あのお店はなぜ時代を超えて愛されるの? お客さんがみんな笑顔で出てくるのはどうして? 赤星探偵団の5代目団長・宇賀なつみさんが、名店の暖簾をくぐり、左党たちを惹きつけてやまない「秘密」を探ります――。(※撮影時以外はマスクを着用の上、感染症対策を実施しております)
■ハマの老舗天ぷら店で赤星を
JR関内駅の西側、伊勢佐木町と野毛町というふたつの繁華街に挟まれた吉田町(よしだまち)。近年では、「バーのある街」として知られるようになってきたエリアだ。狭い店舗スペースを利用して開業する若いバーマンが集まるようになり、小さな範囲に実に50軒ものバーがあるという。
とはいえ、本日のお目当てはバーではない。伊勢佐木モールを入ってすぐ、右手の路地に折れると、昭和の香りを放ちながら圧倒的な存在感で佇んでいるのが「登良屋」。この地で60年以上続く天ぷら店である。
年中通し営業。天ぷらはもとより、旬の鮮魚もめっぽう旨いと、地元の呑んべえたちに愛されているこの店で、宇賀団長は夕方からの一杯を楽しもうというわけだ。
使い込まれたテーブルに腰を落ち着けた団長、まずはお新香と青菜のおひたしを注文。もちろん“赤星”も忘れない。
冷蔵庫にズラリと並んだ赤星。そのキンキンに冷えた1本がやってきた。
――いただきます!
宇賀: んっ、おいしい。今日も飲めたー、赤星。幸せです!
お新香とおひたしをいただきながら、さらにお品書きをじっくり吟味いたしましょう。
お新香はカブと大根、そしてキュウリ。どれどれ……ちょうどよい漬かり具合で、糠の味がしっかり。そして、おひたしは、旬の菜の花の辛子和えですね。心地よい苦味とシャキシャキの歯応えが、いい感じ。もうこれだけで1時間は飲めちゃうな(笑)。
「登良屋」は荒井浩さんと荒井勉さんの兄弟が中心となって営まれている。1958年に同店を開いたのは、荒井さん兄弟のお父さん。屋号は祖父である登良吉さんの名前からとったそうだ。
お父さんは老舗の牛鍋屋「荒井屋」の三男。戦時中、長男と次男が出征したあと、お父さんは兄たちの代わりに「荒井屋」を守り続けた。
長男がシベリア抑留から帰ってきたのを機に「荒井屋」を去ったお父さんは、身の振り方を思案した。同じ肉料理で兄と客を奪い合う訳にはいかない。そこで、近隣でも商売敵にならない天ぷら屋を選んだという。
宇賀: お父さんも戦中戦後の大変な時期に店を任されて、さぞかしご苦労されたことでしょう。お兄さんに義理立てして、牛鍋はあえて避けたんですね。
こちらのお店は、お刺身も評判だと聞いてやってきました。魚のお料理もお父さんの代からやっているんですか?
答えてくれたのは兄で店主の浩さん。
「母は三重県尾鷲の出身で、実家がカツオ漁の網元なんです。その影響で、うまい魚を出したいというのがあったみたいでね。うちの看板には、“天麩羅”と並んで“肴”とあるんですよ。弟は農大を出たあと、カツオの一本釣りの漁師をやっていたんです。その後、海外のホテルで料理人をやってから10年前にうちに入って、魚を担当してもらっています。
弟の魚の見る目は厳しいよ。市場へ行っても何も買ってこないこともあるもん(笑)。特にカツオへのこだわりはすごいよ、さすがに。だから今日のカツオはいいみたいだよ」(浩さん)
■肴には妥協を許さない漁師家系の矜持
弟の勉さんがカツオをお造りにしてくれた。美しい真紅の切り身たちが、天に向かって鋭く、槍ヶ岳のように屹立している。お父さんが考案した盛り付けを忠実に守っているという。
宇賀: おおお。これは見事! 一切れがでかい。分厚い! 薬味のミョウガをちょいと巻き込んで、と。
(ひと口でほおばって)ん゛―――おいしっ! おいしいでふ!
(赤星をゴクリ)ぷはーー。カツオと赤星、テッパンコンビ。
こうなれば、他の魚も味わってみたい。この日は、刺身ならブリ、石鯛、ダルマイカ(小型のアカイカ)、焼きや煮付けなら、太刀魚、のどぐろ、カサゴなどが品書きに並んでいる。
団長の目はその文字列をしばし行きつ戻りつしたあと、一点に定まった。石鯛だ。勉さんの手によってちょうど三枚に卸されようとしているのが目に入った。
石鯛のお造りは、なんとも端正な佇まい。しかし、箸でつまみ上げてみると、一般的な刺身の2〜3倍はあろうかという豪気な一切れに驚き、胸弾む。
宇賀: おいしー。石鯛も、最高。そりゃもうプリップリですよ。天ぷら屋さんでこんなにおいしいお刺身を肴に飲めるなんて、ホント、ありがたい。
「ツマもぜひ召し上がってくださいね。うちのツマは全部弟が切っているんですよ。サラダ感覚でどうぞ。海苔もお出ししましょうか?」と浩さん。
大抵の店では出来合いの機械切りのツマを使っているし、最近ではそもそもお造りにツマを添えない店も増えているが、刺身の名脇役であるツマもすべて手切りするというのが勉さんのこだわり。かつら剥きから丁寧に千切りされたツマはなんとも瑞々しく、野菜の旨みもたっぷり。焼き海苔に巻いてちょいと醤油をつければ、これも格好の肴となる。
宇賀: ツマの海苔巻き、初体験です。これは、いいですねえ。とんかつ屋さんの千切りキャベツも、丁寧に手切りしているお店のものは断然おいしい。隠れた手間がおいしさのヒミツなんですねえ。
「野菜自体もうまいんですよ。うちで使う野菜は横浜市内で代々農家をやっている友達のところで作ってもらってるんです。肥料も自作して露地だけで栽培している硬派な生産者で、彼の野菜はどれも全然違うんですよね。なんというか、力強い味がする。生でも天ぷらでも、格段にうまい」(勉さん)
■横浜産ごま油でさっくり揚がった熱々を
赤星も2本目に入ったところで、今夜のメインディッシュ、浩さんに天ぷらを揚げてもらうことに。白身(この日は平目)、穴子、イカ、野菜4品の一人前盛りに、お好みで海老を追加する。
やってきた盛り合わせは、カツオ同様、種がすっくと立って、なんとも威勢が良い。
宇賀: キレイな黄金色ですね。まずは海老から。
甘い。海老が甘くておいしい。衣がサクサクでごま油のいい香り。流行りの極薄でも、ぼてっとした厚目でもなく、ちょうどいい厚さ。表面が細かくツンツンしていて、天つゆにつけていただくと、ほどよくつゆがしみ込んで、お酒との相性バッチリ。きっと、ごはんにも合うんだろうなあ。
「私が天つゆで食べるのが好きなもので、天つゆにドボンとつけてもクリスピーなサクサクの衣にしたくて。揚げ油は100%ごま油。ずっと横浜にあるメーカー『岩井のごま油』を使っています。ごまをすり潰して絞る古風な製法を続けているメーカーで、風味が豊かなんだよね」(浩さん)
宇賀: ししとうもかぼちゃも最高。力強い野菜がお兄さんの手によって旨みが凝縮された天ぷらに。こりゃ、赤星が進むわ。
ところで、こちらではどうして赤星を置いているんですか?
「赤星、好きなんですよ、私が(笑)。どういうところがって? そうだねえ、ずっと飲んでいられるんだよね。飲み飽きしない。味がしっかりあって、キレもいいからだろうね。どんな食事にも合うし」(浩さん)
■親の背中を見て気づいた真っ当な商売の意味
そこへ小ぶりな土鍋が湯気を上げてやってきた。〆にと頼んだつみれ汁だ。さまざまな魚のつみれをカツオ出汁のお澄ましでさっと煮た「登良屋」定番の一品。この日のつみれはアジとイシモチをたたいたものだ。
宇賀: はぁ〜、いいお出汁。つみれも魚本来の味が濃縮された感じ。そして、すごくプリプリしていておいしい。今日はイシモチが入っているから?
なるほど、イシモチが入ったことでちょっとカマボコみたいなプリッ、モチッとした食感になっているんすね。
登良屋さんのお料理は、どれも真っ直ぐで、澄んだおいしさ。おふたりの人柄がお料理に現れているんだと思いました。兄弟でお店を継がれて、ご両親も喜ばれたでしょうね。
「弟も私も大学卒業後は勤め人になって店を継ぐことは考えていなかったんです。それが社会人経験が増していくにつれ、親がいかに真っ当な商売をやってきたかってことが、しみじみとわかるようになってね。
当たり前のことをきちっと地道に続けていれば、大儲けはできないけれど安定的にやっていける。変に価格に乗っけなくてもみんなが暮らしていくくらいの利益は着実に上げられる。
大人になって初めて、親が長年身をもって証明してきた真っ当な商売の形に惹かれるようになった。飲食業にとっても厳しい時代だけど、地道にやるのがいちばん。こうして店を続けられるのはありがたいことですよ」(浩さん)
宇賀: お客さんたちの顔を見れば、登良屋さんがいかに愛されているかがわかります。私にとっても大切な一軒となりました。
コロナが落ち着いたら、次回はハマスタで野球観戦のあとにでも寄らせていただきます。お兄さんの天ぷらと、弟さんのお刺身を味わいに。もちろん赤星と一緒に。
閉店後、「登良屋」では年末の大掃除かと思うような後片付けが行われた。厨房は隅々まで洗剤で磨き上げられ、ピッカピカに。これも毎晩のことだとか。そこには、連綿と続く“真っ当”な仕事風景がありました。
――ごちそうさまでした!
(2021年3月17日取材)
撮影:峯 竜也
構成:渡辺 高
ヘア&メイク:ATELIER KAUNALOA
スタイリング:近藤和貴子
衣装協力:CELFORD/CELFORD ルミネ新宿1店(ブラウス¥14,300)
ストラ(ワイドパンツ¥19,800)、e.m./e.m.表参道店(バングル¥50,600)
イヤーイヤー/Rickin Design inc.(イヤカフ¥1,100リング¥1,650)
タラントン by ダイアナ/ダイアナ 銀座本店(サンダル¥19,800)