映画の街の残り香
サッポロラガービール、愛称「赤星」を飲める酒場を巡り、飲みかつ食べる「赤星酒場見聞録」。11回目に訪れますのは、大田区蒲田の「喰処 のん田」という居酒屋だ。
京急蒲田駅の東側を走る第一京浜国道を少し北へ行って右に曲がると、そこはキネマ通りだ。店は、この通り沿いで2000年3月に開業し、地元の人々に愛されてきた。
カウンターとテーブル席ひとつの小さな店を、ご主人夫妻が切り盛りしている。開店の30分前にお邪魔をした私たちを、おふたりは柔和な笑顔で迎えてくれた。
「このあたりはキネマ通り商店街といって、昔は賑やかな商店街だったんです。でも、今は、お店がなくなってしまったけどね。うちのお客さんは、昔からのお得意さんがほとんどです。でも最近では、マンションがたくさん建ったから若い人も来てくれますよ」
女将さんのお話を聞きながら、カウンターにつくとすぐに頼んだ赤星を、グラスに注ぐ。そして、ひと口。グイッとやる。
まだ明るいうちからのビールは、今日も格別にうまい。
キネマ通りのキネマとはシネマ、つまり映画のことである。
蒲田には大正期から昭和初期にかけて松竹蒲田撮影所があった。場所は、JR蒲田駅と京急蒲田駅の間だが、そこから京急蒲田駅を越えた現在の東蒲田には、蒲田キネマという映画館もあった。蒲田はいわば映画の街で、当時の映画関係者やスター俳優たちが出入りする流行の先端、モダンさの象徴だった。映画のタイトルにもなった『蒲田行進曲』は撮影所の所歌であるが、その冒頭の一節は「虹の都 光の港 キネマの天地」である。
松竹の撮影所は昭和11年に移転、蒲田キネマは昭和20年の空襲で焼失したが、その後も、昭和30年代の日本映画の最盛期には、蒲田には20館以上の映画館があったと言われる。しかし、最後まで残っていた「テアトル蒲田」と「蒲田宝塚」が2019年に閉館し、今、蒲田には映画館はない。
一方で、日本中の映画館に客があふれた時代から昭和50年代にかけて、蒲田には多くの町工場が集まり、若い働き手が大勢住むようになった。その後、バブル崩壊などを経て町工場の数は減少を続けたが、この店が開業した2000年(平成12年)当時もまだ、小さな工場は数多く残っていたという。
「夕方5時を過ぎると仕事を終えた工員さんたちが寄ってくれました。みんな、ここで少し飲んで食べて、それから女性のいる店へ繰り出すんですよ」
つまみは全方位に
壁にかかっているホワイトボードに、本日のつまみが書かれている。炒め物、生姜焼き、コロッケ、塩サバ、ホッケなど定食のメイン総菜になりそうなものが列挙されている。他にはえいひれ、うるめいわしといった定番のつまみもあるし、ネギマ、カシラ、とり皮、とりレバ、つくね、ししとうなどの串物もある。
それから、刺身にフライものがあり、あっと思うのは、みそラーメン、もりそば、カレーうどん、もち磯辺焼に、おお! 豚キムチ鍋まである。揚げ物、焼き物、煮物、生もの、おひたしや、締めの麺類や鍋まで、ご主人はひとりで作るのだ。
さて、何にしようか。私はまず、平目昆布〆と、たこぶつを頼んだのだが、ふた皿が並べられたカウンターは素晴らしい景色になった。
ヒラメをポン酢で、まずはひと口。ああ、贅沢だ。これ、日本の味だなあと、腹から思う。
そして、タコ。どうしてこう、うまいのだろう、タコってやつは。これからマダコのうまい季節だ。
新鮮な枝豆とタコ、あとはキュウリと谷中ショウガに、ほどよく冷えたサッポロラガービールがあれば言うことなしか……。取材時は梅雨入り前だったが、私は早くも夏酒の幸福な光景を思い浮かべていた。
ご主人は、ご自分の店を出す前はどこかで修業をされたのだろうか。お尋ねしてみた。
「新橋でサラリーマンをしていたんですよ。その頃、アルバイトで飲み屋を手伝ったのですが、だんだんそっちに重点が移っていきました。そこで料理を覚えたのですが、料理は好きでしたね」
その頃、同じ新橋で働いていた奥さんと出会い、お付き合いをするようになったという。
ちなみに、ご主人もお酒を嗜まれるという。酒場巡りを生業としていると私が言うと、それは身体がたいへんだと、すぐさま気遣ってくださった。ちなみにご主人は昭和28年生まれ、私の10歳年上だが、とても若々しい。
今回も、取材隊は賑やかだ。マーケティングや広告の担当の若手集団と、現場の編集と写真撮影を担うナベさんとキヨコさんといういつものメンバーだ。彼らは、私がヒラメとタコのうまさに目を細めている間に、いろいろ注文したらしい。
そのひと工夫が嬉しい
まず出てきたのはニラ玉だ。続いてなすみそ炒め。ビールによく合うつまみだが、口へ運ぶと、どちらもやさしい家庭料理を思わせる。それでもやはり、家庭の味というだけにはとどまらない。ビールやサワーにも合うように、味付けはひと工夫されているように感じる。
私は日ごろから、居酒屋や割烹のつまみというのは、ほんの少しばかり味をしっかりつけることで、酒をうまくさせていると思っている。あくまでご飯のおかずとの違いというレベルでの話だが、このちょっとした塩梅に、酒場の料理を担う人の客を思う気持ちが働いているような気がする。客を思う気持ちとはつまり、うまいつまみで飲んでいってくださいという、なんともありがたい気持ちのことだ。
「これは、ピリ辛、マーボー風ね」
そう言って女将さんが運んでくれたのは、ピリ辛あつあげ煮だ。煮とあるが、煮込み料理ではなく、厚揚げのピリ辛ネギ餡かけという感じだろうか。これが、うまいんだな。
気が付けば、外はまだ明るいのに、お客さんがひとり、またひとりと入ってくる。店の奥に陣取って飲み食いをしながら写真撮影もしている私たち取材隊を怪訝そうに眺めながら、カウンター席についた。
「いらっしゃい!」
女将さんがまず元気よく迎え、すぐ後に、ご主人もまた「いらしゃい!」と続く。そのテンポが小気味いい。おふたりは無意識にやっているのだろうが、初対面の私には絶妙の掛け合いに見えた。それだけで、ほのぼのとした、温かい気持ちになってくる。
若手たちはどんどん注文する。
5個入りの餃子が2皿、串焼きは8本、さらに、かつ煮も出てきた。彼らは、おつまみが出てくる間には、カウンターの上に置いてあるうまい棒(サービス品)にまで手を伸ばしていたのだ。
この若手たちの中には元アスリートがふたりいるので当然の食欲ではあるのだが、もちろん食べるばかりではなく、ビールも休みなく注文する。かつ煮が出てきたあたりで、赤星の瓶ビールが底をついてしまい、あとは、サッポロ黒ラベルの生ビールに切り替えた。
「はい、これ、マスターから」
女将さんがにっこり笑って、わらびのお浸しを出してくれた。その笑顔は、あなたは、さっぱりしたものが、いいでしょ? と語りかけるようだった。こんな配慮も嬉しいかぎりだ。
無邪気に飲む、食べる
その後も、若手の中の女性2名から、すじ子おろしと、もち磯辺焼の注文が入り、それを待つ間に男性陣からベーコンエッグの追加が入った。
すごいな、赤星取材隊。無邪気というかなんというか。うまいもの食べてビールを飲んで、幸せになるのは実に結構なことだ。なにしろ若いんだからな……。
と思っていると、編集ナベさんがフライドポテトを注文した。
え? このタイミングで、フライドポテト?
「50歳を過ぎてからジャガイモのうまさに気が付いたんです」
何を言っているのか、ちょっとわからない。けれど、フライドポテトを実際に食べた後のひと言には笑わせられた。
「はぁ、おいしい……」
そこへ、誰が頼んだか、じゃがバターも運ばれてきた。これがまた、うまそうなんですね。私もひとつ、いただこうか。と思っていると、
「ベーコンエッグです」
ああ、健康なる赤星取材隊によるこの宴、まだ当分、終わりそうもない。
私もフライドポテトをひとつまみ、いただく。うまいね。間違いなく、ビールに合う。
ああ、あのベーコンエッグもうまそうだ。ベーコンの上に卵を落として蒸し焼きにするとこうなるのか。ポーチドエッグ風の卵の下に、ベーコンと千切りキャベツがちらりと見えている。アイデアを凝らした実にうまそうなベーコンエッグ。ちょっとした工夫が心憎い感じなのだ。
私は、店へ来て最初のビールを飲んでいるときに聞いた、女将さんとご主人との会話を思い出していた。
「私たち、近くに住んでいるんですけど、マスターは休みの日も店に出るんですよ。1年365日、毎日ね」
「なんだかんだ、やることはあるからね。1時間でも、2時間でも、来るんですよ」
「私から逃げようとしてるの(笑)。それは冗談。ここはね、マスターのお城なの」
いい話だ。
つまみだけでなく、ご夫婦の言葉もおいしい。蒲田、キネマ通りにある小さな城は、昔の松竹映画に出てきそうな、ほのぼのとした夫婦酒場である。
(※2026年5月25日取材)
取材・文:大竹 聡
撮影:衛藤キヨコ



と赤星
と赤星


