あのお店はなぜ時代を超えて愛されるの? お客さんがみんな笑顔で出てくるのはどうして? 赤星探偵団の7代目団長・平井理央さんが、名店の暖簾をくぐり、左党たちを惹きつけてやまない「秘密」を探ります――。
新団長、登場!
東京屈指の観光地として賑わう浅草。その奥座敷と言える裏観音エリアの一角に「浅草一文本店」はある。白漆喰に黒板の壁、柳が揺れる風情ある店先に颯爽と現れたのは、このたび赤星探偵団の7代目団長に就任した平井理央さん。赤星のマークごとく鮮やかな赤色のお召し物に、団長としてのやる気もみなぎっている。
平井: 大好きなビールと名店を巡れるなんて、こんなに幸せな探偵団はないと思っています。一軒一軒、一杯一杯をじっくり味わいながら、団長として赤星と名店、それぞれの魅力をたくさんの方にお届けしていきます!
記念すべき新団長就任第1回目の赤星店「浅草一文本店」は、下町情緒たっぷりの一軒家居酒屋だ。名物の江戸ねぎま鍋や鯨料理をはじめ、厳選された海鮮や野菜を使った料理を銘酒と共に味わえる。
平井: 古民家を改装しているんですね。土間の床と使い込まれた調度品が落ち着いたいい雰囲気。
では、早速いただきましょう。サッポロラガービール、赤星をお願いします!
ーーいただきます!
平井: はあ〜、おいしぃ〜〜!
キンキンに冷えた瓶ビールを、自分でトクトクトクとやっていただくのって、すごく贅沢な時間。
私の父の実家は酒屋だったんです。祖父も父の三兄弟もみんな酒豪。うちで飲むビールは、酒屋を継いだ伯父が届けてくれる瓶ビールでした。だから、ビールと言ったら瓶が食卓にある風景が今でもしっくりくるんです。赤星を飲むと、ああやっぱりビールっていいなって思います。
からからの喉がいい具合に湿ったところに登場したのは、お通しにあたる「酒膳」。この日は、トマトのお浸し、えんどう豆で作った翡翠豆腐、ところてん。なんとも夏らしいラインナップだ。ところてんは、自分で天突きから押し出していただける。
平井: 天突き、人生初です! おおー、出てきた出てきた。突きたては角がピンッと立って美しいですね。。
……涼やかなお味。夏ですね。トマトもお出汁がよくしみていて、美味しいなあ。
お造りを盛り合わせてもらった。店主の平川良信さんは一級船舶免許を取得するほどの海好きで、魚好き。自分で釣った魚をお店で出すこともあるそうだ。
厳選された素材と丁寧な仕事
境港の本鮪は中落ちをハマグリの殻ですくい取っていただく。大分の関イサキ、宮城の煮穴子、江戸前の小肌と、なんとも珍しい取り合わせに平井団長も大喜び。
平井: 薬味やツマも凝っていて、芸術的な盛り合わせですね。
あ、中落ち、美味しい。なんでも骨の近くが一番美味しいって言いますが、ホントですね。旨みがすごい。
イサキは関のものですか。皮目を炙ってあって香ばしくて、身は締まっていて上品な甘み。ここで赤星をクイっとやりますと……最高ですね(笑)
次なるは、人気の「一文しゅうまい」。蓋を開けると、出汁の中にふたつのお団子が泳いでいる。ハモのすり身で作った特製の焼売で、中にはホタテとエビが入っている。
まずは出汁を一口。そして熱々の焼売を頬張る。
平井: 美味しい。丁寧で美しい仕事。懐石のお椀のような本格的なハモ料理です。あれ? こちら居酒屋さんでしたよね?
そう、当店の料理は抜かりなし。化学調味料を一切使わず、丁寧に出汁を取る。塩は能登・珠洲で昔ながらの揚げ浜式で作られる塩を使うこだわりようだ。
「江戸風厚焼き玉子」が焼き上がった。だし巻き玉子は、蕎麦屋や鍋料理店など出汁が美味しいお店ではつい頼んでしまうと団長。
平井: おうちで作るのは手間がかかりすぎて大変なもの、素人ではなかなかうまくいかないものをお店ではいただきたくて。
ほら、まず玉子をこんな風にしっとりでプルプルに仕上げられませんよ。(フルフルと揺らしながら)伝わります?
カメラマンH氏「ごめんなさい。写真だと止まっちゃいます(笑)」
味の濃い茨城県の奥久慈卵を使い、ほんのり甘く仕上げた東京らしい玉子は実にいいおつまみだ。平川さんは話す。
「“甘いは旨い”を信念に、うちの料理は甘みを大事にしています。なので、しっかりした苦味のある赤星がよく合うんです。私もビールでは赤星が好きですね。食中酒としてずーっと飲んでいられます」
平川さんはソムリエや唎酒師の資格も取得するお酒のプロ。「平井さんはビールがお好きなんですか?」とお酒談義に花が咲く。
平井: お酒の中でビールがナンバーワンですね。大学の卒業旅行でハワイに行った時にビールの美味しさに目覚めて、それからいつもビール、ビール。飲みに行っても最後までビールのことも多いです。
もしもこれから一生、1種類のお酒しか飲めないとしたら、ビールを選びます(笑)
そんなエピソードを聞きながら平川さんが用意してくれたのは、「葉山牛牛すじ煮込み」だ。
平井: あっ、このお味はビーフシチュー。お豆腐やネギが和食の雰囲気を醸し出していますが、洋食屋さんへ一気に連れて行かれた感じです。
「デミグラスソースをベースにお味噌もちょっと加えて、浅草らしいハイカラな洋食風に仕上げています。和食の合間にこんなのもいいかと思いまして」と平川さん。いいも何も、団長の匙を持つ手は止まらない。
平井: は〜〜 、シアワセ。
いよいよ真打ち、ねぎま鍋
本日のお目当ては、ねぎま鍋。その前に、ねぎまの串揚げもいただきましょう。
平井: 味付けはウスターソースに柚子胡椒。まずはレモンだけでシンプルにいただきます。……んっ! サクッとした衣の中でマグロがしっとりほっくり。マグロがこうなりますか。お肉の串揚げとはまた違った美味しさ。そして、もちろん赤星との相性もカンペキ!
この付け合わせのお野菜も美味しいこと。キャベツに赤カブ、これは白いニンジンですね。塩昆布でさっと和えてあるんだけど、味が濃くてシャキシャキと力強い美味しさ。
「うちの野菜は在来種に近い江戸野菜を中心に、有機・減農薬のものを使っています。野菜の美味しさに気付いていただけてうれしいです」と話すのは、平川さんの長男の良太郎さん。父子共に野菜ソムリエでもある。美味しいものを提供したいというホスピタリティにあふれている。
いよいよ満を持して、ラスボス、ねぎま鍋のお目見えだ。当店には、メバチマグロを使う「江戸ねぎま鍋」、本マグロを使う「上江戸ねぎま鍋」、青森・大間産本マグロを使う「特上江戸ねぎま鍋」の3種類がある。スタンダードのメバチマグロでも十分に美味しいが、今回は団長就任記念ということで“上”を張り込んでみた。かくしてやってきたのは、写真のようなみめ麗しいマグロと野菜たちである。
ねぎま鍋について説明しておこう。「ねぎま」と聞くと肉とネギが交互に串に刺さった焼き鳥を思い浮かべる向きも多いだろう。もともと「ねぎま」は江戸時代後半に生まれた鍋料理だ。当時、マグロのトロ部分は脂が多く傷みやすいため、敬遠され捨てられることが多かった。そのトロを美味しく食べようと考案されたのがネギ+マグロの「ねぎま鍋」。ネギと一緒に醤油や出汁と一緒に煮込むことで、マグロの脂が程よく汁に溶け出し、ネギは臭みを消してくれるという塩梅だ。
その後、ネギとマグロを串に刺して焼く「ねぎま焼き」が誕生し、マグロよりも手に入りやすい鶏肉が代用されるようになって一般化したというのがねぎまの歴史である。
「浅草一文」では、昆布と椎茸で取った精進ベースの出汁に、たまり醤油などで味を付けたつゆで煮る。まずは、椎茸、白菜、ネギ、豆腐を煮る。ネギは必ず千寿葱を使うという。
平井: 千寿葱って、東京のあの千住ですか?
良太郎さんが答えてくれる。
「ええ、千住の葱市場の葱商によって目利きされたブランド長ネギが千寿葱。巻きが詰まっていてずしりと重く、糖度が高いのが特徴です。時期によっては高級メロン並みの糖度になりますが、辛味も同様に強くなります。火を入れると辛味が抜けて糖度が際立つので、ねぎま鍋にはうってつけのネギなんですよ」
そろそろマグロを投入していい頃合いだ。
当店でねぎま鍋に使うマグロはカマトロ部分。200kgのマグロでも1kg程度しかとれない希少部位だ。このカマトロを使う訳は?
「カマトロは上質な霜降りですが、筋が多くて刺身ではいまひとつ。これが、ねぎま鍋のように煮込むと筋がゼラチン質に変化してプルプルの食感になり、表面もゼラチンでコーティングされるので、脂もあるところからは溶け出さず、煮込めば煮込むほど美味しいマグロになるんです。騙されたと思って、しっかり煮込んで召し上がってください」
平井: おおーそれはいいことを聞きました。しゃぶしゃぶのようにサッと潜らせていただくものかと思っておりました。さて、そろそろ煮えたでしょうか? いただきます……
はふ、は、ふ、おいひぃ〜〜! これがマグロですか、トロのお刺身とはまったく違った上品で深〜い美味しさ。
そして千寿葱の甘いこと。美味しすぎて、なんか可笑しくなってきちゃった。ふふふふふ。
浅草人の心意気を受け継いで
マグロ、ネギ、マグロ、ネギ、時々椎茸or白菜と、無限にいけそうな鍋を楽しみつつ、話は店の歴史をさかのぼる。
「浅草一文」は平川さんが1970年代後半にお父さんと始めた店だ。その経緯は一風変わっている。
「父が骨董屋をやっていたのですが、私が大学生になると、一家四人の平川家は男3人が何かと外へ出歩くようになり、母が暇を持て余すようになりました。母が小料理屋でも開こうかしらなんて話している時に、父がこの建物を突然購入しました。旅館だったこの建物が売りに出され、自動車整備工場になる予定だと聞き、慌てて先手を打って買ってしまったんです。小さな飲食店が並ぶこの界隈に工場ができてほしくないと考えたそうで。購入したはいいが、使いみちがない。父は母に小料理屋をやれと言うのですが……」
平井: お父様の心意気、素晴らしいですね。とはいえ、小料理屋という大きさじゃないです。旅館ですもん(笑)
どうされたんですか?
「結局、料理人を雇って僕がその横でみっちり修業しつつ、みんなで切り盛りしていきました。おかげで大学は留年。卒業後は僕が店の運営に専念し、料理人も辞めてしまったので、調理も手探りで続けてきました。とにかくいい素材と真っ当な仕事をすればなんとかなるだろうと」
平井: お父様の心意気とご主人の日々の努力。そのおかげでこんなに素敵なお店で美味しいお料理をいただけて、私は本当に幸せです。
いずれは良太郎さんがお店を継がれるとのこと。伝統の中に新たな視点もプラスされて、より魅力的な「浅草一文」になっていきそうですね。
これまで浅草という街にあまり馴染みがありませんでしたが、これからは来る理由ができました。またおじゃまさせていただきますね。
ーーごちそうさまでした!
(2026年6月22日取材)
撮影:八田政玄
構成:渡辺 高
ヘア&メイク:カワムラ ノゾミ
スタイリング:山﨑沙央里



と赤星
と赤星


