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100軒マラソン File No.12

東京の東側、錦糸町には“ヤバい”店が潜んでいる

「なすび」

公開日:

今回取材に訪れたお店

なすび

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錦糸町の「なすび」といえば多くの酒好きの口にその名があがる名店。長く日本橋馬喰町に仕事場を借りていた私も何度か名前を聞いたし、一度行ってみたいと思っていました。

馬喰町から錦糸町は総武快速線でひと駅。山本周五郎の「さぶ」の主人公よろしく馬喰町から両国橋をわたって行ったならば、徒歩でも苦にならぬ。

なのに、足が向かなかった。それは、生来の出不精に加え、いわゆる東京の老舗に私が気後れしてきたからにほかならない。

多摩生まれの多摩育ち、子育ても多摩ですませた50代は、23区内こそを京と思っている。多摩の南西部に引っ越した昨今では、銀座のバーに飲みに行こうと思い立ったとき、「ちょっと東京に行ってくる」と家内に言いかねない。

そんな大袈裟な、と思うなかれ。東京都は意外に広い。だからおもしろいわけですが、馬喰町まで通わなくなった私にとって錦糸町は、都心部を挟んだ“逆側”としてさらに足が向きにくくなった遠隔地でもある。

けれど、やはり、行ってみたいのだ。有名な店だから、ではない。先般の新橋「喜多八」さんの場合も同じだったが、出不精だのなんだのと言っているうちに行きそびれちゃつまらない、と思うからだ。

東京の東側、錦糸町には“ヤバい”店が潜んでいる

■脂の乗り切った2代目の仕事

訪ねましたのは12月中旬。師走の忙しい最中で、こちらも多少の飲み疲れが出る頃合いだったが、店内に足を踏み入れ、栓を抜いたばかりのサッポロラガービールをごくりとやれば、たちまちにして気分が晴れる。

ああ、うまいねえ。と思いつつ品書きを見渡すと、米茄子のべっこうあんかけ舞茸天のせ、なんて魅力的な文字が目に飛び込んできた。

上品ですねえ。うまそうですねえ。と、誰にともなく語りかけたくなる。そこいらの居酒屋じゃ、こういうの、出てこない。ご主人に聞けば本日は米茄子がないので丸茄子で代用するとのことですよ。

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ご主人というのは、実は「なすび」の2代目。一寸木広樹さん。珍しい苗字ですが、“ちょっき”さんと読むんだそうです。

錦糸町の南口で45年にわたって居酒屋を切り盛りしたのはご両親で、ご主人は熱海の老舗料理旅館の板場などで修業を積んだ後、ご両親と一緒に3年ほど仕事をし、南口の旧店舗の閉店から2年近く店舗探しをした後に、北口に新店を開いた。それが1年半ほど前のことで、現在40歳。

脂の乗り切った時期ですわな、と、50を超えてパサパサに乾いてきたわたくしなどは羨むわけですけれども、同時に、どんな酒肴が目の前に出てくるのか、楽しみで楽しみでしょうがない。なにしろご主人、今は引退された先代同様、毎朝築地に足を運び、その日のうまいものを仕入れているという。

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刺身を3品盛っていただいた。マグロにブリに、〆サバであります。

マグロはメジかな。これは、見るからにうまそうであるなあ、と眺め下ろすやいなや、ほどよい厚さに引いた刺身におろし山葵をちょいとのせ、刺身からボタボタ垂れないくらいの醤油をつけたら口へ入れて、旨みがぼわっと広がっていく感覚に耳を澄ます。

うはあ~、こりゃ抜群だ。

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コップのビールを空にして調理場のご主人のほうを見上げると、

「どうです?」

とその目が笑うかのようだ。

引き続きましてブリなんですが、この時期の、まだ、でかくなりすぎていないブリの、脂は濃いのにちっともベタベタしないうまさというものは他に代わるものなしです。余人をもって替えがたし、なんて言い方がありますけれども、この時期のブリってのは、まさにそんな感じでしょうか。

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でもって、〆サバですが、若い人にならって言うならば、ヤバいです。借金取りに追い込みをかけられたという意味ではなくて、ものすごくうまい、ということ。

ガチでヤバい。

物書きの端くれとして、こういう言葉を使うことなかれと自ら戒めてきたはずですが、そうは言っても、ヤバい、のであります。

編集Hさんにもさっそくすすめる。

「おいおい、これは、ヤバいよ」

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おもむろに箸をとりあげたHさん、〆サバを口に運んでいわく、

「サバ1本分、いただきたいですね」

そうよ、そうともよ。たまにはうまいことを言うじゃねえか。

■メインに備えてちゃんぽん酒

飲み疲れどころか、最初の一皿で、勢いがついてまいりました。ビールのお代わり。

そこへ出てきたのが、例のお茄子ですよ。舞茸の天ぷらが乗っているあんかけなんですが、この、あんが、たまらんのです。

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野菜を酒のつまみにするのは簡単じゃないし、バリエーションも限られる気がしていたわけですけれども、こういう食べ方があるんですね。

魚を軽く揚げて煮浸しにするなんてのは格別ですけれども、この一品もまた、茄子と組み合わせた舞茸の衣が実にいい塩梅であんを吸う。それでいてサクサク感もちゃんと残っていて、茄子と重ね合わせて口へ運ぶと、茄子の歯ごたえと淡い香りが混ざり合って、シンプルなのに、なんとも贅沢な味わいをもたらすのです。

とまらなくなってきた。まだ夜も早いのだが、いいノリになってきている。いくらでも飲めるような気がするのも、こんなときだ。

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ポテトサラダがやってきた。盛りはよく、縦長で、てっぺんにたっぷりのツナが乗っかっている。これは塔であるなと思っていると、ポテトサラダには目がない写真のSさんが箸を出す。

「ああ、これ、うまいです。ツナも缶詰じゃなくて自家製じゃないですか!?」

表現は地味ながら、なかなか感動しているのがわかる。

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鴨肉はやはり、よく香ります。そして歯ごたえがいい。少しくらい香りの強い芋焼酎でも十分に太刀打ちできるし、私がこの日頼んだ焼酎は「三岳」だから、エグイほどの個性を主張する酒じゃない。バランスがいい。割り水でもお湯割りでも、なんでもうまい。

これをもらっておきながら、実は冷たい新規の赤星ラガーももらうのだ。このあたり、男3人で飲むからこそできる、絶妙なちゃんぽん酒である。

もう少し脂っ気の強いものをつまみに追加するならば、ウイスキーのハイボール、逆にあっさりめに戻すとするならきりっと辛い日本酒を追加しつつ、切り替えのための1杯にうまいラガービールを挟むという手もある。こういう言い方があるかどうか知らんけれども、“正統ちゃんぽん”であるような気がする。

なにはともあれ、要諦は、休み休み、ゆっくりと、酒肴をよく味わいつつ、巧みにちゃんぽんすることなのだ。

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隣のテーブルの女性グループは鍋に突入している。忘年鍋飲み会なんだろうか。えらくうまそうなその鍋は、黒豚のしゃぶしゃぶである。おいおい、こっちもアレ、いこうよ。なんてことでチラチラ見ていたら、Hさんとの会話が始まって、取材をしている旨伝えると、

「ああ、またお客さんが増えちゃう」

とのひと言が返ってきた。なるほどなあ。これまで飲み喰いした数品を思い返すに、週に一度、せめてひとつきに一度くらいは、お疲れさんの席をここで設けたいと思う常連さんがたくさんいて然るべきだ。

私たちはちょっとした迷惑をおかけしているのかもしれない。と、思うのは一瞬で、こっちも豚シャブだ豚シャブだと心は逸る。

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■本場を超えたスペシャリテ

鍋の指南をしてくださったのは、ご主人のお母さん、キミヨさんでありました。小柄で痩身、色白の津軽美人。息子のご主人いわく、

「いっときもじっとしていないし、風邪もひかない」

お母さん答えて曰く、

「横になったりしているの、好きじゃないんです」

美人の働き者というのはすばらしいですな。うん、美人の働き者というのは、まことに得難いもので……。何度も言うことじゃない。

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この黒豚のしゃぶしゃぶ。正統な鹿児島スタイルですよ。黄金色に輝く鰹出汁で野菜と一緒にサッと煮て、特製の付けダレで食べる。胡麻でもポンズでもない。味わいはやさしく、いくらでも喰えそうな気がしてくる絶品です。

わたくしはこれを本場の鹿児島で経験しておりますが、うん、「なすび」のほうがうまい! おべっかを使うわけじゃない。正直ベースの話です。

スライスしたニンニクを最初に投入し、出汁にはニラの香りもしみて、黒豚の油も滲んで溶ける。ここに稲庭うどんを投入するもよし、玉子でとじた出汁をご飯にぶっかけるもよし、という。

最後の最後に、そういう必殺技を繰りだすのか。恐るべし「なすび」。

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「この鍋、ソートーにうまいよな」

「ソートーヤバイです」

そんな会話をしながらHさんと私の頭の中では、うどんもぶっかけ飯も、両方いってしまいたいという思いが膨らみ始めているのだった。

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取材・文:大竹 聡
撮影:須貝智行

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