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100軒マラソン File No.14

老舗の「風情」に浸りながら肉を炙った夜

「焼肉 とらじ」

公開日:

久しぶりで中野で飲みたいと思ったのは、2月の半ばのことでした。

午後、埼玉県で用事をすませ、普段なら武蔵野線か西武線を利用して、自宅のある多摩方面へ引き返すところですが、なぜか、この日は、JRへ乗り換えるはずの駅から、JRではなく、同じホームから出る都心行きの急行電車に乗っていた。

東武東上線の急行は、埼玉県から東京都へ入ると、意外なほどあっさりと終点の池袋に到着する。

「坐唯杏」はどうか? ビールから日本酒、そして、絶品の〆サバをいただく……。いいねえ。1度か2度しか行ったことがないのに脳裏に浮かぶのは、店のすごさか、私の酒メモリーの高性能ゆえか。

ほかにも池袋、高田馬場界隈の店のいくつかが頭に浮かぶ。さて、どうしよう? と思ったとき、ああ、馬場から東西線で中野へ出ようと決心していたのである。

老舗の「風情」に浸りながら肉を炙った夜

■時代を超えた「懐かしさ」

中野という街との付き合いは、長い。学生時代は高田馬場と三鷹の行き来であったし、就職してからも、市ヶ谷へ通った時期が長かったから、酒を飲み始めてから10年ほどの間は、酒を飲むために、よく中野に立ち寄った。

けれど、行きつけの店はできなかった。居酒屋、蕎麦屋、台湾料理、もつ焼きといろいろ行ったのだが、老舗のバーを知ってから、馴染みができたという自覚を持った。

知り合いの酒好きとバーで飲む。ふたりともよく飲むので、ウイスキーなら1本、空いてしまう。

「もう入れたらいいじゃないの」

と笑いながらもう1本、ということをしていると、1軒で済んでしまう。フードのおいしいバーだったけれど、1軒で4時間、5時間となると、ちょっと長い。それで、バーへ行く前に、ビールを飲みながら何か腹に入れたいと思うようになったわけです。

中野の路地を歩く。東へ西へ、北へ行ったかと思うと南へもどる。北口の飲み屋街は昔からかなりの規模で、歩くたびに魅力的な店が見つかる。そのうちの1軒が「とらじ」だった。3番街という路地にある、焼き肉屋さんである。

老舗の「風情」に浸りながら肉を炙った夜

店の構えを見て、入るかどうかを決めることが私にはよくあります。初めての店に入る時などは、この勘だけが、頼りだ。けれど、肩に力を入れる必要はなくて、入ってみて、ああ、ここではアタシは浮いた存在になってしまうな、と思えば撤退あるのみ。

飲み屋探しだけは、全国を取材で歩く商売であったから経験も多い。札幌、小樽、釧路、帯広、青森、秋田に、仙台、福島、新潟でもそうだったし、南は徳島、松山、高知、博多、鹿児島、長崎などでも、この、行きあたりばったりでいい店にぶち当たってきた。

だから、多少の自信があったのだが、お前は酒場を見た目で判断するのかと言われそうだが、実際、店の構えで決めるケースがほとんど。ガイドブックを携行することはなかったし、今も、スマホで調べながら店を探すのが苦手といえば、苦手。

とはいえ、あのあたりに、たしかいい店があったよな、という記憶をたどったりする場合にスマホやタブレットは異常に便利であるから、昨今は旅に出るとき、必ず携行して、うろ覚えのままたどり着けないという最悪の事態に備えるようにしている。

老舗の「風情」に浸りながら肉を炙った夜

「とらじ」に惹かれたのは、古い焼き肉屋さんにしかない独特の「風情」である。いわく言い難い、老舗感だ。初めて入ったときも、この2月に入ったときも、同じものを感じた。そこには異国情緒さえある。時代をはるかに超えた、懐かしさがある。

昭和21年創業の店の雰囲気は、2階の座敷も好きだが、1階のテーブルも居心地がいい。

老舗の「風情」に浸りながら肉を炙った夜

■焼き上がりが待ち遠しくて…

まずはビールだ。それに白菜のキムチとナムル。この3点セットだけで、老舗の本格派の味わいを堪能することができることを、私はもう、15年近く前に知ったのだ。今夜も、同じことをする。

老舗の「風情」に浸りながら肉を炙った夜

タン塩から、ホルモンの盛りあわせへと注文をつらねる。

老舗の「風情」に浸りながら肉を炙った夜

タン塩がでてきた。まずはあっさりと、ここから攻める。

鉄網から煙が出る。コップのビールをぐびりとやり、キムチをひと口。またビールにもどり、トングで肉を裏返してから今度はナムル。私はナムルの中でもモヤシが好物で、これがあると、かなり長く飲んでいられる。

老舗の「風情」に浸りながら肉を炙った夜

タンに、刻んだ葱をのせ、折り畳んで挟むようにして、葱をしばし蒸し焼きにする。こうすると葱はほどよく熱くなり、それでいて、しゃきしゃき感も残る。私の好きな食べ方なのです。

老舗の「風情」に浸りながら肉を炙った夜

レモン汁につけて口へ運ぶ。タンは昔から好んできたが、昨今、しつこいものが少しばかり苦手になってきてから、余計に好きになった。それも、特上の脂ののりまくったものではない、昔ながらの上タン塩がいいと思うが、このあたり、意見の分かれるところかもしれない。

次なる一皿は、ホルモン盛りだ。コプチャン(小腸)、センマイ(第3の胃)、タン、ハツの4点盛り。これがまた、格別である。

老舗の「風情」に浸りながら肉を炙った夜

ビールを追加。中野に詳しい編集Hさんと、写真のSさんは、カルビとハラミを注文。さらにライスも頼む。焼き肉で白飯、というのも最高で、酒を飲みつつ、飯にも手が出る食欲に、私などは羨望を抱くのである。

しかし、私の目の前にはホルモンがある。センマイやコプチャンが網の上でチリチリと焼けていく光景には、大袈裟だけれど心が弾む。いや、気がつけば、焼き上がりが待ち遠しくて、無口になっているほどなのだ。

老舗の「風情」に浸りながら肉を炙った夜

軽くコショウのきいたホルモンを、レモン汁につけるのもいいし、タレ焼きようの小皿の縁に味噌をぬりたくって、ねっとりとからめながらやるのもいい。

ビールから、焼酎へ切り替える。ホルモンの脂は、ビールにもスピリッツにも合う。もちろん、マッコリにも合う。調子が出てくると、この先、どういう展開で飲み進めるかという1点に意識が集中していく。

老舗の「風情」に浸りながら肉を炙った夜

■締めの選択で幸せな気分に

ふたつほど前のテーブルに、ひとりの男性客がいる。先刻入ってきた彼は背広姿で、仕事帰りだろう。大瓶のビールを飲み、焼き肉をひとしきり食べている模様である。

ひとりだから当り前だが、誰と話すこともなく、誰に愛想笑いをするわけでもない。ただ、肉を喰い、ビールを飲む。まだ、30代の前半か。腹が減っていたんだろう。夢中でよく食べる。

いい光景だ。30代前半で、中野の「とらじ」での「ひとり酒&飯」を覚えたのは幸福というものですよ。オジサンは余計なひと言をかけたくなっている。

老舗の「風情」に浸りながら肉を炙った夜

彼の姿はその後も気になって、しばし箸を休め、グラスの酒を口へ運ぶ間にちらちらと見ていた。すると、ちょうど私が見やったときに、猛スピードで飲み喰いしていた彼が店員を呼びとめた。何か言っている。声は聞こえないが、口元は読めた。

「ビビンバ」

締めに、クッパでも冷麺でもなく、汁気のないビビンバを突っ込んでくるあたり、やはり、若くて健康な証し。私はやっぱり羨ましくなる。

老舗の「風情」に浸りながら肉を炙った夜

メニューを見る。私に最適の一品をそこに発見した。ニンニクの醤油漬けと、深谷の葱を注文したのだ。

深谷葱の辛みと甘み、シャキシャキの食感に、ツンと刺激の強いニンニクを合わせる。これは焼酎に合う。もう一度、ビールに戻るという手もある。

結果として、その選択は大当りだった。なんだか、とても、幸せな気分になってくる。

老舗の「風情」に浸りながら肉を炙った夜

店の歴史は70年を超える。伝統ある本場韓国料理に、「とらじ」独自の味を加えたメニューの数々は、まず飽きるということがない。3人、4人で訪ねれば、あれこれ注文し、酒も大いに楽しめるというものだ。

外に出ると路地に吹く風は冷たい。が、心持はすっかり温かい。

「とらじ」とは、韓国の言葉で桔梗の花を意味するという。桔梗は梅雨から初秋まで咲く、いわば夏の花だが、狭い路地に建つ老舗の焼き肉屋さんには、紫の可憐な花がよく似合う気もする。

また誰かと一緒に来よう。いつにしようか……。再訪の日を今から思い浮かべながら、次の店の扉を目指すことにした。

老舗の「風情」に浸りながら肉を炙った夜

取材・文:大竹 聡
撮影:須貝智行

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