厳寒の宇都宮へ
サッポロラガービール、愛称「赤星」を飲める酒場を巡り、飲みかつ食べる「赤星酒場見聞録」。再スタートを切ってから8回目となる今回訪ねたのは、栃木県の宇都宮です。
北関東随一の街ですが、真冬はとにかく冷える。山間部ではないけれど、内陸気候というのか、朝晩、冷える。
東京の都心で最低気温が氷点下になることはひと冬に何度かある程度ですが、宇都宮ではちょくちょく氷点下になる。調べてみたら、12月から2月の1日の最低気温の平均は氷点下になるという。
気温だけじゃない。私には、北関東は茨城、栃木、群馬いずれも、強い風が吹く土地というイメージがあるのだが、宇都宮に特にそのイメージが強い。気温が零度として北風がびゅうびゅう吹けばマイナス3、4℃にも感じられる。雪の降りしきる秋田より風が吹く宇都宮のほうが寒かったという記憶もある。
訪ねたのは2月7日。JRの宇都宮駅で、いつもこのシリーズを熱く楽しく撮影してくれる写真家の衛藤キヨコさんと待ち合わせた。この日から翌日の8日にかけて、まとまった雪が降ると予報が出ていたので、私の防寒は完璧だったけれど、駅で会ったキヨコさんもまた、温かそうなコートに身を包んでいた。
JRから東武宇都宮駅界隈へ移動し、オリオン通りを歩く。
この商店街ができたのは昭和23年、昭和40年代からは屋根付きのアーケードになった。私は、宇都宮へ遊びに来れば必ずここを通る。さまざまなお店の中に、古い喫茶店があり、昼から飲める居酒屋もある。
訪ねたのはそのうちの一軒、「みそだれやきとり かんちゃん」。
オリオン通り界隈をぶらぶら歩いた後で店の前へ行ってみると、土日祝の開店時刻である14時を前に、店の前にテーブルや椅子が並べられていた。
店内では、仕込みも大詰めのようだ。焼き台の横、通りに面した場所で、もつを切っている人が、この店の大将、神田直樹さんだった。彼の目の前のバットには、きれいなレバーが横たわっている。
「いいレバーですねえ」
「ありがとうございます。レバーは人気がありますよ」
そうだろう、そうだろう。
ピカピカのレバー。これを炭火で焼いて、熱々を口へ運ぶ。その楽しさを思い浮かべただけで幸せな気分になってくる。
店は開店前だが、取材ということで特別に、少しだけ早くスタートさせてもらうことができた。
まずは赤星。
炭火が赤々と熾きるまでの間にできるものとして、ミックスホルモンと水菜の辛子酢味噌和えを注文する。
「これは、もつは何が入ってますか」
「今日は、タン、ハツ、それからガツ。ガツは普通にボイルし、タンとハツは低温調理しています」
さっそく箸を入れて口へ運ぶ。ホルモンは歯ごたえを残しつつも柔らかく、辛子酢味噌の味わいもビールによく合う。
これは、うまい。最初のひと皿から心をつかまれて、期待が増していく。
店名にあるとおり、この店の名物は、「みそだれやきとり」。なぜ味噌ダレなのか聞いてみた。
「僕は今から20年ほど前に、栃木県の矢板から宇都宮へきて、屋台横丁にある店に入りました。そこの大将が、埼玉県の東松山で修業をした人だったので、味噌ダレのやきとりも、そこで教わったんですね」
ああ、やっぱり。と、思うのは、味噌ダレと聞いてまず思い浮かべたのが東松山だったからだ。
埼玉県北西部の東松山市は、とてもユニークな街だ。なにしろ、市内にやきとり屋さんが50軒もある。私がその昔、取材で訪れたときも50数軒と聞いたが、今調べたところ、その後も変わっていないようなのだ。
そも鶏なのか豚なのか
やきとり、というけれど、豚である。しかも、カシラばかり、たくさん食べる。練り込んでやや硬くなった味噌ダレをヘラでとり、カシラに塗って食べる。私が訪ねた店ではそういうスタイルで、同じ串に二度三度と塗り付けOKたった。そして、店によるのだろうけれど、もうストップして、と言わないかぎり、いいテンポで次々にカシラが出てくる。
あれには、驚いた。
けれど、うまいのである。関東でやきとりと言うと、やきとん、であることが多い。私の育った東京郊外では、やきとり屋で串を打って焼いているのは、タン、ハツ、カシラ、ナンコツ、レバー、シロなどが実は鶏ではなくて豚であり、ネギマとか若どり、などは鶏肉という店が多かった。私の同世代で関西から関東へ移住した人は、みんな、これに驚いた。やきとりが豚やて? えー! ホルモンも豚やてー?
そんなに驚くことはなかろうよと、思ったものだが、やきとりは鶏、ホルモンといえば牛、というのが関西の常識だから、仕方がない。後年、九州は博多でやきとり屋に入ったら、ここの定番は豚バラだよと教えられた。
関東の豚の文化が関西では牛や鶏になり、さらに西の九州でまたまた豚文化が現れる。土地によって異なる食文化に改めて気づかされた。
ちなみに、関東には、豚ではなく鶏を出す、文字通りの焼き鳥屋さんもある。有名店も多いし、上等の鶏をコースで食べながら酒を飲むのは、なかなかの贅沢だ。
では、店名から鶏か豚かを区別する方法はあるのだろうか。鶏だと思って豚、豚だと思って鶏、というのも楽しいけれど、事前にわかったほうがいい。
神田さんが教えてくれた。
「やきとり、とひらがなで書くと豚、焼き鳥と書くと鶏、ということらしいですね」
そうだったのか。酒飲み生活40余年、こんな大事なことを知らないまま、飲んできたワタクシ。ノビノビしているというか、やはりノー天気ということでしょうか。
見れば、大鍋では煮込みがぐつぐつとかすかな音を立てている。ダイコンやニンジンなどと一緒に煮込まれているのは、本日はギアラとシマチョウだという。これは牛の第4胃と大腸のこと。
ああ、煮込みは牛もつなのね……。ややこしいね。
その煮込み、ミルキーなり
この煮込み、塩味で、とても上品だ。味噌を溶きこんでいないからか、ポトフみたいな印象も与えるのだが、牛もつからジワリと出てくるうま味はやはり、トリップ(煮込み)である。たいへんな人気のようで、大640円だが、一人ではちょっと多すぎるという人のために小さな丼に盛る小430円もある。
本日も賑やかに繰り出した赤星取材隊の面々も、冷え込む宇都宮で熱々の煮込みを啜る。そのうちの一人から「ミルキー」という一言がもれた。そう、トロリとしていて、ミルキーなのである。
味噌ダレでやるなら、豚バラだ。東松山の食べ方を懐かしく思い出しながら、皿を前ににんまりしてしまう。
味噌ダレというが、しょうゆやソースのようなタレではなく、ペースト状になっている。味は辛いのと、普通のと。お好みで、自分の皿にとり、そこに串のネタをつけながら口へと運ぶ。
抜群だ。文句なし。
続いてねぎ間とハツ、カシラ、シロと次々に頼む。
開店時刻を過ぎてしばらくすると次々にお客さんがやってきたので、温かい店内をお客さんに譲り、我ら取材隊は外テーブルに移動した。今回の取材をもって、隊員の一人、2年間取材をともにしてきたKさんが脱退、交代にYさんが入隊。本日が入れ替わりのため両名参加となった。
当シリーズの前身「赤星100軒マラソン」の開始から今年で10年。クライアント、出版社、広告代理店、編集者、カメラマンなど、すべてのスタッフの中で、交代なく、地道に走り続けているのは、この私だけ。つまり、私はいつも、去る人を送り、来る人を迎えてきた。そのたびに、盛大に赤星を飲んできたというわけで、今回も盛り上がっていこうと老体に鞭打つのである。
赤星に燗酒、また赤星と
なにしろ、寒い。アーケードの下は日差しが入らない。そこに風が吹く。日差しのないところの体感温度は3℃から7℃くらい下がるという。仮にこのときの気温が10℃だったとすると、体感温度は4℃か5℃か。外で飲むにはいささか寒い。
けれど、酒はうまいのだ。シロのたれ焼、ツクネ、最初に目をつけたレバーなどを食べながら、赤星を飲み、燗酒を挟んでまた赤星を飲む。
オリオン通りのはす向かいに「魚田酒場」という店がある。実はここも「かんちゃん」の系列店で、「かんちゃん」にいながらにして、「魚田酒場」の、魚中心の酒肴を頼むことができる。その仕組みを聞いたKさんさっそく席を立ち、鍋いっぱいのおでんとホッケ焼きを頼んできた。
うれしいねえ。
もつ焼きから、目先が変わり、またまた酒が進む。
「かんちゃん」も「魚田酒場」も、ビールはサッポロだ。店内の鏡やプレートなどは、ネット検索で見つけて集めたものだという。
ゴーグルをつけて焼き台に立つ大将に、いまさらながら訊いてみた。
「なんでサッポロビールがそんなに好きなの?」
「ああ、星がかわいいからですよ。ビールはずっと赤星です」
前シリーズから数えて10年、訪問108軒目にして、初めて聞く答えだった。
いい話だ。
次は夏に来よう。思う存分、味噌ダレのやきとりを味わい、汗をふきふき赤星を飲み干すために。
(※2026年2月7日取材)
取材・文:大竹 聡
撮影:衛藤キヨコ





と赤星
と赤星


