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100軒マラソン File No.30

「立川一お気楽な店」というコピーは嘘ではない

「酒亭 玉河」

公開日:

今回取材に訪れたお店

酒亭 玉河

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立川は、地元のような街である――。である、と偉そうに言いながら、地元のような、と濁すのは、実はそうとしか言いようがないからなのです。

全国津々浦々とは言わないまでも、まあ、そこそこ出歩いて酒を飲んできた私にとって、生まれ故郷の東京多摩地区の街としての立川は、まあ、地元です。けれど、一方では、多摩地区とはいえ、生まれも育ちも三鷹の私にとっての立川は、ガキのころから馴染んだ街というわけではない。

そういう意味で言うなら、JRの最寄り駅は三鷹と吉祥寺であり、むしろ京王線の千歳烏山、仙川、つつじヶ丘のほうが近かったし、通った釣り堀やプール帰りに寄る立ち食い蕎麦屋は仙川駅前、地獄の訓練を受けたスイミングクラブは烏山にあったのだから、そもそも、JRとの馴染みも、京王線に比べると薄いのかもしれません。

「立川一お気楽な店」というコピーは嘘ではない

高校時代は、3年間、三鷹から、立川のひと駅手前の国立駅まで通学していた。とはいえ、当時の都立高校は、定期試験の後は実質上の休みになっていたと記憶している。夏休みも冬休みも、中学時代に比べると格段に長かった。大袈裟に聞こえるかもしれないけれど、1年のうち3ヵ月くらいは、実施的に授業がなかったような気がするのです(これは、私のまったくの勘違いかもしれませんが)。

仮に、わたしの記憶通りだとしたら、授業があったのは1年間の4分の3であり、ついでに言うと、私の出席頻度が3年間を通じて概ね3分の2程度であったとするならば、1年間を360日として、4分の3は270日であり、そのまた3分の2となると180日。ああ、なんと、半分じゃありませんか。

なにが言いたいのかといいますと、3年間通いました、のではなく、1年半通いました、なのではないかということです。で、その間、概ね、三鷹・国立間を往復していたので、途中下車するのは武蔵小金井に時折りお邪魔するくらいのもので、立川で遊んだ記憶はほぼないのです。

しかし、それでも、全国津々浦々とは言わないまでも、あちこち飲み歩いてきた私が、あるとき、競輪を観に行った帰りにふと飲みたくなって、さて、どこで飲もうかと思って街を見回したとき、ああ、ここは多摩だなあと、妙に懐かしかった記憶があるのです。

匂いというか、テンポというか。三鷹にも、調布にも、どこかしら似ている。街がでかい分むしろ、多摩っぽさも強く感じる。そんな妙な感覚に捕らわれたのです。

それから、ボチボチ歩くようになり、ほどなくして、何軒か、飲み屋さんを見つけた。その中で、昼から飲める大衆食堂かつ大衆酒場として、立川駅北口の「酒亭 玉河」に巡り合ったのです。

「立川一お気楽な店」というコピーは嘘ではない

■地下に広がる別天地

立川競輪に遊んだ帰りなどは、ちょっと腹も減っていて、少しばかり飲みたい気分にもなっている。車券が当たっても外れても、少し飲みたくなるのがギャンブラーの性というものかと思いますが、実はギャンブル帰りでなくても立ち寄りたくなるのが「玉河」の魅力です。

開店は午前11時。そこから夜の11時まで通しで営業している、ありがたい店です。午後のレースの前に腹ごしらえをと思って寄って、実にシンプルに酒を飲んでしまい、結局競輪を打たなかったということもありました。

今回も、編集Hさん、写真のSさんと集合したのは、午前11時の少し前。ランチ客で混みあう前に店内の写真を撮影するために少し早めの到着としたのですが、なんと、常連さんの2、3人はすでに店頭に集結していたのでありました。

「立川一お気楽な店」というコピーは嘘ではない

土曜日という事情もあったかもしれませんが、店内には、のんびりした空気も流れているように感じられる。

さあ、さあ、朝酒と参りましょうか。お姐さんに、ひと声。

「瓶ビール。赤星」

最初のつまみをどうしようか。朝っぱらから、なぜか油っぽいものが食べたい。こちらの生姜焼きはたいへんうまいのだが、今日はカツ煮にしようか。赤星をひと口やり、競馬新聞に目を通しつつ、しばし悩む。

「立川一お気楽な店」というコピーは嘘ではない

ふたたびお姐さんにひと声。

「カツ煮とね、ぎんなん」

カツ煮というのは、いわゆるトンカツの甘辛卵とじでありまして、ご飯にのせれば、それすなわちカツ丼。私はその、カツ丼の“抜き”とも言うべき、カツ煮でビール、というのが、昔っから大好きなのです。

二日酔い気味であるのに大丈夫かと思うわけですが、心配は無用でした。我が胃袋は、最初のビールのひと口で目覚め、ふた口めでむくりと起き上がって周囲を睥睨し、三口めでワサワサと動き始めたのでありました。

「立川一お気楽な店」というコピーは嘘ではない

そしてやってきたカツ煮の、また、うまいこと。ビールに合いますな。

殻付きのぎんなんはホクホクで、塩につけるだけで抜群のつまみになる。

「立川一お気楽な店」というコピーは嘘ではない

店は開店から30分ほどの間に、数組のお客さんを迎えています。中央にテーブル席を配し、奥はカウンター。入口の右手には座敷もあります。ああ、言い忘れていましたが、この店は地下にある。

北口ペデストリアンデッキの下、ロータリーの北側の縁に、小さなショウケースがあって、ここに丼物、定食、刺身にビールなどが陳列されている。それが入口の目印。階段を降りると、そこに別天地が広がっているという仕掛けです。

その店内に、お昼前から客が来る。私らより先輩のお父さんたちもいれば、小さなお子さんを連れた家族もいるし、中年カップル、若いカップル、中国人、さらには日本人に連れてこられた欧米系男性などなど、年齢も国籍もまちまち。これも土曜日だから、と言えるかもしれない。

「立川一お気楽な店」というコピーは嘘ではない

見回すと、テーブル席のいつくかには「予約席」の札が置いてある。常連さんたちのお約束の席ということなのか。私たちのような、イチゲンに近い客は、あまり長居をせずに、邪魔にならないように。そんなことも頭をかすめるが、今はこのいごこちの良さを優先したい。

そしてまたビールを一口飲んで、かつ煮に手を伸ばし、ぎんなんの殻をむく。

■あたしの立川。あたしの昼酒

カウンターのお客さんはみなさんひとり客。店のお姐さんは、お客さんとお客さんの間に1席ずつ開けて、案内する。できる限り、ぎっしり詰めこまない。だからお客さんのほうも、小さな手荷物を横の椅子において、飲むなり、食事をするなり、ゆったりとできるわけである。

飲むなり食べるなりと書いたけれど、この時点(まだ正午前)までで、酒を飲んでいなかったのは、お座敷のお子さんだけでありました。

「立川一お気楽な店」というコピーは嘘ではない

ひとり客はみな、新聞を開いたり、文庫本を読んだりしながら自分のペースで飲食している。中華定食でビールなど飲みながら、スポーツ新聞の隅々まで目を走らせるのは楽しいものですが、そういう風情がここのお客さんにお見受けできる。

さて、あの文庫本はなんだろう。時代ものかな。時代ものだとして、しんみり人情話か豪快な剣豪ものか。カバーも外した文庫本の中身をあれこれ考えたりするのも楽しい。

「立川一お気楽な店」というコピーは嘘ではない

またひとりのお客さんが来た。けっこうなご年配で杖をついている。ちょうど空席になっていたカウンターの1席に案内されて、よっこらしょっと腰かけた。

「レモンサワー。それと、マグロ」

おお! レモンサワーとマグロ。お好きなんでしょうね。それにしても、土曜の、お昼の開口一番がこれとなると、気になって仕方がない。

「お姐さん、こちらもマグロ」

編集Hさんが、こちらの八木康秀店長にお話を聞いた時、人気メニューとしてマグロと煮込みがあがっていたということもあり、すぐさま私たちも注文したのでありました。

「立川一お気楽な店」というコピーは嘘ではない

そして、やってきたマグロ。うまい。たしかに、うまい。見るからに、うまそうだと思いながら口に入れたが、予想に違いはなかった。

スジの入った堅いものでもなく、くたっとした赤身でもない。これは脂がのった正真正銘のトロ。熱々のご飯がほしくなります。

「立川一お気楽な店」というコピーは嘘ではない

厨房の大きな鍋で煮こまれたモツ煮込も、間違いない。

いよいよもって赤星がうまいわけですが、ここで、カウンターのお客さんの真似をして、あたしもレモンサワーをいただくことにしました。

「立川一お気楽な店」というコピーは嘘ではない

サワーとくれば、次なるつまみは揚げ物か。

揚げ物に目のない写真のSさんに、レバカツはどうよと訊くと、なんと、レバカツなるものは食ったことがないと言う。そいつはいけない。いつもハムカツばかりじゃ芸がないよと、わけのわからないことを言って強引に勧めた。

「立川一お気楽な店」というコピーは嘘ではない

レバカツ。レモンサワーにも、よく合いますね。実に合う。Sさんもひと口食べて、にやりと笑う。前回のくさやのときの微妙な表情とは違い、あきらかに満足した様子。勧めた私も嬉しいですよ。

気がつけば、正午もとうに過ぎて、いよいよ本格的に混んで来た。そろそろお暇の時間ですな。さて、今日は立川競輪開催日であったかな? もしも開催しているのであれば、午後は少し遊んで、また夕方、こちらの階段を下りてみるのもいい……。

それがあたしの立川。昼酒パターン。なんてことを考えながら、燦々と陽光の注ぐ駅前ロータリーへと階段を上がっていったのでありました。

「立川一お気楽な店」というコピーは嘘ではない

取材・文:大竹 聡
撮影:須貝智行

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