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100軒マラソン File No.74

神戸三宮「思い出の高架下商店街」にモダンな酒場空間を見つけた

「スタンド クラシック」

公開日:

今回取材に訪れたお店

スタンド クラシック

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※撮影時以外はマスクを着用の上、感染症対策を実施しております。

25年前の記憶がよみがえる

神戸三宮の駅に着くと、いつも、少し気持ちが上ってくる。

三宮から元町へと続く400mほどの高架下商店街「ピアザ神戸」は、ファッション、アクセサリー、雑貨、飲食などなど、あらゆるジャンルの小さな店が軒を連ねる賑やかな一画で、私が三宮という街に初めて足を踏み入れた1997年以来、神戸を訪れるたびに必ず歩いてきた商店街である。

神戸三宮「思い出の高架下商店街」にモダンな酒場空間を見つけた

サッポロラガービール“赤星”が飲める店を訪ね歩く「赤星100軒マラソン」で三宮を訪ねるのは初めてのことだ。関西のビール事情に疎いワタクシですが、さて、どんなお店に巡り合えるのか、それを想像するだけでも、気持ちはさらに上がってくるのです。

目当ての店は「スタンド クラシック」。店があるのは「ピアザ1」という通りの北側に隣り合わせる、やはり高架下の「阪急西口商店街」です。出かけたのは11月の中旬のことで、そろそろ夕方という時刻ですが、店でのお約束にはまだ少し時間があった。

神戸三宮「思い出の高架下商店街」にモダンな酒場空間を見つけた

それで周囲をぶらぶらしてみると、見覚えのある、懐かしい食堂の暖簾が見えてきた。阪神淡路大震災から2年が過ぎた頃、私はフリーの雑誌記者として、震災後の神戸の復興と、全国から寄せられた義援金の分配について取材して歩いた。

兵庫県、神戸市、日本赤十字、被災者が避難した仮設住宅、火災の被害が深刻だった長田地区などを歩いて回ったそのとき、三宮に宿を取っていた私は取材の後で一軒の食堂に入ったのだ。

ビールを飲みながら、土地の人たちの話に耳を傾けた。この店のある一角が受けた被害のすさまじさを、私はここで知った。私より後から店に来た人が、よく見ると先刻まで取材させていただいた相手であったりして、私は急に打ち解け、話に真摯に耳を傾け、街の人も、行政の人も、医療従事者も、みんながおしなべて被災者であるという現実を、素直に理解することができたのだった。

神戸三宮「思い出の高架下商店街」にモダンな酒場空間を見つけた

もう25年も前の話になるが、同じ小路を通れば、記憶は鮮やかによみがえる。そうこうしているうちに、今回の、目当ての店の入口に、立ったのである。

酒好きの心のツボをおさえた店

入口は決して広くない、うっかり見落として通り過ぎそうになるドアなのだが、階段を上がると、薄暗がりに魅惑的な空間が広がっていた。食堂とか大衆酒場とか、少しばかり古さをまとった店がよく似合う高架下商店街に、モダンな酒場空間があったのだ。

神戸三宮「思い出の高架下商店街」にモダンな酒場空間を見つけた

一見するとバーのような雰囲気。カウンターはあまり高くないが、店の営業スタイルは立ち飲みで、奥にはスタンディング用のテーブルもある。

カウンターの内部にはひとりの女性。居酒屋の店員さんというより、やはり、女性バーテンダーのように見える。空間のモダンさと、陰影をもたらす照明のために、店は、落ち着いた、しっとりとした空気に満ちている。

神戸三宮「思い出の高架下商店街」にモダンな酒場空間を見つけた

ああ、いい店だな。そう思いながら、開店と同時に入店した一番乗りの私はカウンターのほぼ中央に、立ってみた。

頭上は吹き抜けで、その上層階にも天井を設えず、つまりは屋根裏まで空間が広がる贅沢な演出を施してある。

神戸三宮「思い出の高架下商店街」にモダンな酒場空間を見つけた

そして、カウンターの女性の上方に目を転じれば、左右に巨大なスピーカーが設置され、ジャズが流れている。なかなかの音量で、質もいい。この音を楽しみながら夕方のビールをやる……。なんだか、いきなり、たいへん贅沢な時間に突入したようだ。

「赤星と、茄子の揚げびたしをください」

神戸三宮「思い出の高架下商店街」にモダンな酒場空間を見つけた

つまみのメニューを見ると、品数は豊富でバリエーションにも富む。

この日の刺身は、ぶり、しめさばサーモン、まぐろ、かつをの5種。他にも魚介をアレンジしたアテが多く、炙りしめさばガリ、ぶりカルパッチョ、バジルサーモン、まぐろ漬け卵黄、マスコデラックス、蒸し穴子のつまみ、いわし南蛮漬、丸干しもみいか炙り、かま塩焼き、銀だら西京味噌焼、と魅力的な文字が続く。

ほかにもあん肝ポン酢、チャンジャ、ホタルイカ沖漬、このわた、など、いかにも日本酒に合いそうな珍味系もずらりと顔をそろえている。

神戸三宮「思い出の高架下商店街」にモダンな酒場空間を見つけた

うむむむ。若者受けしそうな印象の店ではあるが、ここは我等酒好きの心のツボをおさえているようだぞ……。

還暦間近のオジサンは、にわかに盛り上がる。初めての店で飲む、最初の赤星がまた格別だ。冷たくて喉越しがよく、それでいて丸みのあるビール。オーソドックスなビールが、その時刻の気分にぴたりとはまってくる。

神戸三宮「思い出の高架下商店街」にモダンな酒場空間を見つけた

飲むのは、小さなジョッキ。ひと口で軽く飲み干せる絶妙なサイズで、くいっとやり、すぐに注いでまたくいっとやれば、さらに爽やか。茄子の揚げびたしの、ほんのり甘くやさしい味を引き立たせる。

うまいねえ……。

神戸三宮「思い出の高架下商店街」にモダンな酒場空間を見つけた

ここではスマートに、クールに酔いたい

ひと息ついて、カウンターの中の女性スタッフ、國富菜々美さんに声をかけます。

「どんな年代のお客さんが多いんですか」

「かなり幅広くて、最近は大学生もいらっしゃいますし、もちろん年配の方も。中には親子で来られる方もいらっしゃいますよ」

神戸三宮「思い出の高架下商店街」にモダンな酒場空間を見つけた

なるほど、居酒屋でもあり、同時におしゃれなスタンディングバーでもあるこの空間なら、どんな世代がそこに立っていても違和感はないだろう。

ふと思い出したのは、入店するとき、入口のシブいドアに貼ってあった、「ナンパお断り」、のひと言だ。

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「このお店、ナンパ禁止なんですか」

「はい、そうです。女性ひとりのお客様は普通にいらっしゃいますが、お酔いになったお客さんがしつこく話しかけていたりすると、お店から女性のお客様のほうに、ご迷惑だったら言ってくださいと、お伝えします」

なるほど。スマートなやり方だ。

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薄暗い店内、ほどよい間接照明、音質のいいBGM。そして、かつてお寿司屋さんだった名残りという、少し低めの、がっしりとしたカウンターなど、もろもろの条件が揃っているから、酒はうまいし、麗しい女性のひとり客に声をかけてみたくなるのも人情というものかもしれない。が、そこは、店と同じく、クールにいきたい。

追加のつまみの、まぐろの刺身を醤油にちょっとつけてから口へ運び、赤星をまた小さなジョッキで1杯いただく。

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このとき、かかっていたのはジャズ。なかなかシブい。けれど、誰だったかな、と、すぐに答えが出ない。そこで、スマホのアプリで検索をかけてみると、ラリー・ヤングという人の名前が出てきた。

キーボード奏者としてジョン・コルトレーンや、ロックのジミ・ヘンドリクスなどと仕事をした人らしい。不勉強にして知らなかったのだが、この「ストリート・シーン」という曲、すばらしいのだ。こんな楽曲が、有線なのか? 名曲がさり気なく流れて来るのも、こちらの人気の原因なのかもしれない。

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そこへ、やってきました、マスコデラックス。

國富さんに伺うと、

「サケを炙ってその上に半熟の卵をのせて、さらにイクラをかけています」

神戸三宮「思い出の高架下商店街」にモダンな酒場空間を見つけた

マスコ(イクラ)のデラックスというから、これでもかと盛ったイクラ丼かと思っていたら、サケの親子丼ぶり・半熟卵のせ・メシ抜き、みたいなものが出てきて、私の予想を超えた。

これは日本酒かな。そう思って店のお薦めを見ると、4品の中に奈良の「風の森」と和歌山の「紀土」がある。すばらしい。順番にいただこうと中野さんに注文すると、風の森は最近の人気ですね、という答えが返ってきた。

神戸三宮「思い出の高架下商店街」にモダンな酒場空間を見つけた

居心地よし、肴よし、価格も手ごろ

店には、吹き抜けの上方に3階部分もあり、温度管理をした小部屋に、全国の銘酒が取り揃えられている。

自分好みの日本酒を飲みたいとき、この酒部屋へ行って自ら選び、それを瓶ごと2階に持ってきてグラスに注いでもらうという、実に洒落たシステムをとっているのだ。

神戸三宮「思い出の高架下商店街」にモダンな酒場空間を見つけた

実際、私たちの後に来られたお客さんたちの多くが、いったん3階へ上がり、酒瓶と一緒に下りてきて、スタッフに注いでもらうという楽しい儀式を行っていた。

つまみは、卵ついでにと、明太子のだし巻を追加、さらには、締めではないけれど、これも店の特徴のひとつである「のりすし」を注文した。のりすしとは、漬け物系、魚介系、珍味系、アレンジ系と豊富なネタを選べる、いわば手巻き寿司だ。

神戸三宮「思い出の高架下商店街」にモダンな酒場空間を見つけた

ぶり、サーモン、しめ鯖あたりの魚介系に人気があり、昨今では、締めと言わず飲みの前半で注文する人も多いと聞く。私は、軽く悩んで、かにみそにしてみた。

これも、なるほどという旨さだった。286円という手軽な価格がまた嬉しい。

神戸三宮「思い出の高架下商店街」にモダンな酒場空間を見つけた

さて、そろそろ河岸を変えて本格的にいこうか。そんなタイミングで店内を見まわせば、男性の3人づれ、女性のひとり客、それからカップルが2組、おもいおもいに夕刻の酒を楽しんでいるのだった。

馴染みやすく、居心地がよく、肴はうまくて価格も手ごろ……。

三宮に、また1軒、いい止まり木を見つけた。

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(※2022年11月14日取材)

取材・文:大竹 聡
撮影:須貝智行

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