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100軒マラソン File No.75

神戸・三宮「奇跡のような酒場」で過ごした、ありがたい時間

「季節一品料理 藤原」

公開日:

今回取材に訪れたお店

季節一品料理 藤原

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※撮影時以外はマスクを着用の上、感染症対策を実施しております。

ご主人は82歳の大ベテラン

JR三宮駅から、線路の北側を東に向かっていくと、ものの10分で住宅街に入る。このあたりは住所で言うと中央区二宮町。三宮駅周辺の賑わいからは想像もつかない静かな一画だ。そこに、一軒の居酒屋がある。

1995年創業の「藤原」。ご主人は、今年82歳になった大ベテラン、藤原紘さんだ。

神戸・三宮「奇跡のような酒場」で過ごした、ありがたい時間

店で出すビールはサッポロラガービール“赤星”。店内には赤星の木製看板やトレーが飾られ、カウンターの上にはサッポロビールの暖簾に、赤星の提灯も下がっている。神戸では珍しいなと思ってお聞きすると、こんな話を聞かせてくれた。

「僕が20歳のとき、27歳か28歳の、憧れの先輩がいたんです。酒販会社の人で、身体の大きい人だった。僕は力道山ってあだ名をつけてたんやけど、その後ずっと会ってなくて、この店を始めた後で、その酒販会社の専務さんがお見えになったから聞いてみたら、2年前に亡くなったと。それが、14、15年前のことでね。

でもそのとき、息子さんがサッポロビールの神戸支店長をしてますよって教えてもらったんです。そうしたら、その支店長さん、僕の憧れの人の息子さんやね、その人がすぐに来てくれて。それからのご縁。ずっと赤星ですわ」

神戸・三宮「奇跡のような酒場」で過ごした、ありがたい時間

初めて店を訪れた私を、まるで旧知の客であるかのように温かく迎え入れ、サッポロビールとの縁を語る。その口ぶりは小気味よく、ユーモアに満ちて、私のほうも初めてお会いしたとは思えず、妙な話だが、懐かしいような気がしてくる。

出されたグラスがまた、シブい。赤星専用のグラスだ。

神戸・三宮「奇跡のような酒場」で過ごした、ありがたい時間

「海運会社の社長が北海道のサッポロミュージアムで見つけてお土産に買うてきてくれたんです。それでサッポロビールの営業の人に今度は僕のほうから頼んで、仕入れてもらったんや」

嬉しいですね。グラスの中央の登録商標の4文字も札幌ビールの5文字も、右から左へ印字されている。時代を感じさせます。

阪神・淡路大震災を機に独立

神戸・三宮「奇跡のような酒場」で過ごした、ありがたい時間

「ここへ店、出したんは、震災の年やから、27年前や。それまでは三宮の駅前の店で働いてきたけど、震災のタイミングで店を辞めることになったんですわ。今のこの店は、昔はバーやった。僕はもともと近くに住んどったから、仕事帰りにときどき飲みに来てた。そのママが震災の後、6月くらいに、もう店をやめるというんで、それで借りることにした。

みんな反対してね。夜になったら猫の子も通らんようなとこに店出してどないすんねんって。でも、ええねん、言うて、10月に店を開けたんですよ。それから2年、3年経ったころだったか、元の三宮の店の様子を見に行ってくださった太田和彦さんが、僕がこっちで店を出していることを聞いて訪ねてくれたんですよ。嬉しかった。生きとってよかったでえって」

藤原さんは笑いながら、まるで昨日のことのように語る。藤原さんと太田和彦さんが再開を喜ぶシーンが見えてくるようだ。

神戸・三宮「奇跡のような酒場」で過ごした、ありがたい時間

言われてみればバーの造りとわかるカウンターに席をもらい、さっそく赤星を頼む。店の開店は夕方4時だが、取材のこの日、開店前にお邪魔をした私に、藤原さんは、

「これ、食べてみて。海藤花(かいとうげ)というの。真ダコの卵。正真正銘の明石のタコ。今、明石のタコは非常に少ない」

と、自慢の一品をすすめてくれた。

神戸・三宮「奇跡のような酒場」で過ごした、ありがたい時間

口に含むと、しっかりとした食感、濃密といえるくらい、中身がびっしり詰まった卵が、ふんわり、やさしい出汁で炊いてある。これは初めて食べる。やさしくて、旨みが濃くて、食べ応えがある。

「うまいですねえ」のひと言が、ごく自然に口をついて出る。

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「おいしいやろ。これが、今、ぜんぜん獲れない。明石の漁師が来てくれたときに、おい、これ、藤子がようけあるやないけって。漁師言葉で『藤子』というんやね。それくらい貴重。うちに入れてる魚屋が、たくさん獲れたとき買い込んで冷凍しておいたんやね。今は、あきまへん。タコがおれへんねん」

明石のタコの評判は全国津々浦々まで轟いているけれども、昨今は希少価値がきわめて高い。そう聞けばなおさらにありがたく、惜しい気がするのが人情だ。藤原さんによれば、店には明石の生ダコもあるというので、後でそれを焼いてもらうことを決意し、赤星をまたぐいっと飲む。

神戸・三宮「奇跡のような酒場」で過ごした、ありがたい時間

きずしは、盛り合わせてもらった。出てきたのは、たっぷりと盛られたサバとタイ。きずしとは酢じめのことで、サバのきずしは、つまり、しめサバなのだが、まったく同じではないようだ。

「藤原」で出てきたきずしには、特製の三杯酢がたらりとかけてある。酢、酒、薄口醤油に出汁も加えていると太田和彦さんの文章で読んだことがある。

神戸・三宮「奇跡のような酒場」で過ごした、ありがたい時間

なるほど、酢や塩の加減というだけではなくて、全体を包み込むような、まろやかな味わいが魅力になっている。こんなにうまい酒肴、滅多にあるものじゃない。名人がつくる絶品だと思う。

しばらく絶品のきずしに唸っていると、店内に、えも言われぬ芳香が漂ってきた。マツタケの土瓶蒸しが火にかけられたのだ。

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今年はこれで終わりだという名残りのマツタケに間に合った幸運に感謝して、出汁を啜る。ため息が出るうまさだ。

予約電話の駆け引きもまた楽しい

夕方4時になると、常連さんがお見えになった。開店以来、27年間、毎日欠かさず来店するという。お通しに、小松菜のおひたしに一味唐辛子を振ったものが供された。お飲み物は、博多の夢酎という熟成ものの麦焼酎である。

この時刻から、店の電話がたびたび鳴って、そのたびに藤原さんが料理の手をとめて電話に対応する。

神戸・三宮「奇跡のような酒場」で過ごした、ありがたい時間

「はいはい、二十日やね。おふたりで、5時。よっしゃ、待ってます。ちゃんと奥さんも連れてこなあかんで。おっさんだけは嫌やで。うん、そうや。ちゃんとな。よっしゃあ、どうもありがとう」

ちょっとしばらくぶりのご夫婦からの予約らしい。奥様をお連れになるよう確認したのは、女性のお客さんは大歓迎ということだろうか。別の電話に答えていわく。

「6時に4名か、12月に入ってから6時に4名は厳しいで。女性もおりますって、そらええ話やけどやな。4時やね、4名やったら……」

神戸・三宮「奇跡のような酒場」で過ごした、ありがたい時間

どうやら、お客さんのほうでも、藤原さんへの上手な予約の取り方を工夫しているらしい。

「これから行くけど席は取れるかって電話をかけてきたときに、男だけだと僕が電話切るからって、道を歩いていた女の子捕まえて電話に出させるような人もおるわ(笑)」

そんな駆け引きから始めるのが、「藤原」に来る楽しみなのかもしれない。

神戸・三宮「奇跡のような酒場」で過ごした、ありがたい時間

生のタコ焼きを頼むのに合わせ、飲み物も赤星からこちらのお店のお薦めにスイッチしてみる。長期樽熟成した博多麦焼酎「夢酎」のソーダ割で、その名も「博多ハイボール」。

「藤原」では、果汁を絞り、グラスに投入する柑橘には、珍しい宮崎産の平兵衛酢を使っている。

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平兵衛酢は農園から直接取り寄せているもので、今年はそろそろ実の季節が終わりだが、店にはまだストックがあった。爽やかだが酸が強すぎず、上質の麦焼酎に加えるには、平兵衛酢が最適と思わせる。

そこへじっくり焼かれた明石の生ダコが登場。これがまた、すばらしい。

神戸・三宮「奇跡のような酒場」で過ごした、ありがたい時間

さすがは明石の地物。生ダコの旨みは身に沁み込んでいて、噛むたびにじわりと口中にあふれ出る。そこへ、味わいの穏やかな博多ハイボールをさらりと流す。

こんなすばらしい酒場があったのか

神戸・三宮「奇跡のような酒場」で過ごした、ありがたい時間

外はゆっくりと日が陰りはじめる時刻。なんとも贅沢で、ありがたいとしかいいようのない至福の時間だ。

「大将、タイの子、いただけますか」

神戸・三宮「奇跡のような酒場」で過ごした、ありがたい時間

「はいよ。この季節、出回っているのはタラの卵やけど、うちの魚屋は、偉いよ。3月から6月くらいまでの間にタイをぎょうさん買い込んで、卵を急速冷凍するんや。だから、もう11月なのに、まだタイの子が食べられる」

ほんのり甘く炊いてあるそのひとかけを口に入れると、ホクホクとしてうまい。ボソボソせず、むしろねっとりしているのに、しつこくない。ただただ上品。ビールにも焼酎にも日本酒にも合いそうだ。

神戸・三宮「奇跡のような酒場」で過ごした、ありがたい時間

ふと見ると常連さんがにごり酒を飲んでいる。白川郷というにごり酒。これもうまそうで、とても我慢ができない。横から真似をするようで申し訳ないが、私も一杯もらう。

明石のタコとタイにマツタケの土瓶蒸しを目の前に並べ、新たにシイタケを頼む。甘く煮つけたシイタケのよくしまった肉の部分、やはり、噛むほどに味わい深い。

神戸・三宮「奇跡のような酒場」で過ごした、ありがたい時間

15歳でこの道に入った藤原さんの、67年に及ぶ料理人としての腕、会話の妙、そばでにこやかに、寄り添うように立ち働く奥様の姿、柔和な笑顔。どれをとっても、奇跡のようだ。ここで過ごす得難い時間は、まさに宝物だ。

世の中にはこんなにすばらしい酒場があるのか。思いを新たに、改めて店内を見渡せば、店の奥の棚の上に、昔週刊誌の取材時に掲載されたというおふたりのお写真があった。そこにいる、すばらしい笑顔のおふたりは、そっと手をつないでいた。

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(※2022年11月15日取材)

取材・文:大竹 聡
撮影:須貝智行

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