二人の小説家がリレー形式で、赤星を交えて創作観について語り合うこの企画。綺羅星のような物語はどのように生まれたのか? 心を揺さぶる言葉はどう紡がれていったのか? 二人の間にはいつも美味しい料理と赤星があります。
第3回となる今回は、前回登場の町田そのこさんが、お相手に芦沢央さんを熱烈ご指名。すき焼きに舌鼓を打ちながらの初対面は、酒好き同士ということで最初から大いに盛り上がりました。
酔っ払って書いた原稿は使い物にならない!?
町田 私、芦沢さんの『今だけのあの子』がめちゃくちゃ好きで、ぜひ一度お会いしたかったんです! こうして大好きな作家さんと一緒にお酒が飲めるんだから、本当にいい企画ですよ。
芦沢 ほんとですか? 嬉しいです! 私は私で、あちこちで「町田さんは本当に楽しい人だよ」ってお聞きしていたので、今日は楽しみにしていました。
町田 皆さんが楽しいかどうかはさておき、お酒の席なら私はなんでも楽しいです(笑)。というわけで、まずは赤星で乾杯させてください。
芦沢 そうですね、かんぱーい!
町田 芦沢さんは、普段からけっこうお酒を飲まれるんですか?
芦沢 そうですね。顔色はあまり変わらないんですけど、飲めば飲むほどハッピーになるタイプです(笑)。
町田 それ、一番いい飲み方じゃないですか!
芦沢 そういえば、このシリーズの前の回で、町田さんは仕事を終えてから飲むようにしているとおっしゃっていたのを拝見しました。
町田 ですです。仕事終わりのご褒美として、なるべく18時まではガマンしてます。
芦沢 私も同じなんですよ。それに飲むとハッピーになってしまって、原稿なんてどうでもよくなってほっぽり出しちゃうので(笑)。
町田 そもそも、酔っ払っていてはまともな文章は書けないですものね。タイプミスも増えるし。
芦沢 酔って気持ちよく書いている最中は、「私、天才かも?」なんて思うこともあるんですけど、翌朝読み返してみると、たいてい使い物にならないし。やっぱりお酒は仕事終わりまでガマンするのが一番ですね。
赤星はかっこよくて「オトナ」のイメージ?
店員 こちら、「水なすのひばり和え」になります。そら豆をつぶして和え、衣にしたものをひばり和えと呼びます。そら豆の旬がちょうどひばりが鳴く頃であることから、この名がつきました。
町田 おいしい! その雅な感じもステキだし、これは家の冷蔵庫に常備しておくと、いいおつまみになりそうですね~。
芦沢 たしかに! これは本当に、お声掛けいただいた町田さんに感謝ですね。
町田 じつは私、少し将棋をやるんですよ。だから芦沢さんが将棋を題材に書かれた『神の悪手』を、周囲の将棋ファンに猛プッシュしているんです。
芦沢 わあ、ありがとうございます。『神の悪手』は、将棋愛が溢れすぎてしまった気もしていて、どこまで楽しんでいただけるか不安に思ってもいたので、そう言っていただけると嬉しいです。
町田 あと『夜の道標』もすごく良かったです! あの作品って、児童虐待とか障害児教育とか、いろいろ難しい題材と向き合いながら、しっかりミステリーしているじゃないですか。単純に一読者として、とてもハラハラしました。
芦沢 そんなに褒めていただけると、いつも以上にビールが美味しいです(笑)。
町田 でも本音ですよ。ミステリーを書いてみたいけどその力がない私としては羨ましくもあるし、「どうやって書くんだろう」という純粋な興味もあります。
芦沢 もう、どうしましょう。こんなに褒めてもらえるなら、毎回呼んでほしいですよ。
町田 私、好きなものは好きって、ちゃんと言うようにしているんです。気持ち悪かったらごめんなさい(笑)。
芦沢 いえいえ、気持ち悪いなんてとんでもない! むしろ、早くもめちゃめちゃ気持ちいいですよ。
町田 とくに好きな人というのは、会える時に好きって言っとかないと、言う機会がなくなっちゃうかもしれないじゃないですか。でも、極めて善良なファンのつもりなので、警戒しないでくださいね。
芦沢 ありがとうございます。ビールも肴も美味しいし、最高すぎます!
町田 ちなみに好きなお酒ということで言うと、人それぞれ体に合う合わないがあるじゃないですか。私はもう、とにかくひたすらビールなんですよ。
芦沢 私はわりと何でも飲みますけど、ビールも大好き。とくに赤星って、昔からかっこいいイメージがあるんです。小説家にあるまじき語彙ですけど(笑)。
町田 でもわかる! そもそもこのボトル自体、ちょっとオトナな感じがしますしね。
芦沢 たしかにそうかも。学生時代、赤星の瓶ビールを飲めるようになった時に初めて、「あ、私ちょっとオトナになったかも」と感じたのを思い出しました。
赤星を通じて体感する、亡き祖父の思い出
店員 続いてのお料理です。右から順に、ホタルイカの生姜醬油漬け、墨ごぼう、花びら百合根、蕗の青煮、ローストビーフ、和牛コロッケになります。ローストビーフは塩もしくはわさびでお召し上がりください。
町田 わあ、どれからいただこうか、悩んじゃいますね。
芦沢 うーん、すべてがお酒に合うように調理されているのが素晴らしい。どれもビールの炭酸と苦みとの相性が絶妙で、「ああ、生きてるなあ」って感じがしますよ。
町田 私のおじいちゃんも赤星が好きだったなあ。もう亡くなっちゃいましたけど、それでもこうして同じ味を楽しんでいるのって、いまでも繫がっているようで満足です。
芦沢 それ! そういうのが小説家っぽい表現ですよ。私は「かっこいい」なんて中学生みたいなことしか言えなかったのに(笑)。
町田 よっしゃ、今日はちゃんと仕事したぞ。これが小説家の仕事なのかは置いておくとして(笑)。
芦沢 そういえば、町田さんは「女による女のためのR-18文学賞」からデビューされていますよね。じつは私もデビュー前に応募したことがあるんですよ。
町田 え、そうなんですか?
芦沢 彩瀬まるさんが受賞した年なので、第9回ですね。それが初めて最終候補まで残った経験でした。
町田 なんと! 私が第15回なので、世が世なら直属の先輩だった可能性もあったわけだ。
芦沢 そうですね(笑)。最終候補に残ったことで自信をつけて、「今度は長編にチャレンジしてみよう」と書き上げた作品で野性時代フロンティア文学賞をいただき、デビューしたんです。
町田 それは知られざるご縁ですね。「R-18文学賞」って、面白い作家さんをたくさん送り出していますけど、何より選考委員の顔ぶれが素晴らしいですよね。
芦沢 そうなんですよ、まさに(当時の選考委員だった)山本文緒先生を追っかけて応募したんです、私。
町田 わかるなあ。私の時は三浦しをん先生と辻村深月先生で、最終まで残ればこのお二人に作品を読んでもらえるというのが、何よりのご褒美でしたもの。
芦沢 よくわかります!
町田 ところで、なんか横でずっといい匂いがしているなと思ったら――、めちゃめちゃ美味しそうなお肉が焼かれているじゃないですか。
店員 今回は米沢牛のコースになりますので。サーロインとリブロース2種類を種類をご用意しています。
芦沢 これは……美味しい……。口に入れた途端、一瞬だけ幸せに手が届くんだけど、すぐにふわっと消えてしまうので追っかけざるを得ない、そんな感覚ですよね。
町田 いまのはかなり小説家っぽい!
芦沢 がんばってみました(笑)。「うまい」しか言えないようでは呼んでもらった価値がないなと思って。
デビュー後も研鑽に励む二人の作家
町田 私、本屋大賞をいただいたのがコロナ禍の真っ只中だったので(2021年)、授賞式もちゃんとやれなかったんです。だから最近ようやく、こうして好きな作家さんたちと会って飲んでお話できるのが、本当に楽しいんですよね。
芦沢 ああ、そうか。そういうタイミングだったんですね。でも、こうして同業者との接点が増えてきたことで、後輩作家さんたちからアドバイスを求められることもありませんか?
町田 それが、「R-18文学賞」から出てきた若い作家さんたちとは、ほとんどお会いする機会がなくて。警戒されてるのかな?
芦沢 でも実際、いざ小説作法について相談されたとしても、難しいものがありますよね。本当に人それぞれだから。
町田 そうですね。誰かに憧れて作家になったとしても、書いていくうちに必ず個々のオリジナリティにたどり着くはずですし。
芦沢 たしかに。私も昔、川上弘美さんへの憧れが強すぎて、川上さんの劣化コピーみたいな原稿しか書けなかった時期があるんです。これではいけないと思って、一から文体の勉強をしようと、「白雪姫」のストーリーを序盤は山田詠美風に書き、中盤は吉本ばなな風に書き、ラストのオチを星新一風に書いてみる、というような修行をやっていました。
町田 へええ! 芦沢さんほどの人が、そんな地道なことを……。
芦沢 これは文体の構成要素とは何かを学ぶ、とてもいい機会でした。どうすれば似てしまうのか、どうすれば似ないのかを探るのにすごく勉強になったので。
町田 『今だけのあの子』の中に、そういう短編がありますよね。漫画家を目指す主人公が、最初は好きな作品を模写して、次にその漫画家の絵柄で他の漫画家の作品のストーリーをそのまま描いてみて、やがてパクリと言われないようにキャラクターの性別を入れ替えて描いてみたりして、スキルアップしていくというお話。まさにそういうことでしょう。
芦沢 ああ、まったく意識していなかったけど、そうですね(笑)。
町田 とにかくこの作品が好きすぎるので、今日はこの想いをご本人にお伝えできて心から満足です!
芦沢 いい日だなあ、今日は。デビュー後もせっせと修行に励んできてよかった!
町田 私もどうあがいても自分にはひねり出せない表現を見つけた時などは、そのつどメモに残して、何度も繰り返し眺めて考えるようにしているんですけど、芦沢さんはいまもそういうトレーニングのようなこと、けっこうされてるんですか?
芦沢 最近も、気になった作品については、冒頭から振り返ってプロットを抜き出すようなことはやりますね。
町田 え、それはちょっと面白いですね。
芦沢 たとえば、このテーマとこの設定なら普通はこういう展開を思いつかないでしょ、と感じた時にやるんです。そこで構成要素を全部抜き出して、プロットにしてみると謎が解ける。
町田 ああ、手間はかかるけど、理にかなってますよね。ミステリーに憧れている私としては、とても参考になるトレーニング法かも。
芦沢 やっぱり、こうして作家同士で情報交換をするのは大切ですね。まして、お酒を飲みながらやれるのが最高です!
町田 本当に、今後もいろいろ教わりたいので、あとでLINEをお聞きしてもいいですか?
芦沢 ぜひ、お願いします。これを機会に、今後ともよろしくお付き合いのほどを。
赤星を片手に小説家が食を楽しみ、会話を愉しむこの企画、次回は町田さんから彩瀬まるさんにバトンをつなぎます。どんなお話で芦沢さんと盛り上がるのでしょうか。次回をどうぞお楽しみに。
取材・文:友清哲
撮影:西崎進也