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100軒マラソン File No.37

代々木上原に「ずっと入ってみたかった」店がある

「ジャンプ」

公開日:

今回取材に訪れたお店

ジャンプ

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すぐ近くを何度も行き来しているのに、長い間、その暖簾をくぐっていない店というものがあります。店の前の掲示されたメニューにまで目を通したりしているのに、なぜか入らなかった店。当然、いつも気になっているわけですが、時間が経てば経つほど、最初の1歩が出ない――。

「ジャンプ」という店は、長らく、私にとってそういう存在でした。

オーツカビルという、レンガ壁の渋い建物の1階には、ほかにも居酒屋があって、そっちには何度かお邪魔をしているし、そのまた隣のバーには一時、足繁く通ったのに。

代々木上原に「ずっと入ってみたかった」店がある

そもそも、代々木上原という土地は、東京の生まれとはいえ多摩地域出身の私にとって、馴染みがなかった。というより、このあたりのニュアンスは、利用していた鉄道によって、変わってくる。

代々木上原は、小田急線。私はもっぱら京王線かJRを利用していたから、小田急に乗った記憶も乏しい。京王も小田急も東急も世田谷を通りますが、私が立ち寄ったのはもっぱら京王沿線で、東急線となると、さらに縁遠くなる。

そんなわけで、長い間、このジャンプというユニークな名前の店に入ってみることはなかったわけですが、ある日、飲み仲間から、あそこには赤星があるよ、と聞いて、ついに足が向いた。

代々木上原に「ずっと入ってみたかった」店がある

■ああ、これだよこれ

出かけたのは、4月の終わり、ある雨の夕刻のことです。

入口の上には、「ジャンプ」と書かれた看板があり、道路の際のところまでビニールシートをかけて、その中にテーブルを2つ置いている。

そこを抜けて店内へ入ると、間口から予想していたよりはずっと奥行きが深い。カウンターの先には小上りもある。そして、なかなか渋い雰囲気がありますよ。

代々木上原に「ずっと入ってみたかった」店がある

なにはともあれ、まずはビールを頼みます。腹も減っている。すぐに出てきそうな枝豆とポテサラをつつきながら追加のメニューをじっくり考えるとしよう。

品書きを眺めわたして、ああ、これだよこれ、と思う。

何か特別なものに注目しているのではないのです。その品数の多さ、バリエーションの豊富さにため息が出るわけです。なにしろ、壁という壁、いたることろに、おつまみと酒の名を書いた短冊が貼り出されているのです。

代々木上原に「ずっと入ってみたかった」店がある

ひときわ目を引いたのは、お買い得品を並べたコーナーですよ。

冷奴、ハムカツ、タコ焼き、カニクリームコロッケ、揚げ餃子。これらが、いったいいくらかというと……おお! 200円!

さらには、野菜サラダ、イカフライ、マグロブツとあって、これも、なんと300円!

実にどうも、こういうことをされると、私などはモジモジしてしまうのですが、それは、ここから2、3品選んで、あとは酒にすれば、いくらですんでしまうんだろう、などと計算するからなのです。

代々木上原に「ずっと入ってみたかった」店がある

いい歳をして、せこい。いったい、何年酒を飲んできたのか。そう自分に問いかけたくなる。けれど、おいしいつまみを安く食べられ、好きな酒も飲めるなら、気楽なひとり飲みに最適だなと自動的に思うのは、私もまた、懐かしい昭和の時代に飲みたい盛りを過ごしたからではないか、などと思うわけです。

そんなことはさておき、ここからは、ハムカツは絶対外せないと、まず心に決める。それは、この企画の写真を撮っているSさんが、無類のハムカツ好きであるためでもある。なにしろSさんは、ハムカツの4文字を見ると、素通りできない人なのです。

代々木上原に「ずっと入ってみたかった」店がある

■代々木上原で38年

ポテサラの小鉢とともに運ばれてきたのは、サッポロラガービール、通称「赤星」、しかも大瓶。いい眺めですねえ。いつから赤星をおいているのでしょうか、と、気になって伺ってみました。

答えてくださったのは、中島康善さん。1981年生まれ、37歳の若いご主人です。

「瓶ビールは開店したときからずっと赤星ですよ。オヤジが赤星好きで」

代々木上原に「ずっと入ってみたかった」店がある

東京の古い店には多い話ですね。開店当初からビールは赤星、と言われると、私なども、父が「ビールはサッポロ」と決め打っていたのを思い出す。あれはいったいなんだったのだろう。今となってはそのワケを知りようもないわけですが、「ジャンプ」の場合は、赤星の理由がわかるそうです。

「オヤジは、赤星の甘みがいいんだって、そう言ってました。食事にもよく合うと」

なるほど、わかるような気がします。アルコール度数もガス圧もほどよく、苦すぎず、ドライ過ぎず、なんだかホッとした気分で飲めるビールということか。これも、時代の嗜好だろうかなどと、ちょっと偉そうなことを考えるわけですが、それが、勘違いであることがたちどころに判明するのであります。

「最近は、若い子も言いますからね、赤星って」

代々木上原に「ずっと入ってみたかった」店がある

テレビCMが流れているわけでもなし、いやそれよりも、缶入りが販売される限定時期以外は、もっぱら飲み屋さん用であって、一般家庭向けでもない赤星が、若い人たちから好まれるというのは、いかなることか。

近頃の若えヤツは、ビールが苦いから飲めねえなんて言いやがる、などと、誰かさんからの受け売りで喋ると、ロクなことになりませんな。若い人たちが、赤星に出会い、それをSNSなんかを通じて伝えて、また別の店で、ああ、これが赤星か、というような、わたしたちの頃には考えられなかった広がりを見せているのかもしれません。

たしかに、赤星のレトロなラベルはインスタ映えいたします。

代々木上原に「ずっと入ってみたかった」店がある

とにもかくにも、このうまそうな泡に口をつけるや、グラスをぐいっと傾けて、一気に半分ほど飲み下す。喉にしみるこのひと口は、まず期待を裏切ることがない。

すべては中島さんのお父さんの先見の明ということか。

「この場所では今年で38年になります。私の父が始めたんですが、最初の店は千駄ヶ谷にあって、ランチとか弁当の仕出しもやっていたんですよ。より高みを目指すという気持ちからこの店名にしたそうです。でも、普通、ジャンプしたら必ず落ちてきて着地するんですけどね(笑)」

代々木上原に「ずっと入ってみたかった」店がある

と言いながら見せてくれたのは1枚の写真。

康善さんが生まれる前後の頃のものだろうか。お弁当を配達する車と創業者であるお父さんが写っている。時代を感じさせますね。昔の車、昔の服装、昭和レトロなんて言葉は好きじゃないんですが、ここに見えるのは、懐かしい昭和のワンシーンです。

そういう歴史をもっているのが、この「ジャンプ」。お父さんの開業から数えたら40年を超える老舗なのです。

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ポテサラに箸を伸ばしつつ、盛りのいいナスとピーマンの炒め物にとりかかる。

これが、抜群にうまい。豚肉とナスとピーマンの味噌炒めなんですが、少し甘めの味噌がうまく効いていて、白飯をワシワシ食べて、はいごちそうさん、と言っても十分に満足できるくらいのシロモノです。

ちょっとしたつまみ、というよりは、一品料理。ご飯に合うよなあ、と思うものでビールに合わない食べ物は、なかなか見つからないものでして、もちろん、グラスの中のビールはまたまた、このわたくしに、ぐいぐいとのみ下されるのです。

代々木上原に「ずっと入ってみたかった」店がある

実はこの一品、事前に下調べをしていくれた編集Hさんの推奨品だったのですが、のっけからたいへんうまいので、H君でかした!とばかりに肩でも組みたい気分になってくる。そういう感じでワイワイやっていいような雰囲気が、この店にはある。

待ってましたのハムカツは、Sさんと分け合います。サクサクとして抜群。私の好きな醤油がけバージョンでかじり、またビールをぐいぐいっと飲む。

代々木上原に「ずっと入ってみたかった」店がある

■安く、早く、感じよく

まだ外は薄ら明るいのですが、開店から30分もすると、次々にお客さんがやってきた。

見ると、若い人ばかりですよ。カップルあり、サラリーマンの3人連れあり、女性の2人連れあり、いろいろですが、どうやら、このお店、飲み慣れた世代ばかりでなく、もっと広く若い人たちにも愛されているようなのです。

みなさん、それぞれに注文をする。生ビール、ハイボール、ウーロンハイ……。おお、赤星を指名する人もいる。なんて見込みのある青年なのだろう。

代々木上原に「ずっと入ってみたかった」店がある

ニラ入りの肉どうふもあっさりとした醤油味のスープで大変ユニークでしたが、なんといっても〆に頼んだボンゴレうどんには恐れ入りました。

ボンゴレの麺がうどんなんですが、これは、発見ですね。なにしろうまいんだから文句のつけようがない。俄然、楽しくなってくる。当然、赤星を追加します。

代々木上原に「ずっと入ってみたかった」店がある

若い女性のお客さんが元気よく、

「モツ煮!」

なんて、注文している。

これまたなんと見込みのあるお嬢さんなんだろうと、思ってみていると、先刻、彼女たちが酒を頼んだときにも気づいていたのだが、このお店、注文から品物が出てくるまでが、とにかく早い。私はそれを見て、康善さんから聞いた店の「売り」についてのひと言に合点がいった。

代々木上原に「ずっと入ってみたかった」店がある

いわく、「低単価で、早く、感じよく。それが基本です」。

おっしゃる通りの店なのです。

近くへ行けばまた寄りたくなる、そんな代々木上原の1軒でございました。

代々木上原に「ずっと入ってみたかった」店がある

取材・文:大竹 聡
撮影:須貝智行

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