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100軒マラソン File No.20

蕎麦前から締めまで、流れる時間に、文句なし。

「手打そば わたる」

公開日:

日も長くなった5月の夕暮れ。日中は汗ばむほどの暑さなのに、夕方になると路地にも涼風が流れます。もう、誰に遠慮することもなく飲んでもいい時刻なのだが、空はまだ明るい。酒場へ向かう足取りも軽やかになろうというものです。

今回訪れましたのは、神保町の「手打そば わたる」。昼は開けておらず、夜のお客さんもほとんどは酒の客ですから、飲み処であるわけですが、うまい蕎麦で締めることができる。

私は蕎麦屋酒が好きで、よく、昼から飲んでいる。行きつけの蕎麦屋では、鴨焼きや出汁巻き玉子などをつつきながら、まずは瓶ビール、それから日本酒へと流れる。

新ショウガの醤油煮とか、塩ウニとか、そんな小鉢が出てきてしまうと、酒のほうが止まらなくなって、肝心の蕎麦にたどり着くまでの間にすっかり酔ってしまうこともある。

蕎麦前から締めまで、流れる時間に、文句なし。

飲めば喰わないたちなので、こういう流れはうまくない。蕎麦を食べてくださいよ、と、蕎麦屋が思っていることは間違いないわけで、そこまでたどり着かない客は、まあ、その、約束が違うじゃないか、と軽く叱責されて然るべきだろう。

けれども、蕎麦なら、私の貧弱な胃袋でも対応できるのだ。せいろでもいいし、かけでもいい。腹には軽く、それでいて、味わい深い。温かい蕎麦の場合なら、汁をすすりながら、もう1杯、酒を楽しむこともある。

以前、「わたる」に寄ったときも、そうだった。1月のことで、この店を知る作家の友人と地味な新年会をやろうと立ち寄った。乾燥する真冬は、寒いけれど、冷たいビールがうまい。喉を潤し、その後はゆっくりと燗酒を味わった。そして、締めにはかけ蕎麦。かけのうまい蕎麦屋は間違いがない。とても満足して店を出たのを、よく覚えている。

蕎麦前から締めまで、流れる時間に、文句なし。

■季節ごとの旬の食材に目を配る

それからほぼ1年半。久しぶりに店を訪れると、初夏らしい酒肴が迎えてくれた。

ビールはもちろん赤星。この店では、もっとも人気のある銘柄だ。そして、小鉢に盛られていたのは、コシアブラ。山菜のコシアブラとくれば天ぷらだろうと思うところだが、この小鉢は、酒炒りである。

苦味のあるコシアブラの青い匂いを酒の香りが包み込む。うまい。しゃれている。

蕎麦前から締めまで、流れる時間に、文句なし。

兄の学さん(左)がホールを担当、弟の裕さん(右)が調理場を受け持つ

店は渡邉学(まなぶ)さんと、弟の裕(ゆたか)さんのふたりで切り盛りしている(店名はお父様の名前「渡」からとったという)。

学さんは和食やイタリアンを経験し、裕さんは居酒屋と蕎麦屋を経ている。酒肴のひとつひとつに、ふたりの経験が活きているのかもしれない。

蕎麦前から締めまで、流れる時間に、文句なし。

次なる一品は、コゴミの梅肉和え。大葉の香りに山葵のツンとくる爽快感がマッチし、全体に、甘めの梅肉がからんでいる。コゴミの歯ごたえはいかにも初夏の趣、甘めの梅肉が、丸く太い味わいをもたらす。

「この梅干しは、母の手製なんですよ」

学さんがそう言うと、その後を受けるように、裕さんも言う。

「山菜は群馬県の水上にいる友人が送ってくれます。千葉や東久留米の農家さんとも付き合いがあって、もうそろそろ、ハウスもののトウモロコシなどが手に入る予定です」

定番のつまみに加えて、旬の野菜にも目を配るから、酒がいっそううまくなる。

蕎麦前から締めまで、流れる時間に、文句なし。

甘鯛と稚鮎のどちらにするかちょっと迷って、甘鯛の天ぷらを頼む。

「身がやわらかいので、まず塩をして水分を抜いて、ウロコを立てるようにして、それから揚げます」

学さんが説明してくれる。それを塩でやってくれという。いいねえ、いいねえ。

蕎麦前から締めまで、流れる時間に、文句なし。

「これ、パキスタンの岩塩なんですよ。鉄分が多いんです」

なるほど、見ればうっすらと赤い。鉄の成分によって赤味を帯びるのか。

赤星をもう1本いただきましょう。そこに、カラッとした揚げたての甘鯛を合わせる。ウロコがサクサクとして、身はほどよくやわらかく、それでいて、ふわふわとした軽い食感をもたらす。実にうまい。

蕎麦前から締めまで、流れる時間に、文句なし。

「今年の7月で開店から丸3年になりますが、やっと軌道にのってきたところです」

今年40歳の学さんはいたって謙虚だが、その後、カウンター、テーブルあわせて18席の店舗は、午後6時を過ぎるころには混み合い始めた。裕さんは厨房で、酒肴づくりに忙しい。

■組み合わせの妙に思わずにやつく

他のお客さんの邪魔をせぬよう奥のテーブル席に移り、さて、お次はいよいよ日本酒をもらいましょうか。

冬場は燗に向く酒、夏場は冷酒に力を入れて仕入れる。

「冷やせる本数が限られますから銘柄も絞らないといけないんです。ワインを置いてみたら、というお話をいただくこともあるのですが、なにしろ、保管スペースがなくて」

蕎麦前から締めまで、流れる時間に、文句なし。

この日、置いていた日本酒は11銘柄。まだ、飲んでみたことのない、「丹澤山 麗峰」という酒をいただく。徳島県産山田錦を使った純米酒で、1年ほど熟成させている。燗をするとうまいとのことだが、ビールの後の爽快さをそのまま引き継ぎたく、常温でいただく。

熟成によって酒に深みが出ていて、これなら、イカの丸干しとか、蔵王鴨ロース焼きなんか適当ではないかと、思わせる。そこで、後者を頼むことにした。

酒瓶の裏を見ると、この酒の蔵元は、神奈川県の山北町にあるとわかる。たしか、松田のさらに西の山の中。私はJR御殿場線に乗ることがたまにあるから、おおよその位置はわかる。小田原で相模湾に流れ込む酒匂川の上流のほう。神奈川の酒蔵をあまり知らないのだが、丹澤山系の水の豊かな土地であることを思えば、酒処があって不思議じゃない。

蕎麦前から締めまで、流れる時間に、文句なし。

半干しトマトの白和えももらう。腰のある酒の後味に甘みのあるトマトの白和えはうってつけだと勝手に想像したのだけれど、的外れということはなかったようだ。

こういうちょっとしたことがうまくいくと、密かににんまりとしたくなる。そのことを誰かに話すわけでもなく、ただ、ひとり、これは具合がいいよと、にやつきたくなる。

蕎麦前から締めまで、流れる時間に、文句なし。

気分がよくなって、この店を教えてくれた作家のIさんに声をかけたら、なんと本当に駆けつけてくれた。

このあたりからは、編集のHさんも、撮影の段取りその他の作業を終えて、テーブルにつく。HさんもIさんと、昔、一緒に仕事をしたことがあるそうで、堅苦しい空気にはならない。

飲み始めのふたりに付き合う形で、もう1度、赤星をグラスに注ぐ。出汁巻き玉子と蔵王鴨ロース焼きもほどなく出てきた。

蕎麦前から締めまで、流れる時間に、文句なし。

卓上がにぎやかになると、なぜか嬉しい。私自身は酒を飲むとき、ほとんど物を口にしないのだが、あれこれ、ちょこちょこつまむのは嫌いではない。

そして、鴨がいい。塩焼きの鴨は、味に加えて肉質にも品があって、これならどんな酒にも合わせられる。

■締めの蕎麦まで、ゆったりと

いよいよ、調子が出てくる感じで、Iさんの新刊の話などしながら陽気に飲む。ふたりはまだビールだが、私はまた、日本酒に戻る。

山形県の酒、「杉勇」。不思議なもので、ある時期、ある地方の酒に、集中的に出会うということがある。昨年は、兵庫から山口までの瀬戸内の酒に数々出会い、今年になってからは、春先から山形の酒を新たにいくつか覚えた。もともと、「初孫」や「十四代」「東北泉」など、気に入った酒はあったのだけれど、この春、「杉勇」のバランスのよさに気づいてからファンになったのだった。

その、純米吟醸の原酒を冷酒でいただく。申し分ない。鴨と一緒に焼いたネギがまた、格別だ。

蕎麦前から締めまで、流れる時間に、文句なし。

話は飛ぶけれど、私はネギが、かなり好きなようで、ネギさえあれば、なんて、大袈裟に言うことができるくらいに、ネギを食す。関東の太い白いネギも好きだし、青いところがうまい関西のネギもいい。ワケギや浅葱も好物で、何かというとネギを喰っている。

ネギは豆腐や米飯、味噌、塩、醤油、なんにでも合う万能食材であるから、アルコール類との相性もかなり、いい。炙って塩をふっただけでビールのお伴になるし、私の場合、ねぶか汁で日本酒が飲める。豆腐、鰹節、山葵などがあれば、朝から飯を3杯喰える(飲んでいるとき食べないからか、朝飯はけっこうちゃんと食べるんです)。

そんなネギ好きの前に、鴨の脂と爽快ネギのセットがデンと構えていたのでは、飲む手を休めるわけにはいかない。HさんとIさんが赤星を追加する間に、福島県の「辰泉」の、純米吟醸、中取り無濾過生、をいただく。

蕎麦前から締めまで、流れる時間に、文句なし。

さてさて、そろそろ、いったん締めようか。

田舎蕎麦と、せいろ、を頼む。以前は野菜の天ぷらのせいろと、かけ蕎麦を頼んで分けたのだったが、今回は、冷たいの2種にしてみる。

出てきた蕎麦が格別でした。この日のそば粉は福井県福井市産だそうだ。田舎蕎麦には、北海道は剣淵町の粉も混ぜている。こちらの蕎麦は毎日、店の2階で、裕さんが手打ちしている。

蕎麦前から締めまで、流れる時間に、文句なし。

せいろは、さわやかな香りとなめらかな喉越しで、いくらでもいけそうな気がしてくる。やや太めで歯ごたえがある田舎蕎麦は、なんとも香ばしく、喉をすり抜けていく旨酒にぴったりである。どちらも、間違いない。

蕎麦前から、締めの蕎麦まで、ゆったりと、時間をかけて楽しんだ。文句なし。

外へ出て、夜風にあたり、さて、河岸を変えようと、あれこれ店を思い浮かべるその瞬間が、また楽しい。

蕎麦前から締めまで、流れる時間に、文句なし。

取材・文:大竹 聡
撮影:須貝智行

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