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赤星酒場見聞録 File No.2

静岡・青葉横丁に佇む、徹頭徹尾うまい「奇跡のおでん屋」

「三河屋」

公開日:

今回取材に訪れたお店

三河屋

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静岡おでんの聖地、青葉横丁へ

静岡・青葉横丁に佇む、徹頭徹尾うまい「奇跡のおでん屋」

「赤星」の呼称で親しまれるサッポロラガービールを飲み歩く「赤星100軒マラソン」の最終回掲載からほぼ2ヵ月。シーズン2として始まった「赤星酒場見聞録」が最初に訪ねたのは、静岡県静岡市の伝統酒場「多可能」でした。

そしてこのたびは、新装開店シリーズの第2弾といたしまして、同じく静岡市の名店をお訪ねします。

静岡・青葉横丁に佇む、徹頭徹尾うまい「奇跡のおでん屋」

駿府城公園に隣接して県庁があり、市役所はまたその隣だが、そこから常磐公園までの500メートルほどの区間は、広い通りになっている。青葉通りとか、青葉緑地と呼ばれている。並木が美しい遊歩道があり、彫刻などが展示されていて、ベンチでコーヒーを飲みながら本を読むのもいいし、しばらくブラブラするには最適の場所なのだ。

静岡・青葉横丁に佇む、徹頭徹尾うまい「奇跡のおでん屋」

前回訪ねた「多可能」からこの青葉緑地に出て左へ曲がり、3ブロック先の左手は、一方通行の出口になっているのだが、ここを入るとすぐ、右手にあるのが青葉横丁だ。

そして、その横丁の入口にあるのが、今回飲みに行く「三河屋」である。この1ブロック先で昭和通りを渡ると青葉おでん街という飲み屋街もあるので、お間違えなきよう願います。

静岡・青葉横丁に佇む、徹頭徹尾うまい「奇跡のおでん屋」

訪ねたのは土曜日の午後だった。飲みながら、食べながら、お話を伺いたいという図々しいお願いをご快諾いただいたのは、この店のご主人、木口元夫さんである。午後1時半に店へ入ると、夕方の開店までたっぷり時間があるのに、準備万端、整っていた。

カウンターのみの小さな店だ。今回の取材隊は、編集Wさん、写真のK子さん、営業さん、広告さん、それから私の5人だ。店のカレンダーを、予約のメモがみっちり埋めている店で、じっくり飲める。こんなに幸せなことが、ほかにあろうか。

静岡・青葉横丁に佇む、徹頭徹尾うまい「奇跡のおでん屋」

「ここは4坪。普通は11人。貸し切りのときは12人で詰めてもらうこともあるよ。もとは、オヤジが屋台を引いて始めたの。創業は昭和23年(1948年)。今年で、77年になるよ」

Tシャツに薄いブルーのエプロンをかけたご主人はにこやかに言う。77年。人で言えば喜寿だ。

「さっそく、赤星と、おでんをお願いします」

おでんは煮え、炭火は熾きて

静岡・青葉横丁に佇む、徹頭徹尾うまい「奇跡のおでん屋」

「うちでは初めての人には静岡3点盛りといって、牛すじ、黒はんぺん、こんにゃくをお出ししている」

「それを、いただきます」

取材日は4月中旬で、少し暑くなった。昼下がりの赤星が格別だ。カウンターの中、私の座った場所からいちばん近いところが、おでんの鍋。ここが煮込み場で、中央は揚げ場というのかな、フライを揚げるところ。その向こうが焼き場だ。痺れることに、炭火が熾きている。

静岡・青葉横丁に佇む、徹頭徹尾うまい「奇跡のおでん屋」

静岡3点盛りは素朴で純情な表情をしていた。

「お好みで出汁粉をかけてください。あと、青海苔もある」

ご主人がすすめた出汁粉とは、イワシやサバを乾燥させて粉にしたもの。それをパラパラふると、風味が一層増すわけだ。私は、出汁粉と青海苔を牛スジにハラリとかけた。しかし、それに手を付ける前にこんにゃくを齧ることにした。すると、しっかりした食感のこんにゃくから、おでんつゆの味がじわりと滲みだしてきた。

静岡・青葉横丁に佇む、徹頭徹尾うまい「奇跡のおでん屋」

「こんにゃくは、それ自体が無味だから、出汁がしみ込んでいるかどうか、よくわかるんですよ。だから、最初にこんにゃくを食べると、うちの味がよくわかる」

よかった。なんとなくこんにゃくを優先すべしと思ったからそうしたのだが、言われてみると、なるほど理にかなっている。そして、こんにゃくに沁み込んだ煮汁の味はどうだったか。塩気は強くなく、ドロリと濃すぎるわけでもないけれど、深くてパンチがある。
以前、大阪の超のつく老舗で、カツオ節からとる出汁をベースにして、クジラを煮込んだときで出るスープを加えたコクのあるおでんつゆを味わったことがある。しかし、あの味わいともちょっと違う。

さて、この汁は、いったい何者なのか。

静岡・青葉横丁に佇む、徹頭徹尾うまい「奇跡のおでん屋」

「牛のスープですよ。牛スジを使っています」

牛スジを丁寧に茹でて柔らかくしてから濃口醤油で煮込んで味をつける。それとは別にカツオの削り節、昆布などでとった出汁を加えてから、砂糖、味醂、濃口醤油、酒を足して味を調える。この煮汁を、毎日毎日継ぎ足して昭和23年から守り抜いてきたという。

濃厚で食べ飽きない味わいは、若い人はもちろん中高年の舌も満足させるはず。この深い味わいに、ドライ過ぎず、穏やかで、ビール界の中庸とも言えそうな赤星がよく合う。繊細な味にも、コクのある味にも、見事に寄り添ってくれる。

「赤星は、私が好きだったの。若い頃にダイビングをやっていてね。伊豆の旅館で飲んでおいしいと思った。オヤジの後を継いでここをやった頃に赤星にしたから、もう40年以上になるかな」

静岡・青葉横丁に佇む、徹頭徹尾うまい「奇跡のおでん屋」

出汁粉と青海苔をふりかけた牛すじは串から抜けて口へ入るとほどなくして溶けていった。焼酎に合い、日本酒に合う、このおでん。何本でも食べられそうな気がする。

そして、黒はんぺんだ。肉厚で、中身が充実している。東京モンの私が幼少期から知っている、白くふわふわで、いかにも軽いはんぺんとはまるで違う。宇和島のじゃこ天はいわゆるさつま揚げふうだが、どちらかというと、あれに近い。味わいは深みがあって、噛むほどにうまみが増すような気がする。こんにゃく同様、コクのある出汁が染み出してくる。

酒場のスーパースター

静岡・青葉横丁に佇む、徹頭徹尾うまい「奇跡のおでん屋」

ふと思い立って、ご主人の年齢を聞き、のけ反るほど驚いた。

「昭和19年生まれ。81歳です」
「まったくそんな年齢には見えません!」
「そうですか。お客さんには65歳って言ったこともある(笑)」

 65歳と言われて不思議には思わない。お顔には皺もないし、二の腕も逞しい。聞けば、今もダイビングをしているという。

静岡・青葉横丁に佇む、徹頭徹尾うまい「奇跡のおでん屋」

「若い頃は、トランシーバーやラジオを扱う会社でサラリーマンをしていたんです。そのときは山登りに出かけていたな。ダイビングを始めたのはこの店を継いだころから。昔は50メートルくらいまで潜ったよ。今は、最高でも20メートルくらいかな。もう、ダイビングショップのほうでも危険を感じているんじゃないかな(笑)」

81歳のスキューバダイビング。恰好いいねえ。酒場にはときに、こうした憧れの対象になるご主人や女将さんがいる。私は昨今、高齢だが、若いもんにまったく引けを足らずに働き、遊ぶ人たちを、酒場のスーパースターと呼んでいるのだが、三河屋の木口さんは、まさに、そのひとりだ。

静岡・青葉横丁に佇む、徹頭徹尾うまい「奇跡のおでん屋」

取材隊の諸君も、各々、注文をしたものを食べ、赤星を飲み、幸せな土曜の午後を楽しんでいるようです。

「たまごと牛すじと、それから静岡しかないのは、どれですか」

 広告、営業系の若手たちが、なかなか鋭い質問をしている。

「しのだ巻きだね。これは白焼きを油揚げで巻いてあるの。白焼きというのは、スケソウダラのすり身だね」
「それ、ください。あと、レンコン、焼いてください」

静岡・青葉横丁に佇む、徹頭徹尾うまい「奇跡のおでん屋」

見ると、たいへん太い立派なレンコンだ。あれを炭火で焼くのか……、たまらんな。

「ご主人、こちらもレンコンと、ピーマンも焼いてください」

口を突いたひと言であった。

茨城から取り寄せるレンコンが香ばしく焼き上がり、齧りつけば、ほんのり甘く、サクサクとした歯ごたえも抜群。塩コショウしただけというピーマンがさらに食欲をそそる。

静岡・青葉横丁に佇む、徹頭徹尾うまい「奇跡のおでん屋」

ある程度、撮影に目途が立った写真家K子さんも、大急ぎでみんなに追いつこうと、乗り出してきた。黒はんぺんを焼いてもらうか、それともフライにするか。そんな話題になったとき、私はあっと思い出して、アジフライを注文した。入店後すぐに、アジフライ400円というメニューの札が、目にとまっていたのだ。

私は、メニューにアジフライがあると決まって頼みたくなるのだ。

静岡・青葉横丁に佇む、徹頭徹尾うまい「奇跡のおでん屋」

このアジが立派だった。見るからに肉厚なのだ。刺身で出せる品だという。駿河湾産か長崎産を使うという。からりと揚がったアジは、3種類のソースをブレンドした特製のソースに、半漬けか、ドボンと全漬けか、ご主人が好みを聞いてくれる。私は半漬けにしたが、他は全員、全漬けを頼んだ。

見事というしかないアジフライだった。サクサクの衣が特製ソースをまとって口中を楽しませる。

はあ、うまい。

さっきまでおでん屋さんだと思っていた三河屋の別の顔が見えて来て、妙に嬉しい。

箸とグラスが止まらない

静岡・青葉横丁に佇む、徹頭徹尾うまい「奇跡のおでん屋」

みんな、もくもくと食べ、赤星のグラスを口へ運ぶ手も止まらなくなっている。

「我々、異様に飲む取材隊ですね」
自分のことはさておいてご主人にそう言うと、

「こんなの初めてだよ!」

一同、爆笑となった。

静岡・青葉横丁に佇む、徹頭徹尾うまい「奇跡のおでん屋」

実はこの日、私たちは三河屋さんで、けっこう飲んで食べたのである。なにしろ、何を食べてもうまいのだ。頼むもの、頼むもの、それぞれにうまい。おでん、フライに焼き物、全部うまい。ものすごい店に出会ってしまったという、嬉しさからくるちょっとした虚脱感さえ感じながら、私たちは全員、そろそろ失礼しなければいけないはずなのに、にわかに去りがたい。

と、いうより気が付けば、

「ご主人、レバーを焼いてください」

シレっと頼むのである。

レバーはタレと塩の両方だ。

「このタレも、おでんの出汁と同じで、77年ものだよ。開店当初からうちで作ってきたものを継ぎ足して使っています」

静岡・青葉横丁に佇む、徹頭徹尾うまい「奇跡のおでん屋」

 うまいんだなあ。これが。これだけを目当てに来る人も多い評判のレバーだ。これを食べずには帰れない。それが人情ってものだ。

そこへ、先に頼んでいた青森県産にんにくが来た。これは揚げてもらった、立派なサイズのにんにくである。

静岡・青葉横丁に佇む、徹頭徹尾うまい「奇跡のおでん屋」

「この中でいちばん若い人は?」

ご主人がそう聞くのは、熱々のニンニクの皮を剥くのはその場の最年少者という不文律があるかららしい。

「私です、剥かせていただきます!」

広告担当の女性は言った。
エライ。ありがとう。

静岡・青葉横丁に佇む、徹頭徹尾うまい「奇跡のおでん屋」

ところで、早い時間に品切れになることが多いというレバー焼きは、声を大にして、レコメンドしたい。損はさせませんぞ!

新鮮で、プリっとしているのが見た目からでもわかる。食べてみて、とろけるようなうまさに、思わず目を丸くした。

静岡・青葉横丁に佇む、徹頭徹尾うまい「奇跡のおでん屋」

徹頭徹尾、最初から終いまで、全部うまい。

創業77年、4坪の名店は、私の記憶から消えることはないだろう。というより、次の予約をいつにするか。まずはそれを検討しよう。

静岡・青葉横丁に佇む、徹頭徹尾うまい「奇跡のおでん屋」

(※2025年4月19日取材)

取材・文:大竹 聡
撮影:衛藤キヨコ

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