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100軒マラソン File No.10

田端駅北口、驚異の「魚河岸料理」に痺れた夜

「初恋屋」

公開日:

今回取材に訪れたお店

初恋屋

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田端駅の北口に、いい店があるよ――。

そういう情報はかねてより聞いていたけれど、駒込、田端、西日暮里あたりは不案内でもある。

けれど、ゆっくり飲んでみたい土地であることは間違いなく、長く、気になってきた。

そして某日のことだ。ついに、チャンスが来た。

訪れたのは田端駅北口から近い「初恋屋」という店。正式には「魚河岸料理 初恋屋」。開店に合わせて出かけ、店の前から看板を眺めたときに、すでにして期待に胸が膨らんだ。

■コンセプトは、安くて量が多いこと

魚がうまいと察しがつく。そう思いつつ店へ入り、席に座って驚いた。

この店、おそろしく、安い。刺身の一人前がだいたい400円台なのだ。それも小鉢のマグロブツ、というわけではない。

田端駅北口、驚異の「魚河岸料理」に痺れた夜

品書きを見ると、寒ブリに赤貝、マダイ、マアジ、赤エビが450円、クジラ、エンガワ、トロサーモンは480円、生シラス、マグロブツ、アオヤギは、ああ、390円!

マグロのカマトロがちょうど500円で、ウニとホタテのみ、630円という値付けであった。これはちょっと安すぎる。

いったいどんな刺身が出てくるのか……と、私が疑ったかというと、そんなことはない。カウンターには、3人前以上くらいの刺し盛り用の木桶のほかに、ひとり客でもたっぷり食べられるくらいの大きさの、やはり木製のゲタ(付け台)が重ねてあるからだ。

つまり、それだけ、刺身の注文が多いということ。注文が多いということは、客が喜んでいるということ。そんなことが瞬時にわかるからだ。

田端駅北口、驚異の「魚河岸料理」に痺れた夜

「刺身がメイン。コンセプトは、安くて、量が多いことですね」

ご主人の周東真貴さんがさりげなく言う。

田端駅北口、驚異の「魚河岸料理」に痺れた夜

店は今年で開店から40年になるが、周東さんが継いだのは6年前。ただし、前オーナーの時代から、いい魚を安く、そして量を多く出すことをモットーにしてきた。周東さんは、その商いの心も、しっかり受け継いだのだ。

「前のオーナーが引退するときに、引き継がせてもらったんですよ。私も、チェーンの居酒屋で20年ほど働いてきたので、仕事はひととおりわかってました。前のオーナーと一緒に1ヵ月働かせてもらって、そのまま引き継ぎました。お客さんもそのまま継いだから、今も、常連さんの6~7割は、先代からのお馴染みさんなんですよ」

田端駅北口、驚異の「魚河岸料理」に痺れた夜

毎日、市場へ仕入れに出かけ、自分の目で確かめていいネタを探し、仕入れる。それをできる限り安く提供する。それが、この店のスタイル。

安く売るにはそれなりの仕入れ量が必要だし、仕入れた分はその日のうちに捌いてしまわないと、うまい刺身を安価で出すことはできない。だからこの店には、決まりがある。

もうすでに酔っ払っている人と、刺身を頼まない人はお断り。

田端駅北口、驚異の「魚河岸料理」に痺れた夜

冗談でもなんでもない。ここでは、これが掟。なにしろ、刺身の価格から推して知るべしというものだが、他の豊富な酒肴と酒そのものも、きわめて安価なのである。

たとえばビールの中瓶。これ、500円だ。ありがたい値付けだと思う。驚いてはいけないのは、「獺祭 純米大吟醸」磨き50の値段だ。一升瓶売りに限るけれど、なんと4980円。

嗚呼!と声が出ますな。1合500円とらない店、あんまりないんじゃないかなあ。だから、すでに出来上がっちまっていて、こちらでロクに飲めねえ、ということになると、具合が悪いわけですね。

田端駅北口、驚異の「魚河岸料理」に痺れた夜

■「安くやっている分だけ、そっ気ないですけどね」

で、こちらのビールは、常連さんの希望で赤星も置いてある。普通に出るのは黒ラベルだから、赤星希望の人は申し出ないといけない。

それはさておき、最初のつまみが出て参りましたよ。刺し盛り、1人前をお願いいたしましたところ、カマトロ(500円)、寒ブリ、真アジ(それぞれ450円)の3品が出てきた。

田端駅北口、驚異の「魚河岸料理」に痺れた夜

ぴっかぴっかのネタですよ、いずれも。文句なしにうまい。

ひとりでお越しになる常連さんの場合、ビール1本に、酒を2杯、それで刺し身の3点盛りくらいを楽しみにされる方が多いらしい。

開店からほどなくして店は一気に混み始め、ご主人の手は休むことなく動くから、必然的に客との雑談時間はなくなっていく。

「安くやっている分だけ、そっ気ないですけどね」

ご主人はそう言って笑うけれど、表面ばかり慇懃なサービスをされるより、さあ、旨い肴で飲んでくれと態度で示されたほうが、むしろ楽しいというものだ。

田端駅北口、驚異の「魚河岸料理」に痺れた夜

編集HさんとカメラのSさんもテーブルに加わり、さあ、喰うぞ、飲むぞ、というタイミングになったとき、「3人いたら、それじゃ足りないでしょ」と今度は大きな木桶が出てきた。

中をのぞくとクジラ、マダイ、赤貝、生シラス、赤エビが盛大に盛りつけられている。

田端駅北口、驚異の「魚河岸料理」に痺れた夜

クジラに、おろしにんにくをちょいとのせて醤油につけて口へ滑り込ませれば、クジラといえばクジラベーコンか竜田揚げを思いうかべる私の思考を一気に刷新するうまさである。

赤貝の食感、赤エビのぷりぷりの身の甘さ、そして、こりこりとしていたと思ったらとろりと口の中で溶けるマダイ。いずれも甲乙つけがたいのでありますが、ここで、ああ、と思いだすのが、桶の隅にちょこんと鎮座する軍艦巻きだ。

ネタはのってない。ご主人によれば、酒を飲む前に腹に何か入れてもらいたいという心遣いとのことなのだ。

つまり、頼んだ魚介の何かをこの軍艦巻きのネタにしてまずはパクリとやってください。そういう配慮なのだ。

ありがたいねえ。と思うこのとき、私はすでに酒を進めてしまっているのだけれど、途中で食べる軍艦もうまい。

田端駅北口、驚異の「魚河岸料理」に痺れた夜

私は、まだ少し残っていた真アジと、今回の桶に入っていた生シラスとを軍艦巻きのネタとし、おろししょうがをたっぷりのせて醤油を少しばかり。大きく口を開けて中へ放り込めば、小さな海鮮丼モドキが完成した感動を味わうのである。

そこへ、「ヒレカツもどき」という一品が出てきた。これはじつは、マグロのフライ。

田端駅北口、驚異の「魚河岸料理」に痺れた夜

Hさんはソース、私は醤油で食べる。一緒に口入れて、一緒に目を丸くする感じになった。

うまい。しかも4個で350円。痺れます。感動のためしばし口を聞けられない。

■うまいものをたんまり喰った満足感

ここは、大発見だなあ、と素直に思う。これからの季節、牡蠣、タラ、ブリと、うまいものの季節がつづく。

鍋もいいなあ、と思いながら壁を眺めれば、そこに、ねぎま鍋700円、なんて品書きを見つけたりもする。こちらの店のネタで鍋やって、うまくならないわけがなかろうという気がして嬉しくなる。

田端駅北口、驚異の「魚河岸料理」に痺れた夜

ご主人に聞けば、お客さんは近隣の人ばかりでなく、電車に乗ってやってくる人も少なくないという。私も、田端から自宅というと遥かに遠いわけだが、酒好き、魚介好きの知り合いたちと会うときに、予約を入れて立ち寄ってみたいと思うのだ。

店の名にちなんで懐かしいあの人と、なんてことを思わないでもないが、それも叶わぬ夢ならば、飲み友達の3,4人と誘い合わせて、ひとりでは食べ切れない美味なる酒肴の数々に箸を伸ばしてみたい。

そんなことを思っているところへ、出ました、マグロのカマ焼き(390円!)。

田端駅北口、驚異の「魚河岸料理」に痺れた夜

スマホの待ち受けとか、パソコンの壁紙にでもしたいくらい立派なカマ焼きには、まっしろな大根おろしが添えられているだけ。そこに醤油を垂らし、箸でちぎったカマの切れはしに大根をのせて口へ運ぶ。

なんて、うまいのか。ため息が出るほどのものだ。カンパチなど大型の魚の頭の肉もうまいけれど、マグロのカマもすばらしい。

白飯に乗せて掻きこみたい気もするし、少しずつ味わいながら燗酒を頼むという手もある。もちろん、カマ焼きを、その夜の席の序盤に頼むのであれば、よく冷えた瓶ビールや酎ハイ系に合うことは間違いない。

箸は、あちこちへ進む。グラスのビールは着実に減り、1本、また1本。入店時にはまだわずかに残っていた日もすっかり暮れたころ、店を出れば身体はポカポカと温かい。

うまいものをたんまり喰った満足感が、腹だけでなく、胸の裡も温めてくれるのでしょうか。

田端駅北口、驚異の「魚河岸料理」に痺れた夜

取材・文:大竹 聡
撮影:須貝智行

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