あのお店はなぜ時代を超えて愛されるの? お客さんがみんな笑顔で出てくるのはどうして? 赤星探偵団の6代目団長・赤江珠緒さんが、名店の暖簾をくぐり、左党たちを惹きつけてやまない「秘密」を探ります――。
一見、惣菜屋。その奥には…
東京メトロ千代田線代々木公園駅と小田急線代々木八幡駅から渋谷駅方面へと続く富ヶ谷1丁目通りは、小粋なカフェやビストロなどの飲食店が点在する楽しい商店街だ。
そんな気さくでおしゃれな雰囲気の通りに、ちょっと気になるナゾの店がある。「おそうざいと煎餅もんじゃ さとう」だ。店名が示すように、一見すればガラスケースにお惣菜が並ぶ商店。しかし、店の奥に進むと、奥の座敷でもんじゃがいただけるという。
赤江珠緒団長の本日の調査は、こちらの店に狙いを定めた。

店頭には、揚げ物や煮物、サラダなどひと手間かけたお惣菜が20種ほどと、自家製の具を使ったおにぎりなどが並んでいる。
赤江: わーー、金平ごぼうに、中華、イタリアン、昔ながらのナポリタンなんてのも! どれも美味しそーっ。こんなお店がうちの近所にもあったらなあ。
おっと、こちらには駄菓子コーナーもありますよ!

赤江: きなこ棒に、コーラ味のラムネ、懐かしいなあ。子どもたちも楽しいお買い物ができますよ。
そして、離乳食も売ってるんですね! こちらのオリジナルとな。いやあ〜、小さなお子様を持ったママの強い味方です。ありそうでないですよね。こういうお店。

そして…ガラスケースの横から細長〜い廊下を進むとそこには、わずか3卓のこぢんまりとした座敷が出現。片隅には、オモチャが詰まった箱。初代ファミリーコンピュータもある。
赤江: 親戚の家に来た感じ(笑) なんとも落ち着く部屋だなあ〜。
人気ポルトガル料理店のスピンオフ

実はココ、知る人ぞ知る人気店である。オーナーはポルトガル料理レストランの草分けである「クリスチアノ」はじめ数店を手がける佐藤幸二さん。タイ料理店やインドカレー専門店などいずれもユニークなコンセプトのレストランを多彩に展開してきただけに、否が応でも期待が高まる。
赤江: さ、なにはさておきビール! 赤星をお願いします!!

愛称“赤星”こと、サッポロラガービールがやってきた。背後の冷蔵庫にはまだまだたっぷりと冷えている。
ーーいただきます!
赤江: んんーーっ美味しいっ!
日に日に暑さが増して、赤星が日に日に美味しくなっていく季節ですなあ。
「うちはサッポロの黒ラベルしか飲まない家だったんですよ」と佐藤さん。
「だから僕はビールといえば黒ラベルというイメージで、自分が大人になってからも自然と黒ラベルを選ぶようになりました。そのうち、サッポロに黒じゃなくて“赤星”もあるぞと知って、飲んでみたら、これはうまいと思いましたね」
赤江: それで赤星を置いてるんですか?
「もちろん味もいいですけど、赤星ってお客さんからの評価がすごく高くなるんです。『この店、ビールが赤星だ。わかってんなあ』みたいな。自分自身、赤星を選ぶこだわりがあるなら、料理もこだわってるはずだと指標にしてるところはありますね。赤星=料理もうまい、と」
赤江: 同感です。赤星を飲んで高まる期待。佐藤さん、自分でハードルを上げちゃいましたね(笑)

早速、もんじゃを焼いてもらうことにする。当店には、「海鮮もんじゃ」や「チーズもんじゃ」「牛すじもんじゃ」などの他に、「野菜トマトもんじゃ」「発酵羊挽肉もんじゃ」など見慣れぬメニューもある。準定番の品書きには「イタリアもんじゃ」「カツ煮もんじゃ」「夢のワクワクタイランドもんじゃ」「流しそうめんもんじゃ」なんてのもある。
赤江: なんじゃこりゃー(笑) どれも興味をそそるネーミングで決めがたいですが、目にとまったコレ、「レモンじゃ」にします! ベビースターをトッピングしてください。

「おおー、いいの選びましたね。オープン以来の定番メニューです」と、佐藤さんが直々に焼いてくれる。
「本場浅草では土手を作って焼くのが一般的ですが、うちは全体に満遍なく一気に火を通して、あとはお好みの焼き加減で食べてもらうようにしています。そのほうが香ばしさと共に具材を最後まで美味しく召し上がっていただけるので」と、二刀流のヘラを素早く巧みに動かす。
キャベツなどの具材をシャカシャカシャカシャカと切っては、
よっ!
レモンをギューっと絞っては、
よいっしょーー!
ベビースターをばさっとかけては、
やったーーーー!
と団長からイチイチ合いの手が入る。
「いいですね。なんか気分よく焼けますよ。励みになります」と佐藤さんもまんざらでない様子だ。

薄く伸ばした生地をカリカリに仕上げてはがした時には、
いよっ、にほんいち〜!
と、匂いと美味しそうな見た目の臨場感をつまみに赤星をあおっている。
5分ほどでお待ちかね、「レモンじゃ」がいい具合に仕上がった。
私のもんじゃ史上、最高

“はがし”と呼ばれる小さなヘラでいただく。
赤江: ハッホッフッ、うん! 美味しい〜! これはいいですね。レモンの酸味が効いていて、香ばしくて、じんわりとコクもある。今まで浅草や月島でもいろんなもんじゃを食べてきましたけど、コレ、完全に超えてきました!
ちょいとひと口いただきまして、赤星をグビリとやりますと……合う! 最高ですよ。
「レモンじゃの味付けのベースは塩昆布です。うちのもんじゃはどれも化学調味料に頼らずに自然素材で作っています。だから、食材の味がはっきりわかると言われますね」

当店はもんじゃ以外の一品料理も充実している。お惣菜コーナーのお惣菜をおまかせで盛り合わせてもらうのもOK。自家製のシーチキンやチャーシュー、赤ウインナー炒めなんていう魅惑的なものもある。
団長は迷った末に、イカバターを選んだ。これまたいい佇まい。
赤江: そういうタイプのイカバターでしたか! いい! 美味しそうなサイズのヤリイカさんが4ハイ、4人のコーラスグループのようにやってきました。
どれどれ……プリップリ! やわらかいのプリップリ! そしていいお味。もんじゃの合間に、気の利いたおつまみ、そして赤星。ここは天国ぞ。

赤江: ちょっと気になったのですが、メニューにある「スマイル110円」ってなんですか? まさか、「スマイル0円、無償の笑顔でがんばってまーす」ではなく、お金を取るという?
「はい、そうです。うちのスタッフの子たち、お客さんの前では笑顔でねと言っても全然笑ってくれなくて。じゃ金取るかと有料にしたら、ちゃんと笑ってくれるようになったんですよ。結構注文あるんですよ」
赤江: はははははっ! 有償の笑み。確かに気になる、110円のスマイル。
スマイルの下の「にらみつけ110円」っていうのは、その……
「にらみつけてもらえるってことです。これも結構人気の商品なんですよ(笑)」
赤江: もうこの店、どうかしてます(笑)

追加した「アンチョビポテート」は、アンチョビをヴィネガーと一緒にムース状にしたタレ(?)トッピング(?)でいただくオリジナルメニュー。
赤江: これまた絶好のおつまみだなあ。赤星とも抜群の相性ですよ。
赤星をもう1本追加し、話題はお店を開いた経緯に。
「この近隣で複数のレストランをやっている中で、大量の仕入れを活かすにはどんな業態がいいか考えました。加えて、飲食店がすでにたくさんある商店街では物販がいいかな、と。元々、渋谷区と進めていた障害者施設で離乳食を製造販売するという話が立ち消えになってしまったので、離乳食を販売できる場所をつくるという意味でもいいと思ったんです」
子どもの勉強部屋が店に!?

赤江: こんなお惣菜屋さんが家の近所にあったら通うのにと思いました。
それにしても、お惣菜にもんじゃを組み合わせるって変わってますよね。
「この部屋は、元々はお店じゃなくて子どもの勉強部屋だったんですよ。うちは上から9歳の男の子、5歳の男の子、3歳の双子の女の子と4人の子どもがいまして、長男に宿題をさせたり、やはり店で働く妻が休憩したりできるように用意したんです」
赤江: へぇ〜、それがどうしてもんじゃ屋さんに?
「くつろぎのスペースをつくるなら、鉄板焼きテーブルを置きたいと思っていたんです。目の前でいろんな料理ができて楽しいじゃないですか。それが、買いに行ったら、勢い余って3台も買っちゃって。3台並べたら、もうこれは店やるか、もんじゃ屋やるかとなって。そうだ、ラーメンも出ちゃうか。やるなら月替わりのラーメンがしようって」
赤江: いや、ならないですよ(笑) 鉄板焼きテーブルを3台買うとこからおかしいですけど、佐藤さんなら買いそうだと思えてきました。それにツッコミどころが多すぎて、もうどうでもよくなってきました。
あ、「おしゃれぬか漬け」をください。
箸休めに頼んだ「おしゃれぬか漬け」をパリポリ。8種類ほど入るという野菜のぬか漬けは、どれも絶妙な浸かり具合だ。

あらためてもんじゃの美味しさに開眼した団長は、悔いが残らないようにと、思い切ってもんじゃをもう1品焼いてもらうことに。悩んだ挙句、間違いなくここでしか味わえない「ゴルゴンゾラ納豆もんじゃ」をチョイス。モチをトッピングに加えた。
佐藤さんの話は続く。
「妻にはまた“新しいお店を出したい病”が出たってめっちゃ怒られました。お店始めてからも、妻はこの部屋を勉強部屋として居座って。ごめん、予約入ってるから……と言っても、なんで出て行かなきゃならないの、ここは勉強部屋でしょ、としばらくは毎度詰められましたね」
赤江: 奥様の言い分は至極ごもっともですね(笑)
なるほど、そういう訳でこちらの部屋は“おうち”って感じのいい雰囲気なんですね。オモチャもあるし、お子さん連れもOKなんですよね?

「ええ。子連れでもんじゃをゆっくり楽しめると好評です。子連れでも来やすいように、あえて掘りごたつ式ではなく、フラットな床にしているし、お手洗いにはオムツ台も用意しています。オムツ台は横型ではなく、オムツを替えやすい縦型を入れたのもこだわりですね。
みなさんにくつろいでもらえてうれしいです。居心地が良過ぎてみなさん長居するから、売上がまったく上がらないのが難点ですけど」
赤江: ファミコンやり出したら、そりゃ長くなりますわな(笑)

イタリア産の青カビチーズであるゴルゴンゾラが大量に投入され、それがトロリと溶けると、なんともクセがありつつも食欲をそそる匂いが漂ってきた。同じくクセつよな納豆との相乗効果で、これまで嗅いだことのない不思議な匂いに。
そこへオリーブオイルをたっぷりかけたら完成だ。薄くてカリカリの美味しいアレも、ゴルゴンゾラの働きでお菓子の一種であるチュイールのようにサクサクの仕上がりだ。
赤江: キョーレツに美味しい! 赤江の人生の中で、出遭ってこなかった味です。初めまして!
「ゴルゴンゾラには青カビが多くて辛いピカンテと、マイルドでクリーミーなドルチェがあって、もんじゃにはドルチェを使っています。ゴルゴンゾラも納豆も微生物の働きによる発酵食品。このふたつはすごく相性がいいんですよ」

赤江: クセの強いもの同士だからケンカしちゃうかなと思ったけど、びっくりするほど調和してますね。会ってすぐ握手、言葉通じないけどこいつマブダチ、みたいな。
「印象はゴルゴンゾラの方が強いですよね。納豆が脇役に回ってゴルゴンゾラの魅力を引き出してくれるんです。ゴルゴンゾラもはるばる日本に来て、こういう料理にされるとは思いもよらなかったでしょうね(笑)」
赤江: 佐藤さんの料理の原点はポルトガル料理なんですか? いつ料理の世界に入ったんですか?
気負わず進む料理の道

「料理の専門学校に2年行った後にホテルに入りました。氷のオブジェ作りなんかも、かなりやりましたね。その後、イタリア、フランス、イギリス、タイとかいろんな国でいろんな料理を作りました。フランスで和食作ったり、タイでアフリカ料理を作ったり。ジャンルにとらわれずに料理できるっていうのが僕の強みかもしれませんね。
ポルトガル料理を選んだのは、競争を避けたから。イタリアンにしても日本料理にしても、ライバルだらけじゃないですか。ポルトガル料理ならほとんど知られていなかったから、いいかなと。
赤江: ポルトガル料理は誰に学んだんですか?
「Google先生です。ポルトガルには行ったこともなかったし。いろんなメディアの取材で散々聞かれて、GoogleとYouTubeで学んだって答えたんだけど、どのメディアも書いてくれませんでしたね。書きたいストーリーと違ったんでしょう(笑)」

赤江: 「誰々を師匠としてウン年修行し……」みたいなのをお願い! って(笑) メディアのエゴですね。赤星探偵団は忖度なし、リアリティ追求姿勢で参ります。
「料理と並行してデザインの仕事もやってきたんです。自社の商品や店の掲示物なんかもデザインするし、外部のコンペにも参加します。化粧品のパッケージとか、実は僕のデザインが結構使われているんですよ。この暖簾もデザインしました。妻の実家と僕の実家の家紋を組み合わせたオリジナルの家紋をあしらっています。
デザインの仕事もある、というのが保険となったから、料理では好き勝手やってこれたのかもしれませんね」
赤江: なーるほーどー。不思議な料理人・佐藤幸二さんの謎がだんだん解けてきました。
そして今、そんな佐藤さんが最も力を入れているのは、子育てなんですって?

「そうですね、今はお店の方はできるだけスタッフに任せて、子育てに力を入れながら家でできる仕事を中心にやっています。
今日、ショックなことがあったんです。3歳の双子の姉が妹に耳打ちしているのを聞いちゃって。『パパに抱っこしてもらいたいときには、パパ大好きって言ってからにしな』って」
赤江: くわ〜〜。3歳同士がパパ対策の作戦会議を(笑)
パパとしては悲しい〜。そして、双子ちゃんかわいすぎる〜。
そんな成長の瞬間に遭遇できるのも、今という時間を一緒に過ごすからですもんね。働くパパ応援してます!
そして、次回は、うちの子やママ友も連れでおじゃましますね。

――ごちそうさまでした!
(2025年5月15日取材)
撮影:峯 竜也
構成:渡辺 高
ヘア&メイク:上田友子
スタイリング:入江未悠