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100軒マラソン File No.88

変貌著しい神楽坂で「本物の昭和の酒場」に巡り合えたありがたさ

「樽八」

公開日:

今回取材に訪れたお店

樽八

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「赤星」もとめて東へ西へ――。都心部のみならず、郊外から地方にも足をのばしてサッポロラガービール(愛称「赤星」)が飲める店を訪ね歩くマラソン企画。題して「赤星100軒マラソン」も、今回で88回目とあいなります。

変貌著しい神楽坂で「本物の昭和の酒場」に巡り合えたありがたさ

伺いましたのは、神楽坂。ときは2024年2月14日の聖バレンタインデーであります。JR飯田橋駅から外堀と外堀通りを渡って神楽坂へ入る。

ここから、だらだらと坂を上ると左手に善国寺さんがあり、毘沙門天がお祀りしてあるのは有名です。けれど、今回私たち100軒マラソン隊が目指すのは、そこまで行かず、神楽坂に入ってすぐの路地を左に折れたところにある、黄色い看板と昔ながらの赤提灯が目印の、間口の小さな渋いお店です。

変貌著しい神楽坂で「本物の昭和の酒場」に巡り合えたありがたさ

店の名前は「樽八」。さっそく暖簾をくぐります。

神楽坂のこの場所で60年超

変貌著しい神楽坂で「本物の昭和の酒場」に巡り合えたありがたさ

笑顔で迎えてくださったのは女将の佐々木洋子さん。そして、カウンターの奥の席に腰をかけているのは、常連さんではなく、ご主人とのことである。

奥のスペースに上着を置きに行きがてら、壁に貼ってある新聞にちらりと目を走らせると、まさに、そのご主人の写真が掲載されていた。劇団民芸の佐々木梅治さんだ。

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宇野重吉、滝沢修、北林谷栄、大滝秀治、奈良岡朋子などが名を連ねた劇団と言えば、なるほど名門だと合点のいく人も多かろう。佐々木さんはその劇団員として活躍されているのだ。

贅沢にもカウンターの真ん中あたりに席をとると、熱いおしぼりが出た。気持ちがいい。落ち着く。これでなくては、と思う。そして当然のことのように赤星を頼む。

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「この店はもともと姉が始めたんですが、姉が嫁いで私が引き継いでから、もう55年です。昔から、ビールはずっとサッポロの赤星、大瓶。これでやってきました。はい、どうぞ」

最初の1杯を、女将さんが注いでくれるのである。嬉しいやら、恥ずかしいやら。お姉さんの時代から数えれば店の歴史は優に60年を超えるという。つまり、私より年配なのだ。

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私が知っているのは、せいぜい40年くらい前の神楽坂だ。学生の頃、地下鉄東西線の早稲田の隣が神楽坂だったことから、うっかり乗り過ごしてこの駅まで来て、せっかくだからちょっと歩いてみようと思ったのが最初の記憶。その後、就職した80年代後半から90年代前半にかけては、職場の先輩に連れられて、昼飯を喰いに来たり、夜、酒を飲みに来たりした。

その頃と比べると、今の神楽坂は別の街のように見える。いや、そこまで遡らずとも、ほんの10年前と比べてもだいぶ違ってしまった気がする。昔はどんな街だったのだろう。

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「このあたり、芸者さんたちがたくさんいたからね。みんな、銭湯を使ってね。街の人も一緒だから、私なんかも、一緒に入ったものです。そうそう、熱海湯。あそこのお湯は熱いけど、熱いからいいのよ」

夕刻、一杯やる前に、街の風呂に入る。そういうことは、私の幼い頃までは普通にあった。東京だけでなく、日本全国いたるところで、そういう時代があっただろうと思う。神楽坂の場合は、そのときと変わらぬ銭湯が今もあることが、ちょっと珍しい。

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昨今、若い人はよく、昭和の酒場とか、昭和の匂いとか、口にする。けれど、今年で61歳になる私を例にとっても、昭和が終わり、平成の世になったのは、26歳になるときのことなのだ。

つまり、私など、今の若い人から見たら完全に昭和のオヤジなのだが、実は、昭和だったのはまだうら若い20代の半ばまでのこと。いろいろ飲み歩き、大酒飲みになったのは平成に入ってからのことだと思えば、こちらの店のような、本物の昭和の酒場に巡り合えるのは、本当にラッキーなことなのである。

女将さんが毎日買いに行く魚介

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つまみもいただこう。

黒板に今日のおすすめが書いてある。そのほかに定番メニューを書いた年季の入った品書きもある。私は、いか納豆と、かますの塩焼きを注文した。

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聞けば女将さんは毎日、護国寺にある馴染みの魚屋まで自転車に乗って仕入れに行くという。青森の大間出身だから、魚介を見る目は厳しい。量は少しずつでも、旬のおいしいもので楽しませたい。そんな気持ちから、毎日仕入れに行くのだろう。

そして、まず出てきたのが、いか納豆。昨今、塩分控えめを厳重に言い渡されている私は、かけたかかけないかわからぬほどチラリと醤油をたらし、混ぜ合わせ、口へ運ぶ――。

文句ないですねえ。こういうものを、ちょいちょい喰いたいのだ、と、思わずつぶやいてしまう。

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私たちの後から入店されて、少し奥の席についたお客さんは、仕草、口ぶりからして常連さんのようである。

「ごめんなさい。今日は鯖の入荷がないの。それでも、いわしは、いいのがありますよ」

どうやら、いつもはこちらで〆さばをいただく方らしい。お見受けするに、私よりも少し年配だろう。先刻、私が入店し、このお店の歴史について伺っていたときに出た話をふと思い出した。

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「ここは、近くに理科大があるでしょう。だから、昔から理科大の学生さんやOBの方がよく見えるんです。最近いらっしゃったOBの人はね、僕、75歳になりました!だって」

女将さんは、そう言って楽しそうに笑ったのだった。70代になって、行きつけの店、思い出の店がある人の幸せを思う。一方で、70代、80代のお客さんを迎え、楽しませることのできる店側の幸せを思う。

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かますの塩焼きは、久しぶりに味わう美味だった。いか納豆にしろ、かますの塩焼きにしろ、ひと昔前までは、休日の遅い朝食などに、よく出てきたような気がする。

炊き立てのメシと味噌汁。お新香と梅干し、焼き海苔。その程度のものがあれば、今ではご馳走と呼ぶべきかもしれないが、では、そういう朝飯を喰っている人がどれくらいいるだろう。こんな肴に箸をのばしながらゆっくり晩酌をしている人が、どれくらいいるだろう。

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昭和感溢れる肉じゃがの味

取材隊の誰かが頼んだ、あら煮が出てきた。これは鯛か? それとも鰤か? 見た目では鯛だな、と思いながら箸をつける。

煮物のうまさというのは、味のほどよさにあるなと、改めて思う。塩辛いとか甘いとか、あるいは濃厚か淡麗かという区別よりも、どのようなやり方をしていたのだとしても、その“ほど”がいいと、うまくなる。煮汁や出汁の、しみ込みのほどよさ。それが、口に入れたときの、そう、こういうのを食べたかったのです、という塩梅に通じている。

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おっと、こういう煩いことを考えだすのは飲みたい気分に火が付いた証拠であるから注意しなければいけない。ぷすぷすと細い煙を出す飲みたい気分にひとたび盛大に火が付けば、塩分注意なんてレベルでなくなるのは目に見えている。でもそこは、大人の抑制をきかせて穏やかな炊き火程度に収めるのが賢明であろう。

そこへ出てきたのは肉じゃがです。盛大な感じがとてもいい。

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ついさっき、昭和の酒場とか昭和の匂いなんて、昭和をろくに知りもしない世代に言われたくないようなフリをしてみたけれど、この肉じゃが、昭和感があるんだなあ。

ほくほくのジャガイモに、たっぷりのシラタキ。そのまま白いご飯にのっけてがぶりとやりたい。ああ、私にとっての昭和感というのはつまり、飯にのせて掻きこむ、という行為を喚起させるものなのかもしれない。

ああ、おいしい。気持ちも安らぎますよ。そろそろ、燗酒にしようかと思う。

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そんなタイミングで、ご主人の佐々木さんから、この取材は、どんな記事になるのかという問い合わせがあった。私は、この記事は雑誌でも新聞でもなく、ウェブサイトに掲載されることを伝えた。

「私ら、スマホを持ってないですからね。それじゃ、誰かに言って見せてもらわないといけないですね」

ごくたまに、古いお店に伺ったとき、こういうことがある。でも、当然なのかもしれない。なにしろ店では昔ながらのレジにお金を入れ、黒電話も現役。ビールを冷やす冷蔵庫はたっぷり水をためた水冷式なのである。

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AIでは語れない「何か」を求めて

今後、AIの技術が進めば、私のようなレポーターの仕事も取って代わられるかもしれないという話をした。すると、佐々木さんは、こう言いました。

「あのAIの自動音声っていうのは大嫌い。よくニュースとかでやるでしょう? あれが苦手なんです。私は、舞台のほかに声の仕事もやりますけど、スマホもパソコンもないから、今も必ず、DVDと紙の台本をいただいていますよ」

変貌著しい神楽坂で「本物の昭和の酒場」に巡り合えたありがたさ

AI自動音声のニュースには読み間違えはないかわりに何の味わいもない。人が話している実感がない。読み間違いもなければ、ちょっとした感情がこもることもない。ただただ、無味乾燥である。

そうではなくて、手軽で間違いのない自動音声では出しようもない地の声の響き、言葉の切れこそ、人の心に届くのではないか。そういうことを、生の舞台で長く仕事をしてきた俳優は、もっとも強く感じるのでしょう。私は、そんなことを考えた。

変貌著しい神楽坂で「本物の昭和の酒場」に巡り合えたありがたさ

地の声の心地よさというのは、出来あいのものに求めようもない手づくりのうまさに通じるものがあると思う。私は、最後に出てきたぶりのかま焼きのホクホクの身が口の中で解けていくのに目を細ませながら、そういうことに思いを馳せた。

私の酒。私の酔い。そいうものにも、決してAIでは語れない「何か」が含まれているはずだ……。

いかん、いかん、やはり少しばかり酒が回ってきた。続きはまた、近々この店にお邪魔をしたときに、ひとりゆっくり赤星を飲みながら考えてみることとしよう。

変貌著しい神楽坂で「本物の昭和の酒場」に巡り合えたありがたさ

(※2024年2月14日取材)

取材・文:大竹 聡
撮影:須貝智行

 

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