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団長が行く File No.52

築地「多け乃」一家で切り盛り88年!場外の老舗食堂で煮魚にひれ伏した宵

「多け乃」

公開日:

今回取材に訪れたお店

多け乃

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あのお店はなぜ時代を超えて愛されるの? お客さんがみんな笑顔で出てくるのはどうして? 赤星探偵団の6代目団長・赤江珠緒さんが、名店の暖簾をくぐり、左党たちを惹きつけてやまない「秘密」を探ります――。 (※撮影時以外はマスクを着用の上、感染症対策を実施しております)

魚市場がなくなっても元気な築地

2018年に東京都中央卸売市場が築地から豊洲へ移転。築地の場内市場は跡形もなくなったが、場外の専門店街は今も健在。豊洲の仲卸業者が出店する屋内マーケットやフードコートもあり、観光客で活況を呈している。そんな一角に、界隈屈指の老舗「多け乃」はある。新鮮な魚介の料理が充実し、ごはんもお酒もいけると評判の店だ。

築地「多け乃」一家で切り盛り88年!場外の老舗食堂で煮魚にひれ伏した宵

赤江珠緒団長は狭い路地にあるちょっとわかりづらい入口に迷いつつ、昼時のピークを過ぎた時間帯に入店した。こちらは11時から夜までの通し営業で、昼から飲めるのはなんとも心強い。

赤江: わたくし、朝日放送のアナウンサーとして東京に転勤していた時、築地にある東京支社に月に2度ほど来ていました。勤務表を書いて提出する、みたいな、今なら絶対オンラインで済んでしまう用事だけのために。

そんな訳でして、実はまあまあ馴染みのあるエリアなんですけど、こちらのお店は知りませんでした。楽しみ!

築地「多け乃」一家で切り盛り88年!場外の老舗食堂で煮魚にひれ伏した宵

早速、サッポロラガービール、通称“赤星”で喉を潤そう。

――いただきます!

赤江: ああ、ああ、ああ。前のめりに行きすぎてあわあわになっちゃった。

んーーーっ、美味しい! やっぱり、まだ明るいうちから飲るっていうのは最高ですな。

築地「多け乃」一家で切り盛り88年!場外の老舗食堂で煮魚にひれ伏した宵

「多け乃」の壁にはメニューの短冊がところ狭しと貼られている。その多くが「寒ぶりさしみ」とか「ほうぼう天ぷら」といった魚料理。赤江団長は、枝豆をつまみながら、しばし考える。そして、悩む。魅力的なワードの洪水に、今度は自分があわあわしている。

こんな時にはお店の人に聞くのがいちばんだ。

「こちらでの定番の魚はなんですか?」

築地「多け乃」一家で切り盛り88年!場外の老舗食堂で煮魚にひれ伏した宵

団長の質問に答えてくれたのは、3代目店主の曾野田啓祐さん。

「そうだねぇ、カワハギは夏の2ヵ月だけは入らないけど、基本的に年中切らさないようにしてるよ。できるだけ型が良くて、肝が入っていそうなやつを選って仕入れてるんで、肝醤油で食べるカワハギの刺身はおすすめかな」

赤江: カワハ・ギ!(ギにアクセント)。カワハギお願いします!

築地「多け乃」一家で切り盛り88年!場外の老舗食堂で煮魚にひれ伏した宵

「あとうちは、煮魚を目当てに来られる方が多くて、キンメとか、キンキとかがよく出るね。ちょっとお値段は張っちゃうけど、ノドグロも抜群にうまいよ」

赤江: (歌舞伎の掛け声「成田屋!」と同じトーンで)ノ・ド・グ・ロ! ノドグロの煮付けかあ。いいなー。でも、お高いんでしょう?

「多け乃」の魚料理のメニューはすべて時価だ。定食以外には、その日の金額表示はないので、初めての来店だとちょっと不安になるかもしれない。刺身や天ぷらなどはだいたい1200円〜1800円がメインの価格帯。希少な貝類だったりすると3000円を超えるかも、という感じ。煮魚の種類と値段はホワイトボードで確認できる。見てみると……。

築地「多け乃」一家で切り盛り88年!場外の老舗食堂で煮魚にひれ伏した宵

赤江: ほほぅ、なるほどですね。そうですか。そうですよね。

ノドグロはランチサイズが3000円で、大きいのが7000円です、と。丸ごと一尾ですもんね。大きい方ってどんなサイズですか? ええっ、立派ですね!……どうしよっかな。う゛――ん。せっかくですからね、いっときましょう! ノドグロ、お願いします! 大きい方!!

さすが我らが団長、きっぷがいい。いよっ、六代目!

時代の移り変わりと共に変化した業態

築地「多け乃」一家で切り盛り88年!場外の老舗食堂で煮魚にひれ伏した宵

目にも止まらぬ速さでお造りになって登場したのは、定番のカワハギ。肝を溶いた肝醤油をたっぷりつけていただく。

赤江: むふっ。これは! 噛めば噛むほど旨味が押し寄せて、そこへ赤星をグビリとやると……(鼻の穴が広がって)美味し過ぎる! ご主人、これはいかんです!

築地「多け乃」一家で切り盛り88年!場外の老舗食堂で煮魚にひれ伏した宵

赤江: ところで、こちらのお店は随分古くからやられているそうですね。

「ここは祖父が始めまして、1935年、昭和10年の創業ですから、もう88年になります。最初は、海軍経理学校の学生さん相手の甘味屋をやっていたそうです。お汁粉とかあんみつとかの、甘味処ですね。ちょうどその年に、日本橋にあった魚市場と京橋にあった青物市場がこちらへ移転し築地市場が開設されましたが、戦争の影響もあってか、本格的に稼働し始めたのは終戦後だったそうです。

市場が活況を呈してくると、昔は軽子さんと言いましたけど、荷物を運ぶ労働者が街にどっと増えた。軽子さんたちは早朝から働いて昼すぎには仕事が終わるから、午後2時、3時が彼らにとっての晩酌の時間になるんですね。そこで、祖父は昭和22年、そういう人たちのためにごはんとお酒を出す食堂に業態を変更したわけです。終戦後、海軍経理学校が廃止されたため、お客さんが減っていたのかもしれません」

築地「多け乃」一家で切り盛り88年!場外の老舗食堂で煮魚にひれ伏した宵

赤江: へえ〜。だから、カツ丼やチャーハンなんかもあるんですね。

「そう、そう、昔の名残ですね。市場の人たちは魚ばっかり見てるから、もうわざわざ食べたくないんですよ(笑)。僕なんかもそうだけど、仕事終わりには、魚よりもパンチのある肉とか中華とかを食べたくなる。

それから、高度経済成長期に入ってサラリーマンが増えてくると、夜の需要も取り込もうと、魚料理を出すようになっていきました。目の前に最高の魚市場がありますからね。それでいつしか鮮魚がウリの海鮮居酒屋という風情になっていったようです」

築地「多け乃」一家で切り盛り88年!場外の老舗食堂で煮魚にひれ伏した宵

赤江: 啓祐さんはこちらで生まれ育ったんですか? へえ〜、昔はこの2階にお住まいだった? しかし、築地市場が遊び場って、カッコいいなあ。

「学校が終わるころには、市場は清掃が済んで人もいなくなっているから子どもたちの絶好の遊び場でした。めちゃくちゃ広大な屋内遊技場みたいなもんです。鬼ごっことかかくれんぼをやると、鬼は永遠と鬼をやり続ける羽目になる。捕まえられやしないし、全然見つけられない(笑)」

築地「多け乃」一家で切り盛り88年!場外の老舗食堂で煮魚にひれ伏した宵

赤江: はははは! 隠れてる方も不安になって自分から出てきちゃう、みたいな(笑)。

ノドグロの煮付けにひれ伏した宵

築地「多け乃」一家で切り盛り88年!場外の老舗食堂で煮魚にひれ伏した宵

話に花が咲く中、運ばれた大皿に鎮座ましますのは、どとん大きなノドグロ。見るからにこっくりといい具合に煮付けられている。

「このサイズなら、隣の銀座では軽くマン(万)超えだよ」と独りごちたのは、啓祐さんの伯父にあたる拓朗さん。その通りだろう。いや、それよりも、このサイズのノドグロを丸ごと煮付けで食べられる店を探すこと自体が、そもそもむずかしそうだ。

赤江団長は、目をキラキラさせながら、肉牛だったらシャトーブリアンに該当するだろうという、いちばん美味しそうなところに箸を入れた。そしてひと口……

築地「多け乃」一家で切り盛り88年!場外の老舗食堂で煮魚にひれ伏した宵

赤江: (しばし無言。ノドグロの目を見つめて)マジかぁ〜、そういうことだったのか〜。ノドグロさん、お見それしやした。降参です。あなたが優勝です。

脂がのってて、上品で、旨味たっぷりなのに後味すっきり。オンリーワンです。7000円でも安い! タダみたいなもんです! これは、完全にいかんです。

あ、すみません、ひとりで興奮しちゃって(笑)。あまりの衝撃に、つい……。

築地「多け乃」一家で切り盛り88年!場外の老舗食堂で煮魚にひれ伏した宵

「キンメの煮付けもうまいよ。でも、比べちゃうとやっぱりキンキが上だよ。そして、ノドグロはもっと上だよ。大きい型ならなおさらうまい」と拓朗さん。なるほど、この煮付けを目当てにわざわざ遠方から来る客がいることにも合点がいくというものだ。

赤江: この煮汁がまた旨味たっぷりで、たまりません。私もどっぷり浸かりたいくらいです!

「うちは煮付けた煮汁を継ぎ足し継ぎ足しで使ってるんです。いろんな魚の旨味が溶け込んでいるからね。ごはんがほしくなっちゃうんだよね」と啓祐さん。

築地「多け乃」一家で切り盛り88年!場外の老舗食堂で煮魚にひれ伏した宵

赤江: わかるー、煮汁持ち帰りたいー、ペットボトルに入れて売ってくれませんか?

おしゃべりしながらも団長の箸は止まらない。赤星も思わず進む。今日は「ノドグロ meets 赤星記念日」だ。

お父さんが遺してくれたもの

築地「多け乃」一家で切り盛り88年!場外の老舗食堂で煮魚にひれ伏した宵

団長の食欲に火がついた。兵庫県明石市の出身とあって、名産の穴子は大好物。穴子の天ぷらと日本酒をいただきながら、さらに店の歴史について話を聞く。

店で働くのはみんな啓祐さんの家族だ。伯父の拓朗さん、拓朗さんの姉で啓祐さんの母の肇子(はつこ)さん、啓祐さんの妻の志宇(しう)さん、啓祐さんの弟の隆志さん、隆志さんの妻の直子さんの曾野田ファミリー6人のチカラを結集して、連日大盛況の店を切り盛りしている。

築地「多け乃」一家で切り盛り88年!場外の老舗食堂で煮魚にひれ伏した宵

赤江: 啓祐さんと隆志さん兄弟は、お店を継ぐことを決めていたんですか?

「子ども時分から自分は会社勤めはできない性格だと思っていたし、中学生の時には友達と遊ぶよりも、厨房で魚をいじっている方が好きだったから、いずれは店をやるのかなとは思ってました。中学を卒業したら料理の修業に出たいと思ってたけど、今のご時世、高校ぐらいは出ておいてくれって母親に頼まれて(笑)。

それで高校行って、それから調理師学校に1年行って、店に入りました。弟の隆志も僕と同じ道を辿って店に入りました。それぞれ結婚したらカミさんにも手伝ってもらうようになって、こうして一家でやってるわけです」

築地「多け乃」一家で切り盛り88年!場外の老舗食堂で煮魚にひれ伏した宵

先代のお父さんは、思いがけず早く亡くなってしまった。山での滑落事故だった。

「気をつけてな、と見送ったのが最期になるとは、まさかね。現実感がなかったね。急に店の主人がいなくなっちゃったもんだから、そりゃあ大変でした。親父がいつもどこで何を仕入れていたのかがまったくわからなくなっちゃって……」

赤江: お気の毒でしたね。でも、お店を回さなきゃいけないから、悲しむ暇もない。仕入れをしないと始まりませんもんね。

「ええ。それで、保管してあった仕入れ伝票を引っ張り出して総ざらいしたんですよ。まずどこの仲卸と付き合いがあったかを調べて、訪ねるところから始めたんですが、伝票からわかるのは買った時期と魚種、重さ、金額だけ。産地も大きさもわかりません。そしたら、仲卸が教えてくれるんですよ。あんた息子か、親父さんは、この時期はこの産地のこれくらいの型のやつって具合に、事細かに。

ありがたかったですね。人間関係は財産だってつくづく思いましたよ。親父はそんな財産を長年かけて作ってくれていたんだな、なんてしみじみ思ったりしましたね」

築地「多け乃」一家で切り盛り88年!場外の老舗食堂で煮魚にひれ伏した宵

赤江: 築地の人情。何にも変えられない財産ですね。そして今は、市場は築地から豊洲へ移っても、変わらず豊洲へ通って同じ仲卸さんから仕入れているんですね。いいなあ、そういう顔と顔を突き合わせたあったかい人間関係って。

想像の斜め上ゆくオーダーシステム

築地「多け乃」一家で切り盛り88年!場外の老舗食堂で煮魚にひれ伏した宵

いつの間にか、日本酒のアテはナマコ酢に。ナマコは輪切りにするのが一般的だが、啓祐さんはこっちの方が食感がいいと、オリジナルで縦の細切りにして仕上げている。

赤江: ナマコがこれまた新鮮そのもの。うんうん、この切り方いいですね。硬過ぎず、食べやすくて、いいお味。

2階もお客さんが入ってだんだん賑やかになってきましたね。でも、お店の方が2階に行くことが少ないような気が……。みなさんほぼ1階で作業されてますよね。

築地「多け乃」一家で切り盛り88年!場外の老舗食堂で煮魚にひれ伏した宵

「2階は基本的に飲み物はセルフサービスなんですよ。冷蔵庫から好きなのを飲んでもらっているの。で、料理の注文はお客さんに紙に書いてもらって、それを受け取って、料理ができたら上へ届けるという仕組み。紙はここから落ちてくるんです」

啓祐さんが指差したのは、厨房の中にぶら下げられたカゴ。なんと2階と1階が塩ビパイプでつながっていて、客はそのパイプの中に注文の紙を落とすというアナログなシステムだ。

築地「多け乃」一家で切り盛り88年!場外の老舗食堂で煮魚にひれ伏した宵

「これ、住まいだった2階を客席にした時に、人手が足りない分をなんとかしようと親父が考えた仕組みなんですよ。ポイントは注文の紙は洗濯バサミに挟んで落としてもらうこと」と啓祐さんが言えば、弟の隆志さんも「そうしないとパイプの途中で紙が広がって詰まっちゃうもんだから。洗濯バサミを使う前は、詰まってるのに気がつかなくて、料理まだかよって叱られちゃってね」と笑う。

赤江: 最高! タブレットやスマホで注文する時代に、信じられないようなオーダーシステム! これもお父さんが遺してくれた財産ですね。

今日はもうお腹いっぱいだけど、まだまだ気になるものがたくさん。できることなら全メニューを食べてみたいです! 近いうちにまた必ず来ますね。

築地「多け乃」一家で切り盛り88年!場外の老舗食堂で煮魚にひれ伏した宵

――ごちそうさまでした!
(2023年3月22日取材)

《後日談》
なんと、赤江団長、この翌日にも飛び込みでやってきて、散々飲み食いして去っていったとか。。繁盛店なので、お越しの際は予約をおすすめします。

撮影:峯 竜也
構成:渡辺 高
ヘア&メイク:上田友子
スタイリング:入江未悠

 

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