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100軒マラソン File No.2

路地に吹く夕風は「煮込み」の薫りを纏っていた

「煮込みや まる。」

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瓶ビールをよく飲むし、私の行く店には昔ながらのラガービールが置いてあることが少なくない。そんな店を選んで通っているのか、まったくの偶然であるのか、定かではないが、いろいろな店を回って確かめてみようと思い立ったマラソン酒。第2回目となるこの日、訪れたのは荻窪です。

■開け放った窓から眺める路地

JR中央線荻窪駅界隈というと、渋い店がいくつも残っておりますな。南口にも北口にも、ああ、まだあるんだな、と思わせる店が残ってる。そのうちの何軒かは、私も顔を出したことがございます。

私は三鷹生まれ三鷹育ち。吉祥寺がなんだか妙に賑やかになったのが高校時代。それまで井の頭公園やらサンロードやらをふらふらしていたのですが、1980年代に入るくらいから足が向かなくなった。肌が合わないと言えばいいでしょう。

それから三鷹の駅前の3本立て映画館とか、古い喫茶店とか、後にはやきとり屋なんかにひとりで出かけていましたが、三鷹もいつしか駅前再開発に飲ま れた。昔、喫茶店と古本屋とやきとり屋が並んでいた一角に、あっと驚く「ジブリの森往復シャトルバス発着場」みたいのができてしまってはもう足が向かな い。

サラリーマンになってからは飲む店が都心の酒場に移ったこともあり、中央線沿線酒場は縁遠くなって、実は今も不思議なくらい不案内なのです。

そんな私が、荻窪界隈に行こうかなとふと思うようになったのは、「煮込み屋 まる。」という店を知ってからでした。

今から2年ほど前。ある雑誌の編集者に連れられてやってきました。店ができてまだ1年くらいのころだったか。20代の若い女性がひとりで切り盛りしていることも珍しければ、店の造作、つまみや酒の種類も独特だった。

そのとき、女性の主人に伺ったのは、飲食店で働いてきて、いよいよ独立しようと決めたらほどなく荻窪にいい物件が見つかり、とんとん拍子で開店にこぎつけたという話だった。

路地に吹く夕風は「煮込み」の薫りを纏っていた

店は今年の春で3年を迎えたはずですが、できたてのころよりはさらに風合いも出て、いい雰囲気になっている。

古民家居酒屋という形でスタートした時点ですでに独特の色を醸していた店のようで、そこに年月が少しずつ降り積もると、余計にいい味が出るのでしょう。

入口の扉の横は、木枠の大きな窓になっていて、店の間口いっぱいに、外の路地の光景を眺めることができる。夏の日暮れの30分くらいなどは、開け放った窓の枠を額縁にした絵を眺めるかのようです。

路地がいい。正統な路地、と言いたい。

南口のドトールコーヒーショップの角を左に入ったこの路地には、渋いやきとり屋もあって素通りできない魅力を放つ。

路地に吹く夕風は「煮込み」の薫りを纏っていた

「煮込み屋 まる。」という店は、古い建物を利用しているとはいえ、内装に、懐かしさを演出するためのいろいろな工夫がある。ただ、それがエセではないのだ。

店と厨房を仕切る壁の小窓も、実際の時を刻んでいる柱時計も、エセ・レトロだったら単なるデザインなんだろうけれど、ちゃんと用途があるから、見ていて気持ちがいいんですな。

コの字になったカウンターの中には、燗銅壷と呼ばれる燗つけ器が据えられている。酒の燗をつけるだけでなく、店では2種類の煮込みを銅壷で温める。燗付けと、煮込み鍋の加熱とを兼ねる珍しい形の銅壷である。

まだ30歳という女主人の秋長喜実子さんは言う。

「これは、大阪の銅の工房に頼んで、特注でつくってもらいました。最初はピカピカでしたけど、だいぶいい色になってきました(笑)」

名物の煮込みのうち塩味のモツ煮と味噌味の牛スジ煮が、この銅壷におさまり、もうひとつ、醤油味の肉豆腐は、鉄鍋に入れて、銅壷の横の炭火にかけられる。

「炭だと、火の通り方も違うでしょ」

私が知ったかぶりをかますと、

「でも火加減は難しいですよ。油断すると煮立ってる」

わりと素っ気なく答える。この感じがまたいいのです。

路地に吹く夕風は「煮込み」の薫りを纏っていた

■モツ煮を肴にちょっとスカして手勺酒

瓶ビールをいただきます。

ここのビールは黒ラベルの生と赤星とヱビスの3種類。私は昨今、瓶ビールが好きだから赤星が出てきて嬉しいが、さて、あっきーさん(秋長さんの愛称)は最初の1杯を「どうぞ」なんてやるんだったか?

俄かに思い出せず、

「最初の1杯、注いだりするんだっけ?」

オジサンはずけずけと訊くわけですが、

「しませんよ。手勺がカッコいいんじゃないですか」

そういうもんなんですかね。でもね、手勺が形がいいってことですからね。こちらも、手勺は手勺でも、ちょっと、気どる。そして泡ばかりに。

馬鹿だねえ。いくつになっても。と、思いつつ品書きに目を走らせれば、7月半ばにさしかかったこの日の酒肴には、先の名物である煮込みのほかに、こんなものが取りそろえられていた。

冷やしとうがん梅風味、具だくさん粕汁、夏野菜の焼きびたし(ナス、オクラ、カボチャ)、桃の白和え、などが本日のおすすめ。

ほかに定番ものとして、わけぎと油あげのぬた、塩辛、おしんこ、クリームチーズ味噌漬けなどなど、そうそう、酒肴ってのは、こういうのを言うんですよ、と合いの手を入れたくなるような品が用意されているのです。

私はモツの塩煮込みが好きなので、本日もまた、モツ煮を頼むわけですが、先般、寒いときに来たときには、肉豆腐と湯豆腐を週替わりにしていて、この湯豆腐でたいへんおいしく日本酒をいただいたものでした。

路地に吹く夕風は「煮込み」の薫りを纏っていた

本日は夏の夕べでありますから、あっさり塩味のモツ煮と串刺しのおしんこ、それから赤星を手勺で。これがまず、万全の態勢というものでしょう。

ときに、ちょっとスカして手勺を繰りかえしていたら、中瓶なんてものはすぐに空いてしまいますわな。で、もう1本。

「これ、温度が絶妙だよな」

と言ったのは私じゃない。ちょうど同じタイミングでビールをぐびりとやった隣のお客さんですよ。たしかに、絶妙なんですな。あっきーさん、心得ているんでしょうな。

路地に吹く夕風は「煮込み」の薫りを纏っていた

左から、塩味のモツ煮、みそ味の牛スジ煮、しょうゆ味の肉豆腐(各500円)

■メインは煮込み。かなりユニークな飲み屋さん

モツ煮には、カウンターの上にすでに用意してある小口切りの葱をたっぷりとのせ、そこに、唐辛子を振るわけですが、モツ煮には何がいいかと問えば、ゆず七味と即座に返ってくる。

迷いがないのは重々確認済みであるという証しだから、こちらも安心してゆず七味をかけると、この相性は抜群だ。にくいですな。

オジサンたち(私のことです)が飲みはじめのころは、九州の親類から柚子胡椒というのを教わったのが精一杯で、こんな工夫の施された七味唐辛子はな かったのだ! なんでも浅草の唐辛子屋さんから買うとかで、ああ、そうなの、そいじゃ私も今度買いに行こうかねえ、と思った次第。

それはともかく、モツ煮がうまい。ワインに合いそうな洋風の煮込みや妙に脂の強い煮込みに比べて、塩味のモツ煮はあっさりしていて、飲みづかれのしている50代にはちょうどいい。ワインよりも、古いタイプのビールに合わせて、なお、いいと思う。

路地に吹く夕風は「煮込み」の薫りを纏っていた

「赤星、うちでは出ますよ。少し年代の上のお客様だと、熱処理したビールのほうがビールの味がするって。たしかに、コクも苦みもあって、私も実は瓶ビール派なんですよ」

店では、ベースに、シャーベット状にした焼酎を用いるレモンサワーを出すし、日本酒の揃えも、品を絞っているとはいえ、通好みの銘柄が揃う。

これらの酒と、メインは煮込み。と考えると、かなりユニーク。ほかにあまりない飲み屋さんということになるわけですが、そのあたり訊いてみますと、またまた簡潔なお答えが返ってきた。

「ひとりでやろうと思っていましたので、焼き物もとなると、飲み物を出しながらだと、難しいかなと。その点、煮込みならよそるだけですし、みんな好きだし。そもそも小さい店ですから、何か『売り』がないといけないと思っていました」

しっかりしている。若いけれども、女将さん気質というのか。きびきびしていて、しかも揺るぎないというか。ユニフォームを着たバイトさんたちが「らっしゃいませえ~!」と叫ぶだけの店にはない、安心感を得ることができますな。

女主人がひとりで切りまわしている店だから、お客さんは男性が多いようです。年代はさまざま。でも、女性のお客さんの姿も、行くたびに見かけているのも事実です。

「常連さんが多そうってよく言われますけど、そこは頑張って入ってきて!って思ってます。でも、おひとりで来る女性のお客様、めっちゃ飲まれますよ(笑)」

これまた、いいお話ですな。

路地に吹く夕風は「煮込み」の薫りを纏っていた

■夏の夜の賑わいを目前に

ビールの揃えも渋いが日本酒も絞りこんで特徴のあるものを置いている。ある銘柄の通称「どぶ」と言われるにごり酒を燗してもらった。冷たいラガービールの後の燗酒は、私の夏の楽しみのひとつである。

ひと口飲んで、申し分ない。

「また、燗の付け方がうまいよねえ」

「3年やって下手だったら困ります(笑)」

外が少しずつ暗くなってくる。そろそろ、都心からお帰りのお客さんたちもやってくる時刻だろう。

荻窪の細い路地は、これから始まる夜の賑わいを目前にして、あとほんの少しの間、おっとりとした風情を漂わせるかのようだ。

荻窪駅南口のこの界隈は、23区内なのに、再開発で昔の姿も思い出せない郊外の駅前にはないものを、たしかに残している。

路地に吹く夕風は「煮込み」の薫りを纏っていた

取材・文:大竹 聡
撮影:須貝智行

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