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100軒マラソン File No.59

分倍河原の老舗で「大串もつ焼き」に心を弛めた夜

「扇家」

公開日:

今回取材に訪れたお店

扇家

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東京西郊、府中市に、分倍河原という駅があります。立川と川崎を結ぶJR南武線と、私鉄の京王線が連絡する駅で、一見して田舎の小駅ですが、利用客は多い。

私の場合、自宅と東京競馬場のちょうど中間にあたるこの駅周辺には、行きつけの蕎麦屋があるし、好きな居酒屋もあります。今年はついに競馬観戦に出かけることがなかったけれど、まあ、それはそれです。

今回、赤星100軒マラソンにて、この店に顔を出せることが決まったときは嬉しかった。勝手知ったる土地の、知っている店に、ちょっと久しぶりで行ける。それだけでも嬉しいし、コロナ禍で、みなさんたいへんだったろうなと思いながらなかなか足を運べなかった店は、かなりの数に上るからです。

分倍河原の老舗で「大串もつ焼き」に心を弛めた夜

改札口を出て、右へ行き、橋を渡ってから下ると、そこはロータリーになっている。真ん中に、新田義貞像があります。

鎌倉時代後期の元弘3年(1333年)、群馬から兵を挙げた新田義貞は、鎌倉幕府討幕を果たさんと南下する。そして鎌倉幕府軍とこの分倍河原(多摩川の川原)で激突、打ち破って川を渡り、一気に鎌倉へ攻め入り、とうとう鎌倉幕府を討つのです。

駅から近いところに古戦場跡の碑もあるのですが、駅前ロータリーの義貞像は、後肢で立ち上がった馬の背で鎧兜に身を包み、刀を振り上げた勇猛な姿をしている。

府中や多摩川の向こうの多摩市界隈はかつて田んぼばかりだったと記憶しておりますが、鎌倉時代の終わりには激戦の地であり、今も、この界隈を南北に貫き、町田から神奈川県へと続く道は鎌倉街道と呼ばれています。

分倍河原の老舗で「大串もつ焼き」に心を弛めた夜

■気持ちがいいくらいにでかい串

前置きはいいとして、本日伺う「扇家」さんというお店は、このロータリーのほうには出ず、改札を出たらすぐ左手の、少しごちゃごちゃっとした一角の、そのまた奥にある。

昭和の飲み屋街。その面影が色濃く残るこの一角が、私は好きだ。中でも「扇家」さんは、もつ焼きのうまい店として、この界隈で知らない人はまあいないという老舗。開業は昭和52年。西暦で言うと、1977年。このアタクシが、中学2年生のハンサムボーイだった頃のことというから我ながら驚きます。

それはさておき、1977年からやがて44年が経とうという2020年12月に、57歳の酔っ払いとなり果てたワタクシはやってきた。

分倍河原の老舗で「大串もつ焼き」に心を弛めた夜

そしてまずは、赤星を頼む。取材時は午後10時までの時短営業中。訪れたのは5時半の開店直前でしたが、私が赤星をくいっとやり始めるや、もう次のお客さんがやってきた。

混み合う前に気になるものを一通り注文しておく。なの花のおひたし。白子ポン酢。おすすめの、まぐろのひっかきもいっときましょう。もつ焼きは、タン塩2本、シロ2本はタレ、それからひとり1本限定のナンコツもタレでいただきます。

ここの串は、でかいんですよ。気持ちがいいくらいに、でかい。何か頼んだときに、ちょぼっと出てくるのと、盛りがいいのと、どっちがいいかって言えば、誰だって後者でしょう。気分がいい。気前がいいってことが嬉しい。どうだろう、この店のもつは、普通の店の3割がた、大きいのではないだろうか。

分倍河原の老舗で「大串もつ焼き」に心を弛めた夜

今も昔も立川にある業者さんとの付き合いで仕入れているといいます。分倍河原育ち、現在47歳の原田大さんはそう言う。

これは私が日野にあるもつ焼き屋の大将から聞いた話ですが、昔は立川に食肉や臓物の加工センターがあった。その関係で、立川、府中、日野、八王子、あたりのもつ焼き屋は、新鮮で、質のいいモツを手に入れるのに苦労しなかったんだよ、という。

あ、そうそう、酒場詩人の吉田類パイセンにも同じ話を聞いたことがあったっけ。

分倍河原の老舗で「大串もつ焼き」に心を弛めた夜

■こんな店を大事にしたい

ワタクシはね、タンが好きです。塩焼きのタン。

これでビールをきゅーっとやるのは私の、酒の原風景。屋台を引いてくる焼鳥屋さんで、父の横でひと串ふた串と食べた7つ8つの頃からの嗜好であります。まあその頃はまだビールは飲んでいませんけど……。

もつ焼きは熱いうちに限りますな。実にうまい。冷たい瓶ビールをコップからきゅっとやると、ジョッキで生ビールを飲むのとはまた別のテンポが生まれて、楽しい気分になってくる。

ああ、うまいねえ。

分倍河原の老舗で「大串もつ焼き」に心を弛めた夜

「これが限定品のナンコツですね」

そんな一言をもらしながらカメラを構えたのは、写真家のSさんだ。

「なんで限定って知ってんの?」

「いちおう調べて来ました」

さすがです。ライターのワタクシが手ぶらで来ているのに、Sさんはちゃんと予習している。嬉しいねえ。酒場が好きなんですよ。

分倍河原の老舗で「大串もつ焼き」に心を弛めた夜

さてさて、タレのからんだシロをいただきましょう。

これには、別に添えられたニンニク味噌をちょいとつけて食べる。甘辛のタレにニンニクのぴりっとした味わいと、味噌のコクが加わって、口の中でそれが混ざっていく。その塩梅たるや、まさに絶妙という感じであります。

お店の品書きを見渡すと、にやりとしてしまう。私の、この店に対する長年のイメージはもつ焼き屋さんだったのですが、こうして眺めてみると、目配りの行き届いた居酒屋メニューがずらりと並んでいるのです。

分倍河原の老舗で「大串もつ焼き」に心を弛めた夜

この日のおすすめには、まずは刺身として、カンパチ、マグロ、ホタテの貝柱、スミイカ、それからあん肝。それからこれも私の好物のガツポン酢に、大粒牡蠣フライ、ギンダラの煮付、ナス揚げ、ワカサギ唐揚げ。

ほかにも、おでん各種があり、鶏の唐揚げとか焼きそばとか、小腹の減った人も、こちらに立ち寄れば飲んで笑って腹を満たして、すべて完成させて帰路につける寸法です。

原田さんに伺いますと、それでもつまみは30~40種類かなあ、ということですが、いやいやとても30~40ではきかない。

分倍河原の老舗で「大串もつ焼き」に心を弛めた夜

どこぞの国のリーダーみたいに大勢で飲み食いすることは下々の者には禁じられているから今はできないけれど、何人か、親しい人たちと一緒に出掛け、賑やかに、楽しくやりたい。そういうお店だ。

だからこそ、こんな店を大事にしたい。店も守ってくださるわけだから、客のほうもみんなで約束守って、分倍河原のこの名店を応援しなくちゃいけない。

そうだ、それが飲兵衛ってえもんだ! なあおい! そうだろ! と同行している編集Hさんの肩を抱きたくなるが、そこはソーシャルディスタンス。昔から距離のとれる男として鳴らしてきたワタクシの本領を発揮して、表面的にはシレっとビールを飲むのであります。

分倍河原の老舗で「大串もつ焼き」に心を弛めた夜

■無我夢中でナンコツを噛む

さあ、ここいらで、ナンコツをいただきましょうか。

どうです。このゴツゴツ。尊大と呼びたくなるような大きな構えのナンコツだ。しかし、これを口に入れると、コリコリと音をたてて繊細に砕けていく。タレの味がじわりと広がる。

いよいよ歯ごたえの強いところへさしかかる前に、ニンニク味噌をたっぷりとつけて口へ運べば、ピリ辛、コク、コリコリ、そして軟骨の間にはさまっている肉の部分、すべてうまい。

分倍河原の老舗で「大串もつ焼き」に心を弛めた夜

焼いているそばで眺めているだけでも、その骨と肉のバランスに思わず唾液が滲みだす想像と実感の連絡といいましょうか。頭の中で、こうであるだろうと思うそばから口の中で実地に確認しているような気もする。

もっと、わかりやすく言うと、無我夢中でナンコツを噛む。そういう境地なのであります。 ビールがうまいや。

分倍河原の老舗で「大串もつ焼き」に心を弛めた夜

まぐろのひっかき、という一品もいただきましょう。

これは、まぐろを柵どりした時に、骨の際や皮に残った肉をスプーンでこそぎ取ったものだそうです。だから、ひっかき。

鮮度がいい。まぐろ専門の業者さんから仕入れているということですが、なるほど、そういうことか、と言いたくなるうまさです。

分倍河原の老舗で「大串もつ焼き」に心を弛めた夜

それから、白子ポン酢。尿酸値にも目配りしつつ、この時期、これを素通りするわけにはまいりません。

菜の花のおひたし。これもまた、いいですな。ちょっと早い気もするが、春を先取りしている。爽やかな苦味が、口の中をさっぱりさせてくれる。

分倍河原の老舗で「大串もつ焼き」に心を弛めた夜

そして、極め付きは、女将さんにすすめられた牛スジの串焼きですよ。

これもボリュームはかなりのものですが、全体としては甘めの味付け。ネギがたっぷり添えられて、大きな口をあけてガブリといくと、スジの旨みとタレの甘みとネギの爽快さが混然となって口の中に広がる。

分倍河原の老舗で「大串もつ焼き」に心を弛めた夜

予想外のうまさに動揺して、赤星からさらに一歩進んで、ヱビスマイスターなる超のつくプレミアムビールを頼んでしまう。職人の技術、知識、経験、思い、すべて詰まって、しかも長い年月を経て培ってきた製造法が最高の原料を活かす……。

これは、うかつに「うまい」と口走れないビールだな……。そんなふうに思った次第です。

分倍河原の老舗で「大串もつ焼き」に心を弛めた夜

■いい店に来たな……

気が付けば、次々に入店したお客さんで、席はほとんど埋まっていた。

ひとりのお客さん、ふたりのお客さん、多くても3人くらいまでのお客さんが、長っ尻をしないように、てきぱきと、楽しく、飲んでいる。

いい店に来たな……。

分倍河原の老舗で「大串もつ焼き」に心を弛めた夜

思えばこの半年あまり、いろいろ気遣いもあって飲みに行っても決して全面的に弛緩することはなかったけれど、こんな店なら、少し心を解くことができる。

さあ、私たちも、長くならずに、てきぱきと楽しく飲んで、引き上げることといたしましょう。そして、コロナという厄介ごとにどうにかこうにか折り合いがつくようになった暁には、これまで互いに我慢した分、暢気にゆっくりと愉しむことにいたしましょう。

分倍河原の老舗で「大串もつ焼き」に心を弛めた夜

取材・文:大竹 聡
撮影:須貝智行

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