あのお店はなぜ時代を超えて愛されるの? お客さんがみんな笑顔で出てくるのはどうして? 赤星探偵団の6代目団長・赤江珠緒さんが、名店の暖簾をくぐり、左党たちを惹きつけてやまない「秘密」を探ります――。
江戸情緒が残る話題の街で

街の各所にそこはかとなく江戸情緒が残る人形町。東京メトロ日比谷線と都営浅草線が交わる人形町駅という駅名からも、街の通称として知られているが、正確には日本橋人形町と言う。なんとも“お江戸”を彷彿させる町名である。
日本橋人形町は、吉原遊廓が日本堤に移転する前の元吉原があった地として知られる。大河ドラマ『べらぼう』の舞台としても脚光を浴びており、元吉原の総鎮守社だった末廣神社には、参拝するドラマのファンが引きも切らない。

今回、赤江珠緒団長が訪れる「旬蕾」は、末廣神社のはす向かいにある小料理屋だ。開業から5年半ほどだが、街に馴染んだ落ち着いた佇まいを見せている。4人掛けテーブルがある個室が一つと、カウンターのみという潔い造りの小体な店だ。

赤江: いやはや素敵なお店ですねーー。白木のカウンターがシュッと伸びていて、中には綺麗どころがおふたり。お着物とお揃いの割烹着がよく似合っていらっしゃる。

二人三脚で店を切り盛りする中村照葉さん(右)と松岡萌さん(左)だ。オーナーは他にいて、ふたりは店を一から立ち上げて守ってきた。料理を中村さんが、お酒を松岡さんが担当するダブル女将体制である。

赤江: 美味しいものをいただけそうな空気がお店からビシバシ出ております。何はともあれ、ビールをください! 赤星をお願いします!!

ビールはもちろん“赤星”の愛称で知られるサッポロラガービール。冷蔵庫から出すなり瓶の表面には結露が付く。よーーく冷えている証拠だ。松岡さんに注いでもらう…
——いただきます!
赤江: くゎ〜〜、美味しいでございますよ。最高でございますよ。今日みたいに蒸しっとした日に、まだ明るいうちから飲む赤星は格別でございますよ(笑)
「いい飲みっぷりですねえ」とダブル女将は共に笑った。
最強の肴、あて巻き

メニューは日替わり。手始めに「大根の甘酢漬け」をいただき、注文の作戦をじっくりと練ることにする。
赤江: わぉ! 大根の風味がギュッと詰まった赤大根が、ちょ〜どいい加減の甘酢をまとっておりまして、暑い夏にぴったりのおつまみです。
大根の甘酢漬けの鮮烈な美味しさが天啓となったのか、いつになく迷うことなく献立を組み立てた。

ほどなく登場した肴は、なんと細巻きの鮨。こちらでは“あて巻き”と呼ばれる。
赤江: ワタクシ、腹ペコ過ぎて、のっけからごはんに勇み足、という訳ではありませんぞ。“あて巻き”という文字に赤江はピンときました。酒のアテになる巻き物ということですよね。
そうです、そうです、そうなんです。巻き物はサイッコーのアテなんですよ。しかも、こちら、なめろう巻きときたもんだ。さらに! 今日のなめろうは、鶏とふき味噌のなめろうさんときちゃ、もう頼まずにはおられようか?
早速、いただきましょう……

赤江: むーーーー、これは! ふきのほのかな苦味がアクセントになって鶏の旨みがじんわり、まったり。酢飯と一緒になることで一層味がふくらんで、たまらんです。鶏は昆布締め、ふき味噌も自家製とな。全体の調和が見事です。
すかさず、赤星をやりますと……はい、文句なしのアテでございます!

「私たち、お鮨屋さんで飲むのも好きで、細巻きっていいおつまみだよなあと思っていて。魚ばっかり食べていると重たくなっちゃうし、握り鮨だとすぐにお腹いっぱいになっちゃうし。じゃ、なんで鮨屋で飲むのが好きなんだろう?と考えたら、結局のところ、わさびと海苔が好きなんだわって気づいたんです。わさびと海苔、それに美味しい魚と酢飯がちょっとあればいい。それって細巻きじゃないですか?」(松岡さん)
赤江: わさびと海苔が好きって、お酒好きとしても相当な手練れの意見ですよ(笑)
でも、納得いたします。
「小ぶりなサイズ感もおつまみにはもってこいで。でも、細巻きって、鉄火巻きとかんぴょう巻きくらいしかないことが多くて、常々私だったらあれもこれも巻くのにと考えていたんです。そうして生まれたのがうちのあて巻きです。あくまでもおつまみだから細巻きとは言いたくなくて、あて巻きとしているんです」(中村さん)
赤江: 文字通り素晴らしいアテですね。アテの鑑。アテ界の裏番。
こうなると、迷ってしまったナチュラルチーズ巻きも俄然気になります。ナチュラルチーズもいっちょ巻いてください!

中村さんが追加のあて巻きを準備している間に、蒸篭で何やら蒸し上がったようだ。蓋を開けて湯気の中からお目見えしたのは、「三種のしゅうまい」。内容は季節によって変わるそうで、この日は有明海苔、大葉、もろみ醤油と、いずれも焼売の種類としては耳慣れない個性派が揃った。
赤江: おいひい! 海苔のいい香り。ああ、海苔がお肉とこんなに合うなんて。
大葉の方も爽やかで、これは甲乙つけがたいですなあ。
むっ、もろみ醤油の焼売も負けていない! お醤油の風味がふわりと広がって美味でございます。
熱々の焼売とキンキンの赤星、ホームズ&ワトソンばりの名コンビですよ。

赤江: この焼売のお肉は鶏肉ですか? とても上品で軽やかで、いくらでも食べられそう。
「はい。鶏肉を味に合わせて挽き方を変えて使っています。鶏肉本来の美味しさを味わっていただきたいので、塩味(えんみ)の味付けは最小限にしています。他にひろっこというアサツキの新芽の酢漬けを使った焼売や、原木椎茸を使った焼売などがあります。結構、楽しみにしてくださっているお客様が多いですね」(中村さん)
塩味を抑えて“疲れない”料理を

「うんうん、そうでしょうよ、私も他の季節にまた来なければ」と唸る団長のもとへ縁日の屋台から香り立つような、なんとも食欲をそそる匂いが漂ってきた。その正体は「イカの蕎麦屋の返し焼き」だった。鹿児島産ヤリイカを塩水締めにして、身を締まらせると同時に塩味を浸透させ、さっと焼いているという。
赤江: プリッ!としていながら、身の中までやわらかくて、イカの旨味と香ばしさが口の中に広がります。香ばしさが返しですか?
「はい、仕上げに蕎麦つゆの返しをさっと塗っています。蕎麦屋の姉妹店がありまして、そちらから分けてもらったものを使っています。塩味は塩水漬けによるもので、返しは香りづけ程度に。イカ本来の甘みを楽しんでいただきたいと思いまして」(中村さん)

赤江: なるほど、そういうことですか。イカの甘み、絶賛、堪能しております!
そしてまた、添えられた薬味がまた気が利いていること。えっ、なになに? 大葉、ベニタテ、芽ネギ、カイワレ、レッドキャベツスプラウト、茗荷の6種類のミックスとな。わたしゃ、この薬味だけで飲めますぞ。
「ははは。うれしいです! 私たちも飲みに行ったときに、薬味が美味しいと『薬味と塩だけで飲めるわ』と盛り上がるので、薬味には力を入れているんです」(松岡さん)
赤江: 刺さるワードがわさびと海苔、薬味、塩って、もう達人の領域ですよ(笑)
それにしても、こちらのお料理はどれも淡い味付けで、それでいて素材の味がしっかり感じられて、ものすごく好みです。一般的なお店のパンチのある美味しさとは真逆で、あたりはやさしくてしみじみ美味しいという印象。

そう言っていただけると本当にうれしいですね。味付けは完全に私たちの好みから、このように塩味を抑えたものにしています。外食って疲れませんか? 味をしっかり付けていることが多くて、居酒屋なんかだとなおさら塩味を強くする傾向があります。
私は自分が飲むときには、ずっと食べていたいし、ずっと飲んでいたいんですよ。でも塩味が強いと、舌も胃も疲れてくるし、お酒のついピッチが速くなっちゃって、自分のペースで飲み続けられなくて」(中村さん)
赤江: わかる! 確かに美味しいけど途中で食べるのもお酒も急に進まなくなることありますね。“疲れる”とは言い得て妙です。
なるほど、こちらのお料理は違います。疲れないお料理です。いくらでも食べられそうだと思えた理由はそこにあったんですね。
「塩味に頼らなくても、ダシやお酢、発酵の力なんかをうまく使うと、素材が元々持っている風味が引き出されてとても美味しくなります。私はそういうお料理を作りたいと思っているんです」(中村さん)
赤江: 女性の呑兵衛の発想です。しかも筋金入りの(笑)
完全に同意しますぞ。

「ナチュラルチーズ巻き」は、チーズを酒で洗いながら表面に付いた菌の力で発酵を進めるウォッシュタイプのチーズを巻くあて巻きだ。この日は、マール酒で洗うフランス・ブルゴーニュ産のチーズ、エポワスを巻いた。ウォッシュタイプのチーズの中でも独特のクセのある熟成香が魅力だ。
赤江: これまた、いい〜アテだこと。個性的なチーズと酢飯、そして海苔がなんとも合いますなあ。そうだ、この感じが何かに似てると思ったら、納豆巻きだ!
「そうなんです! 発想の原点は納豆巻きです。納豆巻きってみんな大好きですよね。その美味しさのヒミツってなんだろうと考えてたどり着きました。発酵の力によるクセのある風味。それが酢飯に包み込まれた独特の美味しいさは、チーズでもいけるんじゃないかなって」(中村さん)
食材ありきの引き算の調理

疲れ知らずの料理たちに、団長の食欲はとどまることを知らない。
「旬野菜のお浸し盛り合わせ」をつまんで、しばしクールダウンしよう。この日盛り込まれた野菜は、ズッキーニとカボチャの中間である新品種・トロンボンチーノ、アスパラガス、オクラ、インゲン、ヤングコーン、イソガキ(ツルナ)と多彩。秋田や千葉の生産者から直送された新鮮野菜だ。
赤江: 野菜たち、力強いなあ。ヤングコーンのヒゲ、甘いなあ。赤江は今、初夏の畑の滋味を丸ごといただいております。

中村さんは福岡県の出身。福岡市の日本酒バーで経験を積むうちに、料理や他のお酒のことをもっと知りたいとの思いが募り、東京か大阪へ行って修業したいと考えた。ちょうどそんな時に知り合いだった現オーナーからの誘いがあり、東京の居酒屋へ転職。料理を基礎から学んでいったという。

一方、松岡さんは大阪府の出身。東京でアパレル資材の商社に勤め、飲み歩きを趣味にしていた。ネットで「ここはきっと私好みだ」と見つけた店をひとりで訪ねて飲んでいると、店の人に声をかけられた。話し込むうちに「暇なときにバイトしにおいでよ」と誘われ、会社の休日に働くようになった。声をかけてきたのは現オーナーだった。
そして、現オーナーはかねがね日本橋界隈で新店を出したいと考えていて、ついに物件を見つけた。中村さんに「やってみないか」と店の立ち上げからの参画を勧め、松岡さんにも飲食業に転職したらどうかと誘った。ちょうど会社を辞めようと検討していた松岡さんは、いいチャンスだと飛び込んだ。
赤江: オーナー、すごいな(笑) おふたりのポテンシャルを瞬時に見極めてる。そして、絶妙なタイミングでの声がけ。ちなみに誰彼構わず声をかけてるわけじゃないですよね? 違う? あ、安心しました(笑)

話しながらも「鯵の酢締め炙り」を追加注文し、赤星から日本酒へとスイッチ。松岡さんは、団長の好みを聞きながら、愛知のお酒「義侠」の3年熟成酒を用意してくれた。蔵で長期間、低温貯蔵されているので、きれいに熟成されているが、松岡さんは状態を見て、角が取れてよりまろやかになるまで店でさらに熟成を加えている。
境港で揚がった立派なアジは、浅めの酢締め×バーナーでのちょい炙りによって、見るからに「ゼッタイ日本酒に合うヤツ」となっている。

赤江: このお酒、美味しいですね。引っかかりがまるでなく口当たりがいいのに、旨みはしっかりあって、絶妙なバランス。アジもちょいといただきまして、お酒もクイっとやりますと……もう笑いがこみ上げてきちゃうくらい美味しいですね。カンッペキな相性。
へぇ〜、このわさびは塩を練り込んである塩わさびとな。どれどれ……ハハハ、これで2合は軽く飲めますよ。薬味で飲みたいおふたりの真骨頂ですな。
怖いもの知らずだったから今がある

物件は決まったが、コンセプトも定まってはいない。ふたりで手探りで店づくりに取り組んだ。
「この空間だと“和”しかないよね。小料理屋という雰囲気がいいかもしれない。どうせなら着物を着ちゃう? 着れるようになるとうれしいし、みたいなノリで自由にやらせてもらいました。着物はしっくり着こなせるようになるまで2カ月くらいかかりました。きっと当初は見る人が見たら、“着せられてる”って感じで滑稽だったと思います」(松岡さん)
本格的な料理の経験は2年ほどの中村さんは、レシピ考案も調理もいきなり一手に担うことになってしまった。

赤江: こう言っちゃなんですけど、そんなおふたりだけでよく店をやろうと思いましたね(笑) 怖いもの知らずと言いますか。
「その通りで、怖いもの知らずだったからできたんです(笑) タイミングも結果的によかったですね。オープンがコロナ禍が始まった2020年1月。開店直後から飲食業は一気に不遇の時代に突入します。でもその分、じっくり時間をかけて店づくりを軌道修正していくことができました。
人形町という場所柄、面倒見がよくて応援してくれるお客様にも支えてもらえたのも大きいですね。いろんな助言をいただきながら料理やコンセプトをブラッシュアップしていくことができたんです」(松岡さん)
赤江: ずっと食べていられる、ずっと飲んでいられる店づくりですね!

「料理の世界に染まり切っていなかったのがよかったのかもしれません。大切にしてきたのは“食材ありき”のスタンス。ありがたいことに、素晴らしい生産者からいろんな食材が届きます。私たちは、それをまずは生で味わい、煮たり焼いたり、いろんな調理法を試して、食材の魅力を一番伝えられる方法を探していきます。
常識にとらわれることなく、自分たちの感覚を信じてきた結果として、同じ感覚を持ったお客様にお越しいただけるようになってきたのだと思います」(中村さん)

赤江: 今のご繁盛は本当のお酒好きから支持されている証拠ですよ。
実は、赤星探偵団の先遣隊から興味深い報告を受けました。先遣隊がお店にうかがったとき、おふたりはお客さんから「一杯どうぞ」と勧められて、迷わず赤星を召し上がっていたと。おふたりが赤星を酌み交わしながらテキパキと動く様子に感銘を受けたとのレポートでした。
ふたりは笑う。
「給水は赤星。お客様から一杯いただけるときは必ず赤星を飲んでいますね」と中村さんが言い、松岡さんが続ける。
「私たち、プライベートでお店を開拓するときに、よく某グルメサイトの『写真』の中で『ドリンク』のコーナーをチェックしています。そこに赤星が写っている写真があれば、この店は期待できるかもしれないという指標にしていて(笑) ビールが赤星のお店って、料理が美味しいところが多いと実感しているもので」
「だからうちも赤星の店だって気づいてもらえてうれしいよね」とふたりは顔を見合わせた。

赤江: 赤星探偵団の団長としても、こちらにたどり着けて光栄でございます。赤星をご贔屓にしていただきありがとうございます。
あと……どうしても気になるので、「ウドのサルサヴェルデ巻き」を追加でお願いします。それからも赤星も、もう1本。てへ。
この晩、団長の楽しい宴は、いつもより長く続いたそうな。

——ごちそうさまでした!
(2025年6月24日取材)
撮影:峯 竜也
構成:渡辺 高
ヘア&メイク:上田友子
スタイリング:入江未悠