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100軒マラソン File No.35

調布・百店街にみつけた「我が心のふるさと」

「鳥勝」

公開日:

今回取材に訪れたお店

鳥勝

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京王線、調布駅。新宿から特急でふたつめ、時間にして15分程度で着く郊外の駅ですが、ここ、ずいぶんと風景が変わりました。

以前は、上下2本ずつ、4つのホームが並んでいた地上駅でしたが、あれは、何年前だったか、線路が地下にもぐり、駅舎がなくなっって、なんとも、のぺっとした駅前に変わってしまったのです。

調布・百店街にみつけた「我が心のふるさと」

私は三鷹市の生まれ育ちですが、三鷹といっても、JRの吉祥寺や三鷹より、京王線の仙川とつつじヶ丘駅のほうが近い場所でしたから、小さい頃に、もっとも馴染んだ電車は京王線ということになります。

長じてからも、最寄り駅が京王線の調布駅というエリアに住んだのが4年間あった。今はさらに西に住処を変えましたが、移動は常に京王線であり、調布は必ず通る駅でもある。ただ、先にも述べたように、線路と駅舎が消えてしまうと、どうにも勝手が違う。というか、どこにいるのか、一瞬わからなくなる。

なにしろ、南口と北口という、駅のふたつの大きな顔が失われたわけで、残ったのは昔の南北をあわせた中央改札とかなんとかと、昔からある東口改札のみ。そうそう、ラッシュ時には開かなくて困った、あの踏み切りもなくなった。

調布・百店街にみつけた「我が心のふるさと」

行ったり来たり、まったく自由にできるのはいいことなのかもしれませんが、人生50余年、調布駅の南北のロータリーの変遷を眺めてきた私にとって、

おいおい、冗談じゃねえや、ここが調布かよ!

と大声を上げたい気分も、いまだにある。

■この店、正解だったなあ

けれども、変わらないところもあるんですよ。そこがいいところだし、わたくしごときが誠に僭越ではございますが、酒飲みのみなさんにぜひともお教えしたい。

調布・百店街にみつけた「我が心のふるさと」

ちょいと昔ながらの風情漂う路地でして、その名を「百店街」という。

いいですねえ、この名前。ストリートでも、ましてやアベニューでもなく、街(ガイ)ですよ。これ、私個人の好みですが、何番街とか○×通り、なんてのが、なんかこう、座りがいいし、実際、その名前が通りの風情にぴったり合うことが多い。

調布の百店街もね、いいんです。飲み屋、中華屋、ネエちゃんのいる店などが、肩を寄せ合う感じで細い通りの両サイドに並んでいるわけですよ。

調布・百店街にみつけた「我が心のふるさと」

訪ねたのは2月もそろそろ下旬になろうかという頃合い。まだ、日の残る時刻でしたが、スーパーカブに乗ったおやじさんが、昼の出前の器を下げてくる姿なんかに出くわしました。

わたくし、その昔、三鷹でのことですが、家事を仕切っていた祖母が長期入院した際、毎晩のように店屋物で空きっ腹を満たしていたことがある。それ故か、カブで疾走してくる出前の兄さんやお父さんに、異様なまでの郷愁を感じるのです。

まあ、そんなことはどうでもよくて、この百店街のなかほどに、「鳥勝」はあります。カウンターのほかにテーブルひとつ、だけかと思ったら週末に稼働する2階席もある。何人かで誘い合わせて出かけてもいいし、ひとりでふらりと入るのもいい。

調布・百店街にみつけた「我が心のふるさと」

ここ、なにしろ、うまいんです。

名前の通り、焼き鳥の店です。最初からネタをばらしますが、味はもとより、盛りもすばらしい。こういう店を1軒知っておけば、その駅周辺はすでにわが町と思えるくらいの自信が持てるというものです。

店に入り、荷物を下ろしてカウンターに席をとると、ちょうど、仕込み中の煮込みが見えた。牛スジ、大根、コンニャクなどが、鶏がらの出汁で煮込まれている。大根は、ホクホクだし、牛スジは、たっぷり肉がついていて、見た目にもシチューの具を思わせる。

調布・百店街にみつけた「我が心のふるさと」

おお、うまそうやなと、まだ、何も頼まない前から思える。これは、酒を飲むことでなぜか飯を喰っている私のようなものにとっても、めったにあることじゃないような気がするんですな。

だから、嬉しい。すでにして興奮している。さっきまで、けっこうな二日酔いであったことをすっかり忘れて、ビール! と叫ぶ多摩の酒飲みオジサン。さっそく煮込みと焼き鳥各種を注文します。

鳥皮、鳥ハツ、ナンコツ、ボンジリは塩焼き、ハツスジとツクネはタレで。それからもうひとつ、豚のガツ刺し。ついでにキャベツの浅漬けもいっときますか。

調布・百店街にみつけた「我が心のふるさと」

店は現在3年目とのことだが、店主の佐々木和人さんが開店時から「ビールはコレ」と決め打っていたという赤星を、私は、ぐいぐいっと飲む。

ほどなくガツ刺しが出てきて、びっくりした。この盛りのすばらしさよ。なんということだろう。

私などは、この1皿でいつまででも飲んでいられるほどのもので、しかも、実にうまい。ガツや子袋の刺しにそもそも弱いということもあるけれど、こちらのガツ刺し、抜群でしたな。

調布・百店街にみつけた「我が心のふるさと」

■“ふるさと”が見えてくる

ああ、この店、やっぱり正解だったなあ、とため息が出る。実はもうずいぶん前から、一度来てみたいと思っていた店なのだ。

それにはこんな事情がある。

私は三鷹の生まれ育ちと書きましたけれども、その場所を正確に言うと、三鷹の新川にあった団地です。1000所帯くらいあったでしょうか。

団地の真ん中には商店街があり、さらに団地の周縁部にも商店が並んでいて、ひとまず日常生活に必要なものはすべて間に合った。酒、肉、魚、パン、お菓子、タバコにクリーニング、雑貨に、薬局、文房具、布団、電気、工具とネジ釘などなど。飲食では、蕎麦、寿司、中華、洋食と揃っていて、これらの店はすべて出前に対応した。それとは別で、一軒、いわゆるレストランもあって、団地の子の誕生日なんかがあると、そこへ親戚が集まったりしていた。

私らは、その団地の子。そのまま長じて、結婚して子供をつくってからも団地に住んだという、私のような者もいるわけですが、2年ほど前でしょうか、団地で一緒に子育てをした仲のいい夫婦から、「鳥勝」さん、調布でやっているらしいよ、という情報が寄せられたのだ。

調布・百店街にみつけた「我が心のふるさと」

私たちが言う「鳥勝」とは、団地の横の住宅街にあった店のことで、ここは、やきとん中心だった。実にうまいので、団地周辺の在住者にとってはたいへんな有名店であったのだが、私たちも年をとり、団地を離れてからは消息が不確かになっていた。

もともとは団地の横の駐車場に出ていた屋台だった。私はオヤジに連れられて、そこで初めてシロモツを喰い、「自分で頼んでみろ」と言う父の言葉にしたがって、「タン塩!」なんて口走った。小学校に上がる前くらいのことだったか。

それから、どれくらい経ったころだろうか。いつしか屋台は店になった。屋台時代の大将にくっ付いてきていた角刈りの若い人が、自分の店を開いたのだった。それが「鳥勝」だ。

調布・百店街にみつけた「我が心のふるさと」

在りし日の「鳥勝」(写真:佐々木和人さん提供)

「鳥勝」には、注文にコツがあった。午後3時の営業開始ぴったりに注文の電話をかけるのだ。

タンとナンコツは特に人気で、品切れになることが多かった。私の家はこのタンとナンコツの熱烈なファンであったから、午後3時ぴったりに電話をする必要があったのだ。

そうして、出来上がりの時間を聞き、ぴったりの時刻にとりにいき、熱々のところを持ち帰って夕方から家で1杯やるのである。

調布・百店街にみつけた「我が心のふるさと」

串ものを焼く旧「鳥勝」の大将(写真:佐々木和人さん提供)

今、思い出しても、楽しい夕方。それが我が家にとっての「鳥勝」さんだった。そんな昔話も、僭越ながら、カウンター越しにさせてもらいます。

で、今いる、調布の「鳥勝」さんは、三鷹の「鳥勝」の大将夫婦の娘さんと一緒になった佐々木和人さんの店なのである。

西荻窪の人気店で修業した佐々木さんは、豚ではなく鶏を中心にしているが、店名と、ヴィンテージものの冷蔵庫、手作りの木製ベンチを受け継ぎ、タレもまた、義理のオヤジさんのレシピのとおりに作っているという。

調布・百店街にみつけた「我が心のふるさと」

私はただ嬉しくて仕方がない。

昔の新川が見えてくる。家族で「鳥勝」のやきとりを囲んでビールを飲んだ休日の夕方が、目の前に蘇ってくる。両親とも地方から出てきて三鷹の団地で所帯を持った家だったから、私にはこれという田舎がない。けれど、こうして思い返してみると、新川がふるさとだなと、合点がいくのだ。

懐かしく、ありがたい。

調布・百店街にみつけた「我が心のふるさと」

■調布に新たな足場ができた

塩焼きが出てきた。

いずれも、ネタがいいし、つくりが丁寧だ。ネタの選びにも仕込にも手抜きがないなあと、素人ながら納得し、また嬉しくなる。

そこへ、佐々木さんと同様に、調布の出身だという常連さんが現れた。思わず、あっと声が出ましたね。カウンターに座ったその人は、10年近く前、府中の立ち飲み屋で毎週のように顔を合わせていたHさんだった。

調布・百店街にみつけた「我が心のふるさと」

縁というのは、本当に不思議なものですな。

私と「鳥勝」さんとのご縁は、しばらくのご無沙汰を挟んで、もうすぐ50年になる。現在の「鳥勝」さんとのお付き合いは、今夜が初めてだが、その記念すべき日に、一時は毎週のように話を交わしたお馴染みさんと、久しぶりで出会う。しかも、佐々木さんとHさんは、調布の同じ地域の出身だというのです。

私はお調子者で、いつまでたっても成熟しないタチだから、こうなってしまうと、胸の奥がなんだか熱くなってきて、ただただ、酒がうまい、という状態になってきます。

調布・百店街にみつけた「我が心のふるさと」

これでもかと盛られた煮込み、オヤジさんゆずりというタレのハツスジ、そして、焼き上がるのに30分を要するという特大のツクネが続けざまに出てきた。

いずれも絶品。私たちの背後のテーブルで飲んでいらしたご夫婦の奥様も、「これ、ほんとうに、おいしいわぁ!」と思わず、高い声をお上げになった。

調布・百店街にみつけた「我が心のふるさと」

かつて踏み切りの脇にあった中華屋さんも、ホッピーの中身の量がハンパではなかった居酒屋さんも、今は、ない。けれども、今夜、百店街に新たな足場ができた。

深大寺で蕎麦屋酒をやってから30分ほどゆっくり歩き、時間を合わせて、開店直後の「鳥勝」に滑り込む。そこでまずは赤星。そんな楽しみができたと思うと、多摩の酔っ払いオジサンは、またまた、嬉しくてたまらない気分になるのである。

店を出ると、外の空気は春のにおいがした。

調布・百店街にみつけた「我が心のふるさと」

取材・文:大竹 聡
撮影:須貝智行

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