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団長が行く File No.75

月島「食堂 ユの木」左党も唸る“強制突き出し6品セット”に自制心を保てるか

「食堂 ユの木」

公開日:

今回取材に訪れたお店

食堂 ユの木

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あのお店はなぜ時代を超えて愛されるの? お客さんがみんな笑顔で出てくるのはどうして? 赤星探偵団の6代目団長・赤江珠緒さんが、名店の暖簾をくぐり、左党たちを惹きつけてやまない「秘密」を探ります――。

収納はキチッと、文字はたおやかに

月島は不思議な街だ。明治時代に埋め立てられた平らな土地には現在、天を突くタワーマンションがニョキニョキと建つ。その足元には築100年近い木造の長屋も残り、昭和初期の残り香がそこはかとなく漂う近代的な街並みが形成されている。

月島「食堂 ユの木」左党も唸る“強制突き出し6品セット”に自制心を保てるか

メインの商店街は50軒以上のもんじゃ屋がひしめくアーケード街、通称もんじゃストリートだが、本日、赤江珠緒団長が訪ねるのは、細い路地に入ったところに佇む「食堂 ユの木」だ。

ジャンルに縛られない表現の自由度を求め、あえて“食堂”と冠し、週3日は名物のしうまい(焼売)を中心とした定食をランチで楽しめるが、夜の顔はお酒と和食をゆっくりと味わえる小料理屋である。

月島「食堂 ユの木」左党も唸る“強制突き出し6品セット”に自制心を保てるか

引き戸をガラリと開けると、無垢の白木が印象的な木の空間が広がる。カウンターに腰を落ち着けた団長は感嘆の声を漏らした。

赤江: 黒板の文字の美しいことよ。そして、棚の食器の収まり具合の見事なことよ。手書き文字フェチかつ収納フェチのワタクシには“眼福”の一言でございます。黒板の品書きはご主人が書かれているんですか?

月島「食堂 ユの木」左党も唸る“強制突き出し6品セット”に自制心を保てるか

店主の土屋為芳さんが穏やかに答える。

「ありがとうございます。実はお昼のパートさんに書いてもらっているんですよ。小学校の時に習字をやっていたという程度らしいんですけど、読みやすくていい字ですよね。

収納は……実は片付けが大の苦手でして、お客さんからよく見えるところを1ヵ所だけキチッとしておけば、あとは誤魔化せるかもしれないという作戦でして。厨房の内側の見えないところは大変なことになっています。どうやら私の作戦はうまくいっているようですね」

月島「食堂 ユの木」左党も唸る“強制突き出し6品セット”に自制心を保てるか

赤江: ははは、そうなんですか! 見事に術中にはまってしまいました。お話を聞くまでは、ご主人、完全に整理整頓が得意な几帳面タイプだろうと思っていました。なるほど、わからないもんですねえ。

早速、赤星の愛称で知られるサッポロラガービールをいただくことに。

月島「食堂 ユの木」左党も唸る“強制突き出し6品セット”に自制心を保てるか

土屋さんの意外な一面にふれる話に気を取られながら注いだら、ビールと泡の比率が30対1になってしまったが、それもご愛嬌。泡をできるだけ立てずに注ぐイギリスのパブスタイルということで……

――いただきます!

赤江: おいし〜! 泡なしスタイルも、これはこれで味わい深いですよ。

いや、強がりじゃなって! 秘技「赤江つぎ」と名付けてもいいですよ(笑)。

のっけから突き出しが容赦しない

月島「食堂 ユの木」左党も唸る“強制突き出し6品セット”に自制心を保てるか

謎の秘技に酔いしれる団長の元へ、お盆に6つの小鉢が整列した、なんとも魅力的なセットが現れた。

「突き出しです。うちはまず6品が強制的に出てくるシステムなんです」と土屋さん。

赤江: すごい! たまにお通しのボリュームがたっぷりのお店がありますが、ここまでとは。いろんなお料理をちょっとずつってのがうれしいですねえ。強制、大歓迎!

月島「食堂 ユの木」左党も唸る“強制突き出し6品セット”に自制心を保てるか

この日の突き出しセットは、左上から時計回りにハマグリのお吸い物、花わさびの三杯酢、ホタルイカの飯蒸し、赤貝の山かけ、山ウドの酢味噌がけ、鯛の白子と菜の花のポン酢オリーブオイル和え。

看板娘である大学院生のアルバイト・小飼はずみさんが説明してくれた。

月島「食堂 ユの木」左党も唸る“強制突き出し6品セット”に自制心を保てるか

赤江: もう、これでもかとばかりに春が詰まっておりますよ。それでは、まずは温かいお吸い物から……

くゎーー、めっちゃハマグリ! めっちゃいいお出汁! ハマグリの風味がぐいっと広がって身体に沁み渡ります。

「これ、味付けはしていないんですよ。ハマグリと水と少量の酒だけです。塩味はハマグリが持っている塩分だけ。いろいろ試しましたが、結局これが一番だなと」(土屋さん)

月島「食堂 ユの木」左党も唸る“強制突き出し6品セット”に自制心を保てるか

赤江: ええっ!? ハマグリと水と酒だけ? 部屋とYシャツと私くらい、逆にインパクトありますね(笑)。ハマグリの目利き、火の入れ方とか、熟練の技の賜物なのでしょう。

突き出しは、温かいものと冷たいものを組み合わせ、甘い、しょっぱい、酸っぱいがすべて感じられるように構成しているそうだ。だから変化に富んでいて箸が思わず進む。

以下、同様のテンションで小鉢の数だけ、あと5回、団長のうれしい叫びが響いた。そして、赤星のグラスはぐいっと空けられる。

月島「食堂 ユの木」左党も唸る“強制突き出し6品セット”に自制心を保てるか

赤江: 6品がどれも丁寧にお料理されていて、しかも絶妙な組み合わせ。なんなら突き出しをお代わりしてもう1ターンやりたいくらいですよ(笑)。

この強制突き出しスタイルはいつからですか?

「コロナ禍で変えました。お客さん同士で取り分けしなくて済むようにと考えまして。それと、初めに召し上がっていただきたい季節のものをお出しして、あとはお好きなものを選んでいただく方式にしたいと思いました。やっぱりこれは食べて欲しかったなーと悔いが残ることもあるものですから」(土屋さん)

消去法で選んだ料理の道

月島「食堂 ユの木」左党も唸る“強制突き出し6品セット”に自制心を保てるか

土屋さんは伊豆の稲取の出身。高校卒業後、調理師専門学校で1年間学び、懐石の店に入った。料理の道は消去法で選んだのだと言う。

「高校生の時には、自分がどんな仕事をしたらいいのかまったくわからなくて。あれも違うな、これも違うなと。温泉街で生まれ育って、旅館でバイトしたこともあったので、飲食業はなんとなくイメージできるから、料理はアリかなと。まあ、消去法ですね。

日本料理を選んだのも消去法です。専門学校に日本料理、中華、フレンチとコースが3つあったのですが、中華とフレンチは用語がいちいち外国語じゃないですか。そんなの覚えられないので、日本料理に行くしかないと。何事も人並み以下にしかできずに育ったので、できそうなことだけを選んできた人生なんです」(土屋さん)

月島「食堂 ユの木」左党も唸る“強制突き出し6品セット”に自制心を保てるか

赤江: とても消去法でやってこられた方のお料理と思えませんよ(笑)。突き出しは、どれも素材の持ち味を生かす引き算のお料理。土屋さんのセンスがバリバリ全開です。

センスバリバリの突き出しの次は、お造りを盛り合わせてもらった。

炙りカツオ、アオリイカ、サワラ、真鯛の昆布〆、トリ貝、〆サバ。いろんな種類をちょっとずつ、小ぶりな角皿にキュッと凝縮して盛り合わせてあるのが、なんとも賑やかだ。

月島「食堂 ユの木」左党も唸る“強制突き出し6品セット”に自制心を保てるか

赤江: まるで一幅の絵画のようですな。食べずにこのまま家に飾っておきたいくらいですよ。

アオリイカの甘いことよ、真鯛の旨みが深いことよ。魚は毎朝ご自身で豊洲に行かれて仕入れているとな。一つひとつが丁寧な仕事で、なんとも澄んだおいしさです。

そう、土屋さんのお料理は、やさしくて澄んだ味わい。普通、消去法では出せないですよ、このお味は(笑)。

さりげなく存在感たっぷりの酒肴たち

月島「食堂 ユの木」左党も唸る“強制突き出し6品セット”に自制心を保てるか

懐石でみっちり修業を積んだ土屋さんは30歳で料理長を任され、料亭などを渡り歩いた。30代後半になると、将来的に独立するならコースの懐石よりも気軽に飲める店がいいだろうと、居酒屋でも研鑽を重ねた。

40歳で西葛西に大衆的な居酒屋「にほん酒食堂 酒和っ家」を開業。それなりに繁盛したが、3年ほど経った2017年、築地市場の移転に合わせ、豊洲へ通いやすい月島に移転し「食堂 ユの木」が誕生した。身近な食材から高級食材まで幅広く使った多彩な料理を出す店にしたいと考え、集客の面からも都心に近い立地を選んだのだという。

月島「食堂 ユの木」左党も唸る“強制突き出し6品セット”に自制心を保てるか

いぶりがっこのクリームコロッケは人気の一品だ。いでたちがまた、ミニ盆栽のようでなんとも愛くるしい。

赤江: このまま持って帰って玄関に飾りたいところですが(笑)、今日のところは、いただきます!

月島「食堂 ユの木」左党も唸る“強制突き出し6品セット”に自制心を保てるか

赤江: うーん、いぶりがっこがいいアクセント。下に敷かれているソースが濃厚な旨味で、クリームコロッケと抜群に合いますね。青かびのチーズとカツオの酒盗を使っているんですか、なるほど、旨みの塊ですよ。

実は今日は風邪気味で、いろいろ控えめにしておこうと思っていたのですが、もうダメです。すみません、はずみさん、日本酒をください!

月島「食堂 ユの木」左党も唸る“強制突き出し6品セット”に自制心を保てるか

なんともおめでたい包装が目をひく静岡の銘酒、開運をお燗にしてもらった。ここからは赤星をチェイサーにする秘技、二刀流でいくことに。

そこへ、当店の名物となっているイワシの梅煮のお目見えだ。見るからに脂がたっぷりのっていそうなでっぷりとしたイワシが、プリップリのテリッテリに仕上がり、もはや比喩ではなく黄金色に輝いている。

月島「食堂 ユの木」左党も唸る“強制突き出し6品セット”に自制心を保てるか

赤江: なんじゃこりゃーっ! 木彫りに着色しましたかっていうくらいの造形美です。ルアーかよっていうくらいに「ザ・魚」です。ワタシ、何言ってんだろ。どれどれ……

ふがーー、身がふんわりみずみずしくて、激おいしいです! そして、燗酒、はいサイコー! さらに、赤星、はいサイコー! 永遠にループできそうです。

イワシは皮が比較的しっかりした西日本のもの、大阪湾や神戸、京都産を使うことが多いが、特別なものではないと土屋さん。さすがは懐石仕込みの腕かと思えば、これは独自に試行錯誤を重ねてたどり着いたレシピだそうだ。

月島「食堂 ユの木」左党も唸る“強制突き出し6品セット”に自制心を保てるか

「僕は勤め人のころは朝早くから夜遅くまで働いていて、料理しかしていなかったんです。消去法で選んだ道だけど、特に趣味もなかったし、自分には合ってるのかなと思っていました。でも、後から考えたら、なんとなく惰性でやっていたんですね。

独立して、献立も仕入れも完全に自分で自由にできる状態になってみたら、あれ? なんかすごく楽しいぞ、って心から思えたんですよ。そこからですね、料理に本気で向き合うようになったのは。今お出ししている料理は全部、独立後に一からつくったもの。自分が素直においしいと思える自信作です」(土屋さん)

月島「食堂 ユの木」左党も唸る“強制突き出し6品セット”に自制心を保てるか

定番料理のひとつで、はずみさんの一番のお気に入りという蓮根の南蛮漬けもいただいた。

赤江: これまたお馴染みのレンコンさんですが、こうも見事な料理になりましたかと感心せずにはおられませんよ。キミは主役を張れる食材だったんだね、お見それしやした。ごろっとした切り方がいいじゃありませんか、シャクシャクと絶妙な食感がクセになります。

月島「食堂 ユの木」左党も唸る“強制突き出し6品セット”に自制心を保てるか

はずみさんも「そうですよねー」とうれしそう。その傍らで、土屋さんが小声で「あぁ、褒められるのって気持ちいいなあ」とひとりごちるのが聞こえた。

〆のごはんまで無我夢中

月島「食堂 ユの木」左党も唸る“強制突き出し6品セット”に自制心を保てるか

旬のたけのこを頼むと、鴨との治部煮になってやってきた。

ひと口味わった赤江団長は、「ご主人、あなたやってしまいましたね」と妙な反応を見せる。

月島「食堂 ユの木」左党も唸る“強制突き出し6品セット”に自制心を保てるか

赤江: たけのこではなく、とうもろこしを煮てしまいましたね。このたけのこは、とうもろこしだと言われても赤江は信じます。たけのこの滋味、そしてそれを包み込むとうもろこしのような甘く上品な香り。もはやとうもろこしです。

あれ? 褒めてるつもりですけど、いまいち響いていない? つまり、めっっっちゃ、おいしいってことなんですけど(笑)。

月島「食堂 ユの木」左党も唸る“強制突き出し6品セット”に自制心を保てるか

食欲爆発の団長だが、さすがにそろそろ満腹の模様。〆はさんざん悩んだ末に、わさび茶漬けをチョイス。風邪気味の喉を熱いダシとわさびで殺菌するのだとか。

こんなにモリモリ食べられるなら、風邪なんてもはや心配ないだろう。

月島「食堂 ユの木」左党も唸る“強制突き出し6品セット”に自制心を保てるか

赤江: わーーーっ、予想外のヤツ来た! 海苔たっぷり。そしてお出汁がいい香りだこと。血合のマグロの節、うるめイワシ、サバ節の強めのダシにしているとな。

ここにおろしたてわさびを溶きまして……はぁ〜、これは赤江が求めていた最後のピースです。完全に一致しました。MSPです。Most Shime Playerです。スタンディングオベーションを送ります。

月島「食堂 ユの木」左党も唸る“強制突き出し6品セット”に自制心を保てるか

とかなんとか言いながら、マジ喰いで完食。土屋さんとはずみさんを「本当に召し上がるんですねえ、撮影のポーズだけじゃなく」と感心させた。

ここへきてようやく「しうまい」を食べ忘れたと気づいたが、それはまた次回のお楽しみとしてとっておくことに。再来店を確信しているから、焦ることはない。

赤江: ご主人、はずみさん、今日は本当に美味しいお料理とお酒をありがとうございました。旬の食材が入れ替わるタイミングで、季節ごとに伺いたいです。また近々、必ずお邪魔しますね。

月島「食堂 ユの木」左党も唸る“強制突き出し6品セット”に自制心を保てるか

――ごちそうさまでした!
(2025年3月26日取材)

撮影:峯 竜也
構成:渡辺 高
ヘア&メイク:上田友子
スタイリング:伊藤あかり
衣装協力:ラヴィッシュゲート トウキョウ(トップス¥8,910、パンツ¥9,900)
アネモネ/サンポークリエイト(イヤリング¥2,970、リング¥1,760)
ダイアナ/ダイアナ 銀座本店(靴¥17,050)

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