あのお店はなぜ時代を超えて愛されるの? お客さんがみんな笑顔で出てくるのはどうして? 赤星探偵団の6代目団長・赤江珠緒さんが、名店の暖簾をくぐり、左党たちを惹きつけてやまない「秘密」を探ります――。
浅草寺の裏手、いわゆる「観音裏」はかつて花街として栄えた飲食店が多いエリアだ。その一角にある「とんかつ弥生」へ、赤江珠緒団長は向かった。
揚げ物に目がない団長は、揚げたて熱々のとんかつで冷えた赤星をグビリとやろうという魂胆だ。
とんかつの前に……
無垢材が格子状にあしらわれた壁に小さな白い暖簾がかかるだけの入口は、一見してはとんかつ屋とは思えない。引き戸をがらりと開けると、左手に厨房とカウンター、右手にテーブル席。こぢんまりとした空間がなんとも落ち着く。
カウンターに席を得た団長が真っ先に頼むのは、言わずもがな赤星ことサッポロラガービールだ。
赤江: わーー、女将さんに注いでいただけるなんて恐縮です。では早速
ーーいただきます!
赤江: (鼻から息を出して)むふんっ、おいしいっ!
この苦味のある飲み応えがたまらないんだよなあ。
今回、あまたあるとんかつ屋の中でもなぜ当店に白羽の矢が立ったのかーー?
ズバリ、“飲めるとんかつ屋”だからである。いや、むしろ、飲まずにおられようかと言いたくなるくらいの魅力がある。第一に、とんかつ屋とは思えないような、おつまみに絶好の一品料理が揃っている。特筆すべきは、季節の加賀野菜を使った料理だ。
赤江: 金時草というお野菜は、赤江は未体験でございます。金時草の酢の物をお願いします!
ほどなく登場したのは、ほうれん草のような濃い緑色の葉物野菜。お酢に溶け出した紫色の色素が美しい。
赤江: 少しぬめりがありつつもシャクシャクと気持ちのいい食感。お味はクセがなく、なんとも上品なコク。後味は、ほうれん草のようなエグ味がなくて、すっきりさわやか。
これは、おいしいお野菜ですねえ〜。
続いてあらわれたのは、やはり加賀野菜を代表する加賀太きゅうりの浅漬け。メロンと見紛うほどの立派な果肉だ。
赤江: どれどれ、こちらさんもお初でございます……おいしい! 大きいけれど、なめらかでジューシーで。ウリに似てはいるようでありながら、後味にふわりと漂う青味のある香りはまさにきゅうり! これまた絶品ですなあ。
赤江: これが加賀太きゅうりですか、なるほど大きいですね! 確かにウリとも違っています。
見せてくれたのは、ご主人の米林雄二郎さん。
「学術的に皮にイボイボがあれば、ウリではなくてきゅうりらしいですよ」と蘊蓄を披露してくれた。実は、雄二郎さんの実家は金沢の農家。金時草や加賀太きゅうりなどは、現在雄二郎さんのお兄さんが営む農園から直送されたものだ。おいしい加賀野菜をいただけるのには、そんなヒミツがあったのだ。
さらに驚いたことに、加賀太きゅうりを開発し、命名したのは雄二郎さんのお祖父さんだとか。
赤江: ええーー!? 石川県では知らない人はいないというほどのお野菜が、MADE BY お祖父さんでしたか。それは誇らしいですね。こんなにおいしいし。
創業85年、三代目
「とんかつ弥生」は、もともと女将の冴子さんの実家だ。冴子さんのお祖父さん・弥太郎さんが栃木県から上京し、上野の洋食店で修業した。独立し上野駅前にミルクコーヒーの店を開いたが、「やはり東京一番の歓楽地、浅草でやってみたい」と、1940年に現在の土地を購入し、当時ハイカラな食べ物だったとんかつの店を始めた。弥太郎さんの漢字が入った弥生という言葉には、草木が力強く成長するといった意味もあることから、「弥生」と命名されたと伝わる。
1983年にお祖父さんが亡くなると、冴子さんの両親が跡を継いだ。
「祖母は両親の跡は私に継いでほしいと思っていたようです。私には姉がいますが、飲食店にはあまり向かないタイプ。一方、私は子どもの頃からやってもいいかなと思っていました。それを見越してか、祖母は小さい時から、私にはお店のことを何でも話してくれていたんです」
「弥生」は串揚げメニューも豊富だ。団長は玉ねぎと鶏卵を揚げてもらい、お店の歴史にさらに耳に傾ける。
冴子さんは銀行員、雄二郎さんは東京の大学を卒業し不動産業のサラリーマンをしている時に二人は出会って結婚した。それまで雄二郎さんは浅草には行ったことがなく、「でっかい提灯があるとこの何がおもしろいんだ」くらいにしか思っていかなったという。
赤江: はははは! 普通、東京に来たらまず行くところですけどね。金沢のほうがいい街だぞと(笑)
「ほらこの人、口が悪いんです。すみません。うちは女の子二人だったからでしょうね、母はパパ(雄二郎さん)のことを本当にかわいがって、私の知らないうちに二人でランチに出かけたりもしていましたね。でも、結婚から半年後に母は亡くなってしまいます」と冴子さんは当時を振り返る。
揚げたての玉ねぎの串揚げをいただく。
赤江: は、ほ、あふいほわはっへひへも、ひははへなひほ(熱いとわかっていても今食べないと)
あまーーい! おいしーーい! 玉ねぎのいいところがサクサクの衣の中にギュッと凝縮されております。
そして、鶏卵さんも。
鶏卵はLサイズの卵をゆで玉子にして丸ごと揚げるもの。うずらの玉子が大好物のお客さんからのリクエストで始めたところ、人気の一品になった。
赤江: これ好きだわ〜。予想通りのお味なんですが、フライの衣をまとったゆで玉子、クセになるおいしさです。世の中には半熟玉子の天ぷらもありますよ、スコッチエッグもありますよ。でも、どれとも違う素朴なおいしさなんだよなあ。
赤星とも抜群の相性だし!
お母さんが亡くなって2年後、お父さんが不慮の事故で急逝してしまう。冴子さんが「弥生」を引き継ぐ決断は自然なことだった。しかし、一人娘の佳香さんが生まれると、育児をしながらの店の切り盛りに翻弄される。それを見かねた雄二郎さんは腹を決め、会社を辞めて店に入った。
赤江: そうして今の弥生があると。頼もしいご主人ですね!
意味深に頷く冴子さんの様子を見て、雄二郎さんは「なんだよ」とはにかんだ。
肉の旨さを真っ直ぐに
さて、本日の本丸、とんかつへといこう。当店ではヒレとロースが人気を二分しているが、団長は「とんかつは脂がおいしいのよ〜」とロースに即決。
登場したのは、見るからにおいしそうな美しい塊のお肉である。「よっ、たっぷりと!」と団長が横槍を入れ(皆様はどうかお控えください)、特別にちょい厚めバージョンで揚げてもらった。
お肉は数十年来信頼する業者が厳選した関東隣県のもの。ブランド豚に限定せず、肉質のきめ細かさと旨みの強さ、脂のスッキリ感を重視して、その時いいものを仕入れている。
壁に掛けられた写真を見て団長は言った。
赤江: これは昔のお店の写真ですか? 随分と雰囲気が変わりましたね。
「そういえば、赤江さんは朝日放送のご出身ですよね。この建物、朝日放送の『大改造!!劇的ビフォーアフター』でリフォームしてもらったんです。だいぶガタが来ていたところに新潟県中越地震が起きて、さらに傷みが激しくなって。次に大きな地震が来たらいよいよまずい。かといって建て替えるためのお金もないし、休業期間も作れない。思いの丈を込めて応募しましたら見事に採用されて、こんなふうに素敵にリフォームしていただけたんです」(冴子さん)
「耐震補強もしてもらって、東日本大震災でもびくともしなかった。ボトル1本、皿1枚割れなかった。ありがたかったね」(雄二郎さん)
赤江: まさに「なんということでしょう」ですね。お店を守りたいというお二人の気持ちが運を引き寄せたのではないでしょうか。
パン粉の粒子が細かい薄衣で、ラード100%の油で揚げるのが特徴だ。
さあ、きれいなキツネ色に揚がった。
切り分けられた真ん中の一片を、まずは何もつけずにいただく。
赤江: (のけぞってしばし無言)……これよ、これなのよ、私の理想のとんかつは! なんと清らかなお味か。純粋にお肉そのもののおいしさと向き合える、究極の調理法、それがとんかつ。
あ、すみません、あまりにもおいしすぎて、偉そうに語ってしまいました(笑)
いやでも、このピタッと結着した衣、旨みをしっかりと閉じ込め、かつ噛めばサクサクと味わいのアクセントになってくれる衣の具合が絶妙ですなあ。
雄二郎さんは、お店に入るまでお仕事でお料理されることはなかったわけですよね?
「ええ、店に入ってイチから学びました。お義父さんがレシピを書き残してくれていたおかげで、なんとか伝統の味を引き継ぐことができました。料理はとんかつというシンプルな料理ひとつとっても奥が深くてむずかしい。だからこそおもしろいですね」(雄二郎さん)
「レシピ通りに作ってもどうしてもうまくいかない料理がありました。生姜焼きです。父の味とは何かが違う。これじゃお客さんに出せないと封印していました」と冴子さんが話すと、「それを解決したの、俺だよな」と雄二郎さんが合いの手を入れた。「そうなんです。どうやら火の入れ方にポイントがあったようで」と冴子さんはちょっとだけ悔しそうに言った。
赤江: そんな話を聞いてしまっては抗えません。生姜焼きもください!
注文が入ってから肉を切って、秘伝のタレにさっと漬け込み、フライパンで一気呵成に焼く。秘伝といっても素材はすべて一般的なものだけだと言う。タレの調合、漬け具合、焼き方それぞれの工夫、そしてその組み合わせ次第によって、肉のポテンシャルが生かされもし殺されもする。シンプルだけに誤魔化しの効かないストイックな調理法だ。
赤江: タレの匂いキターー! この匂いだけで赤星1本は軽くいけます。
とんかつの後にさすがにわんぱく過ぎするかと思いましたが、匂いによりただいま別腹があいてきました。さあ来い!
赤江: やったーーーー! 待ってました、よっ、生姜焼き! 三代続く伝統の味! よっ、パパの火入れ!
いつの間にか、かたわらでは学校から帰ってきた佳香さんも、団長の熱狂ぶりを見守っている。
試行錯誤の伝統の味
「とんかつ弥生」の生姜焼きは厚く大きなロース肉を2枚重ねるスタイル。雄二郎さんと冴子さんは、これを「2段」と呼ぶ。専ら生姜焼きという常連客も多いそうで、中には「3段」を特注する猛者もいるとか。
赤江: キッ、キッ、キッ、キッとおいしいです! あ、すみません、感じたことをそのまま言葉にしてしまいました。生姜の香り、お醤油のシャープさ、みりんの甘み、お肉の旨み、脂のコク、それぞれのおいしい要素が、ストレートに伝わってきて、(それがキッ、キッ、キッ、キッなんですが)噛みめていると見事に調和するんです。
コレ、赤星も最高に合いますけど……
「ごはんがほしくなるでしょ」と冴子さん。
赤江: そーなのよーー!
さすがに本日の赤江はすでにリミッターを外して暴走気味なので、涙を呑んで NO RICE でフィニッシュしたいと思います。
赤江: もっといろんなお料理をいただいてみたいので、次回は大人数でおじゃまさせいただきますね。家で赤星&加賀野菜から生姜焼きワンバンライスでの〆までシミュレーションしてきますので(笑)
「お待ちしてます!」(雄二郎さん&冴子さん&佳香さん)
——ごちそうさまでした!
(2025年9月30日取材)
撮影:峯 竜也
構成:渡辺 高
ヘア&メイク:上田友子
スタイリング:入江未悠





と赤星
と赤星


