ているものをしいて挙げるなら…そう、干し芋! 上品な和の甘さ。あなたが牛さんとタッグを組むと、知らなかった美味しさが広がるのです。

誰かタオルを投げてください。ホントに参りました。

水天宮前「炭手前 鷽」心も焦がす、唯一無二の炭火料理フルコース

独りごちながら黙々と食べる団長を尻目に、小峰さんは蕎麦を茹でにかかっている。蕎麦?

同店は小峰さんが毎日手打ちする蕎麦も名物。知る人ぞ知る蕎麦の名産地である宮崎県椎葉村で、昔ながらの焼畑農法で栽培された蕎麦を全粒粉の石臼挽きで仕入れている。蕎麦打ちは独学だそうだ。

水天宮前「炭手前 鷽」心も焦がす、唯一無二の炭火料理フルコース

小峰さんは温かい蕎麦を作ってくれた。具は長野県伊那市で知り合いが採ったムキタケというキノコの炭火焼と、有明産のバラ海苔だ。

赤江: 美味しい、美味しすぎるよ。小峰さん、こんなに美味しい蕎麦まで打てるなんて反則です。しかも天然キノコと海苔を合わせるセンスの塊っぷりは、もはやレッドカードです。今日は無効試合ということで、後日、再戦を希望します。

とかなんとか言って、また来たいだけなのがバレましたか(笑)

炭火料理の探究、また私にものぞかせてくださいね。

 

水天宮前「炭手前 鷽」心も焦がす、唯一無二の炭火料理フルコース

——ごちそうさまでした!


(2025年11月25日取材)

撮影:峯 竜也
構成:渡辺 高
ヘア&メイク:上田友子
スタイリング:入江未悠

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