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赤星酒場見聞録 File No.1

静岡駅で途中下車してでも寄りたい「正統派100年居酒屋」

「多可能」

公開日:

今回取材に訪れたお店

多可能

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赤星酒場100軒制覇、その先に

サッポロラガービール、愛称「赤星」を飲める店を、100軒歩いてみよう——。

このアイデアが浮かんだとき、どんな店を、どれくらいの期間をかけて歩くか。スタッフ一同はあまり深く考えていなかった。そこでまず赤星を置いている店をリストアップしてみると、居酒屋、割烹、やきとり、おでん、蕎麦に寿司、実にさまざまな店が見つかった。中には、名店、老舗も少なくない。これは、イケる。さっそく、もつ焼きの名店から行ってみるか——。

そして始まったのが「赤星100軒マラソン」。2016年にスタートしてから延々9年の長期連載を終え、2025年4月に第100回を公開した。

やったね。そうですね。とうとう、やりましたね。本当に100軒やるとは思わなかったね。そうですね。でも、いい店、多かったねえ。そうそう、思い出すだけでも、また行きたくなるねえ……。

静岡駅で途中下車してでも寄りたい「正統派100年居酒屋」

第100回目の取材を終えたとき、スタッフは互いを労う言葉をかけあったのだが、飛び交う慰労の言葉を縫って耳に飛び込んできたひと言がある。

「じゃ、シーズン2、いつから行きますか?」

シーズン2って? 嘘だろ? そう思ったが、嘘ではなかった。若いスタッフは歯切れよく言ったものだ。 

「次、どこに行きたいですか?」

と、いうことで、100軒走破おめでとう会の感涙も乾ききらぬ4月中旬。私たちは、新装開店した「赤星酒場見聞録」の第1回取材に出たのです。場所は静岡。どこがいいですかと訊かれた私がまっさきに思い浮かべた、駿府のある老舗へと旅立った。

静岡駅で途中下車してでも寄りたい「正統派100年居酒屋」

新幹線を下車し、静岡駅の北口は静岡のまさに中心地。駿府城跡まで歩いてすぐだし、静岡県庁も静岡市役所もある。駅から東海道を渡って両替町通りへ入ると、左手に徳川慶喜公のかつての屋敷で、現在は料亭、レストラン、催事場など兼ねた「浮月楼」がある。

そして、本日の目的の酒場は、そのさらに少し先の右手。「萩錦」の灯篭のある、店名を白抜きした藍の暖簾がかかった店、「多可能」だ。

静岡駅で途中下車してでも寄りたい「正統派100年居酒屋」

たかの、と読む。

灯篭の横にはビールケース、板壁の前には自転車1台。間口はさして広くない。ぼんやりしていたら見過ごしてしまいそうなさりげなさの構えだが、暖簾をくぐると別世界が迎えてくれる。正面にテーブル、左手が小上がり。奥には座敷があるようで、右手には7,8人は座れそうなカウンターがあり、その奥が、厨房である。

過去へと誘われる空間

静岡駅で途中下車してでも寄りたい「正統派100年居酒屋」

カウンターの正面に、びっしりと黒い木の札がさがっている。これが品書き。黒々とした板にチョークで酒肴の名が記されて、それがずらりと並び、黒光りする壁のようにも見える。

荘厳、と言うと大袈裟に聞こえるだろう。なにしろ、居酒屋である。けれど、長い時間を経た空間しか醸し出さない気のようなものが漂うように感じられる。古い寺院に入ったとき、ちょっと湿った空気に刺激されて現在の時間から過去へと誘い込まれるような気分になることがある。

あれに、似ていると言えば、やはり大袈裟だろうか。私はここへ来るのは今回で4度目だが、来るたびにこの感覚に包まれる。

静岡駅で途中下車してでも寄りたい「正統派100年居酒屋」

カウンターの席を1席お借りして、さっそく飲み始めよう。

カウンターのどら鉢(底の深い大皿)には、巻貝が盛られている。3種類もあって、どれを選んだものか迷ったが、この界隈では「海つぼ」と呼ばれるバイ貝にした。ほかに、真鯛の煮付けを頼む。もちろん、ビールは赤星である。

静岡駅で途中下車してでも寄りたい「正統派100年居酒屋」

「赤星は、私が好きで置いているんです。生もサッポロの『静岡麦酒』。評判いいですよ。うちでは他の会社の生も瓶も置いているけれど、瓶ビールでは圧倒的に赤星が出る。私自身、赤星のコクと味が好きだし、赤星を置いている他の店についても、どこかこう、何かひと筋、通している感じがしますね」

そう言ってにっこり笑うのは、この店の4代目、高野晋さん。20歳で店に入って34年、今年、54歳になった。創業1923(大正12)年という超のつく老舗酒場を、家族とともに切り盛りする。3代目にあたるお父様も、1944(昭和19)年生まれで81歳になるが、現在も店に出ている。

静岡特産の魚介、めくるめく

静岡駅で途中下車してでも寄りたい「正統派100年居酒屋」

さて、うまそうな真鯛に箸をつけよう。

ほろほろと身を崩し、煮汁の染みたところと、そうでないところと、半々ずつくらいに口に入れる塩梅。まあ、あくまでそんな気分で、口に運ぶのだ。ほどよい味わいの奥から鯛の身の若々しさが伝わってくる。そして、海つぼ。

バイ貝は全国津々浦々、いろいろなところで出会ってきた。こちらの店では本日、磯ツブと灯台ツブも並んでいたが、いずれの巻貝もサイズがしっかりと大きくて、見るからに中身が充実している。日によっては、ナガラミも出るという。巻貝ひとつをとっても種類は実に豊富。駿河湾の美味を知る人々が常連だから、それも当然というべきなのかもしれない。

静岡駅で途中下車してでも寄りたい「正統派100年居酒屋」

楊枝で貝の身をほじりだし、肝までがぶりと口に入れて噛み、複雑にして深い貝の味を心にとどめ、赤星をぐいっとやる。はあ、うまいねえ。どこかの磯か漁港で、寸胴鍋で湯掻いた貝を肴に飲むような爽快な心持ちだ。

駿河湾では3月にシラス、4月初旬には桜エビの漁が解禁になっている。まさに旬の味覚。
食べずに帰るわけにはいかない。

「桜えび天と、シラス、お願いします」

静岡駅で途中下車してでも寄りたい「正統派100年居酒屋」

「はいよ。今日は、生シラス、入っています。シラスはね、私は用宗が一番だと思いますよ。身がピンとしています」

シラスも桜エビも駿河湾の名産だ。静岡市内用宗のシラス漁は、沖合で揚がったばかりのシラスを氷漬け船上で氷漬けにするという、徹底した鮮度優先で漁獲される。故に、身が引き締まっている。

その、薄い銀色の生シラスを、ショウガ醤油でいただく。身の充実ぶりから推測するに、用宗のシラスは栄養がいいのだろう。元気でぷりぷりしていて、小鉢に盛られた1人前を一気に啜り込んでしまいたくなる。

100年続くのには訳がある

静岡駅で途中下車してでも寄りたい「正統派100年居酒屋」

桜エビの天ぷらはかき揚げ風で、食感は見た目のとおりパリパリとしているのだが、噛むとよく香って、思わず、微笑みがこぼれるほどうまい。合わせて頼んでおいた、タケノコ煮と交互に箸をのばすと、なんとも言えない、この季節ならでは味覚で、飲兵衛を楽しませてくれる。

このうまさがあるからこそ、「多可能」は102年にもわたって愛されてきたのだろう。

静岡駅で途中下車してでも寄りたい「正統派100年居酒屋」

カウンターから、座敷席に移動し、取材隊と合流して飲む。今回始まった新シリーズの編集はWさんが担当、写真はK子さんが撮る。お二人ともベテランで、私はただひたすら、安心しきって酒を飲んでいればいい。

3人で仕事をするのはこれが初めてだが、「多可能」の魅力にひき付けられた3人は、すでにして心をひとつにして仕事に集中している。というより、ビールと絶品の酒肴に、集中力を吸い取られている。

静岡駅で途中下車してでも寄りたい「正統派100年居酒屋」

奥には立派な神棚がある。その手前に、きれいな花が飾ってあった。店に置く日本酒は地元の「萩錦」のみだが、その仕込み水に用いる川の水辺で育った花だという。名前はオランダカイウ。江戸時代にオランダ船で日本に運ばれた花だそうで、白い花に見えるのは、花苞と呼ばれる葉であるという。真綿のような上品な白が目に鮮やかだ。

せっかくだから、この花を育てる水で仕込まれる土地の酒もいただこうか。

変わらないことの凄み

静岡駅で途中下車してでも寄りたい「正統派100年居酒屋」

ガラス徳利の「萩錦」を燗で注文する。ご主人は、カウンターの奥に私を導いた。なんだろうと思って近づくと、見事な燗銅壷がそこにあった。

銅製の筒に徳利を入れて蓋をし、お燗をつけるのだが、すごいのは、その古さ、渋さ、そして数である。ざっと見ただけで、30〜40本くらい一度に燗付けできる。こんな立派な燗銅壷を、私は他所で見たことがない。こんなに必要か? と思いつつ、店を埋めた客たちが次々に燗酒を注文するような夜には、これくらいあってちょうどいいのかもしれない、と思い直した。

静岡駅で途中下車してでも寄りたい「正統派100年居酒屋」

追加のつまみは、マグロのすきみ。脂がのっている部分だが、この丸み、甘さが、燗酒によく合うのだ。タケノコや桜エビ天にも箸をのばしつつ、猪口の酒を一杯、二杯と重ねれば、時刻はまだ夕刻と宵の口の間なのに、早くも陶然としてくるようだ。

いい。実に、気分がいい。

静岡駅で途中下車してでも寄りたい「正統派100年居酒屋」

ふと見ると、カウンターの隅に、お客さんの姿があった。この席は、私がカウンターのほぼ中央の席で飲み始めたしばらく後には、予約席としてキープされ、空席になっていた。私が注目したのは、卓上にはすでに、ジャックダニエルズのボトルが置かれていたからだ。

そこに、お客さんの姿があった。驚くべきことに、高齢の女性である。ご主人に訊くと、毎日来る常連さんで、お父様の同級生。今年、80歳という。

毎夕、決まった席でジャックダニエルズを飲む80歳の女性か……。渋い。渋すぎるぞ。しかも、この女性、実にリラックスして、にこやかに談笑し、バーボンを飲むのである。この店は国産ウイスキーもあれば、スコッチはブレンデッドとシングルモルトの両方を揃えている。私はビール好き、スコッチ好きの62歳であるが、今から18年後に、彼女のようにゆったりと落ち着いて、夕方のウイスキーを傾けることができるだろうか……。

はんぺんフライに快哉

静岡駅で途中下車してでも寄りたい「正統派100年居酒屋」

そんな思いを巡らせていると、背後で、おお! という声があがった。はんぺんフライが運ばれてきたのである。ハムカツか? コロッケか? というほどのボリューム感を漂わせている。ソースでいくか、醤油でいくか。まずは何もつけずに齧ってみると、見た目どおりのボリューム感ながら、中身は魚のすり身なのだ。

これこそ本物の静岡のはんぺんだ……。何度か食べてみたことはあるはずなのに、私は驚きを新たにした。すっきりと軽いデュワーズのソーダ割りにもぴったり合いそうだし、このまま「萩錦」でもいいか? 瞬時考えるものの、答えはすぐに出た。

静岡駅で途中下車してでも寄りたい「正統派100年居酒屋」

もう1回、赤星だ。はんぺんフライの後には、おでんもいいし、手羽先やネギマなど焼き物へ流れるのもいい。なにしろよく冷えた赤星は冷蔵庫にまだまだあるのだぞ。

記念すべき赤星酒場シーズン2の第1回も、どうやらけっこうな深酒になりそうな勢いだ。

静岡駅で途中下車してでも寄りたい「正統派100年居酒屋」

(※2025年4月18日取材)

取材・文:大竹 聡
撮影:衛藤キヨコ

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