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100軒マラソン File No.46

大船駅前の「気になる食堂」でご機嫌な昼と夜の間

「活魚料理 かんのん」

公開日:

今回取材に訪れたお店

活魚料理 かんのん

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長年、気になって、気になって、いつか必ず入ってみようと心に決めているのに、前を通るたび、なぜか寄れる時間がないという、そんな不運が続く店があります。

大船駅前の、「活魚料理 かんのん」という食堂はその筆頭で、ああ、ここだよ、ここに入りたいのだよ、と思いつつ、入ることができない日々が延々と続いた。

とうとう、足を踏み入れたのは、いつかはかんのん、と思い始めてからかれこれ20年は経とうかという、今年の3月のことです。

大船駅前の「気になる食堂」でご機嫌な昼と夜の間

観音様とは反対側の、大船駅東口を出て、駅を背にしてほんの少しばかり歩いたところの四つ角の右手が「活魚料理 かんのん」の建物。

角を右へ回り込むと、この大衆食堂の建物は、「魚廣」という鮮魚店とつながっている。うまそうな魚介がずらり並んでいて、店の風情はいかにも昔ながらの魚屋さん。

どれどれと、買うわけでもないのに陳列台を眺めるのは、この魚屋さんと、活魚料理の「かんのん」は明らかに同じ経営であろうから、ここで売っている旨そうな魚は、中へ入れば定食のおかずになり、酒の肴になると、察しがつくからだ。

大船駅前の「気になる食堂」でご機嫌な昼と夜の間

■カワハギを食べぬ手はない

席をとって、まずはビール。赤星を頼みます。こういう店にサッポロラガービール、赤星があることは、当たり前であって、同時に、ありがてえなあ、と思わせます。そんなありがたい一杯で喉をうるおしながら、つまみを物色することにします。

いいものですよ。明るいうちから入るってのは。

なにしろこちら、午前11時半から営業していて、午後のお休みもなし。つまり、通し営業で夜までおいしい食事、つまみ、そして酒を出す店なのだ。

大船駅前の「気になる食堂」でご機嫌な昼と夜の間

ボリューム満点、なんていうと、いかにも古い常套句なので恐縮ですが、人に説明するとなると、そらもうボリューム満点なんだよ!と言いたくなるほど盛りのいい定食、丼ものが評判だそうで、それもそのはず、見まわしてみて合点がいった。ガシガシという擬音がぴったりの食べ方をしている人がいるのです。

私も、昔のような外回りの仕事を持ち、付近で昼となるならば、必ずやここで腹いっぱい食べることを何よりの楽しみにすることでしょう。

大船駅前の「気になる食堂」でご機嫌な昼と夜の間

もちろん、現在の私のような明るいうちから飲みたいおっさんにも抜群のお店であることは、一歩店内へ入れば即座に了解される。なにしろ、にぎわっているのです。

お食事の人がいる。いて、当然だ。しかし一方で、飲む人が肩身の狭い思いをしているわけではない。みなさん、ゆるり、昼酒を楽しんでいるのだ。

大船駅前の「気になる食堂」でご機嫌な昼と夜の間

壁の短冊からおすすめのホワイトボードまで隈なく見渡した後、ノレソレ、を頼みます。

あのほれ、とか、これこれ、とか、そういうんじゃないんです。ノレソレ、というのは、アナゴの稚魚だ。

ごらんください、この透き通る肌。魚に肌とは適当でないかもしれませんが、生シラスよりさらに透けて見えるような気がします。

大船駅前の「気になる食堂」でご機嫌な昼と夜の間

これが、さっぱりとして、おいしいのです。味にクセはなく、シラスよりもむしろ淡白な気がしますし、キビナゴなどに比べると、まるで、水のように喉を通っていく。

ほどよいポン酢醤油が合う。ビールが進む。ゆったりまったり始まるのが常の昼酒ですが、最初から、パッと光が差したかのように私の意識もキリリとして、ビールが進むのであります。

大船駅前の「気になる食堂」でご機嫌な昼と夜の間

今日はお休みなのか、職人風の旦那が、ミックスフライ定食とビールをゆっくり楽しんでいる。

一方では、誘い合わせたお散歩帰りか、ハッピーリタイアメント組が楽しそうに飲んでいる。背後の座敷からは、にぎやかな娘さんと思しき若き女性たちの声もして、時間からしてなんらかのお仕事の、夜勤明けのみなさんかな、と勝手な想像をする。

大船駅前の「気になる食堂」でご機嫌な昼と夜の間

私の前には、2品目のつまみがくる。カワハギの刺身ですよ。3月のこと、このタイミングで喰い逃すと、秋も深まるまで会えないかもしれぬと、ちょっとばかり大袈裟に考えた。

いや、本当はそうではない。先刻、鮮魚販売のほうで、そのお姿、拝見していたのであって、市場からやってきたばかりのカワハギならば食べぬ手はないと心に決めていたのです。

シコシコ、コリコリ。最初の歯ごたえを楽しむ間もなく甘くとけるカワハギは、いつでも私をうまい!とうならせる。辛めの関東の醤油に溶いた肝の丸みと深みが、身の新鮮さを際立たせ、実にどうも、口の中がたいへんシアワセな状態になってくるのです。

大船駅前の「気になる食堂」でご機嫌な昼と夜の間

■タチウオの名は見逃さない

ガラリと扉が開いて、私と同年配の男女と、そのお父さんと思われる3人組がやってこられた。お父さんに小上がりまで歩かせるのもどうかと思い、私らスタッフは即座にテーブルを空けた。

「ここ、おいしいのよ、お父さん」
「よかった、一緒に来られて」

お父さんはただ、ニコリとして、聞いている。

1杯くらい飲むのか、つまみは上等な刺身か、私は気にはなるのだけれど、今日は編集Hさん、カメラのSさんも一緒だし、じっと横に座ってそれとなく聞き耳をたてる、なんてことはできません。

大船駅前の「気になる食堂」でご機嫌な昼と夜の間

小上がりのカウンターへ移ると、出ました。タチウオの塩焼きですよ。

見るからに豪勢な感じがある。関東の、しかも東京西方の旧郡部に育った私にとっては、幼少期にはほぼ無縁だった魚。アジ、イカ、サバ、サンマにせいぜいカマスという感じでしたから、カワハギもタチウオも、実は、縁遠かった。

大船駅前の「気になる食堂」でご機嫌な昼と夜の間

だからというのではないですが、焼き魚各種の中に、タチウオの名を見つけると、おお、タチウオ、いってみようじゃないのと、反射的に思ったりする。

大根おろしと醤油。レモンを搾る。皮目はパリッとして、中の肉は脂もしっかり。香ばしさと甘さを味覚と嗅覚で存分に楽しむ。

大船駅前の「気になる食堂」でご機嫌な昼と夜の間

女将の武井鈴三さんがそばに来てくれました。

「魚屋は昭和10年くらいから。ここは、昭和36年から。魚屋のほうは弟がやっていて、4代目になるのかな。こっちは、私が3代目です。

もともと大船は大企業や映画会社があって高級住宅街だったんです。そこで魚を商ってきたわけですけど、それを昭和30年代になって、魚の質を落とさずに、しかも庶民的な価格で出そうということで、この店をつくって、料理して出すようになったんです。

だから昔は企業関係の方が多かったです。今は、ゴルフやハイキングの帰りに寄っていただいたりね。神奈川県の条例もあって店内を禁煙にしたら、女性やご家族連れが増えました」

大船駅前の「気になる食堂」でご機嫌な昼と夜の間

鈴三さんによると、現在の人気は、食事派なら、ご飯に切り海苔をのせ、そこにまぐろの中落ちを盛大にのっけた「東丼」や、アジフライ定食など。何人かでお酒をやる向きには、まずは、おまかせの刺し盛り、というのが定番らしい。

東海道線で移動するチャンスがあるなら、ほんのちょっとの途中下車をしてでも試してみたいと深く胸に刻んだ。

■なんともご機嫌な昼と夜の間

湘南茅ケ崎の「天青」など、厳選した地酒もある。赤星の後で、土地に馴染みの深い地酒を頼むのも、地場を楽しむ酒場での習い。迷わず頼むと、また、すごいのが出た。

大船駅前の「気になる食堂」でご機嫌な昼と夜の間

グラスからこぼれた酒をマスで受けるのはよくある形ですが、「かんのん」スタイルは違う。マスの下に、さらにマスからこぼれた酒をうける皿が敷かれて、シャンパンタワーならぬ、地酒スカイツリーとして出て来るのだ。

運んでくれた姐さんいわく、「はい! 三段こぼし!」。

大船駅前の「気になる食堂」でご機嫌な昼と夜の間

2合弱はあるという。参ったねえ。こう威勢がいいと、乗りやすい酔っ払いであるところのワタクシなどは、放っておいてもぐいぐいとやってしまう。

この辺でテーブルへ移り、HさんとSさんにも一杯やってもらうことに。刺し盛りを頼み、赤星を合いの手に、剣菱、さらには菊正宗の燗へと突入します。

大船駅前の「気になる食堂」でご機嫌な昼と夜の間

なんか汁っけもほしくなってきたな、と思ったとき、お昼を食いっぱぐれたというHさんがおにぎりを注文するではないか。

いいぞ、いいぞ、と思っていると、期待を裏切りませんな、この店は。

アサリの味噌汁が全員分出てきて、さあ、たいへん。

大船駅前の「気になる食堂」でご機嫌な昼と夜の間

何がたいへんって、こういう絶妙なタイミングでの味噌汁は、締めというより、ほっと一息つくための合図みたいなもので、ずずっと啜って、はあ、とうまさを噛み殺し、あと、何をするかって、もちろん、酒を追加する。

調子付いた取材隊は、白魚の玉子とじ、サクラエビのかき揚げ、アジの南蛮漬けと畳み掛けます。

大船駅前の「気になる食堂」でご機嫌な昼と夜の間

いつしか外は、夕間暮れ。酒で少し甘くなった口の中に、赤星を流し込んで、ああ、うまし。

ちょっとはしゃいで酔った一座は、これにて散会です。

さあて、鎌倉あたりでもう1杯ひっかけて行こうかなどと、すっかりご機嫌な昼と夜の間、なのでした。

大船駅前の「気になる食堂」でご機嫌な昼と夜の間

取材・文:大竹 聡
撮影:須貝智行

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