あのお店はなぜ時代を超えて愛されるの? お客さんがみんな笑顔で出てくるのはどうして? 赤星探偵団の6代目団長・赤江珠緒さんが、名店の暖簾をくぐり、左党たちを惹きつけてやまない「秘密」を探ります――。
夏の暑さを吹き飛ばす秘策

とにかく暑い。暑すぎる。全国津々浦々で、照りつける日差しと、体温を超えるほどのムンッとした熱気は容赦なく、札幌では年間の真夏日日数を101年ぶりに更新したというから、もうお手上げだ。
いや、こんな酷暑だからこその利点もある。冷た〜いビールは、暑さが厳しければ厳しいほど美味くなる。ちょいとスパイシーな料理をアテに、サッポロラガラービール、我らが“赤星”をゴクゴクゴクッとやる楽しみは、代え難いものになる。
かくして赤江珠緒団長がやってきたのは、東京メトロ南北線本駒込駅からほど近い「スパイスバル コザブロ」だ。“スパイスバル”と冠するように、インド料理をはじめとするスパイスを使った料理とお酒を楽しめる店だ。

大きな窓ガラスが印象的なエントランスを入ると、立派な体躯の店主・菅原孝三郎さんが迎えてくれた。店名のコザブロは、お名前に由来する。コザブロさんと呼ばせていただこう。
赤江: 外光がふんだんに差し込んで、外と一体となったようなスタイリッシュな店ですね〜。お向かいが広々としたお寺さんで、春には枝垂れ梅がさぞかしきれいなことでしょう。
お、この壁の絵は直に手描きされているんですね! スリランカの風景ですか、なんとも素敵です。

「スタイリッシュな店に入ってみたら、厨房にこんなごついオヤジが立っていてギョッとされます」とコザブロさんが言うと、
赤江: ははは! 美味しいものを作る方に違いない、と思いましたよ。
「それも、100人中150人に言われますね(笑) こんな体格なので、相撲やってたでしょとか、プロレスやればとかよく言われますが、格闘技なんて滅相も無い小心者です。今、ガチガチに緊張してます」
赤江: えっ! そんなふうにはまったく見えませんよ。今日はお得意のお料理で、怒涛のパンチを繰り出していただけたらと思います。まずは、赤星をお願いします!

キンキンに冷えた赤星とグラスがやってきた。トクトクトクと、禁断の昼呑みのはじまり〜
——いただきます!
赤江: ぷはーーーっ! 美味しすぎますよ、赤星さんよ。アナタがいるからこの夏も乗り切れるというものですよ。ありがとう。
キュッと一杯やったら、空腹もMAXでございます。さあさ、食べますぞ。
前菜からデザートまでスパイス三昧

こちらのお店のスタンダードな楽しみ方をコザブロさんは教えてくれた。南アジアのピクルスであるアチャールを中心とした冷菜に始まり、煮込みなどの温菜、インド風のコロッケや天ぷらなどの揚げ物、肉や魚などの串焼きをお酒と一緒に楽しみ、最後はカレーで〆るという流れだ。
団長は種類豊富な冷菜から4種を盛り合わせてもらうことにした。

やってきたのは、定番のスパイシーコールスロー、ツブ貝のアチャール、燻製マサラナッツ、山形名産の茄子である蔵王サイファイヤのアチャールという冷菜部隊の精鋭たちである。
赤江: ツブ貝さんがこうなりましたかー! 初めましてのお味です。まず爽やかにスパイスの香りが立って、噛むうちにツブ貝の旨みが広がってきて、スパイスの風味と混じり合って、さらに旨みが広がって……いやあ、美味しいなあ。
蔵王サファイヤは、トロッとした甘さがスパイスによってさらに上品に引き出されていて、これまた初めてのお茄子の一面です。
シャキシャキのコールスローを味わっては、赤星をぐいっとやっては沁み渡るビールとスパイスを全身で堪能している。

「うちは、料理としてはインド料理の技法が主になっていますが、食材は日本のもの。料理の研究をしながら、勉強のために食べ歩きに力を入れた時、選ぶ店が自然と和食中心になっていったんです。日本には四季があって、その時々に海山の優れた食材がある。その扱い方を知っているのは、やはり和食の料理人だなと思いました。
スパイスは強い風味を加えられるので、使い方によっては食材のせっかくの持ち味を損ないかねません。僕は素晴らしい和食の料理からヒントをいただきながら、スパイスによって日本の食材を生かし、和食にはない食材の味わい方を提案できればいいな、と思って料理をしています」

赤江: 生きてます、生きてます! 経験のない美味しさを楽しませていただいていますよ。
ポリポリポリポリ……
そしてこのナッツ、めっちゃ美味しい! 止まらなくなっちゃいました(笑)
「美味しいですよね。無塩バターを煮詰めてインド料理によく使われるギーという澄ましバターを自家製して、ナッツにからめています。そして、ナッツ類とクミンやコリアンダーなどを混ぜて作るデュカというスパイスをまぶして、燻煙しています。僕もこれは大好きで、食べ始めたらやめられなくなっちゃうんですよ(笑)」

赤江: 絵本の『ちびくろサンボ』に、「ギー(インドのバター)」みたいに書かれていたので、ギーって、なんだかすごく美味しそう。食べてみたいな〜と子どもの頃から思っていたんですよ。
あの、ギーか〜。
日本の優れた食材に新たな風味を

何やら揚げられた塊にスッと包丁が入れられると、美しいピンク色の断面が現れた。カツオである。表面のほんの数mmだけに火が入った絶妙なレアカツの状態だ。刺身で美味しいカツオを、小麦粉ではなく豆の粉を使ったインドの天ぷらであるパコラにした。
西インドで食べられる、甘くて辛くて酸っぱいソースであるレチアドに、潰した梅干しをミックスした特製ソースでいただく。

赤江: 美味しい! これまた、お馴染みのカツオさんをまったく初めての味付けで堪能しております。コザブロさんのお料理は、普段使われていない味覚の機能を刺激される楽しさがあります。このお料理のスパイスは口の中のここが、このスパイスはこの辺りがと、忘れていた感覚が呼び覚まされるようです。
「スパイスの辛味って面白いもので、辛いのが平気という人でもマスタードは苦手とか、唐辛子は辛すぎてだめだけど胡椒はいくらでもいけるとか、同じ胡椒でもホワイトペッパーは余韻の辛さが強すぎてだめとか、人によって感じ方は千差万別なんです。赤江さんは大丈夫ですか?」
赤江: ほどよい辛味は好きですね。ありがたいことに、いろんな辛味を美味しく感じられるタイプなのかもしれません。
うちの娘が2歳くらいの頃、親指のおしゃぶりをやめさせたくて、指に和がらしを塗ったり、唐辛子を振りかけてみたことがあるんですが、嫌がるどころか、むしろ美味しそうに舐めていました(笑) そういう血筋なのかも。

「スパイスの超英才教育ですね(笑) 幼少期から食べさせていると、どうやら子どもも平気になるみたいですよ。僕なんてこういう料理作ってますけど、実は体質的にはそんなにスパイスに強い方ではありません。2年前にヨメとインドに行った時には、スパイスを食べてすぎて鼻血が出て、あ、向いてないかもと思っちゃいました。新メニューの味見はヨメにやってもらってます」
赤江: スパイスに敏感すぎるスパイス料理人! だからこそ、やりすぎない、絶妙な加減のスパイス感になっているのかもしれませんよ、きっと。

定番のインド風コロッケ、アルボンタは、この日は宮古島産紅芋を使った特別バージョンだ。
赤江: 紅芋の甘くて美味しいこと! そしてちょい時間差で、お肉と玉ねぎの旨みや振りかけられたスパイスの香りとピリ辛がやってきます。この味の変化が楽しいですね。
「先週、宮古島へ旅行へ行ったもので、いつもはジャガイモで作るアルボンタを紅芋で作ってみました。確かにスパイス感を甘みが包んでくれるようで、優しい味わいになりましたね。僕も紅芋バージョンが食べやすくて好きだなあ」

コザブロさんは東京都文京区のこの辺りの出身。食の世界に入ったのは、学校を卒業して「長くのらりくらりとしていた」時期を経てのこと。縁あって働き始めた上野ガード下の焼き鳥店で飲食業のやりがいを見出し、3年ほど勤めてひと通りの仕事を覚えると、自分の店を持ちたいと考えるようになった。
焼き鳥を主体とした居酒屋をやりたい。でも、現実的に生活できるだけの収益を上げるにはランチ営業も必要で、集客のための工夫が必要だ。ハローワークに通いながら、独立に向けて、さらに居酒屋運営の修業ができる勤め先を探したものの、なかなか見つからない。そんな日々の中で、コザブロさんは発想を転換したという。
焼き鳥からカレー、そしてスパイス料理へ

「ずっと、みんなが好きな食べ物って何だろう? とばかり考えていました。それを、みんなが嫌いじゃない食べ物って何だろう? と視点を変えたんです。似ているけど、もっと間口が広いし、自由な感じがしませんか? 真っ先に浮かんだのが、カレーです。ちょうど老舗のカレー屋で求人があり、いい経験になるかもしれないと転職しました」
大正元年から築地市場内で営業し、市場の豊洲移転に伴って現在は豊洲で営業を続ける「印度カレー 中栄」だった。同店には、9年6カ月勤めた。
プロアマ問わず筋金入りのカレーマニアやスパイス料理好きが出入りすることから、働くうちに食関連のネットワークが広がった。インド料理の大家である渡辺玲氏が主催する大人気の料理教室に応募したところ、参加希望者が10倍以上という狭き門をくぐり抜けて当選。そこでビリヤニを作ったことをきっかけに、インド料理に興味を持つようになった。ビリヤニとは南アジアで食べられている炊き込みごはんだ。
そして、渡辺氏の元で料理を習うようになり、インド料理の多様性と奥深さにすっかりハマってしまった。インド研修旅行にも参加し、現地で本場の料理を学び、味わうと、さらにのめり込んでいったという。

「焼き鳥を主体とした居酒屋をやりたい。老舗カレー屋でランチのためのカレーを学ぶ。インド料理を研究する。インド料理にはタンドリーチキンのような焼き物の料理もある。いろんな点と点がだんだんつながってきて、やりたいお店のコンセプトが浮かび上がってきました。料理を試作してはヨメに試食してもらい、厳しい意見ももらいながらブラッシュアップを重ねました。そうして生まれたのが、このスパイスバルという不思議な店なんです」
赤江: 遠回りをしたようで、コザブロさんはその時その時に必要なものをつかみ取りながら、唯一無二のお店をつくりあげたのではないでしょうか? 愛されキャラが人との出会いを生み、大切な機会をものにしてきたように思います。

ラムや鴨ハツ、メカジキ、日によっては本マグロの頬肉などバラエティ豊かな串焼きのラインナップからは、鳥取のブランド地鶏である大山鶏を選んだ。焼きたての熱々を頬張ると……
赤江: プリップリッ! そしてジューシー! 旨みと香りが一気に広がります。ヨーグルトとスパイスでマリネしている効果ですか、これは焼き鳥屋さんでは味わえませんねえ。
さらに、添えられたミントとパクチーの薬味、ミントチャトニをちょいと乗せていただきますと……赤江の中にシタールの幻想的な音色が響きました。気分はインドでございます。そして、言わずもがな、赤星との相性もサイコーですわ。
スルスルいける危険な美味しさ

〆のカレーは悩んだ末に、ラム挽肉のビンダルをチョイス。ビンダルとはワインヴィネガーとニンニクを効かせた、ポルトガル料理を起源に持つカレーだ。ジャスミンライスと共にいただく。
赤江: めっっっちゃ美味しい! 酸味が効いていて、ラムのコクと香りがじんわり広がって……今まで食べたラムのカレーで一番です! 結構お腹いっぱいかもと思っていたけど、これはスルスルと入っていきます。

「うちのカレーは、〆に召し上がっていただくことを前提にしているので、コクはしっかりありつつも軽やかな印象になるよう仕上げています。それと、ごはんには日本のお米よりもライトな味わいのジャスミンライスを使って、飲んだ後にさらりと食べられる組み合わせにしています」
赤江: 自分でも信じられないくらい今日はお料理をいただいています。暑い夏でも、食欲が止まりませんがな。
でも、さらにどうしても気になるものがもう一品ありまして。これ、今しか食べられないんですよね? 土用丑の日のスペシャルメニュー、うなぎのビリヤニって。

ぜひ! とコザブロさんは嬉々と調理を始めた。
ビリヤニの中でも、スパイスで煮込んだ具材であるマサラと米を層状に重ねて炊き上げるダムビリヤニとに仕上げる。
スパイスで下味を付けて焼き上げた愛知・三河一色産のうなぎの蒲焼を乗せ、うなぎの頭と骨でダシを取ったカレーを添えた、なんとも贅沢な逸品だ。

赤江: スパイスをまとったうなぎさん、初めまして、赤江です。キョーレツに美味しゅうございます!
こちらのごはんは細長いバスマティライスですね。ダシの旨みをたっぷり吸っていてたまりません。ここにカレーをちょいとかけまして、と……。至福の時でございます。
ワタクシ、本日は南アジアへ一気に飛んだ、いや、インドの民族衣装を着て日本中を駆け巡った思いです。

カレー&ビリヤニで無事に〆られたかと思ったが、団長の前には魅惑的なもう一品が登場した。デザートのバニラアイスだ。自家製のマンゴーチャトニがたっぷりとかかっている。チャトニとはチャツネともいい、野菜や果物で作るジャムやペーストのようなものだ。
「今回、チャトニを作る時に唐辛子の分量を思いっきり間違えてしまいまして、通常よりもかなり辛くなっています。ところが、バニラアイスと合わせたら、案外イケるなと思いまして」
幻のキョンの串焼き

赤江: これ、ベストじゃないですか? チャトニだけだと確かに甘さよりも辛さが立っているけど、アイスと一緒だと中和されてほどよいアクセントになっています。冷たっ、甘っ、辛っが三位一体の美味しさを作り上げておりますよ。
デザートもぺろりと平らげた団長を見てうれしそうなコザブロさんだったが、ふと思い出したように悔しがる。
「赤江さんにぜひ召し上がっていただきたい焼き物があったのに、今日はたまたま材料を入荷がなくお出しできなかったもので。うちならではの一品なんですが……。キョンって食べたことあります?」
赤江: キョン? キョン? ?? あっ、あの八丈島とかにいる、小さいシカのような。

「そうです! 最近、房総の鴨川なんかで外来種のキョンが野生化して増えてしまっているんですが、現地の猟師さんやジビエ処理場と連携して、捕獲してジビエ肉として活用しているんです。とても美味しいお肉で、スパイスとの相性も抜群で。食べてほしかったなあ」
赤江: 国産キョンのスパイス串焼きをいただけるお店は、確かにこちらだけかもしれませんね。残念ではありますが、またおじゃまする理由ができました。
キョンは次回のお楽しみに。また寄らせていただきますね。

——ごちそうさまでした!
(2025年7月19日取材)
撮影:峯 竜也
構成:渡辺 高
ヘア&メイク:東上床弓子
スタイリング:桝田朱美